第五十九話 甘い物
昼食は食堂でうな丼を頂きました。ふっくらとした身は脂が乗っていて、これだけでも美味しいのでしょうが、それをさらに引き立てるのが甘塩っぱいたれです。いえいえ、たれだけでもご飯を沢山いただけそうなので、引き立て役だなんて失礼でしょうか。
とにかく美味しかったです。ああだこうだと文字を並べる必要はありません。ただ美味であったと。それだけです。
「美味かったな。このまま帰るか?」
ええ、山椒のピリリとした辛さと清涼感もよかったですね。仮にどれか一つ足らなくても美味でしょう。しかし、全てが揃うと至高の存在とも言えるほどの一品になるのです。ああ、思い出したら涎が……。
「以前おっしゃってましたが、他にも食堂があるそうですね」
「あるけど……えっ、もっと食べるのか? 俺は平気だけど……」
これはわざとおっしゃっていますね。ニヤリと口角を上げられたのでわかりましたよ。
「こちらとは違う食事を提供しているのですよね。どのようなものがあるのかと気になりまして」
「そうだなぁ、今のところよりかはちょっと小洒落た感じかな? けどまぁ美味いのは違いない」
内装も綺麗だそうで、完全に好みの問題だそうです。
「あ、甘味の種類が多いのはあちらだな。おやつに何か買って帰ろう」
「本当ですか? 楽しみです!」
一体どのような甘味が待っている……あっそうです。侍女のお二人にも何か買って帰りましょう。きっと研修で疲れているでしょうから……って渡せるのは明日じゃないですか。けれど日頃の感謝の意も含まれていますから、いつ渡してもいいですよね。
二つ目の食堂に行くのは徒歩でした。もちろん運動のためです。食後すぐの運動はお腹を痛くするかもしれないので、ゆっくりめに歩きました。道路はきちんと整備されているのでとても歩きやすかったです。そう言えば、村には普通の地面の道しかありませんでした。隅々まで管理が行き渡っているなんて、やはり神様の世界はすごいです。
「着いたぞ」
辰月様のお言葉通り先ほどまでいた食堂とは趣が異なります。客層も違うようです。こちらは心なしか肉体派の方が少ないようです。文官や女性のほうが多そうですね。
「アイスクリンを手に入れたのもここだ。けど今日はないみたいだな」
またあの素晴らしい食べ物を口に出来るかもと思っていたので残念です。と言いたい所ですが、お品書きを見ると他にも美味しそうなお菓子が沢山あるので、すでにそちらに心移りしております。だってほのかに甘い香りが漂ってるのですもの。
「わあ! どれも美味しそうですね」
私達はお菓子が陳列されている棚の前に移動しました。どれも宝石のようにキラキラと輝いて見えます。さらに甘い香りが私の食欲を刺激し涎がじわりと出てきました。あ、垂らす前に飲み込まねば。
「よし、キャラメルを土産に買って行くか。今度はチビ共に取られないようにしないと」
以前は一粒しか残らなくて私がいただいたのでしたね。あの日は色々ありました……。
「俺達の分も買って、たまに食べるとしよう。何か気になる物は見つかったか?」
「鹿の子が気になります」
鹿の子とはお餅や求肥や羊羹を餡子で包み、その周りに蜜漬けされた豆をギュッと隙間なく並べたお菓子です。豆の種類も様々で、こちらにあるのは小豆とウグイス豆のものでしょうか。
「んじゃあこれを買って、他には何かいるか? チョコレートもあるぞ」
「チョコレート!」
キャラメルと同様に甘くて溶けやすいそうです。どのような味なのでしょうね。香りもよいと聞きます。当然チョコレートも購入して帰宅しました。
おやつには鹿の子をいただきます。お茶をいれて、一つずつ購入した小豆とウグイス豆の鹿の子を半分ずつに切り終え準備が整いました。
「いただきます」
