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第六十二話 なでなで

 辰月様が出勤なさってから二時間ほど経過した頃、私は侍女のお二人と楽しく会話をしながら文字を習っていたのですが……。


「手を握られて……ふむふむ」

「しかも後ろから抱きつかれるような感じで……ふむふむ」


 お二人とも尻尾が揺れています。興味津々のようで、何度も聞かれています。気のせいでしょうか、いつもは丸くて可愛い目が鋭くなっているような……。


「ええ。そのように辰月様から文字の書き方を教わりました」


 思い出すと顔も体も熱くなるので何度も聞かないで欲しいのですけど、お二人にはお世話になっているので断るなんて出来ません。何よりお二人が楽しそうですからね。こう思っていたら予想外の事が起きました。


「呼んだか?」


 聞き慣れた声と共に襖が開くと、辰月様が立ってらっしゃいました。


「まあいいや。いい物を手に入れたぞー」


 辰月様が部屋に入られると襖が自然に閉まりました。いつ見ても不思議です、などと感心している場合ではありません。辰月様は本来ならまだお仕事中のはずですのに何故? 手には見覚えのあるものをお持ちですね。いえ、前とは少し違います。


「見てくれ。チョコレートのアイスクリンだ!」


 そうなのです。ガラスの器に茶色い食べ物が盛り付けられているのです。心なしか光り輝いているように見えますね。


「もうすでにあったのですね!」

「俺達が思いつくぐらいだからな。今日チョコレートアイスクリンが売られると情報を聞きつけた俺はこっそりと仕事を抜け出して入手したんだ」


 溶けないうちに食べようと言うことになりましたが、前回と違い今回は侍女のお二人が一緒です。お二人にも分けようかと視線を送ると、お二人は首を横に振りました。


「どうやら私達はチョコレートは食べないほうがいいようなのです」

「以前仲間が食べたら具合を悪くしてしまいまして」


 その件から人型でない方々はチョコレートが禁止になったそうです。ちなみにその方は治療の甲斐あってお元気になられたようです。よかったですね。


「お二人が食事なさっているお姿は見慣れているので大丈夫ですよ」

「我らに気を使わずに召し上がってください」


 ということで、辰月様と私はチョコレートアイスクリンをスプーンですくって口の中に入れました。


「!」


 こ、これは……。やはり美味しい物と美味しい物の組み合わせは美味しいのです。美味しさのあまり宙に浮いたような気がいたします。辰月様と私でチョコレートアイスクリン争奪戦が始まりました。私達は無言で手と口をひたすら動かしましたよ。もう必死です。いくら辰月様相手でもお譲りするわけにはいきませんからね。しかし戦いが熾烈になればなるだけ終わりは早く訪れるのです。


「ああ、もうなくなってしまった……」

「あっという間でしたね」


 辰月様が一人だったら皿を舐めていたとおっしゃいました。きっと私も誰もいなかったらそうしていたと思います。それほど美味でした。


「そんなに美味しいのですね」

「食べてみたいですけど、健康第一ですからね」


 本多さんも紺野さんも耳を下げてしょんぼりなさっています。もう少し配慮して食べるべきでしたね。けれどどう配慮すれば……。美味しくなさそうに食べる……のは違いますね。隠れて食べたり?


「人型に近づいて来たら食べられるようになるんじゃないか?」


 え? 私は驚きすぎて声も出ませんでした。


「それはそうなのですけど」

「それは一体いつになるのでしょう」


 お二人とも肩を落として長いため息を吐かれました。


(人型……。狸さんと狐さんは化けるといいますから、そのことでしょうか……。葉っぱを頭に乗せて変身するのでしたっけ?)


 それとも本当に人型に?


「ま、そのうち食べられるようになるさ。じゃあそろそろ呼出しがかかりそうだから俺は戻るよ」


 辰月様は立ち上がられるとお皿とスプーンを持たれました。戻りがてら片付けてくださるそうです。

 毎度の事ですが、何もせずに美味しい物をいただいてしまいました。ですがその分だけ良い肉になっていることでしょう。何故ならば美味しい物を食べれば美味しくなるのですから。


「行ってらっしゃいませ。アイスクリンありがとうございました」

「おうよ」


 辰月様の背中を見送りました。本日二回目ですね。

 それにしてもいつ見ても広くて逞しくて頼りがいのある格好いい背中ですね。ずっと見ていたいですけど、お顔も見ていたいので悩みどころです。鏡を使えば同時に見られるでしょうか。

