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第十一話 明日の予定

 私は辰月様がお戻りになるまでの間、届いた薬を飲んだり侍女のお二人からこちらの世界の話を聞いたりしていました。その合間に辰月様が「俺達は」の後に何とおっしゃろうとしたのか考えたりも。

 そうしているうちに襖が開いて外の光が入ってきました。光は橙色になっているので、日が大分傾いているようです。


「ただいまー」


 当然ながら襖を開けたのは辰月様です。


「お帰りなさいませ」

「へへへ。やっぱりいいなぁ」


 私は辰月様に先ほどのことを尋ねたかったのですが、覚えてらっしゃらない可能性もあるので、結局黙っていることにしました。混乱させてしまうのはよくないですものね。ですが、やはり気になって……。いえ、駄目です。お疲れでしょうから、余計なことは言わずに迎えるべきですよね。

 などとあれこれ悩んでいたら、すぐに二人分の夕食が運ばれてきました。出来たてほかほかのようで湯気が出ています。辰月様が帰られる時間はまちまちなのに、どのように時間を見計らっているのでしょうか? 何かの術で温かさを保っているのでしょうかね。

 私が御膳を見つめているうちに、侍女のお二人がご飯を装ってくれました。辰月様のは大盛りで、私のは少なめです。すでに私達が食べる量を把握しているようですね。いつの間に……。


「お、今日は川魚か」

「串焼きにされていますね」


 鼻孔を刺激する香ばしい匂いに私達はゴクリと唾を飲み込みました。そして早速辰月様と同時に齧りついてみると、一口で皮はパリパリで身がふっくらとした焼き魚の虜に。塩加減も絶妙で二人とも手と口の周りは油でべちゃべちゃなのも気にせず無言で食べ終えました。


「夢中で食べてしまった」

「はい……」

「あと五匹はいける」


 辰月様は名残惜しそうに手と口を拭かれていました。私も手と口を綺麗にして箸を持ち、他の料理に目を向けると、焼き魚の衝撃で隠れていましたが、山菜と茸の和え物や里芋の煮物などが待ち構えていました。


「どれも美味そうだなぁ。だがもう少し量が多ければなぁ」


 こう言いながら、辰月様は里芋を口に入れておられます。食べながら喋るなんて舌を噛んでしまいそうですが、よく舌を噛まずにいられますね。これも何かの術とか……ではなく! 辰月様が物足りなそうにしておられるのなら言うことは一つです。


「……よろしければ、私のも召し上がりますか?」

「え? そういうつもりで言ったんじゃないんだ。食堂だと、こう……ドカッと大盛りに出来るんだよ」


 辰月様が手で曲線を描かれました。かなり大きな山になっていましたが、わかりやすく表現されたのでしょうか。それとも普段はあんなに沢山?

 確かに辰月様の食事量は多いです。たった今も目の前でお茶碗が空になりました。


「食堂ではこういった料理はないのですか?」

「ああ。こんな上品なのはない。美味いのには変わりないが、美味さの種類が違ってだな。なんだろ、大衆的とでもいうのかなぁ」


 侍女の本多さんが空になったお茶碗にご飯を装い、紺野さんが辰月様に渡しました。


「神様でもそういったものも召し上がるのですね」

「まあな」


 こうしている間に、次々と小鉢が空になっていきます。辰月様にはやはり量が足りなさそうです。


「あの……」

「ん?」

「私は一人でも平気ですので、辰月様は食堂で召し上がってください」


 そうすれば辰月様はお腹いっぱい食べられます。仕事から疲れて帰ってきたのに、満足な量が食べられないのはさぞかしお辛いことでしょう。


「え?」

「私のことなど気になさらないでくださいませ」


 きっと辰月様は一人ぼっちの私を憐れに思い、気を使ってくださっているのだと思います。ですが、私は一人で食事するのには慣れていますので、辰月様の貴重なお時間を頂戴するわけには参りません。


「なっ!」


 辰月様はギョッとしたようなお顔をなさいました。もしかしたら辰月様が見ていない所で私が断食して肉をつけるのをやめると思われたのかもしれません。

 出会って最初の日に私が食事するのを見てらしたのは、そういうことだったのでしょう。


「私は一人でもちゃんと食べますから、ご安心ください。なんでしたら、お二人に聞いて確かめてください」

「なんでそうなるんだ。俺は美鶴と共に食事したいから今ここにいるのに」

「私と食事を?」


 私などと食事して何か良いことでもあるのでしょうか?


