第一話~山の中の出会い
「ハァ……ハァ……ハァ……」
その男は盛大に息を切らしていた。顎先を汗が滴っている。男は腰に二振りの剣を下げ、革製の黒いコートに黒いズボン、手には黒いニット帽を持っていた。ベスレムである。
「ベス、遅い」
ベスレムの先を行く女性が振り返って言った。長い金髪を後ろで一まとめにし、左右で色の違う瞳――オッドアイを持つ彼女の名はシャルナ・ドール。成り行き上、ベスレムと行動をともにする事になった女性である。
「ちょっ……待っ……シャルっ……ハァ、ハァ……」
ベスレムは、ヘロヘロになりながらも先を行くシャルナを懸命に追いかけた。
「つうか、歩くの早すぎだろ!? あんたは疲れを知らねえのかよお!?」
遂に立ち止まり、やけくそに喚き散らすベスレム。その声にようやく立ち止まったシャルナは、ぬけぬけと言い放った。
「そんな事言われても困る。それに、この程度の山を越えられないなんて、なまってるとしか言いようがない。それじゃまともに戦えない」
「ぐっ……」
歯に衣着せぬ言いように、何か言い返そうとベスレムは口を開くが、適切な言葉が見つからなかったらしい。金魚のようにぱくぱくと口を開け閉めするばかりで言葉が出てこなかった。それに、ベスレムは汗だくになっているにも関わらず、シャルナは汗一つかいていない。そんな状態では、どんな言葉もあっさり返されてしまうだろう。
そんなベスレムを、冷静沈着な表情で見下ろすシャルナ。その中に、揺れ動く感情などは一欠片も見いだせなかった。
「くそっ……。不気味なくらい……ハァ……人通りが……少ねえなあ……ハァ……」
シャルナの視線に堪えられなくなったのか、ベスレムは辺りを見渡しながら息も絶え絶えにボソッと言う。ベスレムの言葉通り、広く整備された山道には、二人以外の人間は人っ子一人存在していない。
二人が歩いている山道は、まったく整備されていない獣道と違って幅が広く、石が敷き詰められて非常に歩きやすくなっていた。馬車もしょっちゅう通り、人通りの多い道なのだが――
「やっぱりみんな、噂を信じてこの道を避けて通っているんじゃない?」
シャルナも同じように見渡しながら言う。
二人は一つ前の街で、一月ほど前からこの山周辺を縄張りとする盗賊団が出没するようになった、という情報を仕入れていた。その情報によると、盗賊団は突如現れ、道を通る旅人や商人を襲い始めたらしい。なぜ“らしい”とつくのかは、被害に遭った人々からいっこうに話が聞けないのだ。それどころかこの話自体、真偽が疑わしい。
そこで、噂の真偽を確かめるためにシャルナたちが雇われ、この道を歩いているわけだ。それなのに、肝心の盗賊団と遭遇する前にベスレムがバテてしまっているのである。
「そんな状態だったら、持久戦に持ち込まれた時、……!」
「!」
シャルナは言葉を切り、耳を澄ませた。同時にベスレムも気付いたらしく、同様に静まり返っている。その時――
「いやああああああ! やめてぇええええええっ!」
「!……聞こえたな!?」
「はっきり」
今やその表情ははっきりと強張っており、危機的状況を伺わせた。
「行くよ!」
言下にシャルナが走り出し、驚くべき速さで山を駆け上がって行ってしまった。
「なっ、お、おいっ! 俺を置いて行くな。まだ足が……ええい、クソッたれがぁっ!」
ベスレムの足はまだ生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。ベスレムはあえてその足に鞭打ち、走り出した。
「やっ、いやあぁっ! 離してぇっ!」
「ぎゃははは!」
「そんなつれねぇ事言うなよぉ」
「オレたちと楽しい事しよーぜぇ」
