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第四十四話 邪鬼出現

 今日は昨日と違って私は侍女のお二人に見守られながら一人で昼食を食べ、夕食は早めの時間に辰月様と一緒に食べました。


「今日も夜番か。はぁ……」

「なんでも邪鬼が出没しているそうですね」

「目撃情報だけだそうですけど」


 じゃきは邪鬼と書くのだそうです。悪鬼とも言うのだとか。これは先ほど侍女のお二人に教えてもらいました。


「そうなんだよ。まだ討伐や追い出したって報告が入ってないから引き続き警戒中だ。しかも複数いるらしいからなぁ」

「その邪鬼は海に出た邪鬼のように大きくないのですか?」


 あれほどの大きさなら身を隠せる場所は限られますからね。


「ああ。小型なのと逃げ足が速いってことしかわかっていないんだ」


 邪鬼は大きさや見た目以外でも様々な種類があるそうです。凶暴だったり知能が高かったり変身したりするのもいるとか。


「戸締まりはしっかりしておくんだぞ」

「はい、わかりました。ところでもう出られなくて平気ですか?」

「ああ、まだ平気だ。昨日は買いたい物があったから早めに出たんだ」


 買った物は砂糖と蜜蝋とハンドクリームですね。砂糖は塩のよう数日空けて使用するものだとか。味付けなのに毎日しないだなんて面白いですよね。ほどほどの甘味がいいのでしょうかね?


「唇もだが手が一段と綺麗になったな。一日でこんなに効果があるなんてたまげた。まぁ、元が良いからだろうけど」


 辰月様の手はいつも温かです。本当なら落ち着く場面なのですけど少しドキドキしてしまいます。


「そんな……。本多さんと紺野さんが爪を研いだり染めてくださったおかげです」


 村にいたらこんな経験は出来なかったでしょうね。爪だけでなく何もかもがです。まさに夢のようです……ってこれは何度も思ってますね。もしかしたら毎日かも。だって本当にそうなんですもの。


「二人とも感謝する」


 辰月様のお言葉にお二人は尻尾をふりふりしています。いつ見ても可愛らしいですね。心が和み、頬の筋肉が緩んでしまいます。


「やっぱりそろそろ行こうかな。食堂で夜食と朝食の予約をしたいし」


 今日も朝食を召し上がってから帰っていらしたようです。お風呂も帰ってすぐに寝るために、詰め所に備え付けられているもので済まされたのだとか。ハッ、今朝は辰月様の背中にボディクリームを塗りませんでしたけど大丈夫だったのでしょうか。明朝は忘れないようにしましょう。


「はい。行ってらっしゃいませ」




 すっかり日が暮れました。今日も侍女のお二人はいつもより遅くまで一緒にいてくれています。こんなに遅くまでいいのかと尋ねたら、もっと遅くまでいる場合もあるし、なんでしたら終日いることもあるそうです。


「終日の場合は流石に交代制ですけど」

「夜の方がお給料がいいので、喜ぶ侍女もいますよ」


 一日中、つまり寝ている時もどなたか側にいて欲しいだなんて、寂しがり屋さんなのでしょうかね。それとも何か病を抱えられてらっしゃるとか?

 私はこちらに来るまで神様には怪我も病気もないと思っていましたが、実際にはお医者様がいるので、きっと人間と同じように体調の悪い方もいらっしゃるのでしょう。恐らくそういう方のために必要なのです。と思っていたら、仕えるお方は位の高い神様だそうです。そりゃそうです。身分が高いお方ならば就寝時も見張りがついているものですよね。


「我々が呼ばれる時は大体専属の侍女のお手伝いですね」

「ですので直接お目にかかったことはありませんけど、そのほうが気が楽で良いです」

「そうなのですね。尊いお方に失礼があってはならないと思うと、ずっと気を張っていないといけませんものね」


 本来なら私も辰月様の前でも気を張っていないといけませんよね。しかし辰月様は朗らかで親しみやすい性格をなさっていているため、つい甘えて心が緩みきってしまっています。一度気を引き締めるべきでしょうか。ええ、悩むのならそうしましょう。そうしたら身も引き締まって食べ応えがある肉になるかもしれませんし。


