第二十二話 塩かりんとう
私がこちらに来てから二週間が経過しようとしています。辰月様の背中にボディクリームを塗るのに慣れてき……てはいないですが、徐々に手際よく塗れるようになってきました。
そんな話を侍女の本多さんと紺野さんとしていました。
「そう言えば侍女仲間に聞いたのですが、上等な髪油が仕入れられたそうですよ」
「ツヤが良く出てまとまりやすいそうです」
「お二人は手に入れられたのですか?」
「我々は少しふっくらしているのが流行りなのです」
「ですので、人の姿をしている方に向けた商品だそうですよ」
確かに動物さんの毛はふかふかしている方が良いですよね。ええ、ぺしゃんこだと見映えはしないでしょう。現にお二人の尻尾は大変ふわふわとしていており美しいです。
「そうでしたか。綺麗な髪……」
辰月様が髪の毛も召し上がるのなら、舌触りを良くするためにより良い髪質になる必要がありますよね。
「辰月様でしたら入手出来ると思いますよ」
「辰月様にお願されてみてはいかがでしょうか?」
人気の品なので侍女は無理でも神様なら買えるのではないか、とのことです。
「ですが、これ以上お金がかかることは……」
辰月様は趣味がないので貯蓄が十分すぎるほどあると仰っていました。しかしそうだとしても、もっと有益なことに使うべきです。
それとも食にこだわっておられるとか? いえ、確かなんでも召し上がると仰っていました。それでも美味しいに越したことはないですよね。だから私のためにお金を……? うーん、わかりませんねぇ。
「辰月様は行動力がおありですから、すでに購入されているかもしれませんね。私達の耳に入るくらいですから」
「今日はおやつを持って来られませんでしたしね」
そうなのです。本日はおやつの時間に辰月様はいらっしゃいませんでした。お仕事が忙しいのかと思いましたが、その線もありそうです。
「昨日のビスカウトのお裾分けのように、今日も何かいただけるのではと少し期待しておりました」
「こちらもやはり我々の元まできませんから」
ですので先日のお土産が嬉しかったのだそうです。買って良かったです。
「それにしても神様の世界にも西洋のお菓子があるなんてビックリです」
「ああそれはですね、どなたかのお供え物にあったのだと思います」
「それをどなたかが気に入られて他の神々に伝わっていったのでございましょう」
ただし人間に名を知られていない神様達だけでの話だそうです。ただ、お偉い方々は古くからあるものを好まれるのだとか。
「そうなのですね」
これからも色んな国のお菓子が登場するのでしょうか? きっと私が知らないものもあるのでしょうね。食べられたらいいですねぇ。あ、どのような色や形なのかも楽しみですよ?
「金平糖も元々は異国のものだとか」
「コンフェイトというそうですね」
ポルトガルの宣教師が伝えたのでしたっけ? それが日本に根付いて何百年も。
そう言えば、お饅頭の原型も大陸から来たと聞いたことがあります。
「他にも形を変えて定着しているものがありそうですね」
調べたらまだまだ沢山出てきそうです。身近にあるのが当たり前すぎて驚くものもあるのでしょう。
「ですね。あ、私達はどんなおやつでも嬉しいですよ」
「ええ、分けて下さるお二人には感謝しきりです」
「私はなにも……。全て辰月様が……」
私は一文無しなのでお土産を買えていませんし、おやつも辰月様が持って来て下さるのをお二人に分けているだけです。
「侍女仲間によると沢山あるのに独り占めしちゃう方だっているそうですよ」
「侍女に分ける決まりはないですけど、その方の評判はあまり良くないです」
お二人は目を細めています。
「そんな話を聞いていたので、辰月様と美鶴様がどんな方なのか心配だったのですけど」
「お二人とも、とてもお優しい方だったので毎日が楽しいです」
「侍女というだけで蔑ろにされたりしますし」
「さらに私達は獣ですから邪険にされたりするのです」
「なっ……」
絶句とはこのことです。たったそれだけの理由で、お二人が辛い思いをしているなんて。こんなことあってはなりません。
