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第六話 寝心地

 私が寝間着を着て部屋に戻ると、辰月様が畳に座り寝台に寄りかかってらっしゃるのが見えました。


「うおっ、寝そうになってた。……石けんはどうだった?」

「ええ、とっても良い香りがしました。肌も心なしか、いつもよりしっとりとしている気がいたします」


 辰月様は立ち上がって私のすぐ前にいらっしゃいました。そしてこともあろうか、私の首にお顔を近づけて匂いを嗅がれました。


「お、本当だ。いい匂いがする」

「……ええ」


 私はまたしても湯に浸かりすぎたようです。


「あっそうだ。髪を乾かさないとな」

「ありがとうございます」


 辰月様が私の髪に手をかざすと、すぐに余分な水分がなくなりました。おかげで髪の毛が軽くなりましたし、寝間着を濡らさずに済みそうです。あ、そう言えば寝間着は別の物に交換されていました。注意していたのに……。神様の術だと思っていても、やはり不思議すぎて気になってしまいます。


「んー顔が赤いな。水でも飲むか?」


 辰月様がチラリと視線を向けた先には、私が風呂に入る前にはなかった水差しとお盆がありました。


「はい。いただきます」


 私は自分で用意しようと水差しに向かって歩き出そうとしたら、一歩も進んでいないのに目の前に水が入ったグラスが出現しました。これは術ではなく、辰月様がグラスを持って来てくださったようです。

 一体いつの間に……。目にも留まらぬ速さで注がれたのか、それとも辰月様の体に隠れて見えなかっただけでしょうか?


「ありがとうございます」


 いずれにしろ辰月様の手を煩わせてしまい申し訳ないです。

 私はグラスを落とさないように両手で持って水を飲みました。なにやら少し清涼感がありますね。柑橘類でしょうか。それとも香草でしょうか。とにかく良い香りがします。


「のぼせたのかもな。もっと飲むといい」

「ふぁい」


 私が水を飲み干すとすぐに水が足されました。これは寝る前にご不浄に行っても夜中に目が覚めてまた行きそうです。


「少しは良くなってきたか? ……あ」

「いかがなさいましたか?」

「薬を塗るのは毛穴が開いている風呂上がりが良いと聞いたんだった。早く塗らないと」


 私は辰月様にグラスと交換するように薬を渡されました。あ、薬は袂から出されてましたよ。


「傷跡は薄くなってきている。これなら予定通りに治るだろう」


 辰月様は私の顔を見つめておられます。こ、これは傷跡を見ているだけ、傷跡を見ているだけ……。


「顔の傷も薄くなってきているのですね」

「ん? ああ。……そうか、美鶴は自分の顔が見られないよな。ちょっと待っててくれ」


 辰月様は小さな棚で何かを探し始めました。私は時間がかかるかもしれないので、先に体に薬を塗っておこうと合子を開けようとしていたら、探し物はすぐに見つかったようです。


「ああ、あったあった」


 辰月様の手には鏡がありました。辰月様は袖で鏡面を拭くと、私の顔が映るようにこちらに向けてくださいました。


「見えるか?」

「ええ。よく見えます」


 私の顔の皮膚は、確実に怪我をする前に近づいています。このまま傷跡が薄くなれば、多少は見映えが良くなるでしょう。

 鏡を見ているついでに顔に薬を塗っておきました。そして塗り終えたら辰月様が薬を受け取って棚にしまってくださいました。


「……では背中に薬を塗るから……脱いでくれるか?」

「分かりました」


 私は辰月様と向き合ったまま脱ぐべきか、後ろを向いて脱ぐべきなのか少し悩みました。しかし神様に背を向けるのは失礼だと判断したので、意を決してそのまま脱ぐことに。

 しかし辰月様は私に背を向けられました。どうやら恥じらいをもったほうがよかったようです。




 薬を塗って包帯を巻き終わりました。きつくも緩くもないですが、動きにくいのには変わりないです。ですが、怪我を負った直後を思い出せばこんなのは全然大した事ではありません。それにずっとこのままではなく、あと何日かで終わるのですから、少しも辛くないです。

 辰月様が浴室に行かれる前に先に寝ていて良いと言われたので、私は寝台で横になりました。


(先に寝ていて良いと言われましたが、本当に寝て良いのでしょうか。昨日も辰月様より先に寝てしまったのに……)


 では起きていましょう。幸い、昼間はほとんど寝ていたため眠くはありません。きっと辰月様が戻られるまで起きていられると思います。


(あっ!)


 私はあることを思いついたので、右から左に移動しました。大した事ではありませんが、こうしておけば辰月様が眠られる場所を温められると思ったのです。お風呂上がりだと熱いかもしれませんが、寒いよりは良いのではないでしょうか。


(襖を見ておいて、開いたらすぐに移動しましょう。……はっ! 右側を空けていた方が辰月様は寝やすいのでは?)


 私が今さっきまでいた場所の方が襖に近いのです。そちらが空いていれば回り込まずに済むので、すぐに寝台で眠れます。


(ど、どうしましょう)


 戻るべきか、それともこのままでいるべきか。元の場所は私が先ほどまでいたのでまだ温かいはずです。ですが、辰月様が戻られる頃には冷えているかもしれません。私はどうしようかと右に行ったり左に行ったり。


(そうです。大の字になれば両方が温められるのでは?)


