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第二十六話 お寿司

 なんということでしょう。辰月様は朝食と昼食の間にも名物を召し上がるおつもりだったようです。


「そっか。少食だもんな。胃もたれしちゃうか」

「私のことは気になさらず、お好きな物を召し上がってください」

「いや、また今度にしよう。楽しみはとっておくと、より美味しく感じられる気がするし」


 今度……。来週でしたらご一緒出来ますけど……。


「あ、けど季節によって獲れる魚って違うよな。どうしよう」


 これで来週ではないのが確定しました。もしかしたら来週は何かご予定があって、こちらには来られないのかもしれませんね。


「お昼に食べるのではいけないのですか?」


 それならば美味しく食べられるはずです。


「言ってなかったが、昼飯はもう頼んであるんだ」


 辰月様が得意気にフフンと鼻を鳴らされました。一体何を頼んだのか聞いてみましたが内緒だと言われてしまいました。好奇心をくすぐられますね。


「ん? あれって俺達のかな?」


 辰月様のおっしゃる通り、店員さんがお寿司が乗ったお皿を私達の目の前に置かれました。

 とても美味しそうですね。 新鮮だから光っているのは理解出来ますが、それにしてもお寿司ってこんなにも輝いて見えるものなのですか?


「ごゆっくりどうぞー」


 私はすぐにでもお寿司にかぶりついてみたかったのですが、店員さんが去るまで我慢しました。


「お、やったな。イクラがあるぞ!」

「この橙色をしたつぶつぶですね」

「おう」


 イクラはキラキラと光っています。ご飯、いえ、シャリもつやつやしているのがわかります。これで美味しくないはずありません。

 当然ながら他のどのネタも輝き、自己主張をしています。まるで自分が一番美味しいと言っているかのようです。


「この小皿に醤油を入れてっと」


 私がお寿司に目を奪われているうちに、辰月様が食べる準備をしてくださっていました。慌てて受け取り自分の前に置きました。


「あ、イクラは醤油漬けされているからそのままいけるぞ」

「わかりました」


 知らずに醤油につけるところでした。そうなっていたらしょっぱくてイクラを楽しめていなかったでしょう。


「他のネタにはワサビがついていると思う」

「わかりました」


 押し寿司にはワサビは使用しませんからね。失念しておりました。鼻への刺激に身構えましょう。


「じゃ、いただきます」

「いただきます」


 私はもちろんイクラからです。粒が落ちないように慎重に持ち上げて口の中に入れました。そして咀嚼です。


「!」


 粒が口の中で弾けました。そして口内へ広がり舌に絡みつきました。また口を動かすと残りが弾けて更に広がっていきます。

 食感がとても面白くて何度も噛みましたが、もう弾けなくなるとわかると少し寂しかったです。

 私は舌に残ったイクラのねっとりとしたしょっぱさに名残惜しさを感じながら、次のお寿司を口に入れました。


「!」


 この淡い桃色をしたネタのお寿司は、とても脂が乗っており歯ごたえがあります。決して硬いのではなくのではなく、噛み応えがあるのです。

 次は真っ赤な切り身が乗ったお寿司です。これはきっとマグロでしょう。こちらに来てから何度かお刺身をいただいているのでわかります。お寿司になるとまた違った風味になるのですね。酢飯があるからでしょうか。それにしてもこんなにも美味だとは……。


「見ていて飽きないなあ」

「えっ」


 辰月様に私が一々感激していたのを見られていたようで、恥ずかしくて頬が熱くなりました。


「満足してくれたようで何よりだ」

「はい……」


 辰月様は一口でお寿司を召し上がっているようで、お皿の上にはもう二貫しか残っていません。


「ワサビは平気か?」

「はい、大丈夫です」


 お寿司についているワサビは少量ですので、刺激に耐えられています。こういった分量も計算されているのでしょう。ネタの風味や食感を損なわないように、多すぎず少なすぎない適量を。


