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第一話 出会い

 主人公の少女はずっと勘違いしたまま生活しますので、ツッコミながら読んでください。

 私は絶対に神様に召し上がっていただかねばなりません。何故ってそうすれば村を土石流から守れるからです。ですので、なんとしてでも私を食べていただきたい!


(それなのに……)


 早朝から山腹でお待ちしておりますが、いっこうに神様はお姿を見せてはくださいません。

 死に装束なのか花嫁衣装なのかどちらにしろ真っ白な、いえ、かつては真っ白だったであろう着物が夕日で橙色に染まってきました。綺麗ですけれどすぐに闇色に染まってしまうでしょうから、そんなこと言っていられません。

 遠くから私を品定めなさっているのかもと思いましたが、何処からも気配を感じないのでいらしていないと思います。と言っても私は顔に布面をつけているため、周りがよく見えないのですけど。


(あっ……)


 木々のざわめきが聞こえた……というより空気が動いた気がするので、私は両手で布面の端を掴みました。正直言うとこの布面は少々邪魔です。しかし神様が私の顔をご覧になったら気分を害されるかもしれませんので、絶対に隠したままにしませんと。


(それも大事ですが、早く神様が来て下さらねばどのみち野犬に食べられてしまいます……)


 実は私の前にも生贄になった人がいます。しかし野犬に襲われてしまったそうです。なんでも着物の残骸等で分かったとか……。このままですと私もその人と同じ運命を辿ることになるでしょう。それだけはなんとしてでも避けたいです。痛いのもですが、村がなくなっていまうのは嫌ですもの。


(ああっ!)


 突風で布面がめくれてしまったので、慌てて手で押さえました。神様に顔を見られていないと良いのですけど。


「――――!」


 何かの音が聞こえましたね。風が吹く音……いえ、どなたかの声でしょうか。私は音の場所を探ろうにも耳が悪いので、耳を澄ませてみたところで何処に誰がいるのかわかりません。ですが、その人が夕日を背にして立ったので何処にいるのか判明しました。私の右側です。それもすぐ側。布面は薄い生地なので辛うじてわかりました。


「――――?」

「えっ、あの……」


 その人は私の布面を取ろうとしましたので、私は思わず抵抗してしまいました。あっ、もし神様だったならとんでもない無礼を働いてしまったのではないでしょうか? 召し上がっていただかねばならないのに、なんてことでしょう!


「申し訳ございませんっ」


 私が非礼を詫びようと地面にひれ伏そうとかがんだら、その人に受け止められてしまいました。抱きつくような形になってしまい、恥ずかしいやら情けないやら。


「――?」

「えっと、その……」


 どうやらその人は体つきからすると男性のようです。女性のような胸もないですし細くも柔らかくもないので、きっとそうでしょう。もしかしたら村の人が私を連れ戻しに来たのかもしれません。

 私が生贄としての役目を果たせなかったので、怒っておられることでしょう。


「これ邪魔だな。取るぞ」

「えっ」


 私は聞き覚えのない声にも、彼の動作にも驚きました。彼は私の布面を取り去ってしまったのです。私は急いで手で顔の右側を隠しました。


「おおっ! ――――!」


 私は相手が耳の近くでゆっくりと話してくれれば聞き取れますが、こう早口では聞き取れません。彼は一体なんと言っているのでしょうか。表情も逆光でよく分かりません。ただ上等な着物と、それが汚れていないことが分かります。

 ここまで来るには険しい山道を登らないといけないので、どんなに慣れた者でも着物が汚れてしまいます。しかし彼の着物は少しも汚れていない、ということは……。


「貴方様は神様でいらっしゃいますか?」

「ああ、そうだ。俺は神だ」


 私は嬉しくてたまりません。何故ってそれは役目を全う出来るのですから。村の皆のためになれるのですから。土砂崩れで孤児になった私を、体が不自由になった私を今まで世話してくださった皆のためになれるのですから!


