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増殖  作者: 贋作_
1/2



 目が覚めた。

 仮眠が終わって仕事に戻ろうと思っていたが、わた

しは淡いピンク色の寝間着を着ていて同じような色の

布団を被って自分の部屋で寝ていた。今日は久しぶり

の休日だった。枕元の小さな目覚まし時計を確認す

る。八時五十分、もう少し眠っていたかったが起き上

がってトイレにいった。

 今日は先の合コンで知り合った中田くんとデートの

約束をしている。場所は電車を乗り継いだ先にある大

型ショッピングモール。わたしは少々散らかった机の

上にある白くてお洒落な模様のスマートフォンを手に

とり、メールを確認した。ついでに天気予報と占いも

ちらっと見る。今日の天気は晴れ、おひつじ座は四位

とまずまずだ。

「羨ましい限りだわ」と同僚の美智子はお得意の人懐

こい笑みを浮かべた。わたしたちは深夜のナースステ

ーションでわたしの新しい彼氏について語り合ってい

た。

「あたしも由紀みたいにお持ち帰りされてみたいわ」

「いやいや、お持ち帰りじゃないし。あの後すぐ帰っ

たからね」

「ほんとにい?」

「ほんとだから。わたしはあなたと違ってまともなお

付き合いをしているの」

 中田くんは真面目で優しそうな人だった。合コンの

時も飲み物を注いだり話してない人に話題を振ったり

して、気配りのできる人だなと思った。笑ったときに

できるえくぼが素敵だった。

 彼は近くのアパレルショップに勤めているとのこと

だった。

「もうこのまま結婚までいっちゃえば。こんなチャン

スそうそうないよ」

「そう?」

「そうだよ」

 結婚……はしたいと思っている。だがわたしは結婚

に対してそこまで焦っている訳ではなかった。なんと

言えばいいのか、もし彼とうまくいかなかったとして

もまた次があるだろうと漠然と楽観していた。他人に

はああいうけれども美智子だって同じように思ってい

るに違いない。彼女はわたしよりもモテるのだ。

「結婚ねえ」

 ボイラーをつけ、服を脱いで浴室に入る。蛇口をひ

ねると、シャワーの冷たい水が全身に降りかかる。息

が止まるほど冷たい。ぐっと我慢して固定口からシャ

ワーを取り外す。シャワーの水は少しずつ温かくなっ

ていき、鳥肌が立ったわたしの皮膚はゆっくりと弛ん

でいった。

 暗く静かな夜の道を、わたしと中田くんは二人きり

で帰った。闇に覆われた空にうっすらと灰色の雲の形

が見えた。街灯の下がやけに明るかった。

「絶対大変だよな、看護師って」

「大変だよ。休みもほとんどとれないし」

「老人とかのお世話もするんだろ?お風呂に入れた

り、服を着替えさせたり……」

「それって、どちらかというと看護師じゃなくて介護

福祉士の仕事じゃない?」

「ああ、そうなの?」

「それにわたしが担当しているのは小児科だから、あ

んまりお年寄りの人とは関わりないかなあ」

 看護師ってどんな仕事してんの、と彼はわたしにき

いた。そんなこと合コンできけばいい話だが、なぜか

合コンの中では各々の仕事の話はあまり話題にならな

かった。わたしは看護師の仕事について話し始めた。

彼は熱心に耳を傾け、時折質問を挟んだ。話が一通り

終わると今度は彼が自分の仕事の話を始めた。彼のす

るアパレル業界の話はどれも興味深いものばかりで、

思わず聞き入った。

「今度、どこで会おうか」と彼は言った。

「うーん、しばらくは仕事続きだね。だいぶ先になっ

ちゃうかもしれないけど、あとでメールする」

「わかった、じゃあ、またね」

 熱いシャワーが身体を隅々まで濡らしていく。素肌

はシャワーで温められているのに、体の芯は冷たくな

るように感じる。朝のシャワー特有の、この感覚はあ

まり好きじゃない。

 彼とは長く続けばいいなと、わたしは思った。いい

人だった。このまま結婚までいけたら、それはそれで

幸せだと思う。



「お父さん」

 わたしは父の服を軽く引っ張った。父はテレビの前

に寝転がって夜のニュース番組を見ていた。居間には

テレビの他に茶色いマッサージチェアがあって、その

上に今日の新聞が置かれてあった。

 父はわたしに気づくと、身体を起こしてわたしの方

を向いて、なんだ、と言った。

「今日学校で将来の夢について聞かれたんだけど、な

りたいものが多すぎてしぼりきれないの」

 わたしは小学校でもらったプリントを父に見せた。

プリントには『将来の夢について書いてみよう』と書

