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第三十一話 磯

 おでかけはまだ続きます。

 お弁当を食べ終えたので、容器を返しにお弁当屋さんに戻りました。すると夕食用のお弁当を作っているようで、先ほどとは違う匂いが店内に漂っていました。当然ながら私は辰月様に気付かれないようにと唾液を飲み込んだのですが、なんとそれは辰月様と同時だったのです。驚いて顔を見合わせてしまいました。


「夕飯に弁当もいいかもな」

「ええ、いいですね」


 どんなお弁当なのかわからないのに、匂いだけで想像力を豊かにさせるとは恐ろしいお店です。涎が垂れないうちに脱出です。


「さてと、さっき行けなかった場所に行くとするか」


 とうとう磯に向かいます。おそらく数時間前に訪れた時よりかは、水位が下がっていることでしょう。

 先ほどと同じように私は辰月様に運ばれていきます。


「磯でしか見られない生き物もいるから、きっと楽しめると思う」

「どのような生き物がいるのですか?」

「え、イソギンチャクとか?」

「イソ、ギンチャク? 磯に巾着が落ちているのですか?」


 どなたかの落とし物ですかね? うっかりさんですね。届けて差しあげませんと。あ、こちらにも交番はあるのでしょうか?


「うーん、あいつらは何なんだろう? まぁ、とにかく巾着みたいな形をした生き物だ」

「ほう……」


 栗みたいな生き物のウニといい、海には不思議な生き物が沢山いるのですね。


「後はヒトデとか」

「ヒト、デ?」

「人の手に似ているからヒトデだそうだ」

「人の手……」


 なんだか今の説明だけだと不気味ですね。もし同時に複数を見たら泣く自信があります。


「俺は人の手というより星形だと思う」

「ああ、星ですか」


 星ならば怖くないですね。これなら安心です。




 そんな話をしているうちに磯に到着しました。岩石海岸と言うだけあって、大きな岩がゴロゴロとしています。足場がかなり悪いので私は辰月様に支えていただきながら移動中です。


「ほら、こういう所に生き物がいるんだ」


 辰月様は岩と岩の隙間を指さされたので、私が恐る恐る覗き込むとちゃぷちゃぷと波が来ていました。


「何かいますか?」


 目を凝らしてみましたが、生き物は見当たりません。


「フジツボが貼り付いているな」

「貼り付く……」

「ほらここ」


 確かに岩に何かが密集しています。貝っぽいような、そうでないような……。よくわかりません。


「こっちにはイソギンチャクもいるな」

「これが……」


 巾着には見えません。いえ、巾着から何かが飛び出しているのでしょうか。それも沢山。こちらもよくわかりません。


(つつ)くと、うにょうにょが引っ込むんだ」

「……」


 辰月様がいつの間にか手にされていた棒で突かれました。確かに引っ込むと巾着っぽくなりますね。ええ……。


「……あ、うん。違うのを探すか」

「はい……」


 私が磯に来るのはまだ早かったようです。

 別の場所に移動すると魚が泳いでいました。魚なら私でも平気です。もちろん川魚とは見た目は異なりますが、大きな違いはありません。少なくともこちらにいるのはそうです。安心していたら辰月様が何かを発見されました。


「あ、なまこがいる」

「なまこ?」

「……いや、見ないほうがいいかもしれない」

「はい……」


 どのような風貌なのか気になりますけど、辰月様が見るなと言うならば見ません。きっとなんだかそんな感じの見た目なのでしょう。


「うーん、何かいるかな……」

「ヒトデはいないのですか?」

「んー、見つからないなぁ」


 辰月様は岩と岩の間、潮溜まりと言うそうですが、こちらを真剣な眼差しで覗き込んでらっしゃいます。


(ハッ! そう言えば貝はないですかね?)


 出来れば巻き貝がいいのですけど。そう思って周囲を見渡してみました。目を皿のようにするとはこのことです。


(あっ!)


 ありました。巻き貝です。先ほどのものよりも大きくて立派に見えます。これを部屋に飾ったらさぞかし見映えがするのでしょう。是非とも欲しいですねぇ。


(あら?)


 巻き貝が動いています。貝殻ではなかったようです。ご存命なようです。これでは持ち帰れませんね。残念ですが別のを探しましょう。


(……え?)


