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第四十九話 平穏な一日

 今日は侍女のお二人が来てから目覚めました。私は辰月様を起こさないように静かに寝台を離れたのですが、辰月様がいつの間にか耳栓と目隠しをされていたので少々驚きました。

 ここ数日を同じように着替えと食事が済んだら、文字の勉強の時間です。今日はお二人が持って来た本の文章を書き写してみましたが、何が何だかわかりません。私はまた過激な文章なのではと警戒しております。


「こちらは何と書いてあるのですか?」

「愛しい君の唇を今すぐ塞ぎたい」

「とは書かれておりませんから安心なさってください」


 本当は「お洒落な髪型図鑑」だそうです。ええわかっておりましたよ。だって挿絵がそうですもの!


「こちらは前にやってもらったものですね」


 海に行った時にしてもらった髪型が載っています。元々帽子に合うような髪型として紹介されていたようです。雑誌から色々と吸収なさっているのですね。私もこれくらい勉強熱心になりませんと。


「昔ながらの格好しか受け入れない方もいらっしゃります」

「長命の方に多い傾向があります」


 毎日同じだと楽と言えば楽だそうですが、飽きてしまう侍女もいるそうです。確かに年単位で日々同じ作業をするのは大変でしょうね。


「気になる髪型はございますか?」

「先日買われた髪飾りを使えるものにいたしますか?」

「いい考えですね。けれどどれも素敵な髪型だから悩んじゃいます」


 これだけあったら日替わりでやっていくのも良いかもしれない……ハッ! 自分がやらないからって欲張りなことを言いそうになりました。一つやるのにも練習が大変そうなのにも関わらず。言う前に気付いて良かったです。

 あ、もしやこうやって我が儘になっていくのでしょうか。気を付けませんと。支えてくれる人がいるから生きていけるのですからね。


「私は詳しくないのでおまかせいたします」


 村ではいつも同じ髪型だったので、どれもお洒落に見えます。きっとお洒落上級者の方が見たら自分に似合うものがわかるのでしょうけど、私にはさっぱりです。お二人がしたいものや得意な髪型をお願いするのがよいですよね。あ、上級者の方は似合うのを見つけるだけでなく「似合わせる」のもお上手なのでは?


「こちらでしたら先日の髪型と近いですので、すぐに出来そうですよ」

「さっそくやってみますか?」

「お願いします」


 お二人は小さな手であっという間に髪を結い上げてくれました。手鏡で覗き見ていたのですが、見た事のない動きをしていましたよ。




 辰月様がお目覚めになると、真っ先に髪型を褒めてくださいました。



「ああ、目覚めて一番最初にこんなに美しいものを見られるなんて、俺は本当に幸せ者だ。この世の全てに感謝したい。この髪飾りも想像以上によく似合っている。職人もこれほど似合う者がいるなど夢にも思わなかっただろう」

「ありがとうございます……」


 私の顔が一気に熱くなりました。もしかしたら顔から火が出ているのかもしれません。


「ハッ! 相乗効果ってやつだろうか。なんだか美鶴が光り輝いているように見える。いや、花びらが舞っている?」


 嬉しいですが、流石にこれは言い過ぎです。……まさか辰月様は寝ぼけておられる?


「海に行ったときのと似ているがちょっと違うな。あの時より華やかさと繊細さが出ている気がする」

「先日のは編み込みでしたが、今回のは片側だけ編み込みにしたのです」

「練習した甲斐がありました」


 なんでもお馬さんの侍女さんがいるそうで、その方の鬣や尻尾で練習したそうです。……ところでお馬さんの侍女さんは蹄でどのようにお仕事するのでしょうか? 人間のような指はないですよね。ううーん……。身のまわりの世話の担当じゃないとか?


「今日も一日頑張れそうだ。皆ありがとう」


 辰月様に爽やかな笑顔でお礼を言われてしまいました。嬉しいですが私は座って髪を結われただけですので心が痛みます。


「私は何もしておりません。お二人にだけお礼を……」

「何をおっしゃいます。何事も素材がなければ成り立たないのですよ!」

「そうですよ。美鶴様でなければ私達のやる気もここまで出ませんよ!」

「俺もそう思う。二人とも良いことを言うなぁ」


 何が何だか理解が追いつきませんが、お三方とも誉めるのがお上手ですね。私の顔は熱いままです。


「はぁ、もっと見ていたいけど準備をせねば。残念極まりない。けど目に焼き付けたから大丈夫だ。俺はなんとかやれる」


 先ほど今日も一日頑張れそうだとおっしゃっていたのに、なんとかやれるに変化しています。この短時間に一体何が……。


「しかしなぁ、いくら覚えたとしても記憶と直接見るのとではなぁ、鮮度が違うからなぁ」

「鮮度……」


 鮮度、つまり新鮮な肉……、ですかね?


