第四十話 探りを入れる
文字の勉強が一段落したので、休憩することになりました。本多さんがお茶を用意する間、紺野さんが何かを取り出されました。
「わぁ! とても綺麗な千代紙ですね!」
どの千代紙も色とりどりで目を引きつけられます。貝殻を置くには何色でどのような模様がいいでしょうかね?
ところで何も持ってなかった気がするのですが、何処に収納してたのでしょうか? まさか尻尾に? って普通に考えたら術か何かですよね。
本来ならあれこれ考える場面なのに、普通と思ってしまっている自分にびっくりです。だってこちらの世界では当然のことのようですからね。一々反応していたら疲れてしまいますもの。
「実際に置いて見てみましょう」
まずは色を決め、その後に模様を決めるとしましょうか。
細かい柄がいいのか、そうでないのか。見比べるのがこんなにも楽しいとは思いませんでした。心が躍りますが、辰月様がお昼寝中ですので静かにしませんと。そうです。出してもらったお茶を飲みましょう。
「ふう……」
良い香りとほどよい苦味と爽やかさで心が落ち着きました。これで冷静に判断出来るでしょう。けれども……。
「うーん、甲乙つけがたいですね……」
どの千代紙も美しいからなのもありますが、昨日拾った貝は白っぽい物が多いので、どの色でも合うのです。辰月様のご意見が知りたいですけど、大切な睡眠を邪魔してはなりませんよね。あ、そうです。日替わりとまでは言いませんが、気分で変更するのもいいかもしれません。
けれど大変上等そうな千代紙を、全部使用してもいいのでしょうか?
「沢山あるうちのごく一部を持って来ただけですので」
「これら全てをお使いになっても問題ございませんよ」
「では有り難く使わせていただきます」
今日は赤地に模様が入っているものと、紺色の無地のものを重ねてみました。角度を調節して少し離れて見てみましたが、なかなか良い出来ですね。本多さんと紺野さんも誉めてくれました。
残りの千代紙だけでも眺めていたいですが、次回の楽しみにとっておくために紙類は仕舞っておきましょう。
「ああそうです。昨日いただいたお菓子は侍女仲間達に配りました」
「皆、大変喜んでおりましたよ。皆に代わってお礼を申し上げます」
「喜んでいただけてよかったです」
甘い物としょっぱい物にしたのが好評だったようです。食べやすい大きさなのもよかったとか。
「大きさにまで気を使っていただけるなんてと、皆は驚いておりました」
「私達はお二人のことを知っているので驚きませんでしたけどね」
私達は思わず声を出して笑ってしまいました。しかしすぐにハッとして声を静めました。
「辰月様は……」
私は寝台に近寄り辰月様の顔を覗き込みました。寝息をたてておられるので、眠っておられるようです。耳栓と目隠しに感謝ですね。
おや? 目隠しに使ってらっしゃる布が少しずれていますね。直してさしあげげねば。そっとそっと、細心の注意を払いながらやったら上手くいきました。
(辰月様を起こさずに済んでよかったです)
規則正しく辰月様の寝息が聞こえて来ます。おそらく寝たふりでもないと思います。
(……当たり前ですが目を隠してらっしゃるから、お顔は口元しか見えないです)
口……。昨晩は私はあのお口と……。薄くも厚くもない……。形の整った……。
ああっ、いけません。つい凝視してしまいました。あれはただの練習なのですから、ドキドキしている場合じゃないです。お茶を飲んで落ち着きましょう。
美鶴が辰月の顔を見つめながら固まった。それも赤面して。本多と紺野はすぐに美鶴達に何かあったのだと察した。赤面しているのだから美鶴達の仲に進展があったのは間違いないだろう。昨晩彼に発破をかけた甲斐があったなと侍女二人はニヤリと笑い、詳しく話を聞かねばと尻尾を揺らした。
「美鶴様、お顔が赤いようですがどうされました?」
「どこか具合が悪いのですか?」
彼女は明らかに動揺して耳まで赤くなり、あわあわと慌てている。これで二人は確信し、なんとしてでも何があったのか聞きだそうと決意した。
「辰月様のお顔が素敵だなと思っただけですよ」
彼女は何か思いついたような顔をしていた。
「いつもご覧になってますのに?」
「再確認ですか?」
「ええそうです。昼間の明るい時に寝顔を見るのは初めてでしたので、つい見とれてしまったのです」
なるほどそうきたかと二人は思った。だがここではぐらかされてはいけない。二人は自然に会話を続けながら探り続けた。
