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第二十七話 足

「履き心地は問題なさそうか?」


 美鶴は鼻緒を直した右足に視線を落としている。どうやら足に力を入れて確認しているようだ。


「はい、大丈夫です。心より感謝申し上げます」

「堅苦しいなぁ」


 辰月がしゃがんだまま彼女を見上げると、彼女の顔は真っ赤だった。帽子で見えにくいがどうやら耳も赤いようだ。


(立ったままだと身長差と帽子のつばのせいで顔がよく見えないからなぁ。ずっとこのままでいたい)


 彼が微笑みかけてみると、彼女はより一層赤面し、もじもじとしだした。目も潤んでいるらしく、キラリと光った。


(こういう不意打ちがあるから困るんだよ……。いや、俺が先に微笑んだんだけど……)


 彼は心を落ち着かせるために、小さく息を吐いてから立ち上がった。


「あ、あの、ありがとうございました」

「ああ。念のため歩いてみてくれ。歩きにくかったら直すから」

「はい」


 彼女は小さく円を描くようにトコトコと歩いた。二周ほど歩いたら彼女は立ち止まった。


「支障ないようです」


 彼女はにっこりと笑っている。彼はと言うと、彼女の今の動作がまるでひよこのようだったので笑いを堪えていた。


「ん、そうか。それはよかった」


 彼は彼女の手を取って目的地まで歩き始めた。歩幅は小さめでゆっくりと。




 温泉旅館に到着しました。足湯は出入り口付近にあるようで、看板に矢印が書かれています。私達はその矢印が示す先に移動しました。


「お、ちょうど空いてるな。さっきの寿司屋といい、俺達ついてるな!」

「はい!」


 きっと辰月様が日頃の行いがいいので神様が……って辰月様も神様でした。えーっとお天道様が見ておられるからです。あ、辰月様は月の一族でらしゃいました。えーっとえっと……。とにかく、辰月様の日頃の善行のおかげなのです。


「フッ、貸し出しの手ぬぐいもちょうど二枚残ってる。本当に幸運だ」

「ええ。良いこと尽くしですね」

「だな」


 私達は椅子に腰掛けて草履と足袋を脱いで反対側に向き直しました。そしてそっと足をお湯の中に入れると、じんわりと熱が伝わってきました。最初は少し熱めなのかと思いましたが、慣れると熱くも温くもなく適温に感じます。おかげでのぼせたり体が冷えてしまったりはせずに休憩出来そうです。


「少しとろみがあるみたいだな」

「はい……」


 辰月様の脚にはすね毛が生えておりますね。殿方なので生えていても不思議ではないのですが、普段見えない物が見えると少しドキドキしてしまいます。


「腕だけでなく脚も細いな」

「え、ええ……」


 これはもっと肥えろと言われているのでしょうかね?


「色も白いし」

「はい……」


 美味しそうな色ではないという意味でしょうか……。色白は七難隠すと言いますが、それだけですものね。それ以外の取り柄がないと言っているようなものです。


「わかっていたが、俺とは大違いだ」

「ええ、はい」


 辰月様のふくらはぎは筋肉ムキムキですので、筋が入っておられます。足も私とは違ってがっしりとしてらっしゃいます。きっとこのお体を維持するのは大変なはずです。事実、大食漢でらっしゃいますもの。

 これはもっと肉を付けなければ、食べ応えがないと思われてしまうことでしょう。もっと食べませんとね。お昼ご飯もいっぱい食べましょう。


「今まで他人との違いなど気にならなかったのに……」

「え? ええ……」


 もっと肥えろ、品質が良くなるように努力しろとおっしゃっていたのではない……?


「もっと大事に大切にしないとだよなぁ」

「えっ、今でも十分すぎるほどでございます」


 これ以上の待遇など想像出来ません。私には勿体ないほど豪華な衣食住揃っていますもの。


「素晴らしい侍女を二人もつけてくださっておりますし」

「いやぁ、もっと丁重に扱わないとと思ってさ。特に……」

「特に?」

「……なんでもない」


 辰月様は少し頬が赤くなってらっしゃいます。辰月様にとってはお湯の温度が高いのでしょうか?