かれてあって、その下に四角い記入欄があった。わた

しはその中に思いつく限りの自分の夢を書きつづって

いた。歌手、漫画家、看護師、学校の先生、パティシ

エ、保育士、スポーツ選手、キャビンアテンダント、

動物園の飼育員、デザイナー……どの夢も楽しそうで

魅力的だった。だけど先生は多すぎるからせめて二、

三にしぼりなさいというのだ。他の子もそのくらいし

か書いてないらしい。わたしは一人考えてみたが、や

はりしかしどの夢も捨てがたい。

「まだ若いうちはいいんだ。これから考えていけば」

父は野暮ったく言った。

「本当?」

「ああ」父は大きなあくびをひとつした。「それに夢

がたくさんあるってことは、それだけ可能性が広がっ

てるってことさ」

 そう言って父は再びテレビの方へと体を向けた。わ

たしはなんだかテストでいい点とってほめられたよう

な気分になった。自分の部屋に戻り、プリントを見直

してみる。なるほど、わたしにはたくさんの可能性が

あるんだ。わたしは自分のことが誇らしくなってき

た。歌手にもなれるし、漫画家にも、学校の先生にも

なれるんだ。わたしは自分の将来に思いをはせなが

ら、木製のベッドに寝転がった。青いくまの抱き枕に

頭を寝かせた。

 しばらくそうしているうちに、わたしの頭にある考

えが浮かんだ。どの夢が一番いいかなんてわたしには

とても選べない。どの夢も同じくらい素晴らしく見え

る。ならばいっそのこと、どの夢も全部叶えてしまえ

ばいいのだ。

「わたしが何人もいればなあ……わたしがたくさんに

なれば」

 自分で言ってバカらしいと思った。たくさんになっ

たわたし一人ひとりに違う仕事をさせる。わたしは数

十人もの自分がぞろぞろ歩いているところを想像し

て、思わず笑いそうになった。口に出す前から自分で

も分かっている。ただの冗談。

 寝返りを打つ。蛍光灯がちかちか点滅している。も

う寿命なのかもしれない。わたしは自分の学習机をじ

っと見つめた。プリントにまだ書きたい将来の夢があ

ったので、わたしはまた起き上がって机に向かい、プ

リントに将来の夢を書き始めた。あれもいいな、これ

もいいなと考えているうちに、文字の列は記入欄をは

み出し、プリント全体にびっしりと書き込まれていっ

た。



 待ち合わせの時間より何分か遅れて駅に到着した。

津堂はわたしと腕時計を交互に見ながらイライラする

ふりをしている。ふりというのが分かるのは、いつも

そういうことをしてわたしを困らせようとしているか

らだ。

「ごめーん、待った?」

「お前、おれより早く来るって言ってたじゃねえか

よ」

「いやあ、いろいろ準備に手間取っちゃってさ」

「罰金百万円だからな」

「何でよ」

 津堂は黒の眼鏡をかけたぽっちゃり体型の男だ。つ

いでにわたしもぽっちゃりしている。パティシエにな

ってから炭水化物の多いものをよく食べるようにな

り、気付けばブクブク太ってしまった。まあ、パティ

シエになるためには必要な犠牲だったのだろう。

 切符を買って改札を抜け、プラットフォームに二人

で並んで立つ。今日はとあるホテルのバイキングに行

く予定だ。わたしは財布の中身を確認した。知り合い

からもらったクーポンに少ししわができていた。

「まさかクーポン忘れたんじゃないだろうな」

「ちゃんとあるよ」

 電車が来るとわたしたちは前から二両目の車両に乗

った。今日は日曜日ということもあって乗っている人

の数がお昼前の時間帯にしては少し多かった。電車は

ゆっくり発車した。

「あっ、見て由紀」

 わたしは隣に座る香美さんに服を強く引っ張られ

た。香美さんの指差す窓の外を見ると、ちょうど商店

街から子供みこしが出てきたところだった。太鼓と笛

の軽快な調子に合わせて威勢のいいかけ声が聞こえて

くるようだ。もうこんな季節か、とわたしは思った。

イラストの仕事で家にこもりきりだと、つい季節とい

うものを忘れてしまう。ストレスで体重も落ちてき

た。

「懐かしいなあ。私も小さい頃、よくやらされてたん

だよね」と香美さんは言った。

「あれ、やったことあるんですか?」

「うちの親、祭り熱心だったから。由紀はやったこと

ないの?」

「うーん……やったことないですね」そう言いながら

わたしは小さかった頃のことをあまり覚えていないと

いうことに気づいた。今のわたしから見て子供の頃の

わたしはひどくぼんやりとしていて、湯煙のようにま

ったくつかみどころがなかった。しばらくすると、も

はやわたしの持病となりつつある偏頭痛が起こり、わ

たしは痛がってうつむいた。

