第五十七話 予定を立てる
そんなこんながあったわけです。他の方、街を行き交う方々も私が人間だと知ったら、あのような態度をとられるのでしょうか。今のところ事情を知っている皆さんからは普通に接していただいておりますが、先ほどの体験をした後だとそれは当たり前ではなく有り難いことだったのですね。……それともあのご学友が特殊でらっしゃるとか?
さて気を取り直して、続いては髪飾りです。こちらも侍女のお二人がいたらよかったのですのに。ちなみに帯揚げや帯締めは用意されていた物のままにすることにしました。熟練の店員さんが選んでくださったものが似合わないはずないですからね。
「こちらは海の近くにある店で買ったのですけど、どうでしょうか?」
辰月様が袂から髪飾りを取り出されました。
「ほう、とても良い買い物をされましたね。海というと岬があるところの?」
「ええそうです」
「やはりそうでしたか。ふふふ、あそこは本当に良い品しか仕入れないので選ぶのが大変でしたでしょう」
「そうなんですよ。俺が大富豪なら全部買ってましたね」
今思い出してもどの作品も素晴らしかったですね。どんな技法が使われているのかは知りませんが、繊細さからとても手が込んでいるのだとわかりました。一見簡素そうな作品でも計算された角度や部品配置の作品もありましたし。
「ふむ、こちらの花をあしらった髪飾りを中心に周りにいくつか追加するのが良いと思われます」
「貸し出し可能な物がございますので、どうぞこちらをご覧ください」
ぐっ、やはり本多さんと紺野さんについてきてもらえば良かったです。沢山ありすぎて……どうしましょう。着物か帯の色に合った飾りにすればいいのはわかりますけど、それは今用意されているほぼ全てが該当します。
「ああ、どれも似合ってしまうだろうからなぁ。困るなぁ。全部つけるのは無理だしなぁ」
「重たくなってしまいますからね」
肩と首がやられそうですね。それは避けたいです。
「んー……花には花を合わせるのがいいんだろうか」
辰月様は小ぶりの花の髪飾りをご覧になっています。何という花なのでしょうか。実在する花でしょうかね?
「こちらの真珠もよろしいかと」
店員さんと辰月様の話が進んでおりますが正直言いますと、私はこちらの花の髪飾りだけで十分です。だってこんなに華やかなんですもの。これだけじゃいけないのですかね?
「おっと、本人の意見を聞かないとな。どれがいい?」
「はい。私はこちらだけで大丈夫ですよ」
ええ本当に。これ一つだけでも黒髪に映えて華やかにしてくれますよ。それに貸し出しにはお金がかかるでしょうし。
「予想はしていた。そういう風に言うと増えるだけだぞ」
「えっ」
「花と真珠でお願いします」
「かしこまりました」
「えっ」
そうでした。そういうお方でした。遠慮しているつもりはないのですけどね。そう見えてしまうようです。なんとか誤解を解きたいですけどいい言葉が浮かびません。
「一つ足したらあれもこれも気になって際限なく増え続けてしまうと思うのです。ですので――」
「そこは髪結いに任せれば上手い具合に選別してくれるだろ」
「……そうですね」
専門家が用意された髪飾り全てをつけるはずないですものね。美学に反することはなさらないでしょう。いえ、もしかしたら強情な客が全てを使わせようと……って私達はそんな客ではありません。妄想で脱線してしまいましたね。
今日はこれで終わりとのことで私達は帰宅しました。
夜が明けて朝になり、今日は侍女のお二人が来てくれましたよ。お二人には昨日の話をしました。いつも楽しそうに聞いてくれるので、話している私も楽しくなります。ただこの話ではお二人の目つきが変わりました。
「帯揚げと帯締めと髪飾りですか」
「どれも少し違っただけでガラリと印象が変わりますからね」
やはりお洒落に精通しているお二人の力を借りるべきでしたね。しかしもう決まったことなのでこの話をお終いです。……本当はちょっと気になりますけどね。
「今日、二人は研修なんだって?」
礼儀作法等をやるそうですよ。すでに出来ていると思うのですけど、どうやら定期的にやるものだそうです。慣れてくるといい加減とまでは言いませんが、細かい箇所がおざなりになったりするからだとか。
「ってことは今日は俺と美鶴は二人きりだな」
「お仕事はないのですか?」
「おう、夜番の後は丸一日休みがあるんだ」
