第五十三話 夜番最終日
私はせめてものお詫びにと、寝ている辰月様に目隠しと耳栓をつけさせていただきました。そっとそっと慎重に。睡眠の邪魔をしてはならないのでかなり神経を使いました。
(それにしても口元だけでも美男子ですね。……あら? 前にもそんなことを思ったような?)
形と厚みが計算されたかのように完璧な比率なので、こう思うのは当たり前です。本当に何度見ても見事ですからね。仕方ないのです。
(ハッ! こんなに見つめるのは失礼なのでは?)
じろじろ見るなんて良くないですよね。しかも相手は神様です。不敬になるのではないでしょうか?
(しかしもっと眺めていたいです。けどいけませんよね。先ほど撫でさせていただいた首筋も見ちゃ駄目です)
鎖骨も見ちゃ駄目です。どんなに形が整っていても駄目なものは駄目です。
あ、見えないようにお布団をかければいいのでは? 顎の下まで掛け布団を移動させればよいのです。これなら温かくなってちょうどいいでしょうから一石二鳥でしょう。
こちらもそっとそっと慎重にしましたよ。無事に辰月様の首と鎖骨が隠れました。これで私が凝視してしまう心配はなくなりましたね。
(あ、そうです。そもそも寝てしまえば見る見ないの問題は解決ですね。よし、もう一度眠りましょう)
私も布団に潜り込みました。やっぱりあったかいですね。これならすぐに眠れるでしょう。二度寝というものですね。明るくなっているのに二度寝、村にいた頃では考えられなかった行為です。
村の皆さんは今頃何をしているのでしょうか。災害など起きずに無事に暮らせていたらいいのですけど。
何故、寝るのにこんなに考え事をしているかって? こうやっていないと平常心を保てないからです。毎日一緒に就寝していますのにね。ちっとも慣れません。
目覚めると見計らったかのように侍女のお二人がやって来ました。私はここ数日で密かに静かに寝台からおりる技を習得しましてね。そそそっと端まで移動して滑り落ちるように床に着地するのです。この時に掛け布団を引っ張ってはいけません。辰月様が寒くなってしまいますからね。
横になった状態で寝台の上から足を伸ばしてみたこともありますが、あれは危険です。足をつります。
「今日は辰月様はお休みのままのようですね」
「起きるとのことでお食事を用意したのですけど」
どうやら辰月様は起床なさるご予定のようです。私の技は必要なかったかもしれません。
さて、侍女と生贄、果たしてどちらがが起こしたほうがいいのでしょうか。悩みどころです。
「辰月様はそのうち起きられるでしょう」
「美鶴様は今のうちに着替えてしまいましょう」
ええそうですね。きっと私が着替えているうちに辰月様はお目覚めになるでしょう。
お二人は私と話しながらも手を動かして私に着物を着せてくれます。私もこれくらい器用になりたいものです。
そうこうしているうちに着替え終わりました。今日の着物もあちらこちらに花が描かれていて、お嬢様がお召しになるもののように美しいです。所々に蝶がいて可愛らしいですね。
「辰月様はまだ寝ておられますが、もしかしたら食べ物を持って来たらお目覚めになるかもしれませんね」
「目と耳が塞がっていても鼻は塞がっておりませんからね」
お二人の目論見通り、辰月様が食事の匂いを嗅いで起床されました。
「今日の食事はなんだ? 洋食か?」
辰月様は目隠しと耳栓を取り、胸元を整えながら私達の所にいらっしゃりました。……寝癖は少しあるようです。
「目玉焼きとパンとサラダでございます」
「辰月様の分は沢山用意しておりますので、ご安心ください」
辰月様はパンに目玉焼きを挟んで召し上がっておられます。私も真似してみたら、口が開かなくて上手く齧り付けませんでした。変ですね。辰月様はパン二枚で、私はパンを半分に折りたたんだのですけど、厚さは同じはずですよね。
「美鶴は口が小さいもんな」
「サンドウヰッチとはパンの厚さが違うみたいです」
サンドウヰッチなら何の問題も無く食べられましたよね。上手く食べられないのはパンがこんがりと焼かれていて、潰れにくいせいもあるでしょうかね?
「辰月様は美鶴様のお口の大きさを把握しておられるのですね」
「一体どのようにして……」
心なしか侍女のお二人の目が輝いているような?
「……そんなの見りゃあわかるだろ」
「よく観察しておられるのですね」
「それとも触れてみてでしょうか?」
むっ、お二人の可愛い尻尾がゆらゆらしだしましたよ。どうされたのでしょう?
