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第十八話 帰宅

 書店に長居してしまったので、このまま部屋に帰ることになりました。

 小さな書店でしたが、本当に沢山の種類の本がありましたよ。例えば、料理や裁縫や園芸などです。神様にも人間と同じ趣味の方がいらっしゃるのですね。辰月様はどのようなご趣味をお持ちなのでしょうか? 今度聞いてみましょう。


「ただいまー」

「ただいま戻りました」

「お帰りなさいませ」


 部屋の襖を開けると侍女のお二人が出迎えてくれました。どうやら部屋を掃除してくれたようで、朝出た時よりも整理整頓されています。


「こちらはお二人にお土産です」

「まあ! 私達に? よろしいのですか?」

「大事に食べさせていただきます」


 お二人はふわふわな尻尾を振って喜んでくれました。ああ、あの尻尾の間に挟まってみたい……。


「こんなにいい物をありがとうございます」

「どれも好物ばかりです」


 お二人は匂いを嗅いだのか黒いお鼻が動いていました。匂いだけで中身の詳細がわかるなんて凄いですね。


「気に入っていただけてよかったです」

「選ぶの大変だったんだぞ。甘いのにするか、しょっぱいのにするか。色味がどうだとか」

「もうっ、内緒にしてくださいって言ったのに……」


 恥ずかしいですが、侍女のお二人が笑ってくれましたのでいいですかね。


「そうだ、美鶴。晩飯の前に風呂に入って来たらどうだ?」

「はい。ではお先に失礼します」


 ハッ、これはもしや、外出して埃がついたので綺麗にしてこいという意味ですね。そうとなれば、隅々まで洗い尽くしませんと。頑張りましょう。




 私は頭からつま先まで一粒の埃を逃さないように洗いました。石けんを泡立てて包み込むように丁寧に丁寧に。泡を流したら花が浮かべられているお湯に浸かりました。毎日違う種類の草花が浮かべられているので、今日はどんな花が入っているか予想しながら入っています。


(匂いを付ける目的なら辰月様好みの花だけにするはずです。やはり私の匂いを誤魔化すためですね)


 いつものように体のまわりに花を集めました。そして深呼吸もして内側からも匂いをつけます。ってこれは効果があるのか不明なので気休めですけど。

 大分温まったので湯からあがり、水分を拭き取って化粧水と乳液を顔と全身に塗りました。


(背中は後で辰月様にお願いいたしましょう)


 どんなに腕を伸ばしても背中に塗るのは無理でした。体が柔らかい人だと出来るのでしょうかね? 今ちょっとやってみたら、肩がつって大変なことになったのでもう二度と挑戦いたしません。


(痛みは和らぎましたけど、思い出したら……ううう……)


 私はそれを振り払うために、急いで寝間着に着替えました。そして辰月様達が待つ部屋に戻ろうと戸を開けると、目の前に辰月様が立ってらっしゃいました。


「!」


 私は予期せぬ出来事にびっくりして固まってしまいましたが、さらに驚きなのは辰月様はいつも笑顔なのに少々強ばった顔をなさっているのです。


「どうされたのですか?」

「遅かったから様子を見に行くところだったんだ。まさか湯に浸かりなが寝てしまったんじゃないかって二人と話してたんだよ」


 辰月様のお顔はすぐに普段通りになりました。月の一族だそうですが、私には辰月様の笑顔は太陽のように感じます。


「そうでしたか。ご心配おかけしました」


 綺麗にしようと思うあまり、念入りに洗いすぎてかなり時間が経過していたようです。次からはもっと手際よく洗いましょう。


「無事でよかった」


 私は笑顔の辰月様に腰を支えられながら席に着きました。それとほぼ同時に食事が運ばれてきました。昼食はどんぶり物だったので、御膳を見ると帰って来た感じがします。まだ一週間ほどしかここにいませんのに不思議です。それだけ慣れてきたということでしょうか。


「ではいただきます」

「いただきます」




 辰月が風呂から上がると、美鶴は寝台の上でぐっすりと眠っていた。彼女は帰り道、たまに意識が飛んでいたようなので、かなり疲れていたのだろう。夕食時でも終始うつらうつらとしていていたので、何度も起こしながら完食させた。なんなら半分寝ている彼女に薬を飲ませ、目薬も差してから寝台に寝かせたのだった。


「すぅ……すぅ……」


 辰月が彼女の顔を覗き込むと、気持ちよさそうな寝息が聞こえて来た。彼女の寝顔は毎日見ているが、何度見てもいいものだと辰月は思っている。毎回発見をしているので見飽きないのだ。


