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第二十話 キャラメル

 美鶴は再び眠りについたようだ。辰月は抱きついたままでは彼女が苦しいだろうと思い離れようとするも、彼女に袂を握られていたのでそのまま寝ることにした。

 耳元では彼女の寝息が聞こえる。規則正しくすぅすぅと愛おしい音だ。

 彼女は治療のおかげで視力と聴力は回復してきている。もちろん体力もだ。出会った当初は青白かったが、今では血色が良くなって見違えるように健康になったし、目の下のクマもあまり目立たなくなっている。


(嗚呼、日に日に可愛さが増していく……)


 辰月は彼女がお風呂好きなようなので、他にも何かないか女性陣に聞いてみることにした。恐らく彼女達は彼の知らない、考えつきもしない物を教えてくれるだろう。


(貯金はまだまだ沢山ある……)


 辰月も美鶴と同様に、夢の世界に入っていった。




 今朝も辰月様に化粧水と乳液を塗っていただいたのですが、いつもより念入りに塗られていました。昨晩塗らなかったからとのことですけど、辰月様の手が背中の上を何往復もするので、よりドキドキしてしまいました。

 そして日が暮れて辰月様がお仕事から戻られると、手に何か持ってらっしゃいました。


「これはボディクリームと言って体に塗るものそうだ。どうやら化粧水と乳液は顔周辺に使うものらしくてさ、勿体ないと騒がれてしまった」


 勿体ないということは高価なものだったのですね。これからは顔だけに塗るにしても節約しましょう。

 いえ、ですがそうすると質感が……。ああ、いつも同じことで悩んでいますね。良い食感になるために使用しているのですから、適量を使うべきですね。


「体専用……なのですね」


 背の低い円柱型をした入れ物を開けると、白いクリームが見えました。私は食べ物以外にクリームがあるとは思わなかったので、知らなければ口に入れていたでしょう。

 それは辰月様がいつもお菓子を持って来て下さるからでもあります。つい先日もクリームが添えられたカスタプリンを一緒にいただきました。私はアイスクリンの時のようにカラメルソースを口に付けたままにしていたため、再び辰月様にお世話になってしまいました。思い出したら赤面しそうですので、この話はもう終わりです。


「毛まみれの私達にはよくわからない話ですね」

「私達は全身同じ油で手入れをするのです」


 侍女の本多さんと紺野さんの毛はふわふわでツヤツヤなのです。今日触らせて貰いました。次は肉球をお願いしましょう。どんな触り心地なのか想像するだけで今からワクワクします。


「けど毛を梳かすのは大変だろう?」

「毛繕いをするから大丈夫でございますよ」

「家族や仲が良い者同士でやるのです」


 侍女同士でもするそうです。……今の会話で他の侍女の方々にも狸さんや狐さんがいるのがわかりました。きっと他の動物さんもいるのでしょう。どんな方達でしょうかね? いつか会えたらいいですね。


「いつものように俺が背中に塗るよ」

「ありがとうございます」

「私達の毛繕いのようなものですね」

「お二人は仲良しですものね」


 仲良し……、神様と生贄の仲をそう呼ぶだなんてなんだか変な感じです。


「じゃあ俺も美鶴に塗って貰おうかな」

「え」


 確かに毛繕いは互いにしあうものですよね。いつも私ばかりお世話になっていて心苦しかったので、お返し出来たらと考えていました。しかし辰月様のお身体に触れるなんて、いえ、もう今朝触れてしまいましたけれど、そんな畏れ多いことをしていいのでしょうか。


「まあ! よろしいのではないですか?」

「何て言ったって仲良しなのですから!」


 侍女のお二人は目を輝かせています。

 けれど本当にいいのでしょうか。だって私はただの人間で、しかも生贄で……。本来ならば神様に触れて良いはずありません。今朝のは辰月様がお優しいからお咎めがなかっただけです。調子に乗ってはいけません。


