第五十一話 写真を見る
苺ジャムのサンドウヰッチは侍女のお二人にお裾分け、いえ、食べてもらうことにしました。やはり私達にはジャムが甘すぎたのです。甘い物はちょこっと食べるのがいいのであって、いっぱい食べるのはよくないですね。と言いつつ、違う果物のジャムだったら今より多く食べていたでしょう。ええ、要するに飽きてしまったのです。なんと贅沢な悩みでしょうか。
甘い残り香をお茶で流し込んでいたら、お二人の耳が動きました。
「おや、何か届いたようですよ」
「取ってきますね」
紺野さんがトコトコと戻って来ると、手には何か冊子のような物がありました。一体なんでしょう?
「なんだそれ?」
「ええっと、写真と書いてあるみたいですね」
「海で撮影されたものでございますね」
早速皆で見てみることになりました。ああ、変な顔をしていないといいのですけど。ドキドキします。見たいのに見たくないような……。こうなったら辰月様だけ見ましょうかね。
「お、やっと届いたか。どれどれ」
「まあ! お二人とも素敵です!」
「美鶴様の帽子の有無で複数枚撮られたのですね」
辰月様は写真でも凛々しいお顔をなさっています。それでいて太陽の下に合うような明るく爽やかな笑顔をなさってますね。撮影時は隣にいたので見られなかったお姿です。
写真でこれほど素敵なのならば、生で見たらより一層素敵だったのでしょう。
「口紅をさした美鶴様は普段と違う雰囲気がして良いですね」
「美しさが増しておりますね」
「フフン。そうだろう、そうだろう」
辰月様は大きく頷いてらっしゃいますが、実際の写真の私は強ばっていて怖い顔になっています。思い切り緊張している顔です。辰月様は自然に笑っておられるのに、私ときたら何と無様なこと!
「写真の美鶴も可愛いなぁ。へへっ」
まさか辰月様には別のものが見えて……? それくらい私が抱いた印象とかけ離れています。
「購入されたものとは違う髪飾りですね」
「こちらも大変よくお似合いです」
「辰月様も何か普段と違う物を身に付けられたらよかったですのに」
「ええそうですよ。帽子とか杖とかなかったのですか?」
確かにちょっと見てみたかったですねぇ。さぞかし格好良く着こなされるのでしょう。
「おいおい、それらって俺に似合うか?」
「辰月様はどんな物でもお似合いになると思います!」
辰月様がとんでもない発言をされたので思わず大きな声を出してしまいました。そのせいで皆さんは吃驚されたようで硬直しています。やってしまいました……。
「お、おう……ありがとう」
「えっとあのその、辰月様はお顔も体格も良いのでどのような物でもよくお似合いだと思うのです」
私は恥ずかしくて辰月様を見られなかったので、太股の上の自分の握り拳を見ながら言いました。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、顔は普通だろう」
「自己評価が低くてらっしゃるのですね」
「美鶴がそれを言うのか?」
だって私は事実ですもの。けれど辰月様は違います。誰よりも格好いいのです。
あら? どこかから風が吹いてきています。出場所はすぐにわかりました。
「はわっお二人が互いを思うあまり喧嘩を!」
「はわわっ侍女仲間達を呼んできたい!」
侍女のお二人の尻尾の動きが風を発生させていたようです。つぶらな瞳がキラキラと輝いていますね。なにやら息も荒いような。
「お前らなぁ……」
チラリと視線を辰月様に向けると、ジトリとした目つきをなさっていました。貴重な表情です。
「コホン、失礼致しました」
「美鶴様、月の一族は美形の方が多いのです」
「ですので、辰月様はご自身を普通だとおっしゃっているのでしょう」
「他の種族の中にいたら辰月様もご自身が美男子だと自覚されていたことでしょう」
そんなことをしなくても、辰月様は美男子です。美丈夫です。男前です。
「誉めてるのかけなしているのかわからんが、まぁ、そんなところだ。美鶴、前に会った臘月兄さんも整った顔をしていただろ?」
辰月様のおっしゃる通り、臘月さんは道行く人の中では整っているほうだと思います。
「そうですけど、私は辰月様のほうが格好良いと思います」
「おう……」
私は握り拳を見つめたままなので、辰月様がどのような表情をなさっているのか不明です。ですが、声色から困ってらっしゃるのはわかります。
「ハッ! 美鶴様の中では辰月様が一番だと、そういうことですね!」
「今すぐ皆に報告に行きたいです!」
心なしか風が強くなっている気がします。頭を上げずにちらりとお二人の方を見ると、尻尾がもげないか心配になるほど激しく動いていました。
「ふへへ。今日、休んでもいいかなぁ……」
「いいのではないでしょうか!」
「今日休まずにしていつ休むのですか!」
待ってください。何故お仕事を休むのでしょう? 私の発言が原因ですよね?
