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まおうさまは今日もたいくつ

作者: 曲尾 仁庵

 まおうさまは今日もたいくつ。

 お城の玉座で足をブラブラさせています。


「のう、だいまどうよ」

「なんでございましょう、まおうさま」


 まおうさまは玉座の隣に座布団を敷いて正座しているだいまどうに声を掛けます。だいまどうはもうずいぶんとおじいさんなので、立っているのが辛いのです。


「ゆうしゃは、まだ来ぬのか」

「まだ来ませぬな」


 だいまどうはそっけなくそういうと、ずずっと音を立てて番茶をすすりました。歳を取ると、意識して水分補給をしなければなりません。


「いつ、来るのかな?」

「当分先でございましょうな」


 だいまどうのつれない返事に、まおうさまはしょんぼりと肩を落としました。だいまどうはおせんべいをぱりんと噛み砕くと、口をもぐもぐさせながら言いました。


「ふぉいでふぁはりまふぇんか。ふればたふぁかあえばなぃばふぇん」

「口に物を入れてしゃべるでないわ。行儀の悪い」


 何を言っているのか分からないだいまどうに、まおうさまは顔をしかめました。だいまどうは番茶でおせんべいを流し込むと、あらためてまおうさまに言いました。


「よいではありませぬか。ゆうしゃが来れば戦わねばなりませぬ」

「戦わねばならんのか?」


 まおうさまは不満げに口を尖らせます。


「どうして戦わねばならん」

「まおうさまが魔王で、ゆうしゃが勇者でございますゆえ」


 だいまどうはすました顔で梅香巻きの袋を開けました。口さみしいのか、だいまどうはいつもおやつを食べています。


「しかしのぅ」


 まおうさまは眉間にシワを寄せてだいまどうのほうに顔を向けました。


「戦いは好かん。楽しゅうない」

「向こうはそう思うてくれますまい」


 だいまどうはすげなくそう言うと、くわっと目を見開いて自らの内に眠る膨大な魔力を解放しました。だいまどうが持っていた梅香巻きの袋の中の個別包装が一瞬にして消滅します。どうやらいちいち中身を取り出すのが面倒だったようです。

 まおうさまはふーむと悩ましげな顔して腕を組みました。


「ゆうしゃというのは、どういった者なのであろうか」

「勇者というからには、それは立派な人間なのでしょうな」


 だいまどうは急須から、今度はほうじ茶を湯飲みに注ぎます。梅香巻きにはほうじ茶なのです。だいまどうの譲れないこだわりです。


「具体的には?」

「強大な力を持ちながら決しておごらず、財も名誉も権力も求めず、弱きに寄り添い、強きにおもねず、理不尽を許さず、他人も自分も犠牲にせず、遍く世界の幸福を喜ぶ」


 まおうさまは、ほぅっと感嘆のため息を吐きました。


「かっこいいなぁ」

「勇者ですからな」


 まおうさまは目をキラキラと輝かせて遠くを見つめています。だいまどうは梅香巻きの袋を持ち上げて大きく口を開けると、一気に梅香巻きを流し込みました。個別包装を消滅させたのは、こうやって食べたかったからのようです。ぼりぼりと梅香巻きを噛み砕きながら、だいまどうは満足そうにうなずきました。


