助けた学校一の美少女は一途なヤンデレなでした!?
一之宮カレンはいわゆる学内アイドルである。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経も抜群の黒髪ロングの美少女だ。
東に病める少年がいればその笑顔で元気にし、西に足取りのおぼつかないおばあちゃんがいればその手足で助けに回る。北も南も誰かしら助けているだろう。
そんな雨ニモ負けなさそうな完璧超人の一之宮カレンには浮いた話が一切ない。正確には毎日のように告白される彼女はその告白すべてに断りを入れている。この話が元になってつけられたあだ名が百人切りの一之宮というのは有名な話だろう。
しかし、学校のみんなは誰も知らない。推定百人は沈めてきた一之宮カレンには裏の顔があることを。そしてそれを知っているのは俺しかいないということを。
***
「だ、だいじょうぶ!? 藤野君!」
凛とした鈴のような声が頭に響いて、俺はすぐにその言葉を頭に吸収する。あの一之宮さんが俺を気にかけている。それだけで頭に快楽物質を作り出しているが、この状況を放置するわけもいかない。おそろしや一之宮マジック。
「あ、うん。大丈夫大丈夫心の傷はすぐに癒えました」
「そ、そうなの? 取りあえず大丈夫なのかな?」
放課後の帰り道にいつものように歩きながら帰っていたら、信号待ちしている一之宮さんを見つけた。今日一日頑張ったご褒美だとその後ろ姿を拝んでいたが、視界の右端に暴走した自動車を見つけてしまう。歩道の信号はもう青になるところなので減速しないのはおかしいと思ったのと同時に、このままだと一之宮さんが危ないと考えた。そこからは一瞬だった。運動不足の脚は火を吹き、拝んでいた両手も必死に振った。
「間一髪だったね…。一之宮さんが無事でよかったです」
ギリギリのところで一之宮さんの手を引っ張り、衝突は避けたものの体勢が悪くそのまま後ろに倒れてしまう。そこからは冒頭の通りだ。久しぶりに猛ダッシュしたのは体力測定以来だ。
「それとごめんなさい。救急車も呼んでくださりますか。多分たすか……」
「え、ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」
バタッと持ち上げていた体が後ろに倒れる。さっき倒れたときに信号機に頭をぶつけていたらしい。心より先に体が限界を迎えてしまった。格好よく言っているが普通のことだな。
沈む意識の中で慌てながら呼びかける一之宮さんの姿が見えた。普段見ない一之宮さんの意外な一面を知れたことがなんだか嬉しかった。その姿をもっと見ていたかったが、次の瞬間にはもう意識を手放していた。
「知らない天井…じゃなかった」
綺麗なシーツや衣服と、隅々まで消毒された独特な匂いで目が覚める。おそらくここは病院で俺は何故か入院中ということなのだろう。
「あ、目が覚めた?」
傍らから凛とした鈴のような声が聞こえる。右のほうを向くと黒髪の天使が座っていた。
「最近の天国は病院なのか。もしくは絶対的な生死のつかない俺が生み出した妄想という」
「ここは現実だよ。藤野君」
天使は黒髪の一之宮さんでした。天使に黒髪は珍しいなと感じていたので小さな謎は解けた。大きい方はまだだけど。
「あれ、一之宮さん? 何故ここにいるんですか?」
「何故って、あなたは私を助けてくれたじゃない。命の恩人をほっとくわけないでしょ?」
長い髪をはためかせながら柔らかな笑顔で話す一之宮さん。あ、本職は天使じゃなくて死神の方でしたか。
「命の恩人…? あぁ、そういえば轢かれそうになってましたね。一之宮さんは怪我はないですか?」
ようやく気絶する前の記憶を思い出す。一之宮さんを暴走した自動車から助けたんだった。んで頭を打って病院送りと。なんだか格好つかない感じになってしまったな。
「うん、おかげさまでね。まだ藤野君にありがとうも言えなかったから、ここで待ってたの」
少しはにかみながら照れくさそうに話す死神様。私の霊圧はきっと消えていることでしょう。
「い、いやいや。そんな大したことではないですよ。でも頭打っただけで入院なんて大げさですね。俺は全然元気なのに」
「頭にダメージが残ってるまま生活するのは危ないことなのよ。安静にする意味での入院なんだから大げさじゃないわよ」
一之宮さんが言うなら大げさじゃないんだろうな。親にも連絡がいっているだろうし今日は少し休むとしよう。
「そういえば、少し気になっているんですけど…」
「ん? なになに言ってごらん?」
「自動車の運転手の人は大丈夫だったんですか?」
気にかかったことを純粋に聞いてみると、驚いたという表情で一之宮さんは答えた。
「藤野君はあの運転手を心配してるの? 彼なら飲酒運転で警察に捕まっているらしいわ」
「そうですか。無事ならよかったです」
