第十四話 お出かけ
辰月様と私は身支度が出来たので、いよいよ出発です。神様の世界は一体どうなっているのでしょう。ワクワクします!
「目薬は差したし、昼用の飲み薬は持った。勿論、金も持った」
「はい。持ちました」
辰月様は先ほどから念入りに確認されています。
「うん、じゃあ行くか」
「はい。行きましょう」
「お二人とも、お気を付けていってらっしゃいませ」
私達は侍女のお二人に見送られて部屋から出ました。
今日はお出かけなので、お二人が新しく着物と履き物を用意してくれました。私は昨日着たものでもよかったのですけど、なんでも見映えが大事だとか。言われてみれば見窄らしい生贄だと思われてしまったら、辰月様にも失礼ですものね。少しでも見映えを良くするべきですよね。
「ほら、俺の首に腕を回してくれ」
「え?」
「飛べないだろ?」
どうやら歩いて行くのではないようです。私は自分の心音と手の汗を気にしながら、言われたとおりにしました。
「んじゃ、行くぞー」
辰月様の腕が私の背に触れ、手が脇辺りに来ました。そこもくすぐったいのですが、反対側の手が触れている膝裏というか太股もムズムズします。こちらに来たときも同じような体勢で抱きかかえられていたと思うのですが、一体何が違うのでしょう。あの時はいっぱいいっぱいだったからでしょうか?
「ほっ」
辰月様が大きく飛び上がると、そのままいくつもの建物の屋根の上を越えていきました。以前見た時とは日の高さが違うからか、別の景色を見ているようです。
「ここは居住地区で、もう少し行ったら商業地区だ」
これほど建物があるのですから、本当に沢山の神様が暮らしていらっしゃるのですね。ええ、八百万の神と言いますものね。きっと人間が知らない神様も沢山いらっしゃるのでしょう。
「見えてきた」
商業地区の建造物は少し華やかなようです。多くの人、いえ、神様に来て頂けるように工夫なさっているのでしょうか。
そんな建物ばかりが並ぶ場所で、辰月様はより荘厳さのある建物の前に降り立たれました。
「ちょうど開店したみたいだな。早速中に入ろう」
流石に抱きかかえられた状態で入店するわけにはいかないので、私は辰月様に降ろして頂き、早速入店しようと歩きだしました。しかし……。
「あっ」
「おっと。大丈夫か?」
足元がふわふわとしたため数歩進んだところでよろけてしまいました。幸い、すぐに辰月様に支えて頂けたので転倒せずに済みましたが、もし怪我をしたらまたあの強い匂いがする薬を塗るはめになっていたのですね。今は慣れましたが、初めはその匂いに驚愕しましたっけ。
「ありがとうございます。運動不足でしょうか……」
「うーん。もしかしたら、高い所が怖かったんじゃないか? 初めて飛んだ時も怖がっていたし」
「いえ、そんな。大変心地よかったです」
顔に当たる風が気持ちよかったですし、辰月様の体温も……って私は一体何を。そうです。鳥のように上から景色を見られるなんて夢のような出来事なのです。それを体験出来ましたし、落ちる心配も皆無なのですから怖いなんてありえません。
「そうか? それなら良いんだが」
「きっと同じ姿勢をしていたからだと思います」
あるいは本当に運動不足でしょう。だらけた生贄など美味しくないと思われますので、運動しませんと。
「そうだったのか。よし。じゃあ中に入ろうか」
店内に入ると、どうやら予約してあったようで奥に通されました。店員の方がにこやかに接して下さったおかげで、華やかさの中に厳かさもある内装に萎縮しかけていた私でも緊張感がほぐれてきました。
「今着ている着物はここのなんだ」
「そうだったのですね。こんなに良いものを用意して下さってありがとうございます」
見た目も着心地も最高なのです。生地はしっかりしているのに重くなく、まるで羽衣のような軽さです。って羽衣がどんな代物なのか知らないのですけれども。
「いえいえ、満足していただけたようで何よりでございます。大変良くお似合いでございますよ」
店員さんは作ったような笑顔ではなく自然な笑顔です。
「明日までに仕立ててくれと言われたときには顎が外れるほど驚きましたけれど」
「うぐ、すみません……」
「いえいえ、その分料金は頂いておりますので。こちらとしても腕が鳴りました」