「ハハッ! だよな。それだけ食べてりゃ平気だよな」

「大変美味しゅうございます……」

「そういや、海老の寿司もあるらしい。食うか?」


 私が頷くと辰月様は追加注文をなさいました。その際、空いたお皿が回収されたので、辰月様に凝視されならお寿司を食べることに。


「イカも美味いよな。独特の甘味ととろみがたまらん」

「ええ」

「タコもいいよな。吸盤の歯ごたえを味わいたくて吸盤だけ囓りたくなる」

「はい」


 他にもホタテや鯛などにも辰月様の感想がつけられました。そして最後です。謎の橙色をした物体を食べようと思います。これは一体……。


「あれ? その表情からすると好きだから最後にしたんじゃないみたいだな」

「未知の食べ物です……」


 これの元の姿が全く想像出来ません。このままの姿なのでしょうか。いや、そんなまさか……。


「それはウニだ。美味いぞ」

「ウニ……。何の仲間ですか?」


 ウニとは何者なのでしょう? せめてそれがわかればどのような味か想像つきます。


「ウニはウニだな。海の中に棲んでるトゲトゲした奴だ」

「トゲトゲ……栗のイガのような?」

「そうそう。んでその中身を食べるんだ」

「……植物ですか?」


 栗に似ているのならそうなのでは? もしや海藻の仲間でしょうか。これはそれの実とか……。


「違う。生き物だ」

「貝の仲間ではない……?」


 中身を食べるのなら貝ではないでしょうか。おそらくトゲトゲは貝殻なのです。


「さっきも言ったがウニはウニだ」

「ウニはウニ……」

「……食べたくないなら俺が食うぞ?」

「いえ、食べます」


 私はゆっくりとウニのお寿司を口に運び、そして咀嚼をしました。


「!」


 何という濃厚さ! 何という滑らかな食感!


「んー大丈夫そうだな」


 少々匂いや味に癖がありますが、そんなことが気にならないくらい美味です。ずっと味わっていたいですが、そう言うわけにもいかず、名残惜しみながら飲み込みました。するとウニの余韻が口と鼻に……。胃に入ってもこんなに楽しませてくれるなんて素晴らしい食べ物です。


「ふふっ、本当に見ていて飽きないなぁ。お、ちょうど海老が来たようだ」


 海老のお寿司の盛り合わせのようです。なんと頭が付いているのもあります。私は辰月様に食べ方を教わりながら食べました。海老味噌だなんて初めてです。少し苦味がありますが、嫌な苦さではありません。海老の身の甘味と合わさると、新たな味に出会えます。


「ゆで海老と甘エビも美味かったな」

「はい。色んな海老のお寿司が食べられて大満足です」


 いつもだったら食べきれない量を食べられました。これで脂肪もしっかりつくでしょう。


「店が混んできたから長居しないほうが良さげだな」

「ええ、そうですね」


 人気のあるお店だったのですね。すぐに食事が出来たのは幸運でした。

 私は帽子を被り直して席を立ちました。




 会計を終え外に出ると、お店の外には数組並んでいました。やはりお店から出て正解だったようです。


「食べてすぐに動くのは腹が痛くなるから近くで休もう。あっちに温泉宿があるらしい」

「急に行っても大丈夫なんですか?」


 辰月様に手を握られ、海辺の通りを歩き出しました。いつもよりゆっくりなのは、食後だからですね。


「温泉だけ入るのもいいそうだ。さっき店内で情報収集をしたから間違いない」


 ずっと私の目の前にいらしたのに、一体いつの間にお調べになったのでしょう。他のお客さんの会話を聞いてらしたのでしょうか。私がお寿司に夢中になっている間にも、有益な情報を集めてらっしゃったなんて流石辰月様です。


「ま、湯には浸からずに足湯だけなんだがな」

「足湯ですか」


 涼しい季節になってきたので足を温めるのは良いかもしれません。着物を脱ぎ着しなくて良いのでお手軽ですしね。それに足湯は混浴でしょうから辰月様と別れずに済みます。


「座れるから休憩にぴったりだ」

「ええ、これ以上ないほど名案です」

「だろぉ?」


 二人でふふふと笑っていたら、私の足に衝撃が走りました。どうやら右の鼻緒が切れてしまったようです。


「おっと、大丈夫か?」


 辰月様はすぐさま屈まれ、私の足元に手を伸ばされました。そして、片足でフラフラしている私を見かねて、肩に手を置くように言ってくださいました。私はお言葉に甘えてがっしりとした肩に手を置かせていただきました。骨と筋肉……。


「俺の腿に足を置いてていいぞ」


 それでいつもと引く足が逆だったのですね。


「そんな……。辰月様を足蹴にするなんて出来ません」

「足蹴って……。俺は知ってるぞ、寝てる時に俺の膝裏やふくらはぎで暖を取ってるの」

「ぬぁっ」


 私が変な声を上げている間に、辰月様は手ぬぐいを裂いて鼻緒を直してくださいました。さらに、私の足を持ち上げて草履を履かせてくださいもしました。至れり尽くせりです。




 淡い桃色をしたのネタはハマチのつもりです。

 軍艦巻きが登場したのは昭和に入ってからだそうです。

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