「なんとか戦わないで済む方法はないだろうか」

「無理ですな」


 にべもないだいまどうを、まおうさまはにらみました。だいまどうはふぃっと顔を背けて素知らぬ顔をしています。


「そもそも、どうしてゆうしゃは余と戦うのだ」

「勇者とはそういうものでございますよ」


 この世の道理を説くように、だいまどうは訳知り顔でそう言います。でも、まおうさまは少しも納得がいかないようです。


「ゆうしゃは戦いが好きなのか?」

「好きではありますまいが、使命がございます。魔王を討つが勇者の使命と存じまする」


 まおうさまはちょっぴり悲しそうな顔になって目を伏せました。


「余はゆうしゃに嫌われるようなことをしたのだろうか?」


 だいまどうは少しだけ優しい顔で首を振ります。


「好き嫌いではございませぬ。魔王と勇者は相容れぬもの。仕方がございませぬ」


 まおうさまは視線をだいまどうに戻して、もう一度問いました。


「なぜじゃ?」

「理由などございませぬよ。魔王と勇者は、言わば主婦とゴキブリのようなもの。理屈ではないのです。そしてそれゆえに相容れぬ」


 まおうさまはしぶい顔をしてだいまどうに答えます。


「もう少しましなたとえはなかったのか」


 だいまどうは気にしたふうもなく、湯飲みのほうじ茶を飲み干しました。


「これ以上なく的確な比喩かと」


 まおうさまはぷぅっとほおをふくらませてそっぽを向きました。だいまどうがやれやれというように首を振り、湯飲みを置きました。

 まおうさまはしばらく腕を組んでむくれていましたが、やがてとても良いことを思いついたように顔を輝かせて言いました。


「手紙を書いてみてはどうであろう?」

「どのような?」


 だいまどうは、あらかじめ用意しておいたガラスの急須から、翡翠色の美しいお茶を湯飲みに注ぎました。最高級の緑茶を水出しにしたものです。じっくりと時間をかけた水出しの緑茶は甘みとコクが強く、最後の締めにふさわしい最高の一杯です。このお茶にはおやつは必要ありません。この一杯こそ主役なのです。


