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第三十三話 おみやげ

 会計時に店員さんが辰月様と私を交互に見ています。どうされたのでしょう?

 まさか辰月様と不釣り合いだと思われているのでは……。


「もしやお客様は昼頃に()()()を退治してくださった方ではございませんか?」


 海岸だけでなくこちらにまで騒ぎが伝わっていたとは驚きです。


「ええそうですが、どうしてわかったのですか?」

「先ほどいらしたお客様が教えて下さったのです。とても勇敢な青年があっという間に退治してくれたと。おかげで観光を続けることが出来たと安堵なさってました」


 ああ、あの場にいらした方が来店されたのでしたか。そして辰月様の勇姿を。ふふふ、そうでしょうそうでしょう。辰月様は素晴らしいのです。


「ん? それだけで俺だと?」


 確かに今の説明だけでは個人を特定出来ません。


「私共は装身具を取り扱っておりますから、体つきでどのような職業なのか大体判別出来るのです。と言うのは冗談で、そのお客様は青年の顔つきや背格好についても話してくださったのですよ」

「ほう」


 そのお客さんはさぞかし辰月様を誉めたことでしょう。ええ、詳細を聞くまでもありません。ですがあえて言わせていただきますと、端正な顔つきと鍛え上げられた体、常に周囲を気遣う言動とお優しい眼差しに、低く落ち着いた心地よい声。さらには瞬時の判断力に行動力。ここまで聞くと完璧なお方かと思ってしまいますが、時折幼い表情をなさるので普段との格差でドキドキさせられてしまうのです。


「決め手は奥様の帽子と肩掛けですね」

「ふぇ?」


 まさかの私です。聞き間違いでしょうか。あ、私自身ではなく帽子と肩掛けでしたね。そうなりますと本多さんと紺野さんの審美眼のおかげです。


「ふっ、彼女によく似合っているでしょう?」

「ええ大変よくお似合いです。それで退治後に奥様を抱きしめられたそうですね」

「ははは。無事に退治出来た達成感で、ついね」


 退治だけではなくその後もご覧になっていたなんて……。顔から火が出そうです。


「お顔は見えなかったそうですが、和装によく合った帽子と肩掛けが印象に残ったそうです」

「彼女の顔を見ていたらそちらの方が印象に残ったことでしょう。そうしたら説明は困難だったでしょうね。彼女の美しさは簡単に説明出来るものではありませんから」


 あの、私の顔から火が出てません? 大丈夫ですか?


「だがあえて言うと――」


 ここで別のお客さんがいらっしゃいました。お褒めの言葉を聞けなくてよかったような残念なような。ちゃんと辰月様が望む生贄になれているのか知りたかったです。ああけれど本当に顔から火が出て火事にでもなったら大変ですので、聞けなくてよかったですかね。




 お店から出て、店員さんがこっそりとくださったオマケを確認しました。じゃき退治のお礼だそうです。なんでも、すぐに退治されたおかげで客足に影響がなかったからだとか。


「本来はお得意さんにしか渡さないものらしいが……」


 私の手の中に収まるほどの大きさの巾着です。可愛らしい柄ですね。


「匂い袋ですね」

「うん、いい匂いがする」


 何の匂いかは不明ですがふんわりと香りが漂っています。いくらでも嗅いでいられそうです。これならしっかりと匂いを誤魔化せそうですね。辰月様もそう思われたようで、私の袂に入れてくださいました。貝殻が入っていないほうなので袋が痛んだりしないでしょう。


「……新しい経験ってこんなにも楽しいんだな。今まで何をしていたのかと思ってしまう」

「はい。私も辰月様と出会ってから本当に毎日が新鮮で楽しいです」

「ふふっ、これから行こうとしている店も楽しいんだろうな。俺は土産って如何にも土産物屋ですってところで買うものだと思っていたよ」

「私なんて村から出たことがなかったので、父からお土産を貰うばかりで自分で買うだなんて……。買い物が出来るだけで楽しいです」


 出来れば両親にお土産が渡せたらよかったのですけどね。


「そうか、ふふっ」

「毎日何が起こるのか楽しみすぎて……あ、空を飛ぶだなんて大変貴重な経験をさせてくださりありがとうございます」


 飛行ですよ、飛行。あのまま村で暮らしていたら、人間の世界にいたら想像すらしていなかったでしょう。それを言ったら狸さんと狐さんが喋るのだって、人間に言ったら信じて貰えなさそうです。


「いやいや、俺はやろうと思えば出来たのにしようとも思わなかった。けど一緒に過ごした二週間で同じ場所にいるのに見方や感じ方が大きく変わって視野が広がった。こちらこそありがとう」