 なかなかよい考えです。私は直ちに実行しよう手足を伸ばしかけました。


「伸び伸びと寝たいところすまないが、ちょっと詰めてくれるか?」

「ひゃっ」


 辰月様が戻ってらっしゃってました。私があれこれ思案している間に入浴を終えられたようです。私のように匂いを消さなくて良いので長風呂ではないのでしょう。


「狭いよな。すまない」


 辰月様が掛け布団をめくり私の隣にいらっしゃいました。それだけで心臓が煩くなって仕方ないのに、辰月様から石けんの匂いがするので、頭の中がこんがらがってしまいました。ええそうです。私が使ったのと同じ石けんです。


「えっ、いえ、そのっ、違うのです」

「違う?」

「あのっ、えっと……温めようとですね」

「うん?」


 私は落ち着こうと数度深呼吸をしました。辰月様を困らせてはなりませんからね。


「お布団を温めようと思いまして」

「うん」

「大の字になれば全面を温められると思いつきましてですね」

「おう」

「それで伸びようとしたら戻ってらして……」

「ふふっ、そうか。ありがとう。美鶴は俺のためを思ってやってくれたんだな」

「そうなのですっ」


 辰月様からありがたいお言葉を頂き、私は天にも昇る心地になりました。ってすでに地上にはおりませんね。


「なんかモゾモゾ動いているからどうしたのかと思ってたんだ」

「えっ? みっ見てらした……?」


 私は醜態を晒していたと知り、急に寒気がしました。


「ああ、見てた。俺はてっきり背中が痒いのかと思ったよ」

「どちらを温めようかと悩んでいたのです」


 穴があったら入りたいです。布団を被ってしまいたいです。とにかく隠れたいです。


「そうだったのか。どちらが寝心地が良いのか確かめているのかとも考えてた」

「どちらも変わりなく大変良い寝心地をしております」

「ははっ! そりゃよかった」


 辰月様はきっと笑顔でらっしゃるのでしょうが、私は恥ずかしくてお顔を見られません。ですので私は天井を見ながら言いました。


「あっあの、そちらでよろしいですか? それとも昨晩と同じほうがよいでしょうか?」

「俺はこのままでいい。美鶴こそどうなんだ?」

「私もこのままで大丈夫です」


 と答えてみましたが言ってすぐに、これは私に場所を変われと遠回しでおっしゃっているのではないかと頭を過ぎりました。

 どうしてかと言いますと、昨晩私は辰月様によって右に寝かされました。そして辰月様は左で就寝なさいました。つまり辰月様は左側がよいということです!

 気付いたのならばすぐさま行動に移さねばなりません。気の利かない生贄など良いはずありませんからね。


「あああ、あのっ、そのっ、今すぐ代わります」


 私は寝台から降りようと立ち上がりました。しかし不運なことに、ふかふかな布団に足を取られて均衡を崩してしまったのです。


「あっ!」


 私はなんとか踏ん張ろうとしましたが、体がかなり傾いてしまい、もう為す術がありません。努力の甲斐なく、私はそのまま落下してしまったのですが、あってはならない場所に落ちてしまいました。


「おおう」


 なんということでしょう! 私が倒れ込んだのは辰月様のお体の上でした。


(あああああ……)


 すぐさま避けないといけないのに、辰月様の体温と匂いが伝わってきて情報過多になり、私は体が硬直して動けなくなっていました。


「ふっ、ずっと乗ったままとは大胆だなぁ」

「ももももも、申し訳ございません!」


 私は正気に戻りました。ですのですぐに退こうとしましたが、私の腰に温かな物が乗せられたのでそれが出来ません。これは一体何なのかと思考を巡らせました。


「大丈夫か? まあ、俺はこのままでもいいんだが」


 私の腰の温かい物が上下に動きました。どうやら私の腰に辰月様の手が乗せられているようです。おかげで再び正気を失いました。


「ななななな……」


 辰月様の手は私の背中まで来て、そして髪を撫でるように動きました。


「そうだ。何か食べたい物はあるか? ああ勿論、甘い物は必ず手に入れてみせる」

「ありがとうございましゅっ」

「で、何か食べたい物……気になる物とかあるか?」

「きっ気になる物……辰月様のお好きな食べ物はなんでしか?」


 くっ、また噛んで……。こほん、辰月様の好物を食べれば私の血肉もその味に近づくのではないかと思ったのです。


「えー……俺は何でも食うからなあ」


 辰月様が声を発せられると振動が私にも伝わってきます。あわわ……。


「また食べたいと思った物などは……」

「それは今日食べたアイスクリンだ。アイスクリンそのものの味が良いのもあるだろうが、美鶴と二人で食べているのと、仕事をサボっている背徳感でたまらなく美味かった」

「はい……」


 私の全身が熱いのは辰月様の体温のせいでもあるはずです。でなければこんなに熱くなるはずないですもの。


「だが残念ながらアイスクリンはしばらく食えない。俺が仕事を抜けていたのがばれてしまったんだ。明日から見張られるのだろうなぁ」

「すみません。私が甘い物を食べたいと言ったばかりに……」

「いや、俺も食べてみたいと思っていたから気にしないでくれ。この機会がなければ食えなかっただろうしな」

「はい……」


 辰月様は機会を見てまた持って来てくださると約束してくださいました。




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