「駄目だろうなぁ。昨日盛大に転けて大怪我した先輩がいるから抜けられないだろうなぁ……」
「急病ということにしましょう!」
「そうしましょう!」
「いやぁ、医者が来ちゃうだろ。仮病なのバレちゃうだろ。あーあ、ずっと側にいたいのになー」
辰月様も私の側にいたいと思ってくださっている?
「私もです!」
「おふっ。だ、駄目だ、俺は耐えられそうにない。別室で仮眠を取ってそのまま仕事に行くことにする」
「え?」
何故先ほどと真逆になるのですか? やはり私がおかしなことを言ったから……。
「美鶴が可愛すぎるのが悪いんだ……」
「え?」
可愛いすぎるのはよくない……。私は自分を可愛いなどと思っておりませんが、可愛いのはよくないのですね。美味しそうになるように努力してきましたけど、方向性を間違っていたのですね。
そもそも美味しそうと可愛いは別物ですもの。もっと丸々太れと、そういうことですかね?
「もっと精進いたします」
「え、何を? いや、何がか? あれ?」
「より食指が動くように努力いたします」
「またそんな大胆なことを……」
辰月様は何かブツブツとおっしゃりながら出て行かれました。
辰月が詰め所に到着すると昼番の者がいた。彼はただ荷物を取りに来ただけのようで、すぐに出入り口のほうに体を向けていた。
「お、辰月。随分と早く来たな」
「ここで仮眠をと思いまして」
辰月は先輩と話しながら他の誰かが使った寝具を整えて、自分の寝床を作成しだした。
「あれ? 嫁さんがいる部屋で寝ないのか?」
「ぐっ、思い出させないでください」
辰月は掛け布団を大袈裟にバサバサと動かしている。まるで何かを振り払うかのように。
「んー? 喧嘩かあ? ……いや、その顔は違うなぁ」
「先輩、早く持ち場に戻られたほうがいいですよ」
「惚気なら聞くぞお? うちのカミさんはそういうのが好きでなあ」
先輩は今にも噴き出しそうになりながらも、なんとか堪えてクククと笑った。そんな彼の妻は侍女達から辰月と美鶴の話を聞いているらしく、よく彼に話すらしい。
「なっ、どこまで広まっているんだ!」
辰月はまだバサバサと掛け布団を動かしている。
「さあ? けどまあ、侍女と仲が良いやつらは皆知っているんじゃないか?」
「あの二人を自由にさせすぎたか……」
あの二人とはもちろん、尻尾を千切れんばかりに振っていた本多と紺野だ。二人が楽しそうだから口止めせずにいたのが悪かった。ただ侍女達の息抜きになればと思っていたのに、こんな事になるとは。今更喋るなとは言えないので、今後も広まっていくのだろう。
「仲睦まじいのは良いことだ。おかげで俺んちも……いや、この話はいいか」
「最近、肌つやが良いのはそのせいですか……」
機嫌も良いので何があったのだろうと辰月は思っていたのだが、まさか自分と美鶴の話のおかげだったとは彼も驚くしかない。いや驚きよりも恥ずかしさのほうが大きい、遥かに大きい。
「フッ、もう一人、子が出来るかもな」
先輩は笑顔で詰め所から出て行った。辰月はやっと寝床を整え終えたので眠ることにした。




