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第四十三話 恒例の確認

 私は部屋に戻ったらもう寝るだけだと安心しておりましたが、どうもそれは違ったようでございます。


「美鶴」


 名を呼ばれて辰月様のお顔を見ると、いつもより真剣な眼差しをされていました。私はお疲れだから少し力の入った目つきになられたのかと思いましたが、それにしてはいつもより圧というか熱を感じます。


「唇の触感を確かめないとな」

「……はい」


 そうですよね。砂糖と蜜蝋の使用前後の確認は大事ですものね。蜜蝋の照り具合なら見ればわかりますけど、触感はどうやって確認なさるおつもりでしょうか? 指での確認は蜜蝋を塗られた際にされましたよね。ということは、もしや唇で確認を?

 唇でそんなにわかるものなのでしょうか? いえしかし、私だって辰月様の唇の感触を……、正常な判断が出来なくなるので思い出すのはやめましょう。

 辰月様は色々とこだわっておられるみたいなので、私を食す当日と同じようになさる可能性が高いですね。どうしましょう。今回も平常心と唱えていれば大丈夫でしょうか?


「ちょっと触れるだけだから我慢出来るはずだ、うん。大丈夫だ」

「はい」


 思わず返事をしてしまいましたが、辰月様はご自身に言い聞かすようにおっしゃってました。きっと疲労感がおありで甘い物を欲しておられるのでしょう。なので確認のつもりでも、つい食べてしまう恐れがあると。甘い物の力は絶大ですから仕方ないですね。


「コホン、では失礼する」

「ええ」


 辰月様は私の両肩に手を置かれました。すると徐々に肩が温かくなり、次は唇が。ですが温かいのは一瞬ですぐにそこから全身が一気に熱くなりました。燃え上がるとは言い過ぎかもしれませんが、本当にそのような感覚を覚えたのです。

 さらに時折鳴る水音が体の熱を冷やしてくれるどころか、上昇させてくるのですから、もう大混乱です。

 私は必死に平常心だ冷静だ、疾しいことはないのだと自分に言い聞かせました。効果はいまいちですが、何度も念じているうちに辰月様のお顔が離れていきました。


「はぁ……」

「ん……」


 息があまり出来なかったからか少しクラクラとします。あれ以上、唇の確認を続けられていたら立っていられなかったかもしれません。辰月様もそう思われたらしく、私の腰を支えてくださいました。


「っ味見はいかがでしたか?」

「うん、絶品だった」


 辰月様は今まで見た中で一番の笑顔をなさっています。やはり砂糖と蜜蝋は素晴らしいですね!




 辰月様は満足されたようで、すぐに眠ることになりました。外が明るくなっているのに眠るのって不思議な感覚ですね。流石の私でも朝までは……いえ、何度か針仕事が終わらなかったことがありましたね。

 今は好きな時間に寝ていいので、村で暮らしていた頃とは大違いです。


「ところで匂い袋を身に付けているのか?」

「ええ。良い香りのほうがお好きかと思いまして」


 私が少し動いただけで良い香りがふわりと漂いました。いくらでも嗅いでいられる匂いですね。


「確かに良いけど、俺は美鶴自身の匂いのほうが好きだな」

「そうでしたか。すみません」


 人間は人間の匂いがしているべきでしたね。あるいは食べたくなる香りでなかったかもしれません。もしや石けん等の匂いも駄目でしたかね?


「謝らないでくれ。俺のためにと思ってやってくれたんだろう?」

「はい」

「ほんのりと香るのはいいんだけど、ちょっとな」


 寝るときはやめて欲しいとのことです。辰月様は私よりも嗅覚が優れてらっしゃるので、気になってしまうのでしょう。と言うわけで、辰月様は匂い袋を寝台の脇に置かれました。


「よし今度こそ寝るか」

「!」


 これから私は辰月様の腕の中で眠らねばならないようです。これではドキドキして眠れそうにありません。通常時はこの温かさならすぐに入眠出来たでしょうが、今は心臓が煩すぎて無理です。体温も上がりすぎて無理です。汗が出てきたので風邪を引くかもしれません。心を落ち着かせるために深呼吸をしたいのですが、辰月様のお体に息がかかってしまうので出来ません。


(どうしたら……)


