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第十五話 食堂

 私達は呉服店での用事が済んだため、次の場所に向かいます。


「あ、職人の所には行けなくなったんだった。なんでも、依頼が立て込んでるとかで。突然の申し出だったのに丁寧に返事をくれたよ」


 職人さんの所に見学に行くと聞いた時は、一から反物を作るのかとびっくりしました。しかしすぐに見学に行くだけだと思い直したのですが、結局一から作るとわかって何が何だか……。

 とても嬉しいです。嬉しいのですけど、最期に着る物なので悲しさや寂しさも混じってしまうのも事実です。

 いいえ、最期に上等な着物を身に纏えるのですから喜びましょう! 辰月様のためにもそれが似合う生贄になれるよう頑張りましょう! あ、もしや決意を新たにさせるためのお出かけなのでは? っていうのは考えすぎですかね。


「そうでしたか。どのように作業なさっているのか見てみたかったですね」

「だな。どうやら見学を申し込まれるのってあまりないらしい。それで急な申し出でもきちんとした返事をくれたのだろう」


 そんな訳で私達はまだ昼食には早いですが食堂にやって来ました。ええもちろん、先ほどと同じように辰月様に抱きかかえられてです。違うのは降ろされた後にふらつかなかったことですかね。ふふふ、ちょっと進歩しましたよ。


「広そうですね」


 上空から見た時よりも間近で見た食堂はとても広く、何百人も入れそうです。それは八百万の神々が暮らしてらっしゃるのですから、これだけ広くなくてはなりませんよね。


「ここが一番広いんだ。あと大盛りがある」


 さらに辰月様のお気に入りの定食があるのだそうです。ちなみにアイスクリンがあるのは別の食堂だとか。


「まだ早い時間帯だからほぼ貸し切り状態だな」


 出入り口付近から食堂内を見渡すと、ぽつりぽつりと席に着いている方がいました。皆さんくつろいでらっしゃるようです。


「もしや一日中開いているのですか?」

「ああ」


 つまり夜も働く方がいらっしゃるのですね。


「お品書きはあそこだ。読めるか?」

「ええっと……」


 私は辰月様が指さされた先を見てみました。しかし目を細めてみましたが、何と書いてあるのか見えません。文字があるのはわかりますが、ぼやぼやとして読めません。


「あっ、見えないのか」


 辰月様が順番に読み上げて下さいました。しかしとても品数が豊富なようで、私は事もあろうか最初のほうを忘れてしまいました。なんたる失態でしょうか。次から次へと入ってくる情報を処理出来ない私の脳みそはさぞかし不味いことでしょう。


「俺は肉野菜炒め定食にするけど、何か気になった物はあるか?」

「そうですね……丼物が気になります」

「何丼だ?」

「私だけでは食べきれないと思うので、辰月様のお好きな物を頼んでください」


 私は何丼があったのか覚えていないので悪知恵を働かせてしまいました。


「んーじゃあ親子丼にしよう。鶏肉と玉子のやつだ」

「はい、ではそれにいたします」


 私は心が痛みました。辰月様を気遣った風にしてしまったのですもの。常に良い生贄にならねばと思っているのに、やっていることはその逆じゃないですか!

 ああ、最初からもう一度読み上げていただけばよかったです。けれどそれも失礼な気がして……。どちらにしてもなんと失礼なことを……。これも全て記憶力が悪いせいです。


「どうした? 緊張しているのか? 大丈夫だ。注文は俺に任せろ」

「はいっ、ご教授お願いいたします」

「ん? お、おう。そうだな。一人で待ってるのは危険だもんな。これだけ空いていれば席を取っておく必要もないし」


 私は辰月様に幼子のように手を引かれながら、受付台まで歩きました。




 私は辰月様の真似をして注文し終えました。席について料理が出来るのを待っていようと思っていたら、もう目の前に出てきました。湯気が出ているので作り置きではないようです。


「空いているから早かったな」


 私が呆然としていたら、すでに辰月様が二つのお盆を持ってらっしゃいました。


「あの、私の分は自分で持ちます」

「いいっていいって」


 もしかしたら私が躓いて料理を駄目にすると思われているのでは……いえ、これは辰月様の優しさ、気遣いです。そういうお方だと知っているのに、どうして悪いほうに考えてしまうのでしょう。この癖はなんとしてでも直しませんと。

 私がそんな事を考えているうちに、辰月様が席を窓際に決めて下さいました。私達はそこで向かい合って着席しました。


「よし、食おう」

「いただきます」


 いつの間にかお茶も用意されていました。こちらも湯気が出ています。

 この一週間で温かい食べ物に慣れたのですが、まだ夢のような気がしてしまいます。それは食べ物の豪華さも手伝っているでしょう。


(これが食堂の……)


 辰月様は食堂の料理の味を大衆的と仰っていたので、もう少し別の物を想像していましたが、目の前の食事も今までの御膳と負けず劣らず大変美味しそうです。当然ながら私は唾液を飲み込みました。この匂いを嗅いでそうしない人っていますか?


