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第四十五話 邪鬼

 安全確保までの時間が長引くかもしれないので、念のため侍女のお二人のためにお布団を用意しました。そう言ってもお座布団を並べただけなのですけどね。お二人は立派な毛皮があるので寒くはないそうですが、念のために私の膝掛けを用意しました。


「寝台で寝ても辰月様は怒らないと思いますよ?」

「いえいえそんな。辰月様がお許しになっても線引きはきちんとしなければなりません」

「大変有り難いことですが、曖昧になってはならないのです」


 ふわふわの毛に埋もれて眠る夢は叶わないようです。むむむ、ならば私も畳の上で眠りましょうかね。そうしたら肉球を堪能出来るやも……。


「寝る準備が出来たので、おにぎりをいただきましょうか」

「きっとこうしているうちに辰月様達が退治してくださるでしょう」

「ええそうですね。そうしましょう」


 私があれこれ想像している間に、お二人は夜食の準備をしていました。お二人は私と違って邪な考えはないようです。お仕事中なのですから当たり前なのですけど、反省しませんと。


「お茶ありがとうございます」

「熱いのでお気を付けください」

「寝る前なのでほうじ茶です」


 いつも思うのですけど、お二人はどうやって器用に道具を扱っているのでしょう? 人間と手の構造が違いますのに。手にくっつける術があるのですかね?

 私はおにぎりを手に取って頬張ると、しんなりとし始めていた海苔から小さな音がしました。


「今日も美味しいですね」


 白米の甘味とおかかの香りと甘塩っぱさが合わさって堪らないです。胡麻も入っているようでさらに風味が良くなっています。これはきっと辰月様なら……って昨日も同じ事を思ったような……。うーん、それだけこちらに馴染んできたのですね。決して発想力が乏しいとかではなく。


「ええとっても美味です」

「空腹だったので、尚のこと美味しく感じられます」


 唐突ですが、肉球の間から毛が生えているのを思い出しました。お二人の手に米粒がついてしまわないか心配です。もしついてしまったら、私が拭いて差し上げましょう。そうしましょう。


「お漬け物も召し上がってください」

「今日はきゅうりと大根ですよ」

「ええ、いただきます」


 お漬け物は柑橘類の皮で香りがつけられていました。これは手が止まらなくなりますね。一工夫でこんなにも美味しくなるとは。私もこういった香りを付けたほうがいいですかね? けれど辰月様は人間の匂いがよいみたいですし。と考えていたら小皿には何もなくなっていました。




 お二人が食器を片付け終えた頃、なんだか肌寒くなってきました。もう夜も遅くなってきたからでしょうか。幸い、温かいお茶を飲んだばかりなので、鳥肌は立っておりません。


「外は風が吹いてきたようですね」

「木々のざわめきが聞こえます」


 私の聴力では聞こえませんが、お二人には聞こえているようです。先ほどと同様に耳が動いております。


(あら? 気のせいでしょうか。空気が変わったような?)


 例えるなら重たいというか圧迫感というか、嫌な感じがするというか……。これはお二人も同じようです。皆で何が起きたのか部屋中を見渡してみましたが、室内に異変はありません。ということは外から来ているのでしょうか。


「天気が崩れる前兆でしょうか?」

「荒天にはならないようでしたけど、あくまで予報ですから外れたのかもしれませんね」


 もしかしたら嵐になるのかもしれませんね。こちらの嵐だからこれ程までに威圧感があるのかもしれません。


「なんでしょう……。いつになく重苦しいです」

「それに涼しいというよりかは寒くなってきましたね」


 食べたばかりですが、もう眠ることにしました。きっと寝ている間に嵐は過ぎ去るだろうと判断したのです。あ、辰月様は荒れ狂う天気の中、邪鬼の退治ために奔走なさるのでしょうか? 嵐で悪い奴が吹っ飛んで行ってしまえば全て解決ですのに。そう思いながら布団をめくったときです。


『……』


 何か聞こえた気がしましたが、はっきりとは聞こえませんでした。ですので耳の良いお二人に尋ねると、お二人は困った顔をしています。


「どうされました?」

「それが……今のお声が辰月様に似ていたのです」

「ですけど、この時間にお戻りになるなんておかしいですよね」


 確かに今はお仕事中ですものね。休憩時間でしょうか? それとも邪鬼が討伐されたのを知らせに来てくださったとか? いいえ、それなら発見時と同じ方法で知らされるはずです。


「はい。ですので匂いを嗅いでみたのですけど……」

「似ているような、そうでないような……。とにかくご本人だと断言出来ません」


 仕事をなさって汗をかいたので匂いが変化した、だから着替えに帰っていらしたとかですかね?


