③ 驚異の速さ
ピーチチ ピチュピチュ
鳥たちのさえずりを聞きながら、この元に戻った平和を満喫する。
王子は私を探すことを潔く諦め、大人しくお髭男爵たちに連行されていった。
ゴロゴロ
(いやぁ~、静かだな~)
そう思いながら、日光浴にいそしむ。
王子がいたころは、片時も目を離せなくてこんな時間はなかった。
(目を離したが最後。森の仲間たちの強襲待ったなしだったろう)
そんな手のかかる人間が一時でもいたからだろうか、いなくなるとなんだか寂しい。子が巣立った親にでもなった気分だ。元気にしているだろうか。
「やあ、愛する人」
(!?)
まさか幻聴が聞こえるほど、寂しさを感じていたのだろうか。
「そんな無防備な姿は、俺以外に見せちゃいけないよ」
(違う!この狂気の言動は本物以外にありえない!)
ダッ
瞬時に立ち上がり、周囲を見渡す。そこには思った通り、金色の髪を惜しげなく輝かせた一人の人間が立っていた。
そう、王子だ。昨日帰ったはずの王子である。
(来るまでのスパン短くない?!来るとしても普通もっと後じゃない?!)
「俺が待ちきれなかったんだ」
(え”、もしかして聞こえてる?)
「なんだか驚いていたようだったからな。俺は会えて嬉しいよ」
当たり前のように私の顔にすり寄ってくる王子。
周囲にお髭男爵や騎士たちの姿はなく、明らかに単独行動だ。
(絶対抜け出してきたな)
じとっとした視線を送る。
案の定それに気づいた王子は、きまり悪そうに頭を掻く。
「会いたくて仕方がなかったんだ。お前が俺を帰そうとしていたのを知っていても、どうしても会いたかった。お前なしでは息がつまって仕方ない…」
甘えるように首に抱き着いてくるこの男。どうすればいいのかわからず、されるがままになる。とりあえず、撒かれたのであろうお髭男爵と騎士たちに合掌する。
「別のことを考えてるね。俺のことだけ考えて」
王子はさらに強く抱き着いてくる。まるで自分のこと以外を考えるなんて許さないと言われているようだ。とても恐ろしい。言葉でも行動でも縛ってくるタイプだ。
「抱きしめさせてくれてありがとな。少し癒された」
(少し?!もう30分くらい抱きしめてたでしょうが!えっ足りないってこと?)
おかしなことを言う王子は放っておく。それよりも抱きしめの刑から解放された自由に興じるため、とりあえず座る。勿論、王子もその隣に座ってくる。これに疑問を感じなくなった時が末期だろう。
「昨日は帰ったらすぐに執務室に監禁されたんだ。今日もそうされそうだったけど、力で俺に勝てるやつなんていないからな。正面突破してきた」
爽やかな顔でそうのたまう見掛けは王子、中身は脳筋。
(清々しい表情だな、おい)
きっと憂さ晴らしとして、抑え込もうとしてきた人たちを蹴散らしたのだろう。心なしか、顔がツヤツヤしているような気がする。蹴散らされたであろう人に、黙祷。
(それにしてもこの人、いつまでここにいる気だろうか)
そうなのだ。おそらくこの王子は、ここでのんびりお昼寝をしていてもいい人物ではないはずだ。それも馬と一緒に。そんなおそらくそれなりの身分であろう人物がこうなっているとしたら、しわ寄せがあることだろう。そして、その被害にあっているのはお髭男爵たち。格差社会ここに極まれり。
あっこら、もたれかかってくるな。さっさと帰ってあげなさい。多分、君の執務室で屍が積み上がってるから。
「なあ、どこがいけないんだ」
急に、王子は愁いを帯びた顔で尋ねてくる。
(えっ、強いて言うなら仕事しなくて部下たちを困らせてるところ)
「最上級の生活を保障する。なんならこの森にいるやつらも一緒に来てもいい。どうしてそこまで、この森にいることをこだわるんだ」
あっ、違った。私が王子についていかない理由をご所望だった。
(そう言われても、ねぇ)
正直に言うと、王子の言う最上級待遇は受けてみたい。それはもう興味津々だ。しかし!一番の問題点がある。それは王子、君だ!!
