三章 異様な記者会見
※表現が残酷なシーンが多々あります。ご注意ください。
橘の挨拶で、会場に拍手が鳴り響く。
「ありがとうございます。では、まずはじめに今回の一連の事件について説明いたします。事件の始まりは・・・」
そんな感じで会見は始まった。事件の重要な部分だけを抜き出し説明をしていくと、20件近くあった事件も、ものの15分程度で説明が終わった。
「次にこれらの事件の犯人についてです。先月12日に我々が一体の”悪魔”を捕獲したという事を発表しましたが、実はそれ以外にももう二体の”悪魔”の捕獲に成功致しました。」
そう橘が言うと、ほとんどシャッター音しかしなかった会場がざわめきに包まれた。司会が静粛に、と一言言うと次第にざわめきが落ち着いていった。
「そして、我々は、国民を一刻も早く”悪魔”による恐怖から開放出来るよう、尽力しました。その結果っ!」
興奮してきたのか、僅かに腰を浮かせていた橘は机を手のひらでバン、と叩いた。
「”悪魔”について驚くべきことが、分かったのです!奴らの正体はっ、人間だった!!」
橘は、立ち上がり口角から泡を飛ばしながら言った。その形相に記者は恐れをなしたのか、しんと静まり返っていった。そして、気づかないうちに彼の後ろには、スクリーンが映し出されていて、そこには”悪魔”と思われるものが壁に磔にされていた。
ボロ雑巾のようになった”悪魔”は生きているのかすら、分からないような状態だった。
「この写真を見てください!奴らは、見た目こそ人間ですが、その正体は”悪魔”なのです!知能も言語も何もかもが人間そのものなのです!しかし、我々人類は奴らの違う。その差は何か!答えは2つあります。まず、皆さんの周知の通りやつらは人肉を糧に生きる。食事は我々と同じものも取るが、人を殺して食べるなど明らかに異常な行為である。次に!やつらは・・・・・・・・・不死身だ。」
ささやくように言ったその言葉に会場にどよめきが走る。橘の剣幕に思わず引いていた聖海もその言葉で、血の凍るような思いをした。不死身な存在がこの世に存在するとは。思わぬ”悪魔”の正体に聖海は言葉を失った。
効果的に言葉を切った橘はざわめきが落ち着くのを待ってから、言葉を続けた。
「奴らが不死身だと分かったのは、体の組織の調査をしていたときでした。彼らが人類に似ているだけではなく、生態がヒトそのものだと証明するために私達は、彼らの内蔵などを調べることにしたのです!しかし、内蔵を摘出した瞬間、その内臓はみるみるうちに蒸気に変わり、この手から消え失せたのです!その内臓は一体どこへ消えたのでしょう?答えは、すぐに見つかりました!なんと、それは、元通りに体内に収まっていたのです!」
どよめきが更に大きくなった。橘の様子は既に記者会見に相応しいものではなく、演説の時のようになっていた。彼は、冷静さを失い、発見した事の大きさに目を血走らせ、最早周りが見えていなかった。聖海にはそんな橘こそが人間離れしているようで、その様子は見るに耐えなかった。
「私達は、今見た現象が嘘で無いことを確かめるために、奴の心臓を潰しました。それでもっ、何をしても、首を切っても、体を潰してもっ、奴は死ななかった。殺せば殺すほど、あいつは何度でも生き還り、そして、私達を見て嗤うのですっ。あんな奴らは存在してはいけない。絶対に撲滅せねばなりませんっ。私達が見た限り、”悪魔”は普通の人間の血を引いている。よって、”悪魔”は今も無数にいて、普通に生活をしているのだ!誓おう、貴様らの中にも絶対に”悪魔”は潜んでいる。」
無論、橘が指したのは記者たちでは無く、カメラのレンズ越しにいる国民に向けてのものだった。
「このまま、”悪魔”が増え続ければ、いずれ人類は滅びるだろう。決して、この国を奴らに乗っ取られてはいけない!”悪魔”を、撲滅しろっ、殺せっ!あいつらはっ、てきっ、あぁっ、やめろっ、やめてくれっ」
錯乱状態に陥り、いよいよ言葉が支離滅裂になり、机を連打して叫ぶだけになった時、複数の警備員が彼を抑えつけた。会場は記者会見どころではなくなっていた。橘が暴れながらも警備員に連れ去られていったとき、一際大きな悲鳴が記者の中からあがった。
会場が一瞬静寂に満ちる。そこでは、一人の女性が”悪魔”に襲われていた。どこからやってきたのか分からない上に、現れたタイミングによって、会場は一瞬でパニックに陥った。自分が次の標的にならないよう人々は逃げ惑った。女性に襲いかかっていた悪魔は始めは影のような見た目だったが、女性の肉を体内に入れた今では人間のような見た目に変わっていた。”悪魔”は人々を見渡すと、ニヤリと嗤って、ゆらりと立ち上がった。
「今、貴様らは俺たち”悪魔”を殺すとかなんとかほざいていたな。だが、俺たちは知っての通り不死身だ。貴様らになす術は無い。せいぜい、畏れ敬って自分が標的にならないよう祈ってるんだな」
”悪魔”はそれだけ言うと、食べかけの女性の死体を放置し、ゆったりと会場の外へ歩いていった。最早テレビは会場の中心に取り残された死体しか写していなかった。
残酷な場面を目の当たりにし、気分が悪くなった聖海は、テレビの電源を切り、ソファーに寝そべっていた。ゆっくりと目を閉じていると、不意に瞼越しに視界が暗くなるのを感じた。目を開けると、そこには黒瀬家の召使いである椿がいた。
「こんなところで寝ていては、風邪を引きます。もう、お休みになられますか?」
そう、顔を覗き込む椿に、
「大丈夫、ちょっと疲れてただけだから。というか、前にも言ったけどそういうお節介いらないって言ったじゃん」
聖海が吐き捨てると、椿が顔を悲しそうに歪めた。椿の実の年齢は知らないが、自分とそう変わらない年齢で聖海の両親に辛く当たられたりしても表情を崩さず頭を下げ続けるその態度が気に食わなかった。
今みたいに、自分の前でだけ表情を崩すのを見るのも、まだ彼女が子供だということを実感して、ただの召使いとして割り切れずにどうしようもない気分になるのだった。
それに加え、椿は驚くほど聖海に顔がそっくりだった。それこそ、他人に姉妹と間違われるほどだった。考えれば考えるほど、いつも椿に嫌な態度をとってしまう自分に罪悪感が生じ、どうしようもなくなった聖海は寝るために自室に引き揚げた。
聖海が居なくなったリビングには、悲しそうに顔を歪めたままの椿が一人、ポツンと取り残されていた。