「由紀、大丈夫?」と隣の友香に声をかけられる。わ

たしは痛いのを我慢して大丈夫と答える。家を出る前

に頭痛薬を飲んでおけばよかった。少し乗り物酔いの

感覚もあった。わたしは窓の外を眺めた。ビルとビル

の間にちらちらと雪が舞い、通り過ぎる地面にうっす

ら積もり始めていた。



人水族館は駅を出て何分かのところにあった。暑い夏

の日だった。一緒にきた敷島が水族館なら涼めるだろ

うとわたしに提案してきたのだ。わたしはタオルで汗

を拭った。どうせ涼むなら海水浴やプールのほうがい

いと思ったが、わたしは何も言わないでおいた。今回

のデートは彼とわたしが仲直りするためのものなの

だ。水族館というチョイスもわたしが動物園の飼育員

をしているから興味を持つと思ったのだろう人人人。

人中に入るとクーラーがきいていて確かに涼しかっ

た。家族連れの客が多いようだった人人人人人人人。

「ここの水族館、見所が多くてけっこうおすすめだか

ら」受付をすませ、敷島はわたしに水族館のパンフレ

ットを渡した。「今は期間限定でノコギリエイが展示

されているんだって人人人人人人人人人人人人人人」

「ふーん、おもしろそうだね」とわたしは言った。言

ってしまってから、あまりに素っ気ない言葉だなと思

った人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。

人わたしたちはまず熱帯魚のコーナーに入っていっ

た。薄暗い展示スペースに種類別に分けられた魚がそ

れぞれの水槽で泳いでいた。魚の種類は多種多様で見

飽きることがなかった。もう少し行くとドクターフィ

ッシュやナマコに触れられるコーナーがあって、わた

しは敷島にやってみようよと言った。ドクターフィッ

シュはこそばゆくて、ナマコはぐにゃぐにゃしていた

人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。

人敷島はわたしにどこか遠慮しているところがあっ

て、わたしから少し距離を置いているのがだんだん分

かってきた。わたしが何か話しかけても、そっけない

返事しか帰ってこない。一週間前の大喧嘩を引きずっ

て縮こまっているのだ。わたしは彼のこういう臆病な

ところが嫌いだった。わたしはだんだんイライラして

きた。ノコギリエイの水槽に来るまで、わたしたちは

何も話さなかった。なんともばつの悪い時間が流れた

人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。

人ノコギリエイの水槽は「特別展示」と書かれた区画

に設けられてあって、水槽の横に餌やりの時間が書か

れてあった。水槽の底に真っ二つになった大根が散ら

ばっていた。本当にあの尖ったのこぎりでぶった切る

んだなと思った人人人人人人人人人人人人人人人人。

「ノコギリエイって、なんでこんな形になったんだろ

うね」とわたしは敷島に聞いた。彼からの返事はなか

った。いよいよわたしの不満は募り、彼にひとこと言

ってやろうという気になった。これじゃあせっかくの

デートの意味がないと思う。わたしは息を吸い込んだ

人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。

「ねえ、わたし、行きたくないんだけど人人人人人」

人わたしがそう言うと田口はすぐに振り返ってわたし

の方を見た人人人人人人人人人人人人人人人人人人。

「えっ、お前それマジで言ってんの?」田口はレザー

ジャケットにストレートデニムという妙に小洒落た格

好をしていた。わたしと田口はデパートの二階にある

期間限定のお化け屋敷の前に立っていた。わたしはお

化けとかそういうのがとにかく苦手で、一刻も早くそ

の場から逃れたいと思っていた人人人人人人人人人。

「わたし、お化けとか超苦手。怖いの嫌だし人人人」

「俺に一人で行けってのか人人人人人人人人人人人」

「そういうこと人人人人人人人人人人人人人人人人」

「そうか……いやいやいや、そんなこと言わないで

さ、行こうぜ」と彼はわたしの肩をがっしとつかんで

わたしを半ば強制的にお化け屋敷へ連れて行く。いく

ら嫌だと言っても彼は聞く耳を持たない。それどころ

か笑ってすらいる。わたしは恐怖で足がすくんだ。こ

こは買い物をするところなのに何しに恐がらなくちゃ

いけないのか。田口にはこういう強引なところがあっ

た人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。