「二人ともまた侍女仲間達に言いふらす気だな」
先輩の奥さんにも広まっていたとか何とか。……広まる? 何が広まっていたのでしょうかね?
「なんか噂に尾ひれがついてそうだよな」
何の噂ですかね?
「私達は見たまま聞いたままを皆に伝えているだけにございます」
「けっして誇張などしておりませんよ」
どこで何を見て聞いたのでしょう? お二人はお忙しいでしょうにね。不思議です。
「怪しいもんだ」
「尾ひれをつけているとしたら、話を聞いた皆ですよ」
「そうです。私達ではございません。ささっ、ヨーグルトも召し上がってください」
今回のヨーグルトにははちみつがかかっています。白と金色も良いものですね。雲の隙間から覗く日光とでもいいましょうか。さあ涎が垂れないうちに食べちゃいませんと。
「うん。はちみつとこんなに合うんだな」
「ヨーグルト自体は昨晩のより淡泊な気がします」
淡泊だからこそ濃厚なはちみつと合うのでしょうかね。ああっ、二口め三口めも美味で、最後まで美味でした。飽きない美味しさ、素晴らしいですね。お皿についているのを舐めてしまいたいですけど、我慢です。
「ご馳走様でした」
「ヨーグルトはお腹によいそうですよ」
「お通じが良くなるのだそうです」
排便が改善する、つまりお腹の中を綺麗にする……。きっと辰月様は脂肪だけでなく内臓も召し上がるのですよ。美味しいのにお腹の中も綺麗になるだなんて素晴らしい食べ物ですね。
(もっと食べるべきでしょうか。しかし食べ過ぎたらお腹を下しそうですね)
何事もほどほどといいますから提供された分だけいただきましょう。きっと適量を出してくださっているのでしょうから。
「ふぅ、美味かった。今日も夜番を頑張れそうだ」
「今日で最後なのですよね」
「ああそうだ。今日仕事に行ったら明日と明後日休みだー」
ハッ、ということは辰月様と一日中一緒にいられる?
(いえいえ、もしかしたら辰月様は何かご用事があるかもしれませんから、勝手に期待しちゃいけません。色々妄想してがっかりしかねませんからね)
けれど想像しちゃいますね。一日中近くにいられたら何をして過ごすかを。
どんな会話をするのか、どんなところに行くのか、どんな食事をするのか、どんなことに興味を持つのか、どんな表情をなさるのか。
「また食堂に行ってみるか?」
「えっ」
妄想から我に返りました。ううーん、いくら妄想しても辰月様は現実のほうがいいですね。
「あれ? 嫌だったか?」
「まさか」
辰月様と共に行動出来るのに、嫌なはずありません。ありえません。私は必死に頭を振りました。
「じゃあ医者に診てもらった後に食堂に行って、その後に呉服店に行こう」
なっ、いつの間にか明日の予定が決まっています。まぁ、私は何の予定もないので問題ありませんけどね。
「あの、辰月様。どこか具合が悪いのですか?」
「俺じゃない。美鶴の目と耳を診察してもらうんだ。んで呉服店には試着に行く」
式で着る着物ですね。楽しみですけど、いよいよ生贄の役目を果たす時がすぐそこまで来ていると思うと……。ああ、また覚悟が揺らいでしまいました。しっかりしませんと。
「どした? 医者が怖いのか?」
「いえ、平気ですよ」
「そうか、よかった。予約を入れておいたから、怖いと言ったらどうしようかと思った」
私が怖いのは辰月様のお側にいられなくなることです。ええですが、もう覚悟していますので、弱い自分とは決別いたします。もう淡い希望なんて持ちません。
「親切でお優しい先生方でしたので、少しも怖くなかったですよ」
「本当はもっと早く診察して貰いたかったんだけど、日程が合わなくてさ」
「そうでしたか」
私は暇ですけど、辰月様やお医者様達はお忙しいのでしょう。
「目と耳は不具合ないか? 例えば視野がかけるとかぼやけるとか、雑音が聞こえるとか」
「いいえ、何も。しっかり見えておりますし聞こえております」
辰月様のお姿もお声もばっちりです。
「それを聞けて安心したよ」
視力も聴力も問題なく回復しておりますが、素人と医者の判断は違うかもしれないので診察に行く予定は変わりません。自己判断はよくないからね。
「ええ。治療してくださったお礼もしたいですし」
「だな!」
辰月様の夜番最終日は何事もなく終わり、翌日になりました。




