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第五十話 塩味と甘味

「あの、いつ頃お戻りになられたのですか?」


 一体いつから辰月様に見られていたのでしょう? まぁ、どの場面でも気が抜けていたのできっと締まりのない顔をしていたことでしょうから、恥ずかしいことには変わりないのですけどね。


「んー……美鶴がよし! って言う前かな」

「それほど前からいらしたのですか」


 より美味しく見映えのする生贄になろう決意した時、いえ、その前なので辰月様と別れるのを悲しんでいた時ですかね? やはりどこであっても恥ずかしいです。


「まあな。で、あれって何か決心していたのか?」

「え? えっと……その……」

「何かなきゃあんな風にしないだろう?」


 なんと返事をすれば……。真実を言ったら、今更決心したのかよと辰月様を落胆させてしまうのではないでしょうか。

 私はずっと、ずっと良い品質の生贄になろうと努力をしてきました。ですので今回は改めて決心したまでです。これを伝えれば大丈夫でしょうか?


「……俺に言えないことか?」

「いえっそんなっ! あのですね、辰月様により美味しく召し上がっていただくために、もっと心身を磨こうと決意していたのです」

「なっ……何を」


 辰月様はやはり今更かと思われたのか、怒りで顔が赤くなってらっしゃいます。


「ですけれど、これは以前から思っておりましたので、満足していただけるよう、より一層励むという意味でございます」

「満足って……」


 ふぅ、きちんと言えました。これで誤解が解けたと思います。


「俺は十分満足している。そりゃぁ、まぁ、もっと色々と味わいたいが……」

「もっと味見なさりたいのですか?」


 また味わいたいと思って下さったのだとしたら、こんなに嬉しいことはありません。


「うん、まぁ、そうだけど……」

「首筋を舐められたのもそれででしょうか?」


 場所によって味が変わるのでしょうかね。だって唇以外は塩を揉み込んでいるだけですので塩味しかしないはずですもの。それとも食感の確認でしょうか? あ、各部位の舌触りの確認ですね、きっと。


「ああ、そうかもな。まったく、大胆なことを言うなぁ……」

「はしたなかったでしょうか……」


 まだその日が来ていないのに先走ってしまいました。いけませんね。


「うっ……。俺はどんな美鶴も好きだから問題ない」

「辰月様、寛大なご配慮ありがとうございます」

「堅苦しいなぁ。その様付けも本当はあんまり好きじゃないんだがなぁ」

「しかし辰月様は私の恩人ですので」


 私のというより村の恩人と言うべきでしょうか。ですので他の敬称はありえませんね。ましてや呼び捨てだなんて罰当たりです。


「ああ、あのままあそこにいたら野犬に襲われていたかもな」

「本当に感謝しております。いくら感謝してもしきれないくらいです」


 辰月様があの時来てくださらなければ、私は生贄の役割を果たせなかったのですからね。


「近くに集まって来ていたからなぁ」

「ええっ!」


 おそらく野犬たちは学習していたのでしょう。私の前の人は野犬に襲われてしまったそうですから。


「むしろよくあの距離にいて無事だったな。不思議だ」


 野犬たちは日が暮れるのを待っていたのでしょうかね? いえ、私なんてどこから見ても弱々しいのだから、明るくたってすぐに襲えたはずです。空腹でなかったとか?

 こう考えていたら、辰月様が野犬たちは狩りを楽しもうとしていた可能性があるとおっしゃいました。


「え、狩り……」

「暗闇の中を追い回して遊ぼうとしていたとかさ」


 そんなっ、少しでも辰月様がいらっしゃるのが遅れていたら……。きっと私が想像出来ないようなむごい殺され方をしていたのでしょう。なんと恐ろしい……。やはり辰月様は恩人です。大恩人です。


「本当になんとお礼を申し上げたらいいのか……」


 この世に存在する全ての感謝の言葉をお伝えせねば。


「いいってそんな」

「いえいえ、改めて感謝申し上げます」


 本来なら腰を折り頭を下げてお礼を言うべきなのでしょうが、現在辰月様と至近距離にいるので出来ません。ですので一応会釈のように頭だけ下げました。やらないよりは良いですからね。ええもちろん、これで謝意を表しきれたとは思っておりませんよ。


「えー何回もいいってー。俺がしたくてしたんだし」

「しかし……」


 遠慮深くていらっしゃる。そんな辰月様も素敵です。


「んじゃあ俺は美鶴と出会えたことに感謝するとしよう」

「どういうことです?」

「フッ、こういうことだ」


 私は辰月様にぎゅっと抱きしめられました。そして背中を撫で回されました。辰月様の手があちこちを行ったり来たり……くすぐったいです。


「あ、あのっ」


 意味がわからず声をかけてしまいました。だって感謝と背中を撫で回すのって関係ありますか?