昨日は早朝に帰られたから、今日がその休みの日と。ふむふむ。
「お二人の様子が見られなくて残念です」
「仲睦まじいお姿を拝見したかったです」
お二人の丸っこい耳と尖った耳が下がっています。尻尾も元気がなくだらりとしていますね。
「フッ、外出先でより一層仲良くなった俺達を楽しみにしていてくれ」
「え、お部屋にいるだけではないのですか?」
部屋にいるだけで仲良くなる……お話しをするのでしょうかね。何か話題はありますでしょうか。今から考えておかねば。
「あれ? 出かけないのか?」
「え、毎日お出かけするものなのですか?」
「しないのか?」
少なくとも両親はしていませんでした。もちろん私もです。
「もしや何かご予定やご予約を入れられてますか?」
「いや、何もないけど。美鶴はいつもこの部屋にいるから何処かに行きたいかと思ってさ」
気を使ってくださったのですね。しかしそう言われましても、どのような所があるのか知りませんからねぇ。
「では辰月様のお好きな場所へ」
「前にも似たことを言われた気がするけどないんだよなぁ。食堂ぐらいしか浮かばない」
「でしたら食事は食堂に行きましょう」
二日連続で食堂です。豊富な丼の種類、ではなく料理がありますから毎日行っても飽きることはないでしょう。
「じゃあ行くか。で、他の時間はどうする?」
「部屋の中にいるのではいけないのでしょうか?」
「んー、連日出かけるのは疲れちゃうか。なら部屋にいよう」
確かに私は体力がないので毎日外出したら疲労がたまってしまいますね。けれど私に気を使って辰月様が自由に行動出来ないのはよくありません。
「……あの、別に私一人でも大丈夫ですよ。どうか辰月様はお好きなようになさってください」
「なんでそうなる!」
辰月様に同意見なのか侍女のお二人が頷きました。
「辰月様はずっとお部屋にいるのがお嫌なのかと思ったのですけど……」
「違う。美鶴と色んな所で色んな経験をしたっていう、思い出が欲しいんだ」
生贄の私との思い出ですか。私を忘れないようにと?
ここで「もしや一人の時間が欲しいのか?」と聞かれたので私は首を横に振りました。
「あっ! 部屋で過ごされるのも良い思い出になるのではないでしょうか?」
「ええ。お休みの日はいつも出かけてらっしゃいますからね」
「おー、逆にいいってことか!」
そういうことで、お二人が研修に行かれた後は辰月と私の二人きりで部屋に留まりました。思えばこの部屋では朝と夜ぐらいしか一緒にいたことなかったですかね。いたとしても眠っておりましたから。なのでなんだか新鮮です。
「何をする?」
「何も思いつかないですね。あっ、そうです。辰月様は私が来るまでお休みの日は何をなさっていたのですか?」
「休みの日も修行やら鍛錬やらをしてたかな」
どちらも似たような意味の言葉のような……。
「たまに先輩達に誘われて遊びに行ったけど、何が楽しいのかよくわからず、すぐに帰って体を鍛えてた」
辰月様はお芝居を見に行っても客席で寝ていたそうです。私の話は笑顔で聞いてくださいますから、余程退屈だったのですね。いえ、興味が無かった?
「体を鍛えるのが趣味でらっしゃる?」
「それって趣味なのかなぁ? 仕事で必要だからなぁ」
やることを思いつかなかったので、辰月様に教わりながら体を鍛えてみることにしました。が、すぐに撃沈しました。すぐに体のあちこちが悲鳴を上げたのです。
「怪我をする前は畑仕事も手伝っていたのですけど……」
ここまで衰えていたとは。いえ、海に行ったときに痛感していましたね。それなのに何もしてこなかったのが悪いのです。
「これから鍛えていけばいいさ。食堂へ行くのは少し手前で地上に降りて歩くとしよう」
ぼよぼよとした肉ではなく、ある程度引き締まった肉をお望みなのですね。ならば頑張りませんと。それにお腹が空いていた方がより沢山、より美味しく頂けますからね。良いことずくめです。
「あ、目的地とか決めずに近所を散歩するのもいいかもな」
「えっ」
もうお部屋に居続けるつもりでしたので、今更歩くと言われましても。私はあまりに驚いて少々顔が強ばってしまいました。
「……ん、やめておくか。すでに決めたことを変えるのはよくないし」
「助かります……」
辰月様は私の心情を察してくださったみたいですね。申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいです。