「ええその通りでございます」

「緊張しすぎて倒れた者もいるそうですよ」

「ええっ!」


 もし私が倒れたら辰月様に迷惑がかかってしまいますね。気を引き締めるのは最小限にいたしましょう。


「ああそうです。忘れぬうちにお夜食をこちらに置いておきますね」

「今日はおかかおにぎりです」

「ありがとうございます」


 私はもう何処から出てきたのか気にしません。術です、術。

 おかかのおにぎりはくるりと海苔が巻かれており、白と黒の対比が食欲をそそります。隣には昨日と違うお漬け物が添えられています。


「あのぅ、本当におにぎり一つだけで足りますか?」

「念のためにいくつか持って来たのですけど」


 またも何処かからおにぎりが登場いたしました。こちらにも海苔が巻かれています。


「ええ、大丈夫ですよ。お昼と夕食は多めにいただきましたし。お二人で召し上がってください」


 確かに普段と比べたら食事の総量が少ないかもしれないですね。脂肪を付けないといけないのは理解していますが、いつもより活動していないのであまりお腹が空かないのです。


「そうですか。では後ほどいただきます。……あら?」

「大変です。何やら邪鬼がこちらの方面で目撃されたそうです」


 私には何も聞こえませんでしたがお二人の耳がピクピクと動いていました。

 お二人が戸締まりの再確認を終えると、何かを唱え始めました。今まさに何かの術がかけられているようですね。


「結界をはりましたので、こちらが開けない限り邪鬼は入って来られません」

「それと出歩かないようにとも連絡が来たので、安全が確保されるまでこちらに居させてくださいますか?」

「ええ、もちろん構いません。私もそのほうが心強いですし」


 邪鬼が彷徨く中、一人で部屋にいるのは怖いですもの。しかもこれから夜が更けていくわけですからね……。


「きっとすぐに辰月様が退治してくださいますから、帰宅出来るようになりますよ」


 三人でそうだそうだと言いながら、恐怖を振り払うように笑いました。




 辰月は邪鬼の目撃情報があった場所に向かっていた。今回の邪鬼らは気配を消すのが上手いため後手に回ってしまっているので、辰月達は歯がゆく思ってた。だがそれでも先ほど別の班が一体討伐したとの報告が入ってきたので士気は下がっていない。


「庭園でも目撃情報が入った。お前達はそちらに向かってくれ!」

「はい!」


 辰月達は進路を商業地区から庭園へ変更し、彼らは飛行する速度を上げた。


「あー、数が多いのかあちこちに出てるな。さっきは温泉宿だろ?」

「で、昨日は岬とか海のほうだったな」


 ここで辰月は何かひっかかった。偶然だろうかともやもやしていた。


「辰月どうした?」


 そんな辰月の異変に先輩の一人が気付いた。


「え、いや、その……休日に俺が行った場所と一致してるなと思いまして……」


 偶然で済ませていいのだろうか。しかし必然だと言い切る決定打が無い。何かもっと情報が欲しい。どんな些細なことでもいい。だがそれを待っている暇はないので、すでに持っている情報だけで整理しなければならない。


「おー? 彼女と行った所かあ?」

「ええそうです。邪鬼は負の感情が集まる場所に出やすいですが、大勢が訪れる場所にも出ますよね」


 辰月は不安を振り払いたかった。そのための質問だったが、言葉にすると余計に不安が蓄積していく。


「ああ。単純に賑やかだから引き寄せられて来ることもあるし、大勢いると様々な感情が生まれるからな」

「はい。なので一致しているだけかと思いまして……」


 そうであって欲しい。そうであってくれ。辰月はこう願っているが冷や汗が出てきている。


「いや待て。今回の邪鬼は不明な点が多い。もしかしたら本来は人間界にいる奴らなんじゃないのか?」

「その可能性は十分あるな」


 何らかの原因でこちらに迷い込んだ邪鬼らが、人間である美鶴の匂いだか気配を辿っていたとしたら。


(そうだとしても、戸締まりをするように言ってきたから大丈夫だ)


 それに彼女には侍女達がついている。しかし辰月は不安から固く握りしめた手にさらに力を加えてしまう。


「そういや、目撃者は声がして見てみたら邪鬼がいたと言っていた」

「言葉を操るのか。名前を知られたら人間じゃなくてもまずいな」


 邪鬼に名を呼ばれたら自由を奪われたり操られたりしてしまう。

 辰月は必死で思い返した。彼は屋外で彼女の名を呼ばないようにしているが、彼女自身はどうだ? そう、彼女は海岸で臘月(ろうげつ)に自己紹介していた。もしこの時に邪鬼に名を聞かれていたとしたら?


「クソッ! 俺は寮に戻ります!」

「あ! おい!」


 辰月は方向転換すると暗闇の中に消えていった。


「許可してないのに行ってしまった。もう見えないな……」

「速っ」


 先輩達の目を持ってしても辰月の背中は見えなくなっていた。


(美鶴、無事でいてくれ!)




 辰月は屋外どころか自室から出たら美鶴の名を呼んでいません。何度も確認したのですが、もし呼んでいたらすみません。

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