「いえっそのっ。どういたしましてっ」


 辰月様は微笑みは反則です。思考回路が遮断されてしまいます。


「じゃあ土産を買って帰ろう」

「はい!」




 装飾品店の隣のお店に入ると、真っ先に手ぬぐいが目に付きました。秋っぽい絵が描かれている物があります。これらからの時期にちょうどいいですね。


「何枚か買っておくか」


 辰月様の手ぬぐいは私の鼻緒を直して下さった際に端が欠けてしまったので新品が必要なのです。


「あ、お揃いにするか?」

「お揃い……」


 辰月様とお揃い……。なにやら不思議な感覚です。


「夫婦茶碗ならぬ夫婦手ぬぐいだ」

「め、夫婦……」


 やはり生贄をそういう風に呼ぶのには慣れませんね。何やらむずむずします。いい加減慣れませんと。


「よし決まりだ。どんな柄が良い?」

「そうですね。こちらの紅葉の柄が気になります」

「ふっ、俺もだ。好みが一緒だな」


 辰月様と好みが一緒……。長年一緒だと似てくると言いますけれど、まだ出会ったばかりと言っていいほどの期間しか共に過ごしておりませんのに? 元の感性が似ているのでしょうか?

 いえ、きっと定番中の定番の柄だからです。事実、一番目に入りやすい場所に置かれていますもの。売れ筋商品なのですよ。ふぅ、危うく勘違いするところでした。


「他はどんなのにする? 一応季節のは揃っているから買っておこうか」

「ええ。どれも素敵ですね」


 目立つ所に置かれているのは秋の柄ですが、奥に秋以外の柄の手ぬぐいもあります。花が咲いていたり新緑だったり雪だったり、どれも可愛いですので迷ってしまいますね。

 そんなことより、これから先の季節の柄を買ってもいいのでしょうか? どうせ使わないのに、無駄になってしまいませんかね?


「使うのが楽しみだな」

「ええ、とても」


 もしや辰月様は私が生贄だと忘れておられる? そんなまさか。


(私が生贄としても役目を果たさないと村がなくなってしまいます。なんとしてでも思い出していただきませんと)


 私が「あの」と言うと同時に辰月様から他に何かいるかや、侍女のお二人のお土産はどうするのか聞かれました。


「私は特に欲しいものはありませんので、お土産を探しましょう」

「そうか。うーん、二人には菓子がいいかな?」

「そうですね。どんなものがいいでしょうか?」


 侍女仲間の皆さんにも分けられるように沢山入っているお菓子にしましょう。大容量のお菓子はありますかね?


「うーん、海っぽい菓子ってなんだろうな。塩味とか?」


 海はしょっぱいですからね。あ、塩が海水から作られるのぐらい私だって知っていますよ。


「お煎餅がありますから、こちらにいたしましょうか」


 海藻のお煎餅のようです。一枚一枚が小さいため、お二人でも食べやすいと思います。


「甘いのもいるかな?」


 甘い物はあまり食べられないそうなので、あったほうが喜ばれると思います。お土産が複数あったら嬉しいですしね。


「こちらに色とりどりで可愛い飴がありますよ」

「良さそうだな。これにするか」


 侍女のお二人へのお土産はお煎餅と飴を購入しました。飴も小粒なのでお二人の口の大きさでも大丈夫でしょう。




「土産も買ったし、そろそろ帰るか。それともまだ何か気になる所はあるか?」

「いいえ、ございません」

「ウニは買って帰らなくていいのかぁ?」

「ウ、ウニ……」


 一気にウニの滑らかな舌触りと濃厚な風味が蘇りました。ああ、思い出したら涎が……。いけません、正気になりませんと。


「まぁ、今ごろ市場に行っても売ってないだろうけどな」

「ああっ……」


 次、ウニに会えるのはいつになるでしょうか。すぐにでも再会したいですけど、私には残された時間があまりないので二度と会えないかもしれないですね。


「ふふっ、残念だけど帰るぞー」


 がっかりしている私はいつものように辰月様に抱えられて帰ります。


「そんな顔するなって。また来れば食べられるさ」

「そうですね……」


 「また」ですか。来られたらいいですけど、私は……。


(もし私が本当に辰月様の妻で辰月様と夫婦だったら、こんな悩みなどせずに済むのでしょうね。そして色んな場所に行けて、辰月様とも色んなお話しが出来て、侍女のお二人にお土産を買って土産話もして……。そんな未来があったらよかったのに……)


 けれどそれは夢のまた夢。今の状況だって十分夢のようです。これ以上望んではいけません。本当はあの時、両親と一緒に死んでいたのですから。生きながらえた命を惜しんではいけません。村の皆のためになれるのですから。




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