シャルナは近付くにつれて大きくなる悲鳴と、野卑た声に確信を持った。山頂まで行くと、その様子が手に取るようにわかる。
山頂部分は広々としてちょっとした広場のようになっていた。周りをぐるりと囲う柵には、シャルナが出てきたところも含めて四つの切れ目があり、それぞれに続く道が広場を四つの区画に分けている。柵の近くには、それぞれ二つずつベンチが据えられており、どうやら旅人や商人たちの休憩所も兼ねているようだ。そのすぐ近くには、店を開くための屋台と思しき残骸が散らばっている。休憩する旅人や商人同士で取引するためのものだろう。すべて、盗賊の噂で打ち捨てられてしまったのだ。
その広場には十数人の盗賊と、それらに囲まれるようにして乱暴されている一人の少女がいた。綺麗に整えられていたのであろう金髪は、この騒ぎのせいでぐちゃぐちゃになり、着ている服も上半身にあたる部分が無残に引き千切られていた。
と、シャルナの存在に気付いた盗賊が酒と煙草でガラガラになった声を出した。
「なんでぇ、テメーは?」
「このガキと一緒に、オレたちと遊ぼうってのかぁ?」
「ぎゃははは! そりゃあいい」
「よく見りゃ、べっぴんさんじゃねえか」
野卑た笑みを浮かべる盗賊たちに、シャルナは無言ですらりと剣を抜いた。盗賊はシャルナがまとう殺気に気付かない。しかし、少女だけが気付いた。少女はシャルナの動きに、期待の眼差しを向ける。そんな彼女に精一杯の微笑み(実際はほとんど動かず、目許が和らいだだけだった)を向けると、切っ先を盗賊たちに向け、音もなく斬りかかった。
白い光をまとった剣が盗賊を襲う。その動きは、ベスレムが最初に見た動きと完全に違って見えた。
「!?」
ベスレムは我が目を疑った。
出会った時は十人程度の賊に成す術もなく蹂躙されるばかりだったシャルナが、それを越える人数相手に一方的な戦いを繰り広げている。
それにあの剣。あれがただの剣である事は、この数日で確認している。なのに白い光をまとったその剣は、盗賊の防具などものともせずに切り裂いている。中には体を丸ごと輪切りにされた男もいた。あんな芸当、ベスレムでも不可能だ。
と、一人の少女が巻き込まれまいと必死に逃げているのを見つけた。着ている服は無残に破け、狼藉を働かれていたのがよくわかった。少女は怯えた様子で必死に逃げ惑っている。盗賊を警戒しながら近付くと、少女は一瞬驚いたように立ち止まったが、ベスレムが手を差し出しながら頷いてやると、胸に飛び込んできた。その体を慎重に受け止めると、微かに震えているのがわかった。
「大丈夫か?」
顔を覗き込むと、涙に潤んだ瞳でこくんと頷いた。恐怖と羞恥と寒さに震えている少女に着ていたコート着せてやると、ホッとしたように肩の力を抜いた。
コートの前を固く握りしめる少女を背後に庇うのと、一人の盗賊が襲いかかってくるのはほぼ同時だった。抜く手も見せずに斬り捨てると、背後で少女が感嘆の息を漏らすのが気配でわかった。思わず苦笑すると、シャルナがこちらに気付いた。今頃来たの? というように眉を上げて、斬りかかってきた男を振り向きもせずに斬り捨てる。
その男で最後だった。
――★☆★――
「あのまんまでよかったのか?」
ベスレムは後ろをちらちらと気にしながら、前を歩くシャルナに問いかけた。しかし、それに対する返事は淡白なものだった。
「ええ。別に、問題はないでしょう。盗賊が倒されたという噂が流れれば、また元のように通行量が増えるだけでしょうし」
ほとんどシャルナ一人で片付けた盗賊は、道を開けるためにどかしただけで、何も片付けずに来た。確かに、あの量の死体を片付けるにはシャルナたちだけでは力不足だし、人手を呼ぶにも時間がかかる。