「私を食べにいらしたのですね?」

「え? ああ、まぁいずれかは……」


 神様は照れたように微笑まれました。いえ、照れたように見えたのは夕日のせいかもしれません。


「いつまで顔を隠しているんだ? 俺の――になるのだから見せてくれ」

「ああっ!」


 そのまま召し上がってくださればよかったのに、神様に私の手を払いのけられて顔を見られてしまいました。さぞかし気味悪がっておられることでしょう。


「顔を怪我して傷跡が残っているのか。まぁ、――――だろう」

「えっ?」


 やはり傷物だからお嫌ということでしょうか。そうですよね。私自身だって鏡で見ると怖いと思ってしまいますもの。

 と嘆いていたら、私はいつの間に神様に抱きかかえられてしまいました。この時点で混乱ですのに、さらに互いの顔が近くなったので、至近距離で顔を見たり見られたりで大混乱です。それと同時に美味しくなさそうな生贄で申し訳なくなりました。


(ああ……)


 それにしても神様はなんと精悍で整ったお顔立ちをなさっておられることか。村から出たことがない私でも、神様が世界で有数な美男子だというのが分かります。それに神様はてっきり髷を結っておられるのかと思っておりましたが、人間と同じく断髪されたのでしょうか? 短い御髪が風でサラリと動きましたよ。


「では行くぞ」

「え、あのどちらに?」


 こちらで召し上がるのではないのでしょうか?


「――だ」

「え?」

「俺達が暮らす場所だ」


 神様がお暮らしになる場所、それはつまり高天原でしょうか。


「あっ」


 住まいに戻られてから召し上がるのかと考えていたら、いつの間にか宙に浮いているではありませんか。私は怖くて思わず神様にしがみついてしまいました。着物が皺になってはいけないと思い、すぐに手を離そうとしたものの、恐怖でそれが出来ません。手や全身がブルブルと震えるばかりです。


「しっかり俺に掴まっていろ」

「はい!」


 神様の肩越しに見える風景で、みるみるうちに高い所に来ているのがわかります。私は恐怖からあろう事か、神様の胸に顔を埋めてしまいました。そうすると私を抱きかかえる神様の腕に力が入ったのです。


「こうすれば怖くないか?」

「ひゃい、ありがとうございましゅっ」


 耳元で囁かれたので、私は思わず変な声を出してしまいました。なんと恥ずかしいのでしょう。


「フフッ、――な」

「え?」


 なんとおっしゃったのか聞き取れませんでした。笑っておられるようですから、気分を害されたのではないようです。いいえ、私がそう望んでいるから、そう思ってしまったのかもしれません。実際は変な奴だと思われていることでしょう。

 そのせいで食べて貰えなくなったら大変です。どうにかして神様のご機嫌を取らねば。ですが何をどうしたらいいのか、私にはさっぱりです。


(神様がお喜びになることを勉強してくればよかったです)


 私が小さくため息をつくと、神様が私の顔を覗き込んで話しかけてくださいました。


「もう少しで着くから、辛抱していてくれ」

「はい!」

「ふっ、元気のいい返事だ」


 神様が鼻で笑ったように聞こえました。もしかしたら、煩かったのかもしれません。私は自分がどのくらいの声で喋っているのかわからないので、こういうことが起きてしまうのです。


「申し訳ございません……」

「何故謝る? 誉めたのに」


 誉められるなんてとても久しぶりです。お父様とお母様が生きていた時はこんな私でもよく誉めてくれました。しかし今は体が不自由で皆さんに迷惑をかけてばかりなので、ため息を吐かれることが多いのです。


「誉めてくださり、ありがとうございます」

「ははっ、なんだそりゃ。……ほら、見えてきたぞ」


 私が視線を進行方向に移動すると、そこには絵でも見た事のない様な立派な建物が建ち並んでいました。神様はそれらの上を悠々と通過していきます。

 私が声を上げる間もなく驚いていると、神様はある部屋の前に降り立ちました。


「ここが俺の、いや俺達の部屋だ」

「わ、私達の……」


 私は廊下に降ろされ時、いつの間にか履き物が脱げていたことに気が付きました。自分の鈍感さに衝撃を受けましたが、それよりももっと驚くことがあります。


「わぁ……」


 とても綺麗な襖です。優美な草花の絵に所々金泥が施されています。きっと国宝とやらはこんな感じなのでしょうね。

 私が美しさに感激しているとその襖が開きました。神様が襖に触れていないのにも関わらずです。どのような仕組みなのでしょうか? 私には見えないだけで、どなたかいらしたのでしょうか? それとも神様の力でしょうか? いずれにしろ神様に出会ってから驚くことばかりです。