「そちらにも事情があろうが、こちらもいろいろ頑張るので、お互いいい感じにやっていこうではないか、的な」

「ぼやんとした内容ですなぁ」


 まおうさまはむっとした顔で反論します。


「初めての手紙で仔細を書いてもドン引きであろう」


 だいまどうは両手で湯飲みを持ち、大事そうにひと口、お茶を含みました。含んだお茶は充分にその美味しさを味わってから飲み込みます。


「そもそも、どうやって届けるおつもりで?」

「ドラゴンに運ばせればよかろう」


 だいまどうは鼻で笑い、未熟者を見る目でまおうさまを見つめました。


「ドラゴンが手紙を渡す前に、ゆうしゃと戦いになりまする」

「な、なぜじゃ? 余の配下のドラゴンたちは皆、おとなしいものばかりぞ!?」

「ゆうしゃがそれを知る由もありますまい。人間にとってドラゴンはいかなる時も恐ろしいものでございましょう」


 まおうさまはだいまどうの言葉にショックを受けているようです。それでも、一縷の望みを賭けて、まおうさまはだいまどうに言いました。


「……よい奴らなのだぞ?」

「それをゆうしゃに知ってもらう機会がありませぬ」


 だいまどうは相変わらずつれない態度です。


「どうにかならぬものか」

「どうにもなりませぬな」


 まおうさまはしゅんとしてうつむいてしまいました。思いのほか落ち込んでしまったまおうさまの姿に慌てたのか、だいまどうが取り繕うように少し大きな声で言いました。


「ま、まあ、放っておいてもそのうち来るでしょうから、直接お会いしたときに話をしてみればよいのではございませぬか? 会って話せば伝わることもありましょう」


 だいまどうの言葉に、まおうさまの顔がぱぁっと明るくなります。だいまどうはほっとしたように息を吐くと、もうひと口、お茶をすすりました。


「のう、のう、ゆうしゃはどんな姿をしておるのであろうな?」

「見た目、ということでございますかな?」

「そうじゃ!」


 すっかり元気を取り戻したまおうさまは、興奮気味に声を張りました。ゆうしゃのビジュアルを想像してテンションが上がっているようです。


「余はな、余は、黒いブーメランパンツに黄土色の覆面を被って斧を持ったムキムキの大男だと思うのだ!」

「そ、そんな荒くれのような姿ではありますまい」


 どこから持ってきたイメージなのかと、だいまどうはいぶかしげな視線をまおうさまに向けました。まおうさまは心外そうに口を尖らせます。


「ならばだいまどうはどんな姿と思うておるのだ」


 ふむ、と小さく唸り、だいまどうは思案気に天井を仰ぎました。


「……これはワシの推測ですが」


 だいまどうはそう前置きをすると、自信たっぷりにまおうさまを見つめて言いました。


「ゆうしゃは、女子ですな」

「な、なんじゃと!?」


 まおうさまは思わず玉座から立ち上がり、目をまんまるにしてだいまどうを見つめ返します。だいまどうは余裕の笑みを浮かべてその視線を受け止めていました。


「ゆうしゃは、女の子なのか!?」


 それでは話が変わってくるぞと、まおうさまは身を乗り出します。


「ワシの勘に間違いはありませぬ」


 はっきりと断言するだいまどうに、まおうさまの視線が揺れています。


「強大な力を持ちながら決しておごらず、財も名誉も権力も求めず、弱きに寄り添い、強きにおもねず、理不尽を許さず、他人も自分も犠牲にせず、遍く世界の幸福を喜ぶ、のに、女の子なのか!?」

「まおうさまは意外と頭が固うございますな。今どき勇者に男も女もございますまい」

「そ、そうなのか……」


 まおうさまは呆然と玉座に腰を下ろしました。


「そんなにかっこいいのに、女の子なのか……」


 誰にともなくそうつぶやき、まおうさまはポッとほおを染めて中空を見つめました。


「……およめさんに来てくれないかなぁ」


 どうやらまおうさまは、まだ見ぬゆうしゃに恋心を抱いてしまったようです。だいまどうがホッホッと楽しそうに笑いました。


「か、かわいいのかな!?」


 まおうさまは玉座から身を乗り出してだいまどうに聞きました。だいまどうはうーむと少し難しい顔をして答えます。


「ゆうしゃの素晴らしさは内面からにじみ出るものであって、外見とは無関係でしょうからな。……そもそも一人でまおうさまに挑もうという御仁ゆえ、おそらく……」

「おそらく、なんじゃ? 言うてみよ!」


 ワクワクしているまおうさまに、だいまどうは極めてまじめな顔で言いました。


「……やつざきアニマルのような感じかと」


 それを聞いたまおうさまの顔からキラキラしたものが消え、まおうさまは真顔になって玉座に深く座りなおしました。


「……あやつらはアレで、結構かわいいのだぞ?」

「まおうさまの懐の深さには感服致しまする」


 まおうさまはむむむと難しい顔をして考え込んでしまいました。だいまどうは湯飲みの緑茶をグッと飲み干し、幸せそうにふーっと息を吐きました。


「強大な力を持ちながら決しておごらず、財も名誉も権力も求めず、弱きに寄り添い、強きにおもねず、理不尽を許さず、他人も自分も犠牲にせず、遍く世界の幸福を喜ぶ、やつざきアニマルのような女の子、かぁ」


 考えを整理するように言葉に出して、なお整理できない思いを抱えて、まおうさまはだいまどうに言いました。


「……なんだかいまいち想像がつかんな」


 だいまどうは気楽な様子で答えます。


「外見については実際に会うときのお楽しみでよいではありませんか」

「それもそうか」


 まおうさまはふっきれたように大きく伸びをすると、晴れやかな表情を浮かべました。


「よしっ! 余はこれから、ゆうしゃはかわいい女の子だと信じることにするぞ! ゆうしゃがここに来るまでに男を磨いて、ゆうしゃにふさわしいかっこいい男になるのだ!」

「それはよい目標ができましたな」


 だいまどうは目を細めてまおうさまを見守ります。まおうさまは立ち上がり、そのまま両のこぶしを天に突き上げて叫びました。


「まずはお友達からだーっ!!」


 まおうさまの決意の雄たけびがお城に響き渡ります。まおうさまのお城は今日も、とっても平和なのでした。

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[良い点] ξ˚⊿˚)ξ <ちょうつづきがきになる。 かわいい、とてもかわいい。 [気になる点] だいまどうさんせんべいたべすぎでは。
[一言] かわいい。 こんな可愛いまおうさまは、他にいません。
[良い点] 主婦とごきぶり、のたとえに笑いましたw まおうさま、かわいいですね! ちょくちょく風刺がきいてるのが、すごい好みです……!
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