「無事って…。私もそうだけど藤野君も轢かれそうになっているのよ。心配するのはまず自分の方じゃない?」
そう言って困った表情を見せる一之宮さん。たしかに一之宮さんは轢かれそうになっているからそう思うのだろうが、俺のほうは自分から助けに行ってこれなので何とも言えない。
「い、いや。自分のことは自業自得なので。そもそも救急車を呼ぶのを頼んだのも運転手のことを助けようと思ったので」
「え?」
「多分助からないかもだけど、救急車は呼んでおいた方がいいかなと思って」
「……」
何故か目を点にしてその場で固まる一之宮さん。何か驚かせることを言ってはいないのに俺の方を向いて凝固してしまった。いやもともと固体だけど。
「あなた、実はすごい人だったりする?」
「あ、え、っと、そ、そんな事は滅相もございません。拙僧は凡百のなかの一であります。」
最初の三文字で一瞬脳が白くなったがなんとか理性で脳を働かせて答える。何か変な言い回しになったが気にしない。気にしたら今度は顔が赤くなっていくだろう。
「…不思議な人ね。そうだ。何かお返しをさせてもらえないかしら」
「お、お返し?」
「そう。藤野君は命の恩人だし何か感謝を伝えたいのだけれど」
真剣にこちらを向いて訊ねてくる一之宮さん。綺麗な黒晶の瞳が俺を射止めている。奇跡のような彼女が俺を認識していることが今でも信じられない。
「藤野君? 聞いてる? 何かしてほしいこととかないかしら」
「あ、はい聞いてます。そうですね、まず一之宮さんはとてもかわいいです」
「…へ?」
「ごめんなさい間違いました。何かしてほしいことですか。人智を超えた美少女の概念が一之宮さんということですかね」
「ちょ、ちょっとっ! 大丈夫? まだやっぱり頭にダメージが…」
顔を真っ赤にして止めに来る一之宮さん。その様子はかわいさ満点だが、本気で頭を心配されると少し傷つく。
「すみません。少しふざけました」
「もう…。心配したじゃない」
プクッと口を膨らませ怒りをあらわにする奇跡の概念体。こんなあどけない表情もするのかとわずかな俺の理性を刈り取りに来る。
「そうですね。真面目に答えると特にしてほしいことはないですね」
「え、なんでなの」
本日何回目かの一之宮さんのびっくりした顔は何度見てもかわいい。
「なんで、って言われても…。俺はお返しが欲しくて助けようとしたわけじゃないですし、一之宮さんから何かしてもらうなんてそんな…」
「……」
本心から思ったことを口にしたが一之宮さんは何やら考え込んでいる様子。何か良くないことを言ってしまったかとドキドキしながら一之宮さんの言葉を待つ。
「決めたわ、藤野君。私と付き合って」
「…はいぃ?」
某刑事ドラマのようなセリフが出てきたが、彼女の発した言葉の一割も理解できない。決めたというのは誰が決めたのか、そもそも俺のほうにしてほしいことを決めてほしかったのではないのか、藤野君ってどの藤野君なのか、わたしって誰かの愛称なのか、付き合ってって買い物に付き合う的な意味合いなのか。
一之宮さんは依然、毅然とした態度で見つめてくる。俺の頭はもはやオーバーフローして何も考えられない。
「私の、恋人になってください」
「っ……」
とどめの言葉が脳天に突き刺さる。おそらく精神操作系の異能だろう。わずかな知性と理性で返答の言葉を絞り出す。
「む、無理。ごめんなさい!!!」
その空気の振動の集合体はむなしく病室を駆け巡った。反響するその言葉が俺の耳に入った途端、俺は理性を復活させた
「あれ、今俺なんて言っ」
我に返った俺のつぶやきを言い切る前に、突如、どす黒い瘴気が病室を覆う。
ゴゴゴゴゴゴォ…
室内の照明は輝きを無くし、外の青空は分厚く黒い雲に覆われ、窓から見える木々は不気味に揺れてざわめいている。瘴気の発生源はどうやら目の前の少女らしい。
「そう。藤野君、今彼女とかいるの?」
発した言葉は感情の色も見えず、目のハイライトは黒いもやで塗りつぶされている。
「い、いません…」
嘘をついたら潰されそうな空気の中で本当のことをこたえる。というか一之宮さんってこんな雰囲気だったっけ…。
紫のオーラが滲み出している一之宮さんはそれはそれで格好いい。若干の厨二心をくすぐるオーラをまとう一之宮さんは少しの視線もずらさずにこちらを見ている。
「だったらなんでダメなの? 無理って何? 無理って。私じゃいけないの? 教えてよ。どうやったらいいか。どうやったら藤野君と愛し合えるのか」
彼女の言葉から窺える感情は怒りではなかった。もっと黒くて純粋な何か。
突然変異してしまった一之宮さんはなおも俺に迫りながら偽りの言葉を紡ぎだす。
「ねぇ藤野君。なんでなんでなんで?私はこんなにも愛おしくて辛いのにあなたは分かってくれないの?あなたのために私がどれだけ尽くしてきたか分からないの?あなたが他の女を見ているとき私はあなたをずっと見てる。どれが何で分からないの教えて教えて教えて!」
