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黒馬と王子  作者: シャトル
8/9

⑧ 王子の帰還


 愉快なコックトリオたちを気に入り、彼らの休憩室にお邪魔していた黒馬。

 だが、本日帰ってくる浮気撲滅派のあのお方のことはすっかり忘れていた。






 ある馬車の中。


ガラガラ


「なあ大臣」

「どうされましたか、若」

 窓の外をじっと見ている王子は、正面に座る大臣(お髭男爵)に話しかける。

「あいつは驚くかな」

 王子は笑みをたたえながら、何かを思い出している。

 おそらく、いや十中八九あの馬のことだろう。


「ええ、ええ。急いでも今日の深夜にしか帰城できないはずでしたが、若が急き立てたがために夕刻に帰れるようになりましたからな!」

 苛立っている大臣を王子は不思議そうに見る。

「なぜそう苛立ってるんだ。腹が減ったのか?」

「違います!若が今までどれほど手を抜いていたのかがわかって苛立ちを隠せないのです!」


 そう、こんなにも素早い処理を行えるなら今までの仕事ももっと早く終わらせていたはずなのだ。つまり、今までサボっていたということに他ならない。


「楽しみだなぁ」

「若!若っ!聞いておるのですか?!」


 また窓の外に視線を戻した王子は、大臣の小言をBGMにして城にいる愛しい馬のことを思い描いた。







ぶるっ

(ん?なんか寒気が……)

 謎の寒気に襲われている黒馬の傍らで、愉快なコックトリオたちは各々のしたいことをしていた。サイラスは居眠り、ロイは例の果物『マルコレル』をスケッチ、ネイトは相変わらずの読書だ。

 彼らの個性を感じる自由時間である。


 黒馬は昼寝に飽きたのだろう、本を読んでいるネイトに構ってもらいに行った。


ブル

(遊んでー)

「……」

 ネイトはちらりと黒馬を見た後、すぐに本に目を戻す。

ブルル……

(だめか……)

 しょんぼりした馬はネイトの足元からもとの場所へ帰ろうとする。

「……」


ナデナデ


 すると、ネイトは本に視線を向けたまま黒馬の鬣を撫で始めた。

ブルル♪

(優しい!)

 黒馬は可愛がってもらえたことに大層満足している様子だ。







 さて、時刻はもう夕方に差し掛かっている。

 夕食の仕込みがあるからと、コックトリオたちはもう休憩室にいなくなった。

 黒馬も自室に帰る途中だ。


(うーーん、何かを忘れている気が……)


 ウンウンと唸りながら自室の前にきた。

 指紋認証ならぬ魔力認証によるオートロックなため(無駄にハイテク)、何もすることなく開いたドアをくぐる。そして、後悔した。


「やあ、お出かけは楽しかったかい?」


 黒馬はこの日思い出した。人類に支配されていた恐怖を。

 立体機動装置で王子を狩ることは可能だろうか。いや無理か……。



 黒馬の部屋にしっかりとスタンバイしていたのは、夜に帰ってくるはずの王子だった。
























「――というように過ごされていました」

 執事長は王子に丁寧な報告を行っている。

 そう、私の監視報告をね!


「へえ、そうか」

 王子は面白くなさそうに、一緒にクッションに座っている黒馬を撫でる。

 馬の腹部辺りに体を凭れさせ、馬の首をしっかりとホールドして撫でる。絶対に逃がさないという強い意志を感じる態勢だ。


「また浮気かい?」

 今の報告をどう解釈したらそうなる。コックトリオたちと穏やかに過ごしていただけじゃないか。交友関係の自由を主張する!


「……閉じ込めてしまおうか」

 王子はボソッと言う。


ブルルル

(いや、やっぱ交友関係の管理って大事ですよね)

 眠れる獅子を起こしかけたため、華麗な手のひら返しをする。

 とりあえず応急処置として、擦り寄って甘える。

 頼む、これで誤魔化されてくれ。



「俺はな、お前を他の人間に浮気させるために連れてきたんじゃないんだ」

 それはそうだろう。あと、浮気してるつもりはない。


「あの森では俺がお前を独り占めできないから連れ出したんだ」

 うん。うん?


「俺の留守の間に、森の奴らがお前に会いにきていただろう」

 な、なぜそれを!周りに誰もいなかったはずなのに……。


「いつもお前の周りには誰かがいる。俺じゃない、誰かが」

 悲し気な声色に罪悪感が芽生える。何も悪いことしてないのに。

 え、加害者?私が加害者ですか?