「ああ、申し訳ございません。愚痴をこぼしてしまいました」
「……美鶴様?」
お二人は苦労しているのに嫌な顔一つせずに、私の身のまわりの世話をしてくれています。きっと私の担当になってからも何かしらあったことでしょう。それでもいつも変わらずに世話をしてくれていた、そう考えたら私の視界は歪んでいました。そしてすぐにポタポタと涙が手の甲にこぼれ落ちたのです。
「お気に障りましたか? 申し訳ございません」
「それとも具合がよろしくないのですか?」
お二人の小さな手が私の手に重なりました。ぷにぷにした肉球がひんやりとしています。
「ぐずっ……。違うのです。うっ……。いつもありがどうございまずっ」
「そんなっお礼を言うのは私達のほうです。先ほど言った通り、私達にも親切に接して下さっているのですから」
「それに美鶴様達に会えると思えると毎日頑張れるのです」
この言葉からわかるように、やはりお二人は今も……。
「私は、お二人のごと、だいずぎでずっ」
辰月が自室の前に到着すると身なりを整えた。少しでも美鶴の目に格好良く映るようにと思ったのである。
整え終わった彼が自室に入ろうと一歩踏み出した時、室内から気になる会話が聞こえてきた。それは噂は耳にしていたし、実際に目撃したこともある話であった。彼が苦々しく思っていると、美鶴の泣き声が聞こえてきた。それに慌てた彼は中に入ろうと襖の引き手に指をかけたが、聞き耳を立ててみると自分はいないほうが良いと判断したので、収まるまで待機することにした。
(俺も美鶴に大好きって言われたい……)
と辰月は思ったが、彼は彼女に好きだと言っていないのに気付いた。
(言ってないのに言ってもらうとか図々しいな。俺から言ってみようか。……だけどなんか照れくさいな。どうしよう……)
辰月は腕を組み首を傾げながら思案した。色々想像して表情筋が緩んでいた。だが、すぐに真剣な顔つきになった。
(それにしても……)
辰月は妄想を止め、美鶴が泣いた理由の推測を始めた。
彼女は侍女達に同情して泣いたのかもしれないが、辰月は別の理由もあるのではないかと思ったのだ。
(例えば村での境遇と重なったとかだ。多分美鶴は村人達から冷たくされていると思わないようにしていたんじゃないだろうか)
そうでないと心が壊れてしまう。災害で両親を亡くし、彼女自身も日常生活に支障が出るほどの怪我を負った。そんな状態で冷遇されているのを自覚したらどうなるだろうか。
(だから無意識に村人は自分に対して良くしてくれている、自分は恵まれていると思うようにしたんじゃないか? うーん、考えすぎか?)
辰月は考えてみたものの中途半端な推測しか出来ず苛つきそうになったが、すぐに労力の無駄だと思い止めた。力を使うなら他のことに使うべきだ。そう、例えば落ち着いてきた美鶴達の話を聞くとかだ。
というわけで、辰月は自室に入った。
しかし入ったはいいものの、辰月はどう話しかけたらいいのかわからなかった。なので取りあえず本日入手した塩かりんとうを美鶴達に配布した。彼女達は大変喜び、いつもは夕食前には食べないのにすぐに頬張った。辰月は美鶴の隣に腰掛けて彼女達が食べるのを見守った。
「今日はおやつはなしかと思っていたのです」
美鶴が言うと侍女の二人も頷いた。
「そんなに楽しみにしてくれているのか。明日も頑張らないとな」
辰月は美鶴達が笑顔になったので安堵した。もちろん彼は彼女達がお菓子に飢えていたわけではないのは十分理解している。
「先ほど美鶴様にもお伝えしたのですが、いつも私達にも分けて下さってありがとうございます」
「沢山頂いたときは仲間達にもお裾分けしているのですよ」
「あ、だから見知らぬ侍女に礼を言われたのか」
彼は礼を言われる心当たりがないので何かあっただろうかと考えたらしい。疑問が解決してすっきりしたとのことだ。
「本当に感謝をしきれないです。あ、お菓子の件だけではなく」
「私達を採用してくださったのもです」
「ふっ、そうか。ではもっと美鶴と仲良くしてやってくれ。俺が妬かない程度に」
辰月がこう言うと侍女の二人は微笑みながら「かしこまりました」とお辞儀した。




