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第二十四話 二回目のおでかけ

 昨晩、辰月様は背中だけでなく肩や上腕にもボディクリームを塗って下さいました。自分でも塗っているのですけど、きっと塗り足りなかったのですね。というわけで今朝は念入りに塗りました。これで辰月様のお手を煩わせることはないでしょう。


(と思ったのですけど、腕に塗って下さっていますね。……あ、今日は首も?)


 背中以外はきちんと塗布出来たと思っていました。辰月様のお手を煩わせてしまうなんて……。もっと気を付けねばなりませんね。


(なっ、お腹もですか? ここは確実に塗ったと思うのですが……ハッ、わかりましたよ。これは肉付きの確認です。塗るのと確認するのとを同時になさるとは流石でございます!)


 辰月様は入念に確認なさっています。これほど熱心に肉の付き具合を確かめられるだなんて、それほど楽しみにされているのでしょう。最近では肉をしっかりと摘まめるようになりましたので、食べ応えが出てきたと思います。


(お、おへそもですか? 確かに周りは塗りましたが、中まで塗っておりませんでした。盲点でしたね。ですけど、こんなに何度もくるくるされると、なんだかムズムズします)


 辰月様はもう何度かくるくると指を動かされた後、今度は腰回りに手を移動されました。腰にもちゃんと塗ったつもりでしたが、こちらも足りていなかったようです。何往復かされると、手が離れていきました。


「まあ、これくらいでいいだろう」

「ありがとうございました」

「じゃあ俺も頼む」

「はい」


 私は寝間着を着直して、辰月様の広いお背中にボディクリームを塗り始めました。朝なのに加え視力が回復したおかげで、辰月様の皮膚の状態が良くわかるようになりました。どうやら所々に光の加減で見えたり見えなかったりする傷跡があるようです。切り傷でしょうか?


「息がかかってくすぐったいんだが……」

「申し訳ございませんっ」


 やってしまいました。気になるあまり、近づきすぎてしまいました。


「ククッ……。何度も見ているのに、まだ見入ってしまうんだな」

「えっ! いえ、その、薄い傷跡があるのが気になりまして……」


 見とれてなんかいません。ええ決して! だって見慣れておりますもの!


「ああ、大体が訓練中に受けた傷だから、大した怪我じゃない」

「そうでしたか……」


 大した怪我ではないと言われても、複数傷跡があったら心配になります。私に使用した塗り薬では傷跡を治せないのでしょうか。


「もう終わったか?」

「ええ」


 私は手の平に付着しているぬるぬるを辰月様に見つからないように手巾で拭こうとしましたが、辰月様に見つかり前腕で拭うように言われました。だから隠れて拭こうとしましたのに……。


「いつも言っているけど勿体ないだろ」

「ええ……」


 私は辰月様の前腕をさすり、手に付着しているボディクリームの残りを拭き取りました。以前きちんと塗るかと尋ねたのですが、必要ないと言われたので毎日こうしています。


(腕の毛……筋肉……血管……骨……)


 全て私とは違います。しっかりとしていて力強いです。


(腕だけではなく、全てが違います……)


 当たり前ですけど、辰月様と私では骨格と筋肉の付き方が丸っきり異なっています。そのため頭では理解しているのに、見たり触れたりすると心臓が煩くなってしまうのです。


(これでも慣れたほうです。耳まで熱くならなくなりましたもの)


 もっと慣れていけばそのうち心臓は通常のままで、頬も熱くならないのでしょうね。

 あ……、それはないですね。だって後二週間の命なのですから。そんなに短期間で私の心が平静になるはずないです。


「ありがとな」

「はい」


 私は手を引っ込めて腿の上に置きました。もっと一緒にいられたら良いのにと、口から出かかりましたが何とか封じられました。


「ちょうど二人が来たみたいだ」

「はい……」




 本日の着物は海に行くということで汚れてもいいようにか、いつものように豪華なものではありません。おそらく銘仙でしょう。


「どんな柄でも似合うんだなぁ」

「お二人のおかげです」

「いえいえ、辰月様のおっしゃる通り、美鶴様はなんでもお似合いになりますよ」

「そうです。あれこれ組み合わせを考えられて心が躍りました」


 侍女のお二人によると、とても楽しい作業だったそうで逆に感謝されてしまいました。そう言われるとなんだか嬉しくなりますね。


「それとこちらは帽子でございます」

「もう秋ですが日差しがあるといけませんのでね」


 なるほど、それで髪を下で結ったのですね。これなら帽子を被りやすいです。

 鏡で見てみると、着物と帽子のリボンの色が合っていてお洒落でした。これなら辰月様の隣にいても大丈夫でしょう。


「日傘だと風に煽られて飛んで行ってしまうかもしれないしな」

「え?」


 そんな突風が? 神様の世界は恐ろしいですね。と思っておりましたが、どうやら冗談のようです。安心しました。


「こちらは肩掛けでございます」

「もう秋ですので寒いといけませんのでね」


 肩掛けは落ち着いた色をしていてお洒落です。私だったら無難な色を選んでいたことでしょう。


「よし、準備出来たな。朝飯はあちらで獲れたての魚を食べよう」

「お寿司……」

「あるといいな!」


 私達は侍女のお二人に見送られて部屋を出ました。




 どうやら海は一週間前に行った場所とは反対方向にあるようです。移動手段はもちろん徒歩ではなく、辰月様の飛行術によってです。


(飛行術という名称かは不明ですけどね)