「!」


 なんとお尻も撫で回されております。感謝で肉付きの確認をなさる……。やはりよくわかりません。

 あ、もしや、食べ物に感謝するということでしょうか? おお、これなら理解出来ます。全ての生命に感謝、ですよね。


「……っ」


 けれどもここまで撫で回されると、くすぐったくて声が漏れそうになってしまいます。


(我慢しませんと……)


 我慢と言いましたが、辰月様に変な声を聞かせるのは無礼だと判断したからであって、別に撫でられるのが嫌なわけではありませんよ。そのうち確認が終わるでからね。しかし依然として辰月様の手は私の腰と臀部を往復しています。

 そんなにお好きなのですね。あ、肉も他の箇所と比べたらしっかり付いていて食べ応えがありますもの。そりゃあ念入りに確認されますよ。


「!」


 今、辰月様が私の耳元で唾を飲み込まれました。それほど食欲をそそられているのですね。これはもっと沢山食べて肉を蓄えませんと。


「うーん、口吸いもしたいけど、やめておこう」


 辰月様は私から離れてそっぽを向かれました。これは確かめ終わったということでしょうか?


「はい……。ボディクリームはいかがなさいますか?」

「え? ……ああ。今日も手短に頼むよ」


 辰月様は今日もお疲れのようです。




 今日は辰月様と一緒に昼食もとい起きたばかりなので朝食を食べました。サンドウイチだかサンドウヰッチなるものだそうです。そういえば父がそんな食べ物があると言っていたような?


「ハムとチーズが挟んであるんだな」

「どちらもしょっぱい食べ物ですね。おにぎりの具のような物でしょうか?」

「だろうな。美味いけどあんまり腹にたまらなさそうだなぁ……」


 辰月様はしょんぼりされています。なんだか子犬のようで可愛らしいです。ハッ! 神様を動物のようだなんて思ったら失礼なのでは? あ、失礼だなんて動物さんにも失礼なのでは? むむむ……。

 謝罪するべきかと思いましたが、口に出していないのにいきなり謝ったら変ですよね。止めておきましょう。サンドウヰッチと一緒に謝罪の言葉を飲み込みました。


「ご安心ください。まだまだ沢山ございますよ」

「どうぞお召し上がりください」


 侍女の本多さんと紺野さんが山盛りのサンドウヰッチを辰月様の目の前に置くと、辰月様の目が輝き出しました。


「こっちは玉子か。ふむふむ」


 持ってみるとハムとチーズのものよりずっしりしています。これなら満腹になりそうです。私が観察しているうちに辰月様は一つめを食べ終えてらっしゃいました。それに驚いていると辰月様は二つめに齧りついておられます。なくならないうちに私も早く食べましょう。うん、玉子とパンって合うんですね。


「ん? こっちはなんだ? 甘い匂いがする」


 何か赤くてツヤツヤしたものが挟まっています。パンの白との対比が良いですね。香りだけでなく視覚からも食欲をそそられます。


「そちらは苺ジャムです」

「ジャムとは果物に砂糖を入れて煮詰めたものです」


 ならば最後に食べようということになり、二人でしょぱいほうのサンドウヰッチを食べ終えました。まあ、ほとんど辰月様が召し上がったのですけどね。いつものように私の倍以上です。私ももっと食べられるようになりませんと。

 さて続いては苺ジャムのサンドウヰッチです。こちらは二人で同時に頬張りました。


「お、こっちも美味いな。……物足りないけど」


 辰月様にとっては平べったいですからね。もっと分厚いパンだったら食べ応えがあってよかったかもしれませんね。


「あんパンみたいにずっしりしてたらなぁ……」


 また辰月様がしょんぼりされています。どうしましょう。あ、そうです!


「いくつか重ねてみてはいかがでしょう?」

「え、流石にそこまでは……」


 これは良案だと思いましたが、引かれてしまいました。突拍子もないことを言うおかしな奴と思われていないでしょうか。何かもっと良い案はないでしょうか。


「けどせっかく美鶴が言ってくれたからやってみるか」

「いえそんなっ、お嫌でしたらなさらなくても……」

「いや、案外いけるかもしれない」

「甘すぎるかもしれません」


 自分で提案しといて言うのもなんですが、苺ジャムはかなり甘いです。これを一度に沢山食べたらつらいやも……。


「……ありそうだな、それ。これだけ甘いんだからこの薄さでいいのかもしれない」


 私達は苺ジャムのサンドウヰッチを一つずつ食べることにしました。




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