ちなみに件の少女は、今まで一言も話さず、二人に挟まれるようにして歩いていた。ベスレムのコートは、寒いだろうし恥ずかしいだろうからそのまま羽織らせている。どこか気まずそうなのは、二人の会話が喧嘩してるように聞こえるからか。いつもの事だから心配する事ないのに。
「へえへえ。そろそろ次の街が見えてくるはずなんだが……お、見えた見えた! ハハハッ、随分な厳戒体制だな、おい」
ベスレムが伸び上がるように道の先を見て、嬉しそうに声を上げた。警戒している様子の門番に、失礼にも声を上げて笑っていた。
「なっ、なんだ貴様ら。何者だっ!?」
「あああの道を、とと、通って来たのか!?」
どもりながらも誰何した金髪の男はまだましだった。もう一人の茶髪の男は、見るからにへっぴり腰で張り上げた声も掠れていて威厳の欠片もなかった。シャルナとベスレムの二人が、真実を話すか話すまいか迷っている時、守られるように立っていた少女が進み出た。
「おい?」
ベスレムが訝しがって声をかけるが、振り返って大丈夫というように頷くと、門番に向かって口を開いた。
「このお二方は盗賊などではありません」
ソプラノの、美しい声だった。
「この方たちはわたしを助けてくださった者です。山頂にはわたしに狼藉を働こうとした者たちの死体があるでしょう。お好きに確認なさって下さい」
「ま、待て」
凛とした声で喋る少女を遮り、金髪の男が進み出た。
「君はいったい誰なんだい? 身分証か何か……」
言葉の途中で少女が首に下げていたペンダントを出した。その真ん中に刻まれている紋章を見ると、金髪の男は目を剥いて少女の顔と紋章を何度も見比べた。
「おい、どうしたんだ?」
茶髪の男が訝しげに問いかけるが、金髪の男は、
「これは本当に君の物なんだね?」
「はい」
少女が頷くと、今度は名前を確認する。少女は落ち着き払って口を開いた。
「わたしの名前はアウラ。アウラ・メイル・エルファングラです」
「んなっ!?」
少女の名乗りに茶髪の男はようやく事態を悟ったらしいのだが、外から来たシャルナたちはただ首を傾げるばかりであった。
なんの説明もされないうちに、門番は伝令を走らせた。そして、急遽用意された馬車で、シャルナたちはアウラが住んでいるという屋敷へと向かう事になった。その間、アウラは一言も発さず、ただじっと黙って馬車の床を見つめていた。
ベスレムはそんな少女の態度に一抹の不満を覚えていると、呑気に窓の垂れ幕を持ち上げて街の様子を見ていたシャルナが声をかけた。
「ベス、見てあれ。道の端っこでサーカスみたいのがやってる。すごい…………初めて見た」
声音だけを聞いていると決してはしゃいでいるわけではないが、内容から相当興奮している事が窺える。
「それがどうしたんだよ? 今はどうでもいいだろ……」
いい加減欝憤が溜まっていたベスレムはぞんざいに対応した。
「どうでもよくないわ。今のうちに集められる情報は集めておかないと………あっ、あそこのお店、お洋服がたくさん。盗賊が出るのはあの山の辺りだけなのかしら」
窓の外から目を離さず反論するシャルナは、また何かを見つけたようで、はしゃいだ声(台詞だけを聞いて判断)を上げた。その言葉に反応したのか、アウラが馬車に乗ってから初めて口を開いた。
「あの山の道以外にも道はたくさんあります。それが整備されて通りやすい道か、馬車も通れないような細い道か。その違いだけなんです」
「確かに、それじゃああの道が使えないと困るわね」
会話を始めた女性たちを尻目に、ベスレムはむすっと膨れた。
「打ち解けんの早えーじゃんか………」
あれだけ無言を貫いていたのに、一度話し出すと二人は一気に打ち解けた。女性というのは本当に不思議だ。
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