第三十話 味付け
化粧品は口紅と頬紅を何種類かとおしろいを購入しました。私の顔は一つしかないのにこんなに必要なのでしょうか?
あとは磨爪術、爪の手入れに使う物も買いました。爪は侍女のお二人に整えて貰っていますが、これはより専門的なものだとかなんとか。
これらの他に辰月様は何やら籠に入れてらっしゃいました。
「姐さん達に聞いた物があの店にあってよかった」
「何を買われたのですか?」
ちょうどお店から出たので、荷物を覗かせていただきました。
「塩だ」
「塩……」
とうとう下味をつける段階に入ったようです。胸が苦しくなりましたが、仕方のないことです。私は生贄なのですから。
「この塩を肘とか膝とかのザラザラしている所に擦りつけるとすべすべになるらしい」
「すべすべに……」
下味と舌触りを良くするための一石二鳥の商品ですね。こんなに便利な物があるとは。
「おっと、もうこんな時間か。髪飾りは後にして、昼食を受け取りに行こう」
「ええ」
悲しみを覚えましたが、辰月様はわざわざ特別な塩を買ってまで楽しみにしてらっしゃるのですから、少しでも美味しいお肉になれるように頑張りませんとね……。
(ところで受け取りにってどういうことでしょう? てっきりどこかのお店に予約しているのだと思っておりました)
海辺の通りの一本奥、陸地側の道に入りました。どうやら次の目的地はここにあるようです。
それにしても今日だけでも結構歩きましたね。私はこちらに来る前から運動不足でしたので、足にだるさが出てきました。人目がなかったら足を引きずっていたかも、いえ、流石にそれはないですかね。
「この店だな」
お弁当を売っているお店のようです。ということはお昼はお弁当なのですね、って何を当たり前の事を……。
そうです。どのようなお弁当があるのか見てみましょう。実は侍女のお二人からこちらの世界の文字を習い始めたので少し読めるようになったのです。
(えっと……うーん。大変です。癖が強すぎて読めません!)
なんとかして読もうと試みてみましたが、独特な書き方をしているので全く読めません。それともまだ習っていない文字なのでしょうか?
「よし、受け取ったから店から出よう」
私が文字に気を取られているうちに、辰月様の手にはお弁当の包みがありました。
「あ、はいっ」
沢山歩いたのと色々と考えたせいか、疲労が溜まってきたようで鈍さに拍車がかかっています。しっかりしませんと。そうです。辰月様に荷物を持たせるなんていけません。私が持ちませんとね。そう思って手を伸ばしたら辰月様に手を握られてしまいました。
「見晴らしが良い場所があるらしいからそこで食べよう」
辰月様の温もりがじんわりと私に伝わってきています。
「はいっ」
近くに見晴らしが良さそうな場所はなさそうなので、まだまだ歩くのでしょう。きっと向こうに見えるあの岬でしょうね。よし、気合いと根性で頑張りましょう!
などと私が密かに握り拳を作っていたら、私の体が宙に浮きました。正確に言うと、辰月様に抱き上げられたのです。
ああ、いつの間に手を離されていたのでしょう。それすら気付かないとは。
「よーし行くぞー」
「ひゃい」
辰月様が歩くときと飛ぶときの基準は何でしょうか? 着地可能な場所の有無でしょうかね。そうならば、いつもその場所があったらいいのに。
「ちょっと距離があるからこれのほうがいいだろ?」
なお、お弁当は私が抱え、化粧品類が入った袋は辰月様が背負っておられます。ううーん、いつの間に私はお弁当を持ったのでしょう? しっかりせねば。
「ありがとうございます」
そう言えば飛行中に誰かとすれ違ったりしたことはありませんね。それとも私が気付いていないだけで遠くで飛んでいるのでしょうか?
「どうしたんだ? 急にキョロキョロして」
「他に飛んでらっしゃる方がいるのではと思いまして」
「そういや、いないな」
「便利ですのに」
「な。便利なのにな」
私も自分の力で飛べるならあちこちに飛んで行きます。
「なぁんてな。神だからって皆が皆、飛べるわけじゃないんだな、これが」
「鍛錬なさるのですか?」
「まあな」
辰月様の努力で得た術なのに、生贄の分際で乗せていただいていたとは! しかも先ほど文句のようなことを考えてしまいました。楽をしたいばかりになんと愚かなことを!