「口元だけでも見とれてしまうのですね」
「我々から見ても辰月様のお口は整ってらっしゃいますもの」
「ええそうなのです。辰月様はどの部位も素敵なのです」
さてここから更にどう聞き出すか、二人の腕の見せ所である。
「各部位が美しいだけでなく、部位の配置も絶妙でおられますよね」
「あっ! あまりに美しいと、つい触れてみたくなってしまうことってありませんか?」
「えっ」
彼女はあからさまに動揺しだした。これで彼と彼女が普段と違う接触をしたのは確定した。だが侍女の二人はここで満足せずに、もっと情報を得るためにまだ何かあったのか気付かぬふりをする。
「ななななな、何を……」
「美鶴様は最近辰月様に触れたことはございますか?」
「もちろんボディクリームを塗る以外でございますよ?」
ここまでして聞き出そうとするのは、侍女仲間に話すためでもあるが、辰月と美鶴の好感度を上げるためでもある。すでにお土産によってうなぎ登りであるが、もっと上げても問題ない。むしろもっと上げるべきだ。何故って辰月などの下級の神の昇進は上司だけの判断ではなく、周囲の者達から日頃の行いを聴取するからである。いかに優れた実績を持っていても、目下の者を蔑ろにするような輩は上に行けない。
辰月は実績も十分で人柄も良く、彼の上司にも認められているが、それ故に目立ってしまい嫉まれる。そのため競争相手から妨害工作をされる可能性があるので、今のうちから足場を頑丈に固める必要があるのだ。
などと御託を並べてみたが、結局は辰月と美鶴の進展が知りたいだけであった。
「そんな、それ以上のことは……」
彼女の目は泳いでいる。もじもじともしている。
「以上?」
「以外ではなく?」
本多と紺野の目はキランと光った。しかも人相ならぬ、狸相と狐相も変わっている。
「れ、練習をしただけです」
「練習ですか?」
「何の練習でしょうか?」
侍女達の目は更に鋭くなる。それはまるで彼女達が野生にいたときのようだ。
「そっ、……その日のための練習です」
その日とはつまり、初夜であろう。
「練習とは?」
「差し支えなければ教えて下さいまし」
「いつもと違った接触をしただけですよ」
美鶴は何事もなかったかのように微笑んでみせた。しかしどこかぎこちないし、ただ触れただけでは先ほどのようにはなるまい。
「ということは、美鶴様達は濃厚な接触をなさったのですか?」
「どことどこをでしょうか?」
「なっ、濃厚っ、……どこって」
口元を見ていたので口吸いをしたのだろうが二人は言質を取りたい。二人は尻尾を振りながら、ずずいと彼女に近寄った。
「うっ、その、練習ですから大した事はしておりませんよ」
「そのわりにお顔が赤くなってらっしゃいますよ」
「やはり具合がよろしくないのでしょう。辰月様のお隣で休まれますか?」
彼女はギョッとした表情になった。
「起こしてしまうと悪いので、寝るとしても畳の上で寝ます。そもそも具合は悪くありませんので大丈夫ですよ。心配させてしまってすみません。さあ十分に休憩しましたので、文字を教えてくださいな」
こう言われてしまったら従うしかないので、二人は素直に彼女に文字を教えた。しかし二人は諦めていない。そう、油断させて聞き出そうとしている。
二人は次々に文字を書いてみせ彼女に読ませたり書かせたりした。どれも日常で使う文字ばかりなので彼女から警戒心や緊張感がなくなってきた。
「では次はこちらの文章を読んでみてください」
「今までお教えした文字ですから読めると思います」
侍女達はスラスラと何か書いて彼女の方に向けた。彼女はじっと文字を見つめて首を傾げている。
「ええっと、私は彼と……触れ合ったぁ? ななっ何てことを!」
流石に最初から口と口などとは書かない。
「正解です。素晴らしい!」
「ではこちらも」
「えー……。私と彼は……見つめ合った」
彼女は先ほどの文章で侍女達の狙いに気付いたようで、彼女にしては珍しくジトリとした目つきになっている。
「正解です」
「素晴らしいです。ではまた別の文章に……」
「あのぅ、次のもこんな感じの文章ですか?」
彼女には少々刺激が強すぎるようだ。
「こんな感じとは? どのような意味でしょうか?」
「言葉だけでは意思疎通は出来ませんから、触れ合ったり視線を送ったりするのは大事なのでございますよ」
「うううっ……」




