④ 屋敷(檻)へようこそ
ドナドナドーナドーナ♪ 子牛をのーせーてー♪
(って私は馬だー-!)
現在、人と黒馬がつれだって森を歩いている。人に連行されている馬こそが、そうです私です。青々とした木々を横目に、舗装もされていない道なき道を進む。
「大丈夫かい?疲れてないか?少し休んでも良いんだぞ?」
汗ひとつかいていない人間が、黒馬を気遣う。
おい、私は曲がりなりにも馬だぞ。なぜ人間より体力が劣っていると思うんだ。あなた方人間が乗るべき動物ですよ~。むしろ走ってなんぼの馬ですー。
「いや、やはり休もう。少し汗をかいている」
(逆になぜ、君は汗をかいてない)
強制的に過保護な休憩をとらされることになった。木の下に、一人と一頭は座り込む。
「水を飲むか?ちょっと待っててくれ。すぐに出す」
とても手厚い介護をしてくれるのは、人間である王子だ。(注釈:王子はあだ名だよ)あと水をどこから出すって?君、この森に手ぶらで来たよね。水筒なんて持ってなくない?
シュルル
「ほら、この水を飲め」
掌に水泡を出現させた王子。
そうだった、この世界は魔法あったんだった。
(ありがとうございます)
ペコ
王子に一礼して、水を頂戴する。
(うむ。魔法でつくった水にしては天然水と遜色ない味)
天然水ならぬ魔法水に舌鼓を打つ馬の隣で、身悶える人間が一人。片手は馬に水を与えるために差し出し、片手では俯いた自分の顔を覆っている。
(この人は何を悶えてるんだ)
馬が怪訝な視線を向ける中、今もなお悶え続ける人間がボソッと呟く。
「かわいいかわいいかわいい。俺の手から水飲むのもかわいすぎるしお辞儀してから飲むのなんなんだ、律儀だしかわいすぎるだろ。あー閉じ込めたい。そうだ閉じ込めればいいのか。俺以外にこんな姿見させたくない。たしかあの土地にちょうどいい別邸があったな」
……な、内容が怖すぎる。最初の部分は、まあ目をつぶろう。問題は最後の部分。人を勝手に閉じ込めるのは犯罪です!監禁というんです!でも待てよ。人の法律は人にしか適応されないし、そもそもそんな法律がここにあるかが不明だな。……いや、倫理の問題だから法律云々は関係ない!でも馬にも人権あるのかな。この場合、馬権っていうのか?
(とにかく!こっちの世界に戻ってきなさい)
ブル!
とうとう焦れた馬が、いまだに犯罪計画を練る人間の顔に息を吹きかける。
「あ、ああ、すまない。水が足りなかったか」
ブルルル
(違いますー。世界に犯罪者が生まれるのを阻止したんですー)
水はいらないとでも言うように、馬は立ち上がる。休憩は十分にとった。その休憩で身体的には休めただろうが精神的にはどうだったかは、知らぬが仏だろう。
一人と一頭は、長い道をまた進み始めた。
(なんてことはなかった)
長い道だと思っていたが、ここは異世界。さらに魔法がある世界だ。テレポートなんてちょちょいのちょいだった。ならなぜ森からテレポートしなかったのかって?それは王子が説明してくれた。
「歩かせてしまってすまない。あの森は魔力が入り乱れていて、テレポートが不安定になるんだ。五体満足でいたいだろう?そう思わなければテレポートしたが、俺はお前がそのままであることを望む。それに欠損した部位は俺が保存していたい。テレポートで失くしたものは回収が不可能だからな。そんな勿体ないことはできない」
だそうだ。中盤ぐらいまではよかったんだけどね。終盤が一気に物騒になったよね。言う必要なかったと思うんだけど。心の内に留めておけなかったのかな?なんか抜け毛とかビンに詰められて保存されてそうなんだけど。絶対ゴミ袋漁ってくるタイプのストーカーだ。
そんなこんなで、現在立派な屋敷の前にテレポートした。この壮大さは、屋敷というよりもはや城だろう。白亜のお城。庭園には色とりどりの花が咲き、弧を描くように水が噴き出ている噴水が、門の外からでも見える。
(この人、まさかほんとに王子とかではないよね……)
なんかちょっと、いやだいぶ不安になってきた。その不安を察したのだろうか、王子が顔を寄せてくる。そして、鼻先にキスを落とす。
チュ
「大丈夫だ、誰もお前を害することはできない。そんなこと俺が許さないからな」
そう言って愛しそうに黒馬の顔を撫でる、外見は100%王子なその人。
(中身は監禁したいしたい予備軍なんだよなー)
遠い目をする馬。その馬に嬉しそうに構う王子。
もう収拾がつかなくなってきた。
そこに、救世主が現れた。
「若!やっと帰ってこられたのですか!」
(お髭男爵!)
神はやはり私を見捨ててはいなかった。正直、異世界で馬にされた当初は神の存在なんて信じてなかったが、今は蚤くらいちょびっとだけ信じることを考えている。
お髭男爵万歳!