鹿の子の豆には寒天がかけてあるようで、つるりとした舌触りです。中身は餡子と求肥でしたよ。まだうな丼が消化し切れていませんが、美味しいので問題なくお腹の中に入れられました。けれど豆も餡子も求肥も甘いので、緑茶で緩和させましょうか。正直に言うとまだまだ口の中に甘さを残していたいですけど、口が水分を求めているのです。
「もっと買えばよかったかな?」
辰月様が微笑まれながらおっしゃいました。私の食べっぷりをご覧になっていたようです。なんと恥ずかしい。お茶も上品に飲めばよかったですね。
「十分でございます……」
「ふふっ。そうだ、チョコレートも食べてみるか?」
辰月様の手にはチョコレートがあります。チョコレートは板状になっており割って食べるそうですよ。お煎餅みたいですね。
「とっても気になりますけど、楽しみは分散させたいと思います」
本当は今すぐ食べたいですけど、初めて食べる物は心が落ち着いている時にいただきたいです。
「それもそうだな」
無事におやつの時間は終了いたしました。
あ、チョコレートに合う飲み物って何でしょう? どんな味と香りなのか不明なので全く想像出来ませんね。
夕食までは何の予定もありません。文字の練習をと一瞬思い出しましたが、またあの時のように手を握られ耳元で囁かれたら、今度こそどうにかなりかねません。二度目だから慣れてる、平気、なんてことは一切ないでしょう。身の危険を感じる行為はしないに限ります。
「何もせずにのんびりするって初めてかもしれない。よっと……こんな感じかな」
辰月様はゴロゴロするのに慣れていないそうで、ぎこちなく涅槃像のように横になられました。神々しいですね。あ……神様に神々しいって使用していいのでしょうかね? それを言うなら涅槃像も?
「いつもはどのようにして余暇を過ごされているのですか?」
「そりゃ言わなくてもわかるだろう」
横になられたので、やや襟元が乱れております。何が見えるかは言わずもがな。
「体を鍛えてらっしゃる……」
「おう」
いつ見ても見事な胸板でらっしゃる……。どうやったらこれだけ盛り上がるのでしょう?
「もっと見るか?」
「えっ、何をですか?」
声が裏返ってしまいました。
「凝視してたじゃないか」
チラリと見えただけで、わざわざ見つめたわけではない。こう弁明いたしました。すると辰月様のお顔が悲しげな表情に変化されました。
「俺はいつだって美鶴を見つめていたいから、美鶴もそうなんだと思っていた。そうか、違うのか……」
「私も胸元でなくお顔でしたらそういたします」
はしたない生贄はよくないですものね。
「俺は胸でもどこでも見つめるけどな」
肉付きを手触りだけでなく目で見て確認なさるのですね。念には念を、ということでしょうか。
「胸がお好きなのですか?」
肉がついておりますからね。まぁ、私の胸にはそんなについておりませんけど。
「え、うん、まぁそうだけど」
「お腹やお尻、太股はどうですか?」
こちらならもっと肉がついておりますよ。塩もちゃんと揉み込んでおりますし。
「えっ、まぁ、どこも好きだぞ」
「ならばふくらはぎはどうでしょう?」
太股ほどではありませんが、なかなか肉がついていると思うのです。塩もちゃんとやってますし。
「ふくらはぎ? 変わった部位を聞いてくるな。けどまぁ、いいんじゃないか?」
「二の腕はいかかでしょう?」
二の腕も少し肉がありますからね。こちらももちろん塩を……。
「なっ! ど、どこもいいと思うぞ!」
「どこも美味しそうってことでしょうか?」
肉付きがよくなり臭みも消えてきたと。
「美味しそうって……。本当に見かけによらず大胆だなぁ……」
「どうなのですか?」
「え……、うん。もう少しの辛抱だと言い聞かせているよ。喉から手が出るほど、今か今かと待ち望んでいる」
それほどまでに辰月様の食欲を刺激出来ているのですね! こんなに嬉しいことはあるでしょうか!