 こう考えていましたら、どうやら顔がにやけていたようでお二人に指摘されてしまいました。


「美鶴様、とっても嬉しそうですね」

「アイスクリンが美味しかったからですか?」


 そしてさらにお二人同時に「それとも辰月様がいらしたからですか?」と……。


「ななななっ……」


 そんなの言わなくたってわかるじゃないですか。ですが改めて言葉にするとなると照れてしまいます。


「どうなのですかっ?」

「教えてくださいましっ!」


 私が返事出来ずにいると、お二人の尻尾が激しく揺れだしました。速すぎて残像が見えます。普段はふわふわな尻尾なのに見る陰もありません。


「両方ですかっ?」

「それとも他にもっ?」


 詰め寄られております。私の膝とお二人の膝が接触しています。

 常日頃から思っておりましたが、ぎゅっと抱き締めてみたいですね。しかしお二人は愛玩動物ではないですので我慢です。撫でさせてもらったことはありますよ。けれどそれで満足するなんてことはなく、なでなでしたい願望は大きくなるばかりなのです。

 ああ、なんと可愛いのでしょう。なでなでしたいです。こうなったら……。


「そうです。幸せいっぱいなのです!」


 私はえいやっと腕を伸ばして本多さんと紺野さんに抱きつき、なでなでしました。


「お二人がいてくださるのも嬉しいのです!」

「はわわー誤魔化されてますけどー!」

「もっと撫でてくださいましー!」


 私は思う存分なでなでと肉球ぷにぷにをしました。




 夕食が済み侍女が帰った後、辰月は美鶴から侍女達とのやり取りの話を聞いていた。


(俺のことは全然撫でてくれないのにっ!)


 彼は嫉妬していた。だが表情には出さずに笑顔で彼女の話を聞いていたので、冷静さは残っているようだ。


(そりゃ触れたりはあるけども!)


 彼女は如何に素晴らしかったかを語っている。それはとてもとても嬉しそうに。


(なんでだ! 俺に触ってもそんなに嬉しそうにしないのにっ!)


 彼は感情を抑えるために握り拳を作りたかったが、そうしたら絶対に何かあったのか聞かれるので堪えた。しかし膝を掴んでいる手に力が入っていたので、結局彼女に「どこか具合が悪いのですか?」と聞かれてしまったのだった。


「いやぁ別にどこも悪くないぞ」

「そうですか? 心なしかお顔も強ばっているように見えましたので……」


 彼女は心配そうに彼の顔を覗き込んだ。その何気ない動作にも可愛さがつまっていたので、彼は思わず口吸いをしそうになってしまった。


(うっ、我慢しろ……)


 彼は笑顔のまま奥歯を噛みしめるが、これもすぐにバレた。


「やはりどこか具合が良くないのですね。それなのに長々と話をしてしまい申し訳ございませんでした。もう休まれますか?」


 彼女は寝台に移動し掛け布団をめくっている。


「いいや、大丈夫だ」


 このまま彼女を抱き締めて眠るのもいいが、まだ風呂に入っていないのでやめておこうと彼は思った。


「本当にどこも悪くないのですね?」

「ああ問題ない。いつも通りだ」

「では顔をしかめたりなさったのは……私の話が楽しくなかったからでしょうか」


 キラキラした笑顔で楽しそうに話す彼女を見て、彼がつまらないはずがない。ただ何故自分ではないのかと悔しがっているだけである。


「そんなことないさ。侍女と仲良くやっているのはいいことだ」


 俺とももっと仲良くしてくれ、とは言えない彼は心の中で唇を噛んだ。彼が子どもだったら物に当たったかもしれない。


「辰月様が素敵なお二人を選んでくださったおかげです」

「どういたしましてと言いたいところだが、俺は侍女長に犬科の侍女を頼んだだけだ」


 もちろん人間に偏見を持たない侍女をお願いした。


「まあ! 私が犬が好きと言ったのを考慮してくださったのですね!」

「んまぁそうだな」


 彼の頭にはこんなに仲良くなるなら猫や鼬にすればよかったかもしれないとチラついた。しかし彼女だったすぐに誰とでも仲良くなっていただろうから、瞬時にその考えは消え失せた。


「あっ、そうです。あの、お馬さんの侍女さんもいるそうですけど……どのような感じなのでしょうか?」

「え、侍女は知らないが侍従だったら人間の所にいるのと同じようなことをしているぞ。牛も」

「神様や荷物の運搬ですね。あとは田畑を耕したり」

「うん。あとは着飾ってる」


 見栄やら権威やらなんやらだそうだ。


「着飾る……。あの大きな体を……」

「大きいからいいんだろうな」


 彼女はほぅと小さく言うと少しの間黙っていた。おそらくどんな姿か想像しているのだろう。あまりにも真剣な様子だったので彼は思わず笑った。




 バニラ味よりも先にチョコレート味が先、というのをチョコレートアイスクリームの○ikiで見かけたのですが、他では見つけられなかったのでセリフを変更しました。

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