「ちなみに聞こえて来たのは」

「ここを開けてくれと……」


 うーん、もしご本人だとしたらご自分で開けて入って来られますよね。見回りに来られただけだから? あ、それなら「開けてくれ」はおかしいですね。

 どのような理由であれ、いつものようになさればよいのに。


『なあ、ここを開けてくれよ』

「!」


 今のは私にも聞こえました。紛うことなき辰月様のお声です。ですが……。


『おーい。もう寝ちまったのか?』

「……」


 何か違和感があります。上手く言語化出来ませんが、何か違います。そうですね、いつもはもっと温かみのあるお声で話されていると思います。ほんのわずかな誤差ですけれど、ですけれども! 何か違うのです。


『早く開けてくれよー』


 しかし一度は違うと思いましたが、とても良く似た声です。もし辰月様ご本人だとしたら、疲労でお声に変化があったとか?

 いっそのこと、どなたなのか尋ねてみましょうか? しかし、これでもし辰月様だったら……いえ、辰月様だったらお怒りにならず笑って赦してくださるでしょうね。


『おおーい』


 正体不明の声にお二人は耳が寝て尻尾も足の間に挟まってしまっています。お二人は私よりも耳と鼻が良いので、より多くの違和を感じているからでしょう。私は震えるお二人を抱きしめて背中を撫でました。しかし私も震えてきたため、上手く撫でられません。


『聞こえないのかー? おーい開けてくれよー』

「……」


 無視し続けるべきか、返事をすべきか。返事をするなら何と返したらいいのか。いずれにせよこれ以上お二人を怖がらせずに済む方法は何かないでしょうか? 一番良いのは無視していたら何処かに行ってくれることですよね。いえ、それよりここに留めておいたほうがいいですかね?


『聞こえているんだろー? おおーい』


 私は深呼吸しました。よし。いきましょう。あれこれ悩むのなら行動です。


「ご自分で開けて入って来て下さい!」

『えー、なんでだよー』

「何故ご自分でなさらないのですか?」

『今は手が塞がっているんだ。だから開けてくれないか?』


 これで辰月様ご本人でないのが確定しました。だって辰月様は手を使わなくても術か何かで開けられるのですもの。


「こちらも今取り込み中なのです」

『えー、じゃあさっさと終わらせて開けてくれよー』


 きっと辰月様だったら「終わるまで待ってる」とおっしゃるはずです。フッ、なりすます相手の観察が足りてませんね。


「当分無理でございますね」

『そこをなんとかさ、頼むよ』

「そう言われましても。ああそうです。手に持っているものを置けばよろしいのではないですか?」

『また持つのが面倒だろ?』

「では足で開けてみては?」


 お行儀が悪いですけどね。


『……あし?』


 まさかここで会話が途切れるとは思いませんでした。足に疑問符をつけるとは。……まさか足を知らないのでは?


「ええ、足です」

「あし……」


 この様子だとやはり足が何なのかわかっていないみたいですね。ならば……。


「……それとも尻尾ですか?」

『あしとは尻尾のことなのか?』


 わかっていましたが、辰月様の物真似をしている悪趣味な方ではないようです。人の形をしていない何者かです。


「海にいる生き物の中には尻尾のような足を持つ者もいるらしいですよ」

『ほう、そうか。なんでもいいから早く開けてくれないか?』


 ああ、話を戻されてしまいました。違う話に持っていって正体を探ろうと思っていましたのに。また先ほどのやり取りをせねばならぬようです。嫌ですけど、こうなったらやるしかありません。震えているだけではいけませんからね。


「ご自分で開けて入って来て下さいませ」


 もう正体なんて探るまでもなく邪鬼なのでしょうから、開けろ開けないの応酬に集中です。私に出来るのは時間稼ぎだけですもの。誰かがこの状況に気付いて助けに来てくれるまで頑張りましょう。

 本当は助けを呼べたらいいのですけど、相手に気付かれて凶暴化されたら大変なので耐えませんと。


『そんなこと言わないでくれよー』

「申し訳ないと思っております」


 この調子であれこれ言い換えて続けていきます。喋るくらいなら私にだってやれますからね。


『お願いだよー。今すぐ開けてくれよー』

「手が空いておりませんので無理なのです」

『開けるのなんてすぐに出来るだろー』

「今忙しいので――」

『なあ頼むよ、美鶴』

「!」





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