私は自分を殴りたかったのですが、会話を止めるわけにはいかないので会話を続けました。
「それで全然見かけないのですね」
「そうか? 俺は結構な頻度で見かけるぞ。今もあっちにいるし」
辰月様が顎でクイッと示された先を見ましたが、私にはどなたも見えません。目を細めてみましたが誰もいません。
「視力の問題かもな。あるいはあちらが気配や姿を消す術をやっているとか」
「辰月様は術を見破ってらっしゃるのですね」
辰月様が頷かれましたので、そういう術があるようです。
「仕事柄、不審者はすぐに見つけないといけないからなぁ。自然と身についているんだろう。ほら、岬に着いたぞ」
岬には展望台があり、長椅子が設置されています。ここで海を見ながらお弁当を食べるのでしょう。
案の定、辰月様から長椅子に腰掛けるように促されました。他には誰もいないので、私達はこの絶景を独り占めならぬ二人占め出来るようです。
「お待ちかねの弁当はこれだ!」
「こ、これは!」
辰月様が包みを取って蓋を開けると、なんとそこには白米の上に貝の佃煮が乗っているお弁当が! 私は息を飲み込みました。
「へへっ、いいだろぉ?」
「覚えていて下さったのですね」
「当たり前だろ。あんなに美味そうに食べていたら嫌でも覚えるって」
「そっそうでしたか」
うう、恥ずかしいです。
「ふっ、俺もまた食べたかったからより記憶に残ったのかもな」
貝の佃煮はまたいつか食事に出ないかと待ち望んでいた食べ物です。あれ以来口にしていなかったのですが、時折思い出しては唾液を飲み込んでいました。
「涎を垂らさないうちに食おう」
急いでおしぼりで手を拭き、そして二人揃って「いただきます」と言いました。そして箸を持って真っ先に向かったのは、言わずもがな貝の佃煮が乗った白米です。白と茶色の対比がたまりませんね。さあ、口の中に入れましょう。
「!」
ご飯が少し冷めていても美味なのは、お弁当用に味付けが研究されているからでしょうか。甘塩っぱい味が主張しすぎず、白米の甘味と水分と合わさって飽きの来ない風味になっています。これならば、いくらでも食べられると思っていたら、もう半分になっておりました。
「煮物も美味いぞ」
里芋と人参とゴボウとレンコンと椎茸の煮物です。その上に絹さやが添えられており、彩りからも楽しませてくれていますね。続いてこちらを口に入れました。具材はどれも煮崩れしていないのに、味がしっかりと染みこんでいます。それなのにしつこくない。なんと美味なことでしょう。
「玉子焼きも美味いな」
玉子焼きは綺麗に巻かれていてまさに神業と言えるでしょう。色むらもなく美しいです。味も煮物とは違う出汁が使われているようで、こだわりを感じます。ああ、すぐになくなってしまいました。
「ひじきの煮物も美味いなぁ。ちょうど良い食感だし、味もしょっぱすぎなくていいな。もし味が濃かったら、この白米の量じゃ足らなかったな」
辰月様のお弁当は元々大盛りですけれど、味が濃かったら更に召し上がっていたのですね。あ、朝食と昼食の間に焼き魚を食べようとなさってましたものね。もしかしたらこれだけでは足りないのかもしれません。
「どれも美味いな」
「ええ、とっても美味しいです」
「あの店は他のも美味いらしいから、また今度食べよう」
「はい。楽しみです」
思わず楽しみだと言ってしまいましたが、今度なんてあるのでしょうか。
ここで悪い考えを思いついてしまいました。私が美味しそうにならなかったら「また今度」があるかもしれないと。いけません。こんな考えは今すぐ捨てるべきです。わかっているのに、生きながらえたいと思ってしまいます。
「どうした? 何か口に合わなかったか?」
「いいえっどれも大変美味でございますっ」
私は慌てて白米を口に入れました。それも何度も。それにしても急いで食べても美味なのは変わらないのですね。素晴らしいです。
「そんなに急いで食べたら喉に詰まらせるぞ」
「平気です。慣れておりますので」
針仕事が遅れているときは急いで食べ終えて、作業に戻っていましたからね。これくらいの早食いなら大丈夫です。
「おお、そうか……」
「?」
おかしな事を言ってしまったようです。あるいは下品と思われたのかもしれません。役目を果たさないといけないのに、負の印象を与えてしまうなんて……。
(気を付けなくては。……あら?)
辰月様の口元に白米が付着しております。いつもは私が付けているのに、今日は逆のようです。
「辰月様、口の近くにご飯が……」
「ん? 取ってくれるか?」
私が手で示そうとしたら、間髪入れずに辰月様からとんでもないことを言われてしまいました。
「え、あ、私から見て右側に付いております」
「いや、だから取ってくれってー」
「ええ、わかりました。僭越ながら私が取らせていただきます」
「フフッ、なんだそりゃ」
そうですよね、いつも取っていただいているのですから私も取って差し上げませんとね。ですけど手指が震えます。誤って辰月様のお顔を引っ掻いたりしませんでしょうか。あああ……、美鶴しっかりするのです。集中です、集中。
「取れました!」
やりました! 無事に辰月様のお顔に付いていた白米を取り除けました!
そう喜んでいたら辰月様に手を包まれ、そのまま私の指が辰月様の唇に。
「なななななっ」
「ちゃんと残さず食べないとな」
顔と耳が熱くてたまりません。
辰月は美鶴がちょくちょく考え事をするのが気になっていた。神と人間では思考が違うからだろうかと思ったが、それにしては多すぎだ。
(悲しそうな顔をするんだよな)
彼女が嫌なことを思い出してしまったのもあるだろうが、他にも何か理由がありそうだと彼は思っている。しかし、それがなんなのか見当が付かない。
(どうしたらいいんだ? 何かしら心配事や悩みがあるんだろうけど、聞いたところでちゃんと答えてくれるとは限らないし……。はぁ、まだ何でも話せる仲になれてないんだな……)
彼女は大分、彼に心を開いてくれている。だが、まだ気を使われている。その証拠に様付けで呼ばれているし、なんだか遠慮されている気がする。
(知らない土地に来て知り合いがいないのも大きいんだろうか?)
心細いのは大いにあるだろう。だからこそもっと頼って欲しい。もっと頼られる人物になりたい。辰月は強く思った。
今回出てきた塩とは当然ながらボディスクラブソルトのことです。このシーンを最初に思いついて話の構想を練り始めたので、やっとこの話が投稿出来て嬉しいです。