「はぁ、妄想で補うしかないか」

「妄想……」

「なぁ寝癖ついてないか?」

「ついておりませんよ」


 辰月様は身支度を終えられると出勤なさいました。


「こうなったら沢山練習いたしませんとね」

「お化粧の練習もしませんと」


 お二人の目がキランと、いえ、ギラリと輝きました。私はこの後、夕食中に髪を結われたり、お風呂の前なのに化粧されたりするのでした。




 今晩は一晩中何も起きなかったので、縫い物が捗りました。夜食を食べるのも忘れるほど一針一針集中出来たのでかなり良いものが縫えていますね。作業が終わったので私は夜食を食べることにしました。


(今日のおにぎりも美味しいです。本当は二食でもいいのですけど、いっぱい食事をしないと太れませんからね)


 もちろん回数だけでなく量もです。となるとやはりもう一個追加すべきだったでしょうか。これでもあばら骨は目立たなくなってきたのですけど。


(おしぼりで手を拭いて……。縫い物は前に作ったので慣れていたのもありますけど良い出来ですね)


 作ったのは目隠しです。これなら毎日洗濯しても大丈夫ですし、仮に目隠しが壊れても替えがききます。


(付け心地の確認をしましょう)


 どれも問題なさそうです。きちんと縫いましたから長持ちすることでしょう。私がいなくなっても使ってくださるといいですね。そのついでに思い出してくださったら嬉しいです。……いいえ、いいのです。思い出して下さらなくても。辰月様がお元気でいてくだされば、それでいいのです。


(明るくなるのが遅くなってきましたけど、そろそろ帰ってらっしゃいますよね)


 お疲れでしょうからすぐに眠れるように寝床を温めておきましょうか。いえ、駄目ですね。それでは確実に私が寝てしまいます。起きて待っておりませんと。


(まるで本当に妻になったようです)


 実際はただの生贄ですけどね。わかっているのに胸が締め付けられます。


(ずっとお側にいたかったです……)


 もちろん辰月様の体の一部としてではなく、隣にいたいのです。きっと生贄がこんなことを考えるのは罰当たりでしょうね。わかっておりますけど、そう考えずにはいられません。


(弱気になってしまいました。しっかりしませんと。そう、私は生贄。村のために役目を全うしなければ!)


 目指せ、見た目も味も良い生贄! 顔も体もしっかりと保湿して、味と匂いもつけて、五感全てで満足していただくのです!


(ふふふ。もっと頑張りませんとね)


 私はこの時、辰月様が戻ってらっしゃって来たのに全く気付いておりませんでした。




 辰月は美鶴が寝ているかもと思い、気配を消して静かに帰って来た。しかし彼はそれが上手すぎたため、彼女は起きているにも関わらず察知出来なかった。彼はそれはそれで面白いと思ったので彼女を観察することにした。


(あれ、悲しそうな顔をしている。どうしたんだ?)


 彼女は下を向いて辛そうな表情をしていた。少し目が潤んでいるようにも見える。何かあったのだろうか。それとも欠伸をした直後だろうか。見つめるのを止めて声をかけるべきか。そう悩んでいるうちに彼女は顔を上げた。


(ん、なんだか急に元気になった)


 彼女は握り拳を作っている。やはり泣いているのではなかったのだろうか。それとも空元気だろうか。


「よし!」


 彼女は何か決心したようだ。うんうんと頷きもしている。彼は彼女が何を決心したのか全くわからなかったので首を傾げたが、彼女が微笑んでいるので考えるのより見つめることを優先することにした。


(うーん、可愛いから何でもいいか)


 彼がフフッと笑い声を上げると、流石に彼女も彼に気付いたようで、体をビクリといった風に動かして彼の方に顔を向けた。


「はわっ! 辰月様! いつの間に!」

「さて、いつからだろうな」

「おおおお帰りなさいませ」


 やはり可愛い。可愛いので辰月はただいまと言って彼女を抱きしめ、そのまま首元に顔を埋めた。これは彼女の体温を感じられるし、匂いも嗅げるので彼は気に入っている。


「目隠しを作ったのですっ」

「そのようだな」

「是非ともお使いくださいっ」

「うん。ありがとう。助かるよ」


 彼は彼女の真っ赤な耳に口を近づけて囁いた。彼はただ耳の近くで大きな声を出したら煩いだろうと思っただけであるが、結果として彼女の耳に息をかける形になってしまった。なので彼女はもぞもぞと体を動かして逃れようとしている。


「あの……くすぐったいです」

「え? ああ、すまん」


 彼はまだ彼女と離れたくないので腕を緩めるだけにした。これなら彼女の顔も見られるし、触れていられるので一石二鳥だ。




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