「ひ、ひぃ…」
もはや記憶も改竄されている。一之宮さんが俺のことをそういう目で見ていたわけでもないのに。
とにかく一之宮さんの暴走を止めないと息の根を止められるかもしれない。
「い、一之宮さん落ち着いて! 深呼吸!」
一之宮さんの肩を掴み軽めに揺さぶる。そこまで強くしたつもりはないが一之宮さんの首は人形のようにガクガク揺れていた。
「~~~~~~っっ」
当の一之宮さんは顔を真っ赤にしてこちらを見つめていた。心なしか目はうるんでいて、さっきまであった紫のオーラはぷつっと消えてしまった。
「……一之宮さん?」
恐る恐る名前を呼びかける。一之宮さんは息を整えて改めてこちらに向きなおってきた。
「…ごめんなさい藤野君。今さっきのことは謝るわ」
「い、いえいえ。少し驚いただけですけど大丈夫です…。一之宮さんは大丈夫、ですか?」
「こんな時でも他人の心配するのね、藤野君は。やっぱりそうね、藤野君には話しておこうかしら。私の病気について」
「病気、なんですか?」
「私が勝手に病気と呼んでいるだけだけど、ほぼ病気に変わりないわ」
諦めの表情と共に話始める一之宮はすこし心が軽くなっているような気がした。
しかし病気というのはやはりさっきの行動のことだろうか。ありもしない想いを伝えられた時は正直驚きわしたが、まあ一之宮さんならそれもなお一興、なんて考えていたがそんな軽い話じゃなかったようだ。
「いわゆる性的倒錯とでもいうのかしら。私は愛情のベクトルが壊れているのよ」
「愛情のベクトル?」
「分かりやすく言うと愛情の対象や執着の大きさが極端になっているみたいなの」
「それが、病気ですか?」
そういう話ならさっきの行動に説明がつくが、まだ少し引っかかる。
「ええ。それを知ったのは中学のころだったわ。当時持っていたぬいぐるみに異常に強い愛情を覚えたの。心が裂けるほど執着して一時も手から離したことはなかったわ」
人形に愛情を覚える。普通に過ごしていたならば起こりえない現象だが、一之宮さんはそういうことが起こったのだろう。あと中学の一之宮さんはどんな感じなんだろう知りたい。
「その人形を手放したのはそれから一週間後のことよ。その時にはもう人形の頭はなくなって中の綿はむしり取られていたわ」
怖っ。いや、そんなこと言ったら睨まれるから口には出さないが普通にホラーの話に出てきそうだ。何が怖いってもしかしたら俺もその人形になっていたかもしれないということ。
「…この話するのは藤野君が初めてだけどそんな怖がらなくてもいいじゃない」
「い、いや。怖がってないですよ。人形をもつ一之宮さんもかわいいんだろうなと考えていただけです。はい」
「話をそらさない、藤野君。それでその後なんだけど、ふと我に返った私がそのボロボロの人形を見つけたの。正直自分自身が怖く感じたわ。人形に執着していた時の記憶は確かに私に残っているし、人形に何をしたのかも覚えてる」
淡々と語る一之宮さんはとても静かな表情をしていた。それはどんな意味があるのか今の俺には分からない。
「怖かったのは今回は人形だったからよかったけど、これが人間相手だったらどうなっていたかということ。もし親しい友達にやっていたらどうなっていたか。そう思うと怖くて仕方なかったわ。だから私は誰かを好きにならないように、自分の感情を封じ込めていたの」
その愛情の矛先が人間相手ならきっと壊してしまう。そんな恐怖が一之宮さんを蝕んでいたのだろうか。
「じゃあ俺に対してそうなったのは何故なんですか? 今まで抑えてきたんでしょう?」
「きっと藤野君なら大丈夫と思ったのよ。藤野君は他人を心配するような人だから、すぐに止めてくれるだろうって」
いたずらをした子供のような表情で話す一之宮さん。かわいい。俺を信じてくれたのはいいがそれは一之宮さんにとってかなりの賭けだったのだろう。
「今ので分かったわ。藤野君、私に協力してくれない?」
「協力、ですか?」
「そう、私の病気を治す協力。藤野君だけしか頼めないことなの」
「俺だけしか?」
「このことを話したのは藤野君だけだもの」
「もし無理って言ったら?」
「あなたと一緒に心中するわ」
「ひ、ひぃっ」
「冗談よ。嫌なら断ってくれてもいわ」
洒落にならない冗談だ。これが一之宮ジョーク。
「力になれるか分からないですけど、俺でよかったら」
「ええ、助かるわ。藤野君が力になれなかったらもう諦めるしかないわね」
「なんか急に責任重大になってきましたね…」
軽口を言う一之宮さんの表情は一つの陰りもなかった。清々しいほどのその表情が彼女にはとても似合っている。
「藤野君がならきっとできる。まずはやっぱりこれから始めないとね」
そう言って一之宮さんは俺の手を握る。
「ありがとう藤野君! そしてよろしくね!」
俺が助けた学校一の美少女は一途なヤンデレでした。