 私は抱きかかえられるのに慣れてきたので、辰月様の負担にならないように体をくっつけています。そのおかげなのかやや冷たくなった風でも体が冷えることはありません。


(照れて体が熱くなっているからではないのです)


 至近距離で辰月様のお顔を見てももう平気なのですよ。変な汗もかかなくなりましたしね。いくら整ったお顔でも毎日見ていれば平気になるのです。


「俺の顔に何かついてるのか?」

「えっ? いえ、別に何も」


 視線の先にいらっしゃるだけです。ええ、そうです。


「じゃあ、見とれてくれてたのか?」

「ち、違います!」


 そりゃ何度でも、何時間でも見ていたいお顔をなさっていますけど。


「なんだ、違うのか……」

「違わないです!」


 辰月様の酷く落胆した声に反射的に否定してしまいました。しかしこれだと意味不明です。案の定、変に思われたようです。


「え、どっちなんだ?」


 辰月様は眉間に皺を寄せられ、視線を進行方向から私に移動されました。


「!」


 辰月様としっかり目が合いました。普段と違うにこやかでない表情に少しドキリとしてしまいました。


「あのその、見とれていたのではなくですね、えっと……」


 生贄ごときに見とれられても不愉快なだけですよね。どうしましょう。


「ただ視界に入れときたかったとかか?」

「えっええ、そうです。そんな感じなのです」


 自然と見つめていたので、もしかしたらそうなのかもしれません。


「ふーん」

「……お嫌でしたか? 大変申し訳ございませんでした」


 どちらにしろ不快だったのですね。視線を前方に戻されたのが良い証拠です。

 これから海に行くと言うのに、負の感情を抱かせてしまうだなんて、とんでもない事をしでかしてしまいました。きっと今の謝罪だけでは足りませんよね。誠心誠意謝罪しませんと。

 そう思い私がお詫びの言葉を思案していると、辰月様が驚いた表情をなさって私に顔を向けられました。


「え? 違う違う。熱心に見てくれていると思っていたからさ、自分の勘違いかと思って悲しくなっただけだ」

「? ということは……」

「嬉しかったんだ」

「嬉しい……私に見られるのが、ですか?」


 辰月様の微笑みを見て、今度は私が驚いてしまいました。


「ああ。俺と同じなんだなと思って」

「……辰月様は私を見ていたいと思っておられるのですか?」

「おう」


 私は今辰月様に抱きかかえられています。こうして接触しているのですから、私が何処かに行く心配はないと思うのですが……。とても心配性でらっしゃる? 


「大切な人はいつでも見ていたいだろ?」


 大切な人……大切な人間……大切な生贄、でしょうかね。もしや食べ方を考えておられる?


「いつでも……。そうでしたか」


 それほど食欲をそそるようになってきたのですよ。良いことです。良いことですけど……。


「そうだ。今度写真を撮って貰おうか」

「写真ですか……」


 両親の写真も残っていればよかったですね。平べったくなってもそこに居てくれると思えば、一人でいるときも心強かったことでしょう。


「どうした? 写真は嫌か? ……魂がとられるとかないから大丈夫だぞ」

「そういうわけでは……」


 写真の中の私を見て辰月様は私を思い出してくださるのでしょうか?


「ま、嫌ならいいんだが」

「いえ、写真撮影したいです!」


 私がいた証しを残すために、なんて大袈裟ですよね。

 多くいる生贄のうちの一人だとしても、写真を見て一瞬でもいいので思い出していただけたら嬉しいです。


「おお、そうか。……で、本当のところ、どうして俺を見ていたんだ? まさか視線の先にいたからってだけじゃないだろ?」

「……綺麗なお顔なので鑑賞しておりました」


 綺麗なものはずっと見ていたいですからね。自然に見てしまっていたのでしょう。


「綺麗? 俺の顔が? ハハッ、そんなの初めて言われた」


 神様達は目が肥えてらっしゃるのですね。確かに庭園では綺麗な顔立ちをなさった方が複数いらっしゃいましたね。ですけど、どの方も辰月様ほどではありません。


「はい、とても綺麗です」


 今まで見て来た中で一番の美男子です。これは間違いないです。


「ちょっ、照れるからそんなに真っ直ぐな眼差しで言わないでくれ」

「すみま……わかりました」

「今俺の目の前にいる誰かさんのように本当に綺麗だったらいくらでも言っていいだろうけども」

「はい、石けんと化粧水と乳液のおかげですね」

「ん? 肌の話じゃなくて、あれ? 俺の顔も肌について言ったのか?」

「いいえ、顔貌についてでございます」

「うん、だよな。なのになんで肌の話になったんだ? いやぁ、肌が綺麗なのも美人の条件になるんだろうけどさ」

「……私の顔は綺麗なのですか? 本当に?」


 両親は誉めてくれましたけれど……。


「……傷跡があったときから美人だと思っていたぞ?」

「本当でございますか?」

「おうよ」




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