「大丈夫か?」

「えっ、ええ大丈夫です」


 呆然としている私を神様が心配して覗き込まれました。さらに神様は私が腰を抜かして倒れないように腕で支えてくださっています。なんとお優しいのでしょう。


「ま、中に入ろう。歩けるか?」

「はいっ、歩けますっ」


 私は部屋の中に入り、先ほどから見えていた寝台に近づきました。こんなに分厚い敷き布団と掛け布団は初め見ました。


「俺はいつもここで寝るだけだからこんな物しかないが、何か必要だったら用意するから言ってくれ」

「え、あ、はい」


 何か必要でしょうか? これから食べられてしまうのに、一体何が必要なのでしょうかね。

 ああ、血が飛び散るかもしれませんから、部屋を汚さないように布か何かを敷き詰めたらいいかもしれません。


「あ、風呂はそっちな」

「はい」


 私は神様が指をさした方を見ました。こちらにも入り口と同じく立派な襖があります。国宝級の襖に囲まれて寝てらっしゃるとは流石神様です。


「体が冷えているみたいだから温まってくれ」

「お心遣い感謝いたします」


 晩夏の山の中腹にいたからか、手足の指先が少々冷えています。


「そんなに堅苦しくしないでくれ。これから――になるんだから」


 今、神様はなんとおっしゃったのでしょうか。私が聞き返す暇もなく、神様は部屋から出て行ってしまわれました。


「……戻って来られるまでにお風呂に入りましょう」


 私は神様が教えて下さった襖を開けました。すると目を疑うような光景が広がっていました。


「え?」


 私は風呂場まで続く廊下があるものだと思っていましたが、襖を開けたらなんとすぐそこに脱衣所があったのです。私は部屋が湿気るといけないので、即座に脱衣所に移動して襖を閉めました。いえ、こちらから見ると襖ではなく木製の引き戸です。

 私は一々驚いていたら身が持たないので、そういう物なのだと思うことにしました。神様が暮らしている場所なのですから、人間の常識とは違うのです。




 私は髪を結い直して着物を脱いで棚に置いてある籠にしまいました。そしていよいよ洗い場に移動です。私は耳だけでなく片目も悪いので足元がよく見えません。ですので滑って転ばないように慎重に、恐る恐る歩きました。これから食べられてしまうのに、痛みや怪我を気にするなんて可笑しな話ですね。


(ああ、だけど……)


 実は私には顔以外に体にも傷が残っています。こんなに見てくれが悪い人間を神様は召し上がって下さるのでしょうか。痛み云々よりもこちらの心配をした方が良いかもしれません。

 私がため息をついて浴槽を覗くと、何やら草や花が浮いているのが見えました。


「まあっ!」


 手に取って顔に近づけて見ると、草も花もとてもいい香りがします。


「……はっ、もしやこれは」


 これはきっと匂いを取るためのものでしょう。そうに違いがありません。

 そもそも風呂に入るように命じられたのは、温まる他に汚れを取るためでしょう。食べるのですから綺麗で温かくて臭くない人間を食べたいに決まっています。


「ふふふ」


 神様、お任せ下さい。私はしっかりと汚れを取って匂いも消して温まります。

 そうとなれば、まずはかけ湯で砂埃を落とし、髪も解いて念入りに頭を洗います。頭も召し上がるのか分かりませんが念のためです。それが終わったら湯に浸かります。一応草花を体周辺に集めてみました。これなら私の匂いがしにくくなるはずです。後はしっかりと温まるだけです。


「美味しく召し上がっていただきませんと……」




 私は十分に汚れと匂いが取れ、さらに体の芯まで温まったので浴槽から出ました。そして髪と体を拭き終え、着替えようと籠に手を伸ばしました。


「あら?」


 籠の中には私が着ていた着物ではなく、とても上等そうな絹の白生地の寝間着が入っていました。私が先ほどまで着ていたのも白い着物ですが、雲泥の差とまでは言わずとも品質の差が見てわかります。私がこんなに良い物を着て良いのでしょうか?