 残念と思いつつ、名残惜しかったのでもう一度貝殻を見ると、なんだかおかしな動きをしているのに気が付きました。ええ、何やら貝殻が歩いているように見えたのです。貝って歩くのですか?


「た、辰月様!」


 私は辰月様の手を引っ張りました。するとすぐに振り向いてくださいました。


「どしたー?」

「貝が歩いておりますっ!」


 我ながら変なことを言っていますが、見たままを言ったまでです。


「歩く? ……あーヤドカリじゃないか?」

「ヤドカリ……」


 私達はヤドカリらしき巻き貝に少し近づきました。すると偶然、貝が岩を登って潮溜まりから出てきたのです。これならどのような姿かよく見えます。


「やっぱりヤドカリだ。巻き貝の中に住んでいるんだよ。ヤドカリは成長にあわせて貝を奪い合うんだ」

「奪い合う……」


 ヤドカリの貝殻は体の一部ではないので、カタツムリのように貝が大きくなることはないそうです。なので争奪戦が行われるのだとか。


「カニのようにハサミがあるのですね」

「カニは知ってるんだな」

「サワガニが川におりますもの」


 石をひっくり返すといるのです。小さい頃に何度か捕まえました。


「ああそっか。ふっ、美味いよな」

「ええ、美味ですよね。懐かしいです」


 村が土砂に押しつぶされてしまったら、あの川もなくなってしまうかもしれませんね。


「あ、海に入っていった。……ヒトデはいないみたいだから、もう帰るか?」

「……いえ、もう少しここにいます」

「無理してないか? せっかく連れてきて貰ったのにとか思ってるだろ。別に俺に気を使わなくたっていいんだからな?」

「う……」


 疲労と見慣れぬ海の生き物で精神的にきているのは事実です。辰月様はそんなのはお見通しのようですね。


(どうしましょう)


 もう帰ったほうがいいのでしょうか。もう少し普段と違う場所で過ごしたいと思ってしまうのは贅沢ですかね。それも辰月様と一緒に。貴重な時間ですので、大切にしたいのです。

 こう私が悩んでいると、辰月様が目を見開かれました。


「あ、カメノテだ」


 辰月様はまた何かを発見されたようです。


「カメ、ノテ? ヒトデの仲間ですか?」

「全然違うが、名前の通り亀の手っぽい形をしているって点では同じかな」

「亀の手っぽい……」


 それはなかなか衝撃的な光景ではないですか?


「ああ、それがフジツボみたいに岩に沢山くっついている」

「……沢山」


 亀の手のような物が岩から生えているかのような見た目なのでしょうか。だとしたら見ないほうがいいかもしれません。


「やっぱり浜辺に戻るか」

「ええ……」


 山で生まれ育った私にとって、磯は刺激的過ぎました。


「美味いらしいんだよなぁ」

「えっ」


 食べる? え?




 浜辺に戻って来ましたが、先ほどとは違う場所です。

 私はカメノテが食べられると知り少々困惑気味です。もしやフジツボも食べられるのでしょうか。もしや他の生き物も……。


(食べず嫌いはよくないですよね。ウニだってあんなに美味しかったのですもの)


 最初にトゲトゲの姿を見ていたら食べていなかったかもしれませんからね。


「えーっと……」


 辰月様が何かを探してらっしゃいます。


「いかがなさいました?」

「写真が撮れる場所があるらしいから探しているんだ」


 お寿司屋さんで小耳に挟んだのだそうです。私がお寿司を堪能している間に辰月様は足湯以外の情報も集めてらっしゃったようですね。私もこれからは食事中でも色々なことに気付けるようにしましょう。もちろん他のことをしている時もです。


「お、あそこだな」


 ここから少し離れた場所のようですので私には見えませんが、どうやら屋外で写真撮影をしているようですね。


「どうやらさっき行った岬を背景に撮るようだな」


 観光地で撮る写真だなんて良い思い出になります。見返す度に記憶が蘇るのでしょう。


「あ、もしかしたら、どなたかの写真に私達が……」

「フッ、砂粒大で写ってるかもな」


 私が辰月様のお顔に付いた白米を取る前後で慌てふためいている様子が写っていると? 例え何が写っているのか判別がつかなくても恥ずかしいです。何やらまた頬が熱くなってきたような……。


「並んでいるようだから、早く行かないと」

「え?」


 またも私はいつの間にか抱きかかえられておりました。




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