「ん、今日も美味い。ほら、早く食べないと冷めてしまうぞ」


 決して匂いを嗅ぐのに夢中になって、食べるのを忘れていたのではありませんよ、ええ。


「はい。……あの、取り皿はありませんか?」

「え? あっ、俺の味見するか?」


 辰月様はピタリと箸を止められました。


「えっとですね、私の食べ残しを食べていただくわけにはいきませんので、食べる前に取り分けようと……」

「いいって、そんなの。いいから食え食え」

「しかし……」


 私が箸を付けた食べ物を辰月様に食べさせるなんて無礼なことは出来ません。


「だって先に分けてしまったら、もっと食べたくても食べられなくなるだろ?」

「……よろしいのですか? ではいただきます」


 私は早速箸でご飯の上に乗っている鶏肉を挟みました。湯気が沢山出ていまね。流石出来たてです。


「火傷に注意するんだぞ」

「はい。……フーッフーッ」


 私は鶏肉を冷まそうと息を吹きかけました。これほど熱そうな料理は部屋にいたときには出なかったので、こうするのも久しぶりです。上手くいっているでしょうか。


「んぐぅう、ゲホッゲホッ! くそ、油断していたぁ」


 辰月様が突然咳き込まれました。何が起きたのでしょうか。


「えっ? 大丈夫ですか?」


 まさか変な顔になっていたのでしょうか。


「ああ、大丈夫だ。気にせず食べてくれ」


 辰月様の顔が赤くなってらっしゃいます。そんなに苦しくなるほど咳き込まれたのですね。

 視線を逸らしてらっしゃるので、やはり私の顔が変になっていたのだと思われます。申し訳ないです。


「いやぁ、本当。勘弁して欲しい……」


 辰月様は食事を再開されましたが、先ほどよりも箸で掴む量が増え、口に運ぶ速度も速くなられています。それほど空腹だったのでしょうか。それとも私のおかしな顔を忘れるためですかね。




 親子丼は大盛りにしなかったからか無事に全て食べられました。完食したため辰月様に差し上げられなくなったので謝罪しました。


「いやいや、気に入ってくれたみたいでよかったよ。また一緒に食べに来よう」

「はい。お願いいたします」


 沢山食べて良い肉にならないといけませんからね。頑張ってお腹がはち切れそうになりながら食べました。いっぱい食べるのには慣れてきたので、今度は大盛りに挑戦してみましょうかね。……いえ、辰月様の目の前に置かれていたあの量はまだ無理ですね。精進しませんと。


「そろそろ利用客が増えてくるからここを出よう」

「はい」


 薬も飲み終えて食堂から出ると、辰月様から無言で首に腕を回すように促されました。私は口の臭いを気にしながら腕を伸ばすと、それと同時に私の背と腿に辰月様の腕や手が。本日三回目なのに慣れません。この「ぞわぞわ」と「むずむず」と「ドキドキ」にはいつになったら慣れるのでしょう。


「休憩出来そうなところに行くか」

「ひゃい」


 辰月様が飛び上がると瞬く間に食堂が小さくなって行きました。


「あの、神様は皆さん飛んで移動されるのですか?」

「そうでもないな。人間も徒歩の奴もいれば駕籠や馬に乗る奴もいるだろ? 最近は自動車とか鉄道とかいうのもあるらしいな」


 私はどちらにも乗ったことはありません。あ、駕籠もないですね。馬も少し乗せて貰ったぐらいですし。


「人……ではなく神様それぞれなのですね」

「んま、そうだな。お、見えてきたぞ」


 どうやら次の滞在場所は庭園のようです。大きな池が見えますね。よく見ると滝もありますし川もあります。想像以上に広大な庭園ですね。


「東屋から見える景色が良いらしいし、あとは茶屋もあるそうだ。団子が美味いらしいからおやつに食べよう」

「はい」


 つい先ほど食べたばかりなのにおやつの話が……。今は満腹すぎて食べ物について考えたくありません。

 おやつの時間までに消化出来ますように。




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