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第三十二話 写真撮影

 写真撮影場所に到着いたしました。大人気なようで、私達が最後尾に着くまでにどんどんと列が伸びていきました。


「これだけ人気なのに予約制じゃないんだな」


 行列になっていると並びたくなってしまう心理を利用しているのかもしれません。それともただ単純に多くの人に記念写真を提供するためでしょうか。


「ふーん。写真ってもっと時間がかかるのかと思ってたけど、すぐに入れ替わってるな。これならあまり待たないで済むかもしれない」


 そうなのです。何時間も待つことになるのを覚悟していましたが、何分かおきに一歩ずつ進んでいるのです。それなのに列は短くなることなく延び続けています。


「技術の進歩のおかげですね」


 こんなことを言ってしまいましたが、私には写真撮影がどのような仕組みなのかさっぱりです。


「んー、撮られている所を見られるのは少し恥ずかしいなぁ」


 私達も含め皆さん現在撮影中の方々を見ています。きっと自分の時の参考になさるのでしょう。


「言われてみると……」


 写真屋さんからあれやこれやと指示されるのです。例えばもっと笑って、手はこう、足はこう、などです。これは同じ指示ではなく小道具を渡される方もおり、行列が出来ているのに流れ作業でないのは好感が持てますね。お寿司屋さんで話題に上がるはずです。


「事前にどんな写真がいいか聞かれるみたいだ。俺達はどうする?」

「えっ……このような写真撮影は初めてなのでお任せします」


 私が生きた証ですので綺麗に写ったほうがいいですが、辰月様にとっては観光地に来た記念ですので、あまり堅苦しくなってはいけませんよね。


「俺もこういうのは初だ。うーん、任すと言われてもなぁ。……あ、さっき買った紅をさしたらいいんじゃないか? あと、帽子を被ったままのと取ったのと両方を撮ろう」

「そうですね。そうしましょう」


 身だしなみを整えられる場所も用意されているので、順番が来たらそちらでいたしましょう。




 皆さんの撮影の様子を見ているうちに二組前の方々の撮影が始まり、私達が鏡台の前に案内されました。撮影時間はあまり長くないので手際よく身だしなみを整えませんとね。

 私は鏡台の前に座り、先ほど買った紅をさしました。うーん、見慣れていないからか不格好な気がします。それとも下手くそなだけでしょうか。唇の形に合わせて塗れたと思うのですけど。

 もう少し何とかしたいのですが、悪化したらと思うと手が止まりました。ああ、侍女の本多さんと紺野さんにコツを聞いておけばよかったです。


「補佐の人に帽子の有無で撮りたいと伝えてきた」

「ありがとうございます」


 私が顔を鏡から辰月様に向けると、辰月様の目がまん丸になりました。


「……おおう、どこの月の色人かと思った」

「えっ」


 美しいと言われているのですよね?


「やっぱりその色、似合うな。俺の見立て通りだ」


 辰月様は得意気なお顔になられました。この表情でも大変な美男子でらっしゃいます。


「俺が偉いやつなら、その紅を作った者に褒美を授けていただろう」

「えっ」


 そんな、大袈裟ですって。


「あ、俺も髪の毛ぐらい整えておくか。髭は……剃り残しがあっても写らないか」

「髭……」


 辰月様は朝より夕方のほうがジョリジョリしてらっしゃいます。もし肉付きの確認時に頬ずりをされていたら傷がついていたかもしれませんね。おそらく辰月様もそれを承知しておられるから、頬をくっつけるだけにされているのでしょう。


「頬紅はどうする?」

「どうしたらいいのかわからないので口紅だけにします」


 頬紅は筆を持っていないので使用しません。指で塗ろうと思えば塗れますが、ムラになりそうなのでやめておきましょう。


「そうか。口紅だけでも十分すぎるほど美しいからいいと思うぞ」

「ありがとうございます」


 私の顔は熱くなったので頬紅はいらなくなりました。


「へへへ……。それにしてもこの貸し出しの髪飾り、小さく店名が書かれているな。さては気に入ったらそこに買いに行けってことだな」


 女性用には簪とリボンなどが並べられ、男性用には帽子や杖……ステッキもありますね。


「商魂逞しいな。あ、よく見たらこれは臘月(ろうげつ)兄さんに教えてもらった店と同じだ」

「どれもこの近辺にあるお店なのでしょうか?」

「おそらくな」


 そんな話をしていたら順番が来ました。ずっとドキドキしていたのに、さらに心臓が煩くなってきました。それに加え辰月様に手を握られたので心臓がおかしくなりそうです。


「はい、ではまずはお二人並んで。もっとくっついてください。ええ、そう」


 ここで最初の一枚。目を瞑っていないといいのですけど。


「もう少し笑いましょう。お、ご主人。いい笑顔ですね。奥さんはもう少し」


 口角を上げればいいのでしょうか。目も細めて……。ううっ、顔が引きつりそうです。

 ですがこれでよかったようで、また一枚。


「はい、次は奥さん帽子をとって……、あ! あの花の髪飾り持って来てくれるかい?」

「わかりました」


 補佐の方に帽子を渡すと、代わりに大きめの花の髪飾りを渡されました。待っている方々のためにも急いで付けませんとね、と思うも上手くいきません。見かねた辰月様が手を貸して下さいました。