「……今日も可愛い」


 ボソリと呟いた後、辰月は美鶴の横に移動した。ここは最近の定位置である。

 彼は体ごと美鶴に向けて彼女の横顔を眺めた。そして横顔全体を堪能した後は、視線の先を睫毛、鼻梁へと移動させた。そのまま視線が下がって首筋に辿り着くのかと思いきや、彼はある箇所で視線を止めた。その箇所とは、ふっくらとしてほんのりと赤い彼女の唇だ。


(はぁ、あれはヤバかったなぁ)


 辰月は何かを思い出したようで、ニヤニヤが止まらないようだ。誰も見ていないのに、彼は緩んだ口元を手で隠した。


(あんなに唇を尖らせて……)


 どうやら辰月は美鶴が食べ物を冷まそうとした時のことを思い出していたらしい。


(顔も可愛かったけど、一生懸命やってるのも可愛かった。ああ、何をやっても可愛い……)


 今寝ているだけでも可愛い、と辰月は思っている。食事を美味しそうに食べるのも、苦い薬を飲んで眉間に皺を寄せているのも、目薬が上手く差せずにしょんぼりしているのも全て可愛いと思っているのだ。


(最初はとても綺麗な魂を持った人間だと思って近づいたんだが、顔を見たら可愛かった。いや、美人だけど可愛いんだ)


 顔の傷跡など問題にならないくらい美鶴は美しかった。辰月はすぐに目を奪われた。

 そのせいか彼女が青白い顔をしていても、彼は気にしなかった。これは見惚れていたからか、夕日で顔が染まっていたから気付かなかったのかは不明だ。だが仮に気付いていても彼は些細な事だと流していただろう。


(へへへ……、今日は俺の好きなものを知りたがってくれていたし、何よりずっと側にいると言ってくれた。なんて良い日だ……。出かけてよかった……)


 先ほどから辰月の顔は緩みっぱなしだ。こんな彼が若手有望株だと言われて誰が信じようか。


(あ、そういや、背中に化粧水と乳液を塗ってないな。起こすわけにもいかないし、ましてや脱がして塗るわけにもいかないし……)


 と思いつつ、辰月は美鶴の横顔から視線を落としてゴクリと唾を飲み込んだ。


(……何度も見ているからいいんじゃないか? いや駄目だっ。美鶴は寝ているんだから。承諾も得ずに脱がせるなんて(けだもの)だ)


 納得したのか自身に言い聞かせているのか、辰月はうんうんと頷いている。


(一日ぐらいは平気だろう。石けんとか薬湯の効果もあるだろうし)


 女性陣や先輩達に聞いておいてよかったと辰月は口角を上げた。


「すぅ……すぅ……」

「可愛い……」


 辰月は今まで金を貯めておいてよかったと心底思った。こんなに可愛い彼女のためだったら散財するに決まっている。貯金はまだまだあるので、これからも散財するだろう。

 彼は仰向けに寝直して天井を見つめた。


(いてくれるだけでいい。なのに、美鶴は何か仕事はないかと聞いてくるんだよなぁ)


 別に金には困っていない。困ってもちょっと邪鬼討伐に参加すればすぐに稼げる。


(やっぱり日中は暇なんだろうか……。本以外も買うべきだったか? けど何がいいんだ?)


 美鶴は人間界にいたときは針仕事をしていたと言っていた。朝から晩まで小屋に籠もって縫い物をしていたそうだ。そして村人が持って来た食べ物を食べていたらしい。これは多分残飯だろう。何故わかるかと言うと、冷めていたらしいからだ。


(多分、量もまちまちだったんじゃないか?)


 美鶴があの日あそこに居たのは厄介払いされたからだろう。


(まぁ、おかげで俺は美鶴と出会えたんだがな。おっと、美鶴が楽しめるものを考えてるんだった。明日、趣味を聞いてみよう。ご趣味は? ってやつだ)


 辰月は横目で美鶴を見てみると、彼女の口元が動いているのを発見した。彼は彼女が何を言っているのかと耳を近づけた。


「ん……辰月様……」

(夢に俺が出ているのか?)


 辰月は俄然興味が出てきたようで、より美鶴に近づいた。


「んふふふふ……」


 美鶴は楽しいのか嬉しいのか、満面の笑みを浮かべ、さらに声まで出して笑った。こんなに笑うことは滅多にない。少なくともこちらの世界に来てからはそうだ。


(夢の中の俺、何をしているんだ? ちくしょう、美鶴に笑いかけられてて羨ましい!)


 辰月は夢の中の自分に嫉妬していた。今の彼の顔を見たら、美鶴は顔を強ばらせるだろう。それほど凶悪な顔をしている。


「辰月様……」

(気になるけど返事をしないほうがいいって言うよなぁ……)


 何度も名を呼ばれたら返事をしたくなってしまう。


「ご趣味……はなんですか……」

(な、趣味だと? 俺と同じことを考えていたのか!)


 辰月は可愛いと言って美鶴を抱きしめ、そのまま眠りについた。




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