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第五十五話 食堂再び

 食堂に到着いたしました。実を言うと私はもう食べる物を決めております。いつもだったら沢山の食べ物があるので目移りしてしまっていたでしょうが、私は本日の予定を聞いた時に決めていたのです。

 ですので私達は食堂内のお品書きには目もくれず受付に進みました。


「へぇ、何を食べるつもりなんだ?」

「天丼です!」

「おー、そう言えば海に行くって決める前に天丼を食べに行くかどうかって話したような?」

「そうです。それです!」


 辰月様も覚えていてくださったのですね。嬉しいです。


「んじゃあ俺も天丼にしようかな」


 ということで天丼を二人分注文しようとしたのですが、昼休憩の時間から過ぎていたため残り一つとなっていました。


「んじゃ俺はにしん蕎麦にしよう。大盛りで」

「はい、天丼とにしん蕎麦大盛りー」


 辰月様に天丼を譲ろうかと思う前に、すでに注文が終わっていました。辰月様の切り替えのはやさに驚くしかありません。私なら今頃慌てふためいていたことでしょう。臨機応変は大事ですね。


「座って待ってよう」

「天丼はよろしいのですか?」


 先ほどの言葉は私に合わせてくださっただけでしょうけど、一応聞いてみました。


「俺は別に何でもよかったからなぁ」

「そうでしたか。何か召し上がりたい天ぷらがございましたら差し上げますね」

「いいってそんな。ちゃんと食べないと……って量が多くて残すかもしれないからか」


 そんなつもりで言ったのではないですけど、言われてみると全てを食べきる自信はないです。量が多いですからね。

 けれども、可食部を増やすためには食べませんと。なんとしてでも食べきってみせます。あ、前回の親子丼は完食したのですから、心配する必要はないでは?


「お、出来たみたいだ」


 前回来たときにも感じましたが、本当に出来上がるのが早いですね。受け取って隅々まで見ても手を抜いたようには見えませんし、食べてみてもそんな感じはいたしません。天ぷらは熱々ですから、揚げて置いておいたのではなさそうですし。ご飯もふっくらつやつやですよ。……って、ご飯は炊いてあるものですかね。


「美味いか?」

「ええ、とっても。海老はぷりぷりで衣はさくさくしています。タレも甘塩っぱくてご飯が進みそうです」

「気に入ったみたいでよかったよ」


 辰月様は蕎麦をずずっとすすられました。豪快な音が食欲をそそりますね。にしんの甘露煮も美味しそうです。


「この緑色のは何でしょう?」

「ししとうじゃないか?」


 ししとうの天ぷらを辛いかもしれない恐怖と闘いながらちょっとだけ囓りました。む、大丈夫そうですかね。ええ、大丈夫です。ああ、よかった。

 ……いいえ、そんなことはありませんでした。後からきました。きてしまいました。


「しっかりしろ! 水を飲め! 水を飲むんだ!」


 今までで一番の辛さです。ここまでの辛さは初めてです。何にも形容しがたい辛さです。


「米か? 米を食べたほうがましか?」


 私はタレがついた白米を口に沢山入れて咀嚼しました。しかし刺激は残ったままです。私はもう一回白米を頬張りました。おかげでなんだか少し緩和された気がします。


「ふへへ、頬張った顔も栗鼠みたいで可愛いなぁ……」


 辰月様は私の食べかけのししとうを口の中に放り込まれました。だ、大丈夫なのですか? 


「辛いとわかっていれば平気だろ」


 こんなに辛いししとうを食べても辰月様は平然とされています。いくら辛いとわかっていても、どうしようもないくらい辛いのに。何かの術で辛さを軽減されているのでしょうか?


「もう大丈夫そうか?」

「はい。大丈夫だと思います」


 醜態を晒してしまったのに、辰月様は爽やかな笑顔を私に向けてくださいました。いつ見ても素敵な笑顔でらっしゃる。


「冷めちまうからさっさと食うぞー」

「はいっ」


 見とれている場合ではありませんでしたね。他の天ぷらも食べませんと。こちらは茄子ですね。とろりとした食感と甘さがいいですね。南瓜も大葉も実に美味です。ほくほくとパリパリで、様々な食感を楽しめました。


「全部食べられたみたいだな」

「はい。大変美味しかったです」

「ご飯つぶがついているのに気付かないほど?」


 またやってしまいました。慌てて取ろうとしましたが、いつものように辰月様が取って下さいました。ええ、いつものようにご飯つぶは辰月様の口の中です。


「ふふっ、ご馳走様」

「っ、ご馳走様でした……」


 何故そこで怪しげに笑われたのですか!