「それで、次はこの日までにお願いしたいのですが……」
辰月様は店員さんと何かコソコソと話してらっしゃいます。
「ほうほう、これまた職人泣かせなことをおっしゃる」
「金はあるので……」
「おや、お若いのに大丈夫ですか?」
「ずっと貯めていましたし、この間のやつで特別手当が出たので平気ですよ」
「おおっ、そうでしたか。あの時の。ほうほう」
何やら盛り上がってらっしゃいます。会話の内容が気になりますが、まだ薬を飲み始めたばかりで聴力が回復していないので何も聞き取れません。ですので私は椅子に腰掛けて待っていることにしました。
私が少し離れた所にいる辰月様と店員さん達の会話の様子を眺めていると、後ろから声を掛けられました。何の気配もしなかったので驚いて振り返ると、なんとそこには白くて大きな蛇さんがいたのです。ですが、ただの蛇さんではありません。侍女の本多さんや紺野さんのように着物を着ているのです。ただ、袖はありません。そうですよね、必要ないですものね。
「ようこそお越しくださいました。早速ですが、寸法を測らせていただきますね」
蛇さんは店員さんのようです。
「え、ええ。お願いいたします」
これは耳医者の蝶々様のように遠くでどなたかが私を見ているのでしょうか。それとも侍女のお二人と同じく蛇さんなのでしょうか。
「まったく、お客様を放っておくなんて」
蛇さんは私に近づいているのですが、全然音がしません。
「いえ、辰月様と打ち合わせか何かをなさっていたのでしょうから……」
決して放っておかれたわけではありません。私が辰月様と店員さんの会話に入らなかったただけです。
「すまない。話が弾んでしまって置き去りしてしまった」
「申し訳ございませんでした」
「はいはい、謝罪が済んだようだから、ちゃっちゃっと済ませてしまいましょう」
蛇さんは私の体にしゅるりと巻き付かれると、そのままするすると私の体の上を移動されました。寸法を測っているのはわかっていますが、やはりどうしても蛇は丸飲みする生き物だと認識しているため、私は恐怖で動けなくなりました。息もまともに出来ないくらいです。そんな私を気にも留めず、蛇さんは尾で私の腕を測り終えるとするりと離れて行かれました。
「侍女の方が測ったのと大差ないようね。けれど細めでらっしゃるから、少し大きめに作りましょうか? それともこのままでよろしい?」
蛇さんは私の事情をご存じのようです。
「ええっと……」
良い肉をつけている最中なのですから大きめがいいのでしょうが、私に決定権はありません。そのため辰月様に確認を取ろうと視線を向けると、目が合ったのでドキリとしました。
「はい。お願いします」
私がドキドキしているうちに辰月様が返事をして下さいました。
「寸法は測り終わったようですので、次は反物の色と模様を決めましょう」
こうおっしゃったのは最初に挨拶してくださった店員さんです。店員さんは机に置いてあった図柄集を私の前に移動され「どうぞご覧ください」とおっしゃりました。……どうやら出来合いの反物から作るのではないようですよ。こんなにしてもらってよいのでしょうか?
困惑している場合ではありません。辰月様が表紙を眺めているだけの私を見て、不思議そうな顔をされています。私は慌てて図案集を開きました。
「わぁ……綺麗……凄い……」
頁をめくる度に美しい絵が出てくるので感嘆するばかりです。上手く言葉に出来ないのがもどかしいですね。例えるなら季節で変化する山野の風景でしょうか。
「ふふっ、どれも似合うだろうなぁ」
「そうでしょうか」
いくら柄が美しくても着ている人がそうでなければ、魅力が半減してしまうでしょう。そう思うと気後れしてしまいます。こちらに入店した時と同じ気持ちです。本当に自分がここにいていいのか、これを着て良いのかと考えてしまうのです。
「俺が世辞など言うと思うか?」
辰月様が嘘をおっしゃるはずないので、私はその言葉を信じて気になった絵柄をいくつか店員さんに伝えました。
「……式で着る物だから飛びきり良い物にしてください」
「お任せください」
なんと今選んでいたのは人生最期に着る物だったのですね。最期に着飾れるとは思っておりませんでした。今から完成が待ち遠しいです。