「だがこれから傍にいるのは俺だ。今まで誰が傍にいたとしても、今後は俺だけだ。これからずっと、な」



 暗い笑みをたたえて馬の頬を撫でる王子。

 その様子を怯えたように見ている執事長。

 ツッコミの許容範囲を超え、ショート寸前の黒馬。








ゴンゴンッ

バンッ


 突然、大きな音をたてて開かれた黒馬の部屋のドア。


「若!!」

(ナイスタイミングだ!お髭男爵!)

 この異様な雰囲気をぶち壊してくれたのは、ヨレヨレの服を着たお髭男爵だ。なんだかとても疲れているように見える。


「お一人でお帰りになるなど言語道断ですぞ!」

 あ、やっぱり。お早いお帰りだと思ってたら付き人さんたちを置いて急行したのか。なんて部下泣かせな上司なんだ……!


「はあ、別に問題ない」

「あります!」

「俺よりも強い護衛を連れてこい。そしたら考えてやる」

「ご自身が強いからと言って護衛を置いていくなどあり得ませぬ!」

「足手まといだ」

「な、なんと……!」

 お髭男爵がショックを受けたように固まる。

 家臣として主を守りたいという思いを木っ端微塵にされている。

 可哀想すぎるから、もうやめてあげて。


「そんなことより」

「そんなこと?!」

 お髭男爵が王子の言葉にオーバーキルされている。

 やめて!お髭男爵のライフはもうゼロよ!


「俺はもう二度とこの城から出ない」

「「は?」」

(は?)


 お髭男爵と執事長そして黒馬の心が一緒になった瞬間だった。





「ど、どういうことですか!今までどんなに城で大人しくしていてくださいと言っても聞かなかったのに!……はっ、もしや」

 さっきまで王子に怒り狂っていたお髭男爵がバッと黒馬の方を見る。

 とばっちりの予感が。


「こやつの、こやつのせいで……!」

 顔を俯け体をプルプルさせている。

 きっと下に向けているお髭男爵の顔は真っ赤だろう。


「察しがよくなったな。俺がこれまで生きてきたのは、こいつに出会うためだったんだ」

 王子は幸せそうにクサ過ぎる台詞を吐く。

 顔面補正によってクサさが軽減されていることが腑に落ちない。


「ま、まあまあ大臣。つまり黒曜様と共にいられれば若はどこにでも行くと言っているわけですから……」

 執事長はお髭男爵の怒りを消火しようと試みる。


「この『魔の森』の馬を……、我がオブリアス国の第二王子クロウディアス殿下の側に置けるかーーーーー!!!!」


 わお、大噴火。


 いや!まてまて、情報量が多い!

 怒りの噴火に関しては何も疑問に思わないけど、第二王子?!やっぱり王子だったのか……。あれか?内から滲み出るロイヤルさは隠し切れないってか?生まれって少なからず影響があるんだなぁ。


 あと王子の名前を初めて知った。クロウディアスっていうのか。

 あんだけ愛してる愛してる攻撃しておいて、名前を伝えてないなんて何かの詐欺みたいだ……。でもまあ、馬に詐欺を働こうとするトチ狂った人間はいないだろうから杞憂だけど。



「若!わしは認めませぬ、認めませぬぞ!!」

「大臣、落ち着いてください」

「なあ、浮気相手は今回三人のようだが、どれが本命だ?」



 大臣は怒り狂って執事長に宥められているし、王子はそれをスルーして馬に話しかけている。ついでに大臣は、王子に無視されていてもお構いなしに小言大会を開催している。


(ここもうヤダ)


 遠い目をした黒馬は、ふて寝を決めこむことにした。




「ん?寝てしまうのか。仕方ないな」

 どこまでもこの馬に甘い王子は、今だに小言が止まらない大臣とそれを宥めている執事長を部屋から追い出す。そして、眠る馬にブランケットをそっとかける。



「いい夢を」

 王子はそう言って、馬の額に口づけを落とした。

 しばらく黒馬を愛しそうに眺めた後、静かに部屋を去った。



















 王子は廊下を歩く。

 その足の向く先はキッチン。

 コックたちの笑い声が聞こえてくる。

 これが悲鳴に変わったのは数秒後のこと。





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