 辰月の同僚の一人が詰め所に駆け込んできた。


「辰月が食堂にいた!」

「そりゃ飯ぐらい食うだろ」


 こう言った者以外もうんうんと頷き「だからどうした」と興味なさげだった。次の言葉を聞くまでは。


「婚約者とやらも一緒にいた!」


 この言葉に一同の顔色は変わった。


「なんだと!」

「どんな子だった?」

「可愛いのか?」


 一斉に立ち上がり、目撃者に詰め寄った。


「どうせ人間だからと大して期待してなかったが、あの子は可愛い! いや、あれは美人と可愛いの間だ!」

「ほほう?」

「なんか、こう、守ってやりたくなるような、愛でたくなるような、そんな感じの子だった」


 目撃者は身振り手振りで何か表現している。


「庇護欲を掻き立てるようなような子ってことか」

「ぐっ、俺も今から生贄を探しに……」

「今時生贄なんていないからやめとけ」


 仮にいたとしても美鶴のように若くて美しい女子である可能性は限りなく低い。


「くそぉ、辰月のやつ、あんな可愛い子と大衆の面前でいちゃつきやがって……」

「え、何してたんだ?」


 辰月が常軌を逸することなどするだろうかと、皆は眉間に皺を寄せた。それは辰月は規律を守らない輩を嫌うからだ。まさか周りが見えなくなるほど婚約者に入れ込んでいるのだろうか?


「飯を食ってた!」

「そりゃ食堂だからな」

「むしろ他のことをしちゃ駄目だろ」


 期待させておいて普通の事しか言わない目撃者に皆はがっかりした。ため息を吐いて着席した者もいる。


「なんか微笑みあいながら食ってた!」

「え、それだけか?」

「どんだけ飢えてるんだよ……」


 普通すぎて皆は呆れ、ため息の数が増えた。


「ああ……潤いと温もりが欲しい……」


 目撃者は項垂れ、今にも涙を流し出しそうな雰囲気だ。


「嘆いている暇があるなら、女性陣の休憩所にでも顔出せばいいだろ。差し入れとか持っていけば誰かは会話してくれるんじゃないか?」

「何言ってるんだ! あいつらは見た目は悪くないが中身は極悪だぞっ。なんでそんなやつらに貢がにゃならんのだっ」


 目撃者は歯を食いしばり全力で嫌がっている。


「違う。本人じゃなくて誰かを紹介してくれるように頼むんだよ」

「はっ! その手があったか!」

「えー、こいつにそういうまわりくどいの出来るのか?」

「うん。何回か差し入れしないと紹介してくれなさそうだもんな」

「だー! やっぱり無理だ!」


 目撃者にまめな行動は無理のようだ。金銭的にも性格的にも。


「あっ! 綺麗な女性の危機を救ってそこから交際が始まるとかないか?」

「確かにそっちのほうが性に合ってそうだが、そんな場面は見たことも聞いたこともないな」


 あっても物語の中だけだ。


「大体そういうのが起きるのって治安が悪い所だろ? そんな所にいる人が好みなのか?」

「可愛ければよい! それに庶民の生活を体験したくて迷い込んでしまったお嬢様かもしれないだろ?」


 妄想大爆発である。


「うーん、確かに場にそぐわない奴が絡まれるってのはあるからなぁ」

「だろ? よし、早速行ってこよう! 待ってて可愛いお嬢様!」


 目撃者は意気揚々と走り出したが、すぐに同僚に捕まった。


「残念。休憩時間終了だ。持ち場に行くぞ」

「くそぉっ!」




 美鶴が顔にご飯をつけたままになってしまうのは、顔に傷跡があったときに感覚が鈍くなっていた名残です。

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