「そろそろ出るか」


 やはり熱かったのですね。のぼせてしまうのは良くないですから、早々に出ましょう。


「ええ」


 私が湯から足を出して拭こうと手ぬぐいを探していたら、辰月様が二枚とも持ってらっしゃいました。私は受け取ろうと手を伸ばしましたが、それは手元にやって来ませんでした。


「俺が拭くよ」

「えっ? あの、その、自分で拭けますので、どうか手ぬぐいを……」

「遠慮しなくていい。あ……もしかして嫌だったか?」


 辰月様はしょんぼりとされてしまいました。


「いえっそんなっ、申し訳ないだけです」

「嫌ではないのならいいだろう。任せてくれ」

「ひぇっ」


 私の足は指の一本一本を辰月様に摘ままれて拭かれることになりました。ハッ、私の足の指って毛が生えていたりしませんかね? 爪と指の間に垢が詰まっているとかないですよね? 大丈夫ですよね?


(あわわわわわわわ)


 毛や垢がないにしろ、今は絶対にふやけているはずです。しわしわです。


(そんなに爪の間まで……はわわわわ)


 くすぐったいです。ただ拭かれているだけなのに。ああ、どうしましょう。


「んっ……」

「あ、痛かったか? すまん」

「なっ! 大丈夫です。平気です。問題ありません!」


 ちょっとゾワゾワしただけで、痛みなどありませんでした。


「そうか。まあこれくらいきちんと拭けば足袋も濡れずに済むかな」


 確かにきちんと水分を取らないと足が気持ち悪いことになっていたと思われます。そこまで見通してくださっての行動に感服です。


「ありがとうございました。あの、よろしければ私に辰月様の足を拭かせていただけませんでしょうか……」


 私に上手く出来るかわかりませんが、せめてものお礼です。私は足袋を履くのを忘れて申し出ました。


「ん?」

「あ……」


 辰月様はいつも私の髪の毛を乾かす術で足を乾かされたようです。


「よく考えたら、これやればよかったよな。すまん」

「わざわざ手ずから私の足を拭いてくださいまして、なんとお礼を申し上げたら良いのか……」


 つまりは便利な術を忘れさせてしまうほど、私は頼りなく見えるのでしょう。精進せねばなりませんね。


「嫌味に聞こえるんだが……」

「えっ」


 い、嫌味? 私はそんな言葉を言ってしまったのですか? どうしましょう、どうやって許しを請えば……。


「あれ、その反応からすると違ったのか?」

「えっと……」


 なんと返事するのが正解なのか私にはわかりません。肯定か否定か。どちらにせよ、間違えればいくらお心の広い辰月様だってお怒りになるかもしれません。どうしましょうか……。変な汗をかいてきました。


「ま、いいか」


 なんと! お心が広いと「ま、いいか」で済ませられるのですね。私もこうなりたいものです。

 私は安堵したので汗が引っ込みました。せっかく温まったのに、汗で冷えるなんてことにならなくて良かったです。


「早く足袋を履かないと足から冷えてしまうぞ」

「あっ」


 汗の心配している場合ではありませんでしたね。辰月様はもう足袋どころか草履も履かれています。いつの間に……。


「なんなら履かせてやろうか?」


 辰月様は片方の口角を上げていつもと違う笑みを浮かべてらっしゃいます。こんなお顔もなさるだなんて、新たな一面を知られて嬉しいです。けれども、お言葉の趣旨が不明です。


「えっと……」


 先ほどの草履を履かせてくださったのは、鼻緒を直してくださったその一連の動作なのはわかります。これも足を拭いてくださった流れの行動なのでしょうか?


「……ん?」

「あの、流石に一人で履けますが、もしや出来なさそうに見えますか?」


 確かに普段は侍女のお二人に手伝ってもらってはいますが、大体のことは一人で出来ます。いえ、出来るようにならざるを得なかったと言うべきでしょうか。


「……そんなことはないが、どうした?」

「頼りなさそうに見えるのではと思いまして、あるいは鈍臭いとか……」


 私は針仕事も遅くてよく叱られました。ですので期日までに仕上げるために、よく夜遅くまで作業をしたものです。


「……すまない、からかっただけだ」

「からかう?」


 ますますよくわかりませんが、鈍臭く見えるわけではないのですかね?


「ついさっき、大事にする大切にすると言ったこの口でだ。何をやっているんだ、俺は」

「えっ? あの、どうされました?」


 辰月様は唇を噛んで険しいお顔をなさっています。


「なんて学習能力がないんだ。……クソッ」

「え? え?」




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