夢から覚めた王さまたち
☆ ☆ ☆
「諸君、今日は私たちの命に関わる、とても大事な話がある」
とある王宮の、密かに話し合いをするために作られた部屋。
部屋の壁には、いくつもランタンがかけられています。
頭に王冠を被り、まっ白で分厚いマントを羽織った王さまが、国の偉い人たちの前で言いました。
王さまをはじめとする、この話し合いに参加している人たちはみんな、大理石でできた丸くて大きなテーブルを囲むように座っています。
イスはとても高級な木で作られていて、とてもツヤツヤです。
でも、王さまの座っているイスは、金色に塗られていて一番ピカピカしていました。
「命、ですと? 王さま、朝日がまだ昇っていない早い時間にみんなを集めて、一体何があったのですか?」
甲冑を身にまとった騎士隊長が王さまに聞きます。
外は、東の空がちょっとだけ明るくなっているだけで、まだまだ暗く、王宮の下に広がっている街では、人々は寝静まっています。
「西の空を見てみなさい」
王さまが、その方角にある窓を指さしました。
みんなが、一斉に窓の向こうの景色を見ます。
「な、なんだあれは!?」
国のルールを決める大臣が、目を大きく開いて驚きました。
空が割れています。
卵の殻のようにヒビが入っていて、空が少しずつ欠片となり、宇宙に向かってまっすぐ吸い込まれていっていました。
「あ、鳥が!」
国の道路や建物を作る仕事をしている大臣が、割れていく空を指さしました。
ひび割れている空の近くを飛んでいた大きくて茶色い鳥が、竜巻のような渦にのって、空のもっと高いところまで吸い込まれていきます。
鳥は、二度と戻ってきませんでした。
「どういうことだ……」
小麦や野菜や果物などをつくる仕事をする大臣が、小さくつぶやきました。
鳥が吸い込まれたのを見て、部屋に集まった偉い人たちは、みんなシーンとなりました。
みんな、聞いてくれ。
王さまが言いました。
「この世界は、とある人間……いや、とあるお方のつくられた夢の中なのだ」
「夢……ですと……?」
子どもたちに勉強を教える仕事をする大臣が、首をかしげます。
「そうだ。実は私は、みんなには内緒で、この世界の秘密を調べるよう指示を出していたのだ。その結果、この世界は永遠に続くものではなく、一人のあるお方の頭の中でつくられた、夢の世界だと分かったのだ」
「誰ですか、そんな神みたいなお方は!?」
「飯田美結という、ニホンという国に住んでいる、十二歳の女の子らしい。ニホンというのは、私たちのいる世界よりも高次元の世界にあるという」
「高次元? 聞いたことのない言葉ですな」
「かんたんに言うと、神様のいる世界みたいなものらしい」
王さまの言葉を聞いて、偉い人たちは、泣き出したり怒ったり、怖くておしっこを漏らしてしまったりしました。
「ちなみに、飯田美結というお方の国には、私たちが当たり前のように使う魔法が、一切存在しないらしい」
「魔法がない? なんという不便な」
「魔法があるからこそ、この国の人たちは生活が豊かになっている。それがない世界など、想像もできませんな」
ところで。
騎士隊長が手を上げて、話し始めます。
「王さま、私たちは一体何をすれば良いのでしょうか。その、飯田美結とやらを倒せばよろしいのですか」
「そんなことはできない! 私たちは、彼女のつくった存在であり、抗うことはできないのだ!」
「では、座して死を待つのみだと言うのですか!?」
騎士隊長は、つばを飛ばしながら王さまに言います。
「いや、一つだけ手段がある。私たちは、この国を良くするために、たくさんの魔法を使って仕事をしてきた。そうだな?」
みんなが、同時に頭を縦にふりました。
「とても大活躍をした。自分で言うのもなんだが、英雄と言ってもいいだろう」
みんなが、また頭を縦に振ります。
「飯田美結様に訴えるのだ。これまでの自分の活躍を。どうか、この世界が無くなっても、私たちやこの国のことを、いつまでも覚えていてほしいと」
王さまの熱弁に、偉い人たちは全員、窓の外に顔を出して、大声で自分の頑張ってきたことを叫び出しました。
そんな時間が三十分くらい続いた後、
「ああ、とうとうこの世界も終わりか……」
世界のひび割れが王宮のすぐそばまで迫ってきて、そしてついに王宮が飲み込まれました。
王さまは最期に言いました。
「また、あなた様の作った世界で生きたいです。どうかこのお願い、聞いてもらえませんか。いつまでも、待っています……」
☆ ☆ ☆
飯田美結は、目を覚まし、ベッドから飛び起きました。
「なんか、すごい夢見た!」
朝の六時。
まだ、起きるには一時間早いですが、今見た夢の内容を忘れたくないと思った彼女は、自分の机にあるパソコンのスイッチを入れ、カタカタとキーボードを叩き、文字を打っていきます。
普段見る夢よりも、ハッキリと覚えていました。
なぜだか分かりません。
とにかく、登場人物が全員、あの世界が夢の中であると気づいていて、神である美結に対して、必死に訴えていたのです。
あの、王さまや大臣たちが窓から顔を出して叫んでいた言葉は、すべて覚えていました。
「これは、小説のネタになるぞー!」
今までで最高の小説が書けそうな気がしてきました。
そして――
☆ ☆ ☆
王さまたちは、王宮で目を覚ましました。
ここは、密かに話し合いをするためにつくられた部屋。
丸くて大きいテーブルに、偉い人たちが突っ伏して寝ていました。
「あれ、この世界はひびの中に吸い込まれて消えたはずじゃ……」
騎士隊長が、周りを見回します。
東の空から、朝日が昇り始めていました。
部屋には王さまがいません。
「王さま! 王さま! どこですか!?」
騎士隊長が叫んだのを聞いて、突っ伏していた大臣が起きました。
そして、なぜか王さまが重そうな戸を開けて、部屋に入ってきます。
「た、大変だ! 飯田美結様が小説を執筆なされた!」
「小説、ですと?」
子どもに勉強を教える大臣が、首をかしげます。
「私たちは確かに、あの方の夢が覚めると同時に、消滅した。しかし、飯田様が小説をお書きになり、その中で私たちはよみがえったのだ!」
王さまが意味不明なことを、とても鼻息を荒くしながら言っています。
まるで分かりません。
でも、大臣たちに一つだけ分かっていることがありました。
「王さま、私たちはまた、生きられるのですね!」
東の空に、茶色い羽の鳥が、朝日を浴びてのんびり飛んでいました。