「おう、そうだ。大切な人と一緒に美味いもんを食うと、さらに美味く感じるだろ?」

「大切な人……」

「美味いもんを食ったら幸せにもなるしさ。なんか前にも、そうだアイスクリンを食った日にもなんだか似たような話をしたような記憶があるなぁ。詳細は覚えていないが」

「ええ……。そう言えばそうでしたね」


 確か季節のものがふんだんに使われた料理が出たときでしたかね。忘れていたわけではないのに、辰月様に負担をかけたくないと思わんばかりに、変なことを言って困らせてしまいました。不快に思われていないといいのですが。……いいえ、知っています。辰月様はこの程度で怒るような度量の持ち主ではありません。


「あ! 今度食堂にも行ってみるか? 人が少ないときに行けば大丈夫だろう。量が多くても俺が残りを食べてしまえばいいしさ」

「え、私が行ってもよろしいのですか?」

「いいんじゃないか? まぁ、一応確認してみるけど」


 ここで本多さんと紺野さんが明日は休みの日だと教えてくれました。辰月様はご自身の休暇をどうやら忘れていたようで、お二人にお礼をおっしゃいました。


「ちょうどいい。明日は何処かへ出かけよう。前に言っていた海は……耳が良くなってからのほうがいいよな」


 海は波の音がするそうなので、それを聞くのも楽しいのだそうです。


「んー……じゃあ、近場の庭園に行ってみるか」


 辰月様の言い方からすると庭園はあまりお好きではなさそうです。これは辰月様好みの行き先に変更すべきですよね? けれど神様の世界には何があるのかわかりません。どうしましょう。


「着物を見に行かれてはいかがでしょうか?」

「本など探すのも良いと思いますよ」


 困っていたら本多さんと紺野さんが助言してくれました。


「おお、いいなそれ」


 きっと見るだけではないですよね。買うのですよね。お金を使わせてしまっていいのでしょうか。ただでさえ私がいるだけでお金がかかっているというのに。これはもうなんとしてでも満足していただける生贄になりませんと。


「というわけで、明日は出かけるぞ」

「え、あ、はい!」


 辰月様はすでに食事を終えられていたので、私はお三方に見守られながら残りを食べました。




 私が薬を飲み終えると、侍女のお二人は御膳を持って襖に近づきました。どうやら今日のお仕事はここまでのようです。


「お風呂の準備はもう出来ておりますので、お好きな時間にお入りください」

「ご用がございましたら、お呼びください」


 お二人はペコリと頭を下げて退室しました。部屋には辰月様と私の二人きり。これまでの一週間と同じです。


「二人はどうだった?」

「はい。大変良くしていただきました。着物もとても綺麗な物を用意してくださいましたし」


 こんなに上等な着物と帯を身につけられるなんて夢のようです。自分がお姫様にでもなったのかと勘違いしてしまいそうです。


「う、美鶴のはすぐに用意出来るから楽しみにしててほしい」

「そんな、これだけでも十分ですのに……」

「いいや、駄目だ。明日は反物を見に行って、後は職人のところにも行ってみようか」

「ええっ?」


 反物は分かりますが、職人とは一体……。一から作るおつもりなのでしょうか。それはとてつもなく高額になってしまいます。いくら村から出たことがない世間知らずの私でもそれくらい知っています。


「どうやって作るか気になるだろ? 急だから行けるかわからないけど」

「え、ええ」


 ああ、恥ずかしいです。私のために一から作って下さるのかと思ってしまいました。そうですよね。見学に行くだけですよね。びっくりしました。


「えーっとじゃあ、明日は呉服店に行って食堂に行って……あとは本を買いに行こう」


 神様の世界にも人間の世界と同じようなお店があるのですね。特に書店にはどんな本があるのか興味があります。


「うーん、他にも行けそうだな。やっぱり庭園にも行こうか」


 この部屋だけでも非日常ですのに、建物の外に出られるなんて! 怪我をしてからはずっと家の中にいたので、どんな体験が出来るのかとても楽しみです。




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