 美鶴よ、この体勢になってから何分も経過しているのにいつまでドキドキしているのですか。いい加減慣れなさい。

 けれど、どうしても先ほどの唇と唇の接触を思い出してしまうのです。そのせいで心臓があり得ないほど速く動いています。抱きしめられるなんて数え切れないほど経験したのに……ああ正気を保てるでしょうか。


「なんだか体が熱いし心臓がドクドクしているみたいだけど大丈夫か?」

「ふあっ」


 そうですよね。私に触れてらっしゃるならわかりますよね。聴覚も優れておられるので、心音が聞こえてらっしゃるかもしれません。


「どこか具合が悪いのか?」

「いいえっ、不慣れなことをしたので緊張しているだけにございますっ」

「そうか。じゃあ慣れるためにもっとしておくか?」

「ふぇっ」


 辰月様はクククと意地悪げに笑っておられます。ハッ、神様相手に意地悪だなんて思ってしまいました。なんと謝罪すべきでしょうか。ですがいきなり謝罪をしたら変ですよね。おかしな生贄だと思われることでしょう。一体どうしたら……。ああもう、この状態でまともに思考を巡らすなんて最初から無理なのです。


「ハハハッ顔を赤くしたり青くしたり大忙しだな」

「あい……」


 しっかり見られておりました。恥ずかしいです。とても恥ずかしいです。先ほどの唇の確認の時のように一気に体が熱くなりました。


「ご迷惑をかけておりましゅ」


 噛んでしまいました。次々と醜態を晒してしまっています。そんな私を見かねて辰月様は幼子を宥めるように撫でてくださいました。


「緊張しているのか? 実は俺も美鶴と接しているからか胸が高鳴っててさ」


 確かに私の心臓の音とは別にドクドクと聞こえるような? 味見をしてみて食欲が湧いておられるのでしょうか?


「……今すぐ食べたいと思ってらっしゃる?」

「おう……、本当に油断も隙もないな……」

「?」


 良くわかりませんが、辰月様が焦っておられます。また私が何かおかしなことを言ってしまったのですね。それとも私が気付かぬうちに何か発生していましたかね?


「……うむ、もう寝ようか」


 私は辰月様の腕から解放されました。これで落ち着いて眠れそうです。そう自分に思い込ませて目を瞑りました。




 私は意図せずに仮眠をしたおかげで早めに目覚めました。辰月様はお疲れのようなのでぐっすりと眠っておられます。


(もう外は大分明るくなっていますね。ですが侍女のお二人が来るのはまだ少し後です)


 そうです。辰月様に目隠しと耳栓を……と思いましたが耳栓は流石に無理ですよね。いくら寝ておられていても耳に何か入れられたら目覚めてしまわれるでしょう。ですので、私は目隠しだけ辰月様に装着させていただくことにしました。


(失礼いたします)


 私は辰月様の整ったお顔に手を近づけました。起こしてしまわないようにそっと慎重に、細心の注意を払って目隠しをつけさせていただきます。


「!」


 もう少しで辰月様の綺麗なお顔に触れようかという時です。私は辰月様に手首をがしりと掴まれてしまったのです。私の心臓は大きく跳ね上がりました。


「あ、ああ。美鶴だったか」


 辰月様がこんなにも鋭く厳しい目つきをなさるなんて……。敵意というものでしょうか。そんなものを感じました。


「すまない。寝ぼけてて……。怖がらせてしまったな」

「いえ大丈夫です……。こちらこそ寝てらっしゃったのに……」


 これまでとは違い、恐怖によるドキドキです。こんなのは初めてです。ああ、冷や汗もかいていたとは。

 辰月様は手を私の手首からするりと移動され、手を握ってくださいました。そのおかげで少し落ち着いてきました。


「驚かせてしまいすまない。実は前の班がじゃきを逃がしたらしくて、その対応で気が張っていたんだ。まさか夢にまで出るとは」

「そうだったのですね」


 その状態で睡眠中に近づいたら睨まれもしますよね。むしろそれだけでよかったくらいです。それほど迫力ある睨みでした。私が子どもだったら泣きだしていたでしょう。


「目隠しをしようとしてくれてたんだな。ありがとう」


 私が辰月様に目隠しをお渡しすると、笑顔で着用してくださいました。うーん、やはり口元だけでも美男子なのがわかります。すっと通った鼻筋も良いですね。


「耳栓はいかがなさいますか?」

「じゃあお願いしようかな」


 辰月様は耳栓もつけられ、再び眠りにつかれました。




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