「正面から見える位置がいいよな。耳の横がいいかな?」

「ご主人、わかってらっしゃる」


 別に珍しい色の着物ではないですが、着物の色に合った髪飾りです。先ほどは目に入りませんでしたが、どちらに置いてあったのでしょう? 良い物そうだから別の所に?


「では撮ります。はい、笑ってくださーい」




 無事に写真を撮り終えました。写真は後日届けられるそうです。楽しみですね。……変な顔をしていないといいのですけど。それだけが気がかりです。

 写真屋さんがましな顔をしているのを選んでくださると信じています。


「あの店だな」


 今度はどちらに行くのかと思っていたら、先ほどの場所からさほど離れていないお店に到着いたしました。ここは純和風の建物ですね。


「こちらは?」

「そりゃあ、さっきの髪飾りを買いに来たに決まっているだろう」

「ええっ? あのような高価そうな物は結構ですので、隣のお店でお土産を買って帰りましょう」


 隣は可愛らしい雰囲気のお店です。小物や雑貨を置いているようですね。


「おう、髪飾りを買ってから土産を買おうか」

「えっ」


 色々と買い与えられすぎて感覚が麻痺しそうです。私はこんなにしていただけるほどの価値があるのでしょうか。ハッ! きっと今までに贈ってくださった品々に見合う者になれと? つまりは、もっと頑張れと、そういうことなのでしょう。


(もっともっと見映えのする容貌になりませんと……)


 着物や装飾品を与えて下さるのは、きっと着飾れば誤差範囲でもより良い見た目になると期待されてのことだと思われます。


「真剣な顔も良いなぁ」

「はわっ」


 辰月様に顔を覗き込まれていて、体がビクリとなってしまいました。

 あら、気付かぬうちに店内に入っていたようです。ボッとしすぎです。しっかりしませんと。


「うーん、さっきの店と同じくここの店のも全てが似合うなぁ」


 そう言っていただけるのはとても嬉しいのですが、その賛辞に相応しくないのは重々承知なので心が痛みます。いえ、誉めて下さっているのに心を痛めるだなんて失礼です。素直に喜ばねば。おそらく辰月様は誉めて伸ばそうとしておられるのでしょうし。


「そっそうですかね?」


 遠くで店員さんが私達のやり取りを見て微笑んでおられます。恥ずかしいです。他にお客さんがいないのがせめてもの救いですかね。


「ああ、そうだぞ。それで何か気になったものはあったか?」

「えっと、沢山ありすぎて……もう少し見ても良いですか?」

「もちろん」


 改めてよく見ると、どの品も凝った細工がされており目移りしてしまいます。螺鈿に七宝焼に蒔絵に彫金に銀細工につまみ細工にと、本当に様々な工芸品が並べられています。しかし先ほどの花の髪飾りはないようですね。私達と同じような方が買って行かれたのでしょうか?


(どれも素敵ですね)


 困りました。何が困ったって、私は気に入った物がないと言おうと思っていたのです。ですが、こんなに素晴らしい品々を前にしてそれは明らかに変です。明らかな嘘です。それに辰月様の今までの行動を考えると、何も買わずに店を出るのは無理ですし。


(そうなると……、ハッ!)


 閃きました。一番安価な物を選べば良いのです。さて、どれが一番お安いのでしょうか。きっとこのお店の品揃えなら安くても良い品でしょうし、なんでしたらそれなりのお値段でしょう。


(なっ……)


 値札がありません。そんな馬鹿なと思い、何度見ても存在しません。そ、そんな……。


「なぁ」

「ひゃっ」


 辰月様の息が耳に!


「一番安いの探してただろ?」


 バレています!


「しょんなことはっ」

「ふふっ、わかりやすいなぁ。目が泳いでいるぞ」


 結局辰月様が私に似合う髪飾りを選んでくださりました。




 月の色人は「月の美しいのを美人にたとえていう語」だそうです。月が入っているので使ってみたのですが、正しい使い方かは不明です。(色人だけだと遊女の意味なってしまいますし…)

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