「ふっ、今日の夜明け前にも触れ合ってしまってな」

「えっ」


 辰月様がこうおっしゃると、侍女のお二人はキャーと言ってはしゃぎだしました。


「手も握られた」


 ああ……その時から起きいらしたのですね……。


「それでどうなったのですか?」

「教えてくださいまし!」


 お二人は前のめりになっています。ふわふわな尻尾も揺れています。


「いやぁ、これ以上は刺激が強すぎて話せないな」

「んなっ、何もなかったですよ?」


 変な汗をかいてきました。


「照れなくて良い。俺の着物の中に手を入れてきただろう」

「美鶴様からですか?」

「なんと!」


 お二人はふわふわなのがわからなくなるくらい、尻尾を振っています。


「日が昇るのが惜しかったぐらいだ」

「す、すぐに寝たじゃありませんか!」

「ああ、くっついてな」


 辰月様は何もない空中を抱くように腕を動かしました。ぎゅっとされています。


「もうっ、からかわないでください」

「怒っていても可愛いのか? なんてことだ……」


 お二人にはことの顛末を話しました。がっかりするかと思いましたが、大変興味深そうに聞いていました。




 夕食が済み侍女のお二人が帰った後、辰月様が袂から小さな物を取り出されました。


「キャラメルだ。本当はもっとあったんだが、チビ達に取られてしまった。俺が菓子を持っているのを嗅ぎつけたらしくてさ」


 辰月様は私の手の平に一粒のキャラメルを置いてくださいました。四角くて包装紙が巻かれていて、ころんと小さくて可愛らしいです。


「よろしいのですか?」

「ああ」

「……私は父に貰ったことがあるので、辰月様が召し上がってください」


 私一人で食べるなんて申し訳ないです。私は手を辰月様に近づけましたが、押し返されてしまいました。


「何を言うんだ。美鶴のために手に入れたんだから美鶴が食べてくれ」

「では半分こにしましょう」


 小さなキャラメルですがギリギリ半分に出来そうな大きさです。アイスクリンだってカスタプリンだって分け合って食べてきたのですから、これもそうするべきです。


「はぁ、何を言っても一人で食べない気だな。この部屋に刃物はないぞ。取ってくるか?」

「辰月様が噛み千切った物で構いませんよ」


 私が辰月様にキャラメルを渡そうとすると、辰月様は顔をしかめられました。


「お、俺が? いやぁ、言い出した美鶴がやってくれ」

「私の歯形が付いた物を辰月様に食べていただくわけにはまいりません」


 そんなことはあってはなりません。失礼にもほどがあります。


「俺だって俺の歯形付きの物を食わせるのなんて嫌だ。大きいものならまだしも、これだったらほぼ歯形だろう」

「……そ、そうですね」


 名案だと思いましたが、言われてみれば……。いくらすぐに柔らかくなるといっても、口に入れた直後の舌触りは最悪でしょう。


「そんなに落ち込まなくても……」

「辰月様は私の事も考えて下さっているのに私ときたら……」


 気持ちの悪い思いつきで辰月様を困らせてしまいました。


「いやいや、美鶴だって俺も食べられるように半分にしようって言ってくれたんだろう?」

「それを言ったら辰月様が私のためにとお菓子を……」

「言い出したらきりがなくなるやつか? これ」

「すみません……」

「んー……。じゃあこのキャラメルは俺が食う」


 私の手の平にあったキャラメルはいつの間にか辰月様が持ってらっしゃいました。


「ええ。是非ともそうなさってください」

「んで美鶴に口移しをする」

「ええっ!」


 口移しとはあの口移しですか? 口と口をくっつけてやる、あの口移しですか?

 それは接吻となんら大差ないですよね。しかも物を移動させるとなると、かなり濃厚な接吻になってしまうのではないでしょうか。


「ななななな……」


 キャラメルを味わってほしい、ただそれだけでしたのに……。


「それが嫌なら美鶴が一人で食べてくれ」

「し、しかし……」


 キャラメルは是非とも辰月様に召し上がっていただきたいです。しかしそうなると口移しされてしまいます。嫌なわけではありません。しかし、神様と人間ごときが口移しをするだなんていいのでしょうか。そもそもそんな刺激的なことに耐えられるはずないので、なんとしてでも回避しませんと。

 辰月様が口にキャラメルを入れたままにするには一体どうしたら……。


「ハッ!」

「ん?」


 今度こそ名案です。辰月様がキャラメルを口に入れたら、私は口を押さえて逃げれば良いのです。キャラメルが溶けるのに何十分もかからないでしょうから、これは上手くいくでしょう。

 そうと決まれば、辰月様にキャラメルを食べていただきましょう。

 私が辰月様にキャラメルを食べるように促すと、訝しみながら茶色い直方体を口に放り込まれました。


「……」


 そして私は口を両手で押さえて静かにその場から立ち去りました。


「そうきたか。けどこの部屋は広くないぞ?」


 辰月様はニヤリと微笑まれながら私に接近中です。私はと言うと辰月様の対角線上に立つように移動し続けています。


「歩幅って知っているか?」

「……」


 身長差があるので、辰月様と私の歩幅にも差があります。ならば私は歩数で稼ぐしかありません。私は必死で足を動かしました。




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