心の中ではびしっと決まったポーズをしつつ、王子に意味深な視線を送る。
(どんなに天国でも、片道切符の天国はもうあの世と同義なんだよ)
そう、行ったら最後、二度と出してはもらえないホラーオプションがついているのだ。それなのに最上級生活ウェーイとかできない。いくら良いからって、遊園地に住む趣味はない。
(遊びに行く程度ならいいけど)
絶対に王子が許さない。それはもうがっちりホールドしてくる。絶対する。
「どうしてそんな恨みがましい目でみてくるんだ?まあそれも可愛いけど」
この人は一度、頭と目のお医者さんに診てもらうべきだろう。
数時間後。
「...というように、このような利点がある」
現在まで、私は王子と暮らす利点についてずーっとプレゼンされていた。
馬にプレゼンする人間。さらに、その人間は偉い身分にあるときた。
(世も末だな)
遠い目をしながら、いまだにプレゼンを続けている王子に頷いてあげる。
よかったな、私が心優しい馬で。こんなにも興味ないのに、頷いてくれる馬なんてそうそういないぞ。いや、そもそも元人間の馬なんて滅多にいなかった。
「やはり言葉を理解してるな。この森の生き物はみなそうなのか?」
尋ねられても答えられないんだけど。ってちょっとまって。
(私以外も人間の言葉を理解してる?)
ほんとに賢かったのか、森の仲間たち!道理で薬草を持ってきたり、落とし穴つくったりするわけだ。というか王子を嵌めようとして落とし穴つくったの、許してないからな。最終的にその穴に落ちたの私だったし。
「流石は『魔の森』だ」
『魔の森』!?なんて物騒な名前なんだ…。そんな森で今までよく生きてたな私。
「ああ、もうこんな時間か。そろそろ帰らないとな」
あっ、よかった。この人にも一応、帰巣本能あったんだ。
「また来る」
(いや来ないで)
(ほんとに来た…)
王子は有言実行の人間らしい。ほんとに毎日欠かさず会いに来る。3日目くらいから隠れてみたり逃げ回ったりしたけど、一切勝てなかった。王子は必ず見つけてくるし、捕まえてくる。
(というか馬より走るの速いって何事?!)
そう王子は速かった。とんでもなく速かった。もう乗馬必要ないんじゃねっていうくらい速かった。それによって、私の馬としてのプライドが折られるという悲劇が起こった。
あと颯爽と走ってたら、いつの間にか背中に人が乗ってたとかホラー以外の何物でもないから。全力で駆ける馬にどうやって乗ったんだい?それから、「捕まえた」とかそっと言われるこっちの身にもなって欲しい。あれは馬ながら鳥肌ものだった。もう無駄に逃げ回らないことを誓った。
「あれ、今日は遊ばないのか?」
なん…だと…。決死の逃亡劇を遊びと思われていたなんて…!
「遊びなのに一生懸命に走り回って、お前はほんとに可愛いな」
……。私の全力は、どうやら彼にとって遊びのようなものだったらしい。この人には本当に必要な時以外は逆らわないようにしよう。こわすぎる。
「そろそろ満足したか」
(ん?何が?)
「それじゃあ、俺と一緒に帰ろうか」
(はあっ?!)
とてもご機嫌な様子で帰宅を促す王子。お言葉に甘えて帰らせていただこう。
「おいおい、そっちじゃないだろ」
(いえ、私のおうちは綺麗に整えた森の洞穴ですけど)
森の住処に帰ろうとした私の前に、王子が立ちふさがる。その顔はまるでダメな子を慈愛をもってして叱る聖母のようだ。おいっ!ダメな子は私じゃなくてそっちでしょうが!
「さあ、行こうか。この森の生活も満喫しただろ?これ以上は待てない」
目に、目に光がない。マジだ。これはマジな警告だ。仕方ない。ここは大人な馬である私が折れてあげよう。ここで断ったら、多分、99.99%の確率で監禁される。それならまだ、まだ鎖につながれない軟禁状態の方がましだ。
ブル
同意する旨を鼻息で伝える。この恐ろしいくらい勘のいい王子ならわかるだろ。
「そうか!よかった。もし断られたら自分でもなにするか分からなかったよ」
こっわー--!あ、危なかった。選択肢を間違えていたら即バッドエンドだった…。
「それじゃあ帰ろうか。一緒に、な」
絶対さっき森に帰ろうとしたこと根に持ってんじゃん。気付かぬうちに、病んでる係数を高めていたようだ。(病んでる係数ってエンゲル係数に語感似てる)
今後、私はこの地雷原である王子と共に過ごさなくてはならないのだろう。
こうして私は、王子に攫われてしまった。
まあ馬なんですけどね、私。姫じゃないんですけどね。人ですらないよ。どうするのこれ。
そして王子ただ一人が、たいそうご機嫌なご様子で帰宅したそうだ。
主人公のツッコミだけでは足りない王子の暴走具合