「なんだ、騒がしい。こいつが驚くだろう」
私を庇うように、お髭男爵と対峙する王子。
いや驚きよりも歓喜が圧倒的に勝っていますよ。あなたへのツッコミは、喋れない馬の私では手に負えません。
「なんだではありませんぞ!勝手にいなくなったかと思えばこんな馬を、って思ったよりもでかっ!」
確かに、初対面の時は結構離れた距離で会ったから。草むらに紛れていたことも相まって、私の体躯をはかり間違えてても無理はない。あとお髭男爵あの時、発狂してたから私に注意を向ける暇なんてなかったしね。
(大きいなんてそんな。褒められても)
テレテレ
巨体の馬が照れてもじもじする姿は、人間の目からは奇妙に映っただろう。さらに黒い色の馬であるから、むしろ威圧感を与えたのかもしれない。
「な、なんですかこの馬は。奇妙な動きですが威圧感しかありませんぞ」
ガーン
馬は、そのように捉えられてショックを受けたようだ。悲し気に俯いている。
そんな馬を、王子はまるで恋人を相手するかのように慰める。
「俺はそう思ってないよ。照れたんだろう?かわいい。そんな愛らしい姿から威圧感を感じるなんて、そんな馬鹿なことはないよな。そんな奴はこの世にいない」
馬には甘い視線を送り、馬を悲しませた存在には壮絶な殺気のこもった視線を向ける。
「ひぃっ、しかし、その馬が威圧感を与えるのは事実ですぞ!確かに、人間臭いコミカルな動きもしますが、あの『魔の森』にいた馬です。危険ですぞ!」
『魔の森』。前に王子から聞いた言葉だ。一体あそこは何なのやら……。
「それがどうした。騎竜もそこら辺で捕まえてるだろ。馬を連れてくるくらい危なくもなんともない。」
いや竜と馬を比べられても。
まって竜!?竜いるの!?新情報なんだけど!
「しかし『魔の森』ですぞ!わしはその馬が突然人を喰いだしても驚きはしません」
えっ!人食べるの?あの森そんなバイオレンスな感じだったの?!
結構危ないところに住んでたのか……。あと、私そんなに危険生物としてみなされてるのか。
「こいつは人を喰わない。普通に草や果物を食べる。もし人を喰うのだとしたら、俺が生きていることがおかしい。言っただろう?俺を助けてくれたと」
王子は馬の顔に手を添え、顔を寄せ合う。見せつけるかのように馬と寄り添う。
「くっ、ですが住む場所はどうするのですか。厩舎に空きはありませんぞ」
お髭男爵の攻撃!これは現実的な問題だ。怖い怖くないという感情の前に、住めなければ意味はない。これは王子、反論の余地がないのではないかー?!
「何を言ってるんだ。外に住まわせるわけがないだろ。住むのは俺の部屋の隣だ」
だめだー!何を言ってるのかさっぱりだー!馬は普通、外の厩舎で飼うのが常識ではないのか。もしやお金持ちの人の間では動物は室内飼いがはやっているのか!
「わ、若……。馬は厩舎で飼うものですぞ。屋敷内で飼うなんて聞いたことがありません!」
はやってなかった。どうやら王子の頭がクレイジーなだけだったようだ。
「聞いたことがなくても、やってはいけないわけではない。そうやって常識に縛られることが、自分の頭をどれだけ固くしているか、今一度考えてみることだな」
い、一理ある。でも馬を室内飼いするかは別問題……。
「しかし若!それとこれとは……」
「黙れ」
なおも言いつのろうとしたお髭男爵に、王子は低く言う。あまりの威圧に周囲の空気が数度下がったような気がした。
「俺がそうすると決めたんだ。従うのが筋だろう?」
暴君だ。ここに暴君がいる。なんという恐怖政治。
「ん?どうして離れるんだい?」
数歩後ずさったのを気づかれた。優しい声なのがさらに恐怖をあおる。
「だめじゃないか、離れたら。危ないだろう?」
いえ、あなたが一番危ないです。
「でも大丈夫だ。これからは一生俺が守ってあげるからな」
なぜか一生一緒にいることが前提とされていることは勿論だが、至近距離で優しく言い聞かせられるのも滅茶苦茶こわい。目が、目が笑ってない。
ブ、ブルル
(は、はい)
一応、返事をしておく。このままでは闇堕ちコースまっしぐらだ。もうその場しのぎをやるしかない。私は問題を先送りにするタイプの馬である。
「そうか!わかってくれたならいいんだ」
王子は明るい声で言う。とりあえず落ち着いてくれたようだ。
「じゃあ俺の部屋に行こうか」
流れるようにエスコートする王子。なお、そのエスコートの相手は馬である。その馬の顔下に手を添えて、恭しく導く。人間に奉仕される馬。元人間であった私の部分が、その異常性に悲鳴を上げている。
「わ、若?若!本当にやるのですか?!若ー-!」
お髭男爵の悲鳴が聞こえる。
心中お察しします。当の本人は馬しか見てません。
「嬉しいな、お前を屋敷に迎えることができて。屋敷の中に入ったら、まず屋敷の者たちと顔合わせをしよう。これから長い付き合いになるからな」
どうやら王子の中では、私が末永くここにいることが決定しているようだ。
(いや勿論、隙を見て森に帰るからね?)
時折、いやけっこう頻繁にみえる王子の闇堕ち姿に怖気づきながらも、私はそう決意してこの屋敷の中へと入っていった。
果たして私は、この屋敷から出ることができるのだろうか。
そう思いながら。
哀れ、お髭男爵