 いえ、そんなことよりもいつの間に取り替えられたのでしょうね。誰の気配もしなかったと思うのですが。私は片目と耳が悪いので他の人よりは鈍いですが、流石に誰かが来れば分かると思います。


「そう言えば……」


 今私が手に持っている手ぬぐい類だって来たときにはなかったと思います。


「ハッ、こんなことをしている場合じゃ……」


 神様がもう待ってらっしゃるかもしれません。私は急いで寝間着に着替えて部屋に戻りました。




 私が部屋に戻ると神様もちょうど戻ってらっしゃいました。手には何かを持っておられます。


「温まったか?」

「はい」

「髪を乾かさないと風邪を引くぞ」


 神様が空いている方の手で私の髪の毛に触れると、なんとあっという間に乾いていきました。なんと便利な術でしょう!


「これでいいか」

「ありがとうございますっ」

「よし、じゃあ次はこれだ」


 神様の手には合子がありました。私が一体何が入っているのだろうかと思っていると、神様が蓋を開けられました。そして中からきつい匂いが。一気に鼻の奥にまでくる匂いです。


「これは人間が塗っても大丈夫なものだそうだ」


 もしや私の匂いを誤魔化すためのものでしょうか。そんなに臭かったのかと落ち込みそうになりましたが、これをつけるだけで生贄としての仕事をまっとう出来るのでしたら、大したことではありませんよね。


「ほら、傷跡を見せてくれ」

「え?」


 神様は私の顔に合子の中身を塗り始めました。それも全面に塗るのではなく、傷跡がある所にだけです。


「首の方にもあるんだな」

「ええ」


 神様の指が私の首筋に触れたので、少しぞわりとしました。


「……もしかして体にもあるのか?」

「……はい」


 やはり見た目が良くないのがお嫌なのでしょうか。ええ、歯触りや舌触りが良くないからお嫌なのかもしれません。


「包帯を貰ってくるから、自分で薬を塗っていてくれ」

「分かりました」


 私は神様の背を見送った後、帯を解いて寝間着を羽織った状態になり薬を塗り始めました。

 傷跡は足の方まで続いています。脇腹にだって背にだってあります。この傷でよく生き残れたなと思います。きっとお父様とお母様が庇ってくれたからでしょうね。もうすぐ二人に会えますかね? 会えたら何を話しましょうか。最期に優しい神様に出会えたと報告しましょうかね。

 少し視界がぼやけたので涙を拭こうとしたら、神様が戻ってらっしゃいました。


「ど、どうした? 傷が痛むのか?」

「いえ、匂いがきつくて……」


 神様に心配をかけるわけにはいかず、私は思わず嘘をついてしまいました。


「そうか……」


 神様はそれ以上何も言わずに、私が届かなかった背中に薬を塗って布を当てて全身に包帯を巻いて下さいました。


「よし、これでいいだろう。一週間もすれば良くなると思うぞ」

「ありがとうございます」


 どうやら私は今すぐではなく一週間後に食べられるようです。私は早く生贄の役目をまっとうしたいと思っていたのに、どこかホッとしてしまいました。私はそんな気持ちでは駄目だと思いながら寝間着を着直しました。


「食事がもうすぐ届くから待っていてくれ」

「分かりました」


 私が全身傷だらけのせいで、余計な手間を取らせてしまっているようです。全身綺麗だったらすぐに神様のお腹の中だったはずなのに、あれこれと世話をして頂いてなんと詫びたら良いのでしょう。


「そうだ。名はなんと言うんだ? 俺は辰の月と書いて辰月(たつき)だ。月の一族で辰年生まれだからこの名になったらしい」


 神様のお名前を教えていただけるなんて、嬉しさや感激よりも恐れ多くてすぐにでも平伏したいです。ですが、私は全身を包帯で巻かれているため自由に動けず座ったままです。


「私は美しい鶴の子と書いて美鶴子(みつこ)と申します」

「良い名だな。……そうだな、俺は美鶴(みつる)と呼ぶけど構わないか?」


 神様は目を細め口角を上げて私に笑いかけてくださいました。


「ええ、お好きに呼んでください」


 私はここ数年そんな笑みを向けられたことがなかったので、思わず見とれてしまいました。


「よし、美鶴」

「なんでございましょうか?」

「呼んだだけだ」

「はい」


 神様は、いえ、辰月様はとてもご機嫌が良いようで、喜色満面でらっしゃいます。

 私はどうやらお風呂で温まり過ぎたのか頬がとても熱いです。




 時代は大正初期ぐらいです。

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