人少女の霊に追いかけられたりしてさんざん驚かされ

てわたしたちはお化け屋敷を出た。わたしが半べそを

かきそうになっているのを見て田口は吹き出した。な

んて憎たらしいやつと思いながら、わたしもなぜかつ

られて笑った人人人人人人人人人人人人人人人人人。

「もうそろそろお昼にしない?」とわたしは言った。

ああそうだなと彼は答え、わたしたちはデパ地下のレ

ストラン街へと足を向けた。少し迷って、すいてそう

なバイキングの店に入った人人人人人人人人人人人。

人店内は木目調のテーブルと椅子で統一され、オレン

ジの照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。品目

はイタリア料理が多く、わたしはピザを何枚かとバー

ニャカウダを取り皿にとった。小春はすでに丸テーブ

ルの席に着いてスパゲッティやリゾットを食べてい

た。わたしも彼女の向かいの椅子に座った人人人人。

「あーあ、何で落ちちゃったんだろ」と小春は言っ

た。言いながら、フォークでパスタを器用に巻き上げ

ていく人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。

「また次があるって。そんなに落ち込むことないよ」

「次がある、かあ」小春はフォークを動かす手を止め

た。「そうだよね。また次があるよね人人人人人人」

人小春は去年の冬から始まった就職活動で一向に成果

を出せず、わたしによく弱音を吐いていた。わたしは

その度に彼女を励まし、彼女もそれに応えるように懸

命に努力していた。だがここ最近の彼女はどこか諦め

ているような感じがして、それがわたしには悲しかっ

た人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。

人そもそも小春はどうしてどこからも内定をもらえな

いのだろうか。小春はサークル活動も積極的にやって

いたようだし、簿記や情報処理などの資格も持ってい

る。大学の成績も悪くないはずだ。何よりも彼女には

アメリカに数週間留学した経験があるのだ。これで就

職できない方がおかしい。それとも面接に何か問題が

あるのだろうか人人人人人人人人人人人人人人人人。

「……ちょっと由紀、人の話聞いてる人人人人人?」

「えっ……? ああごめん、ちょっと考え事してて」

「あんたってたまにそういう抜けたところあるよね。

まあ、そこがかわいいんだけど人人人人人人人人人」

人なにがかわいいだ、とわたしは反発しようとした

が、ちょうどそのとき注文したラーメンがわたしと志

保里のいるボックス席に運ばれてきた。タオルを巻い

た茶髪の店員がごゆっくり、と言って伝票を小さな透

明のプラスチックの筒に入れた人人人人人人人人人。

「だからさ、昨日の夜DVDでオーシャンズ13を観た

んだけど、これがけっこう面白かったんだよね」と志

保里はラーメンをすすりながら映画のあらすじを丁寧

に語り始めた。正直言ってあまり興味の持てる話では

なかったが、かといってこのまま聞き流すのも申し訳

ないと思い、わたしはできるだけ彼女の言葉を頭の中

に入れるよう努めた。ラーメンを食べているうちに、

湯気で一気にくもったメガネのくもりがとれてきた。

「あっ、そういえば今映画館であれやってるっしょ。

風立ちぬ人人人人人人人人人人人人人人人人人人人」

「ああそれ、わたしも見たい人人人人人人人人人人」

「これ食べ終わったらさ、ちょっと観に行こうよ人」

人今の時間帯やってるかな、とわたしは思った。わた

したちはラーメン屋を出るとショッピングモールの五

階にある映画館に向かった人人人人人人人人人人人。



 父がリビングの白いブラウン管のパソコンの前で何

やら困ったように腕を組んでいる。画面には真っ暗な

背景に白色の記号とアルファベットが並んでいる。わ

たしはこの画面を見る度になぜかドキドキした。これ

から何か悪いことが起きるような気になるのだ。

「パソコン壊れちゃったの?」母が父の背後からパソ

コンの画面を心配そうに覗き込む。母はこれから看護

師の夜勤があって、いろいろ準備をしている最中だっ

た。わたしは二人から少し離れた灰色のソファに座っ

ていた。

「前からおかしくなってたんだよな。ファイルがいっ

ぱいですとかいう表示がちょくちょく出てたんだよ」

「いろいろ詰め込み過ぎたんじゃないの?データが多

すぎると動きが悪くなるって、前買った本に書いてな

かった?」

「そうかもしれないな」父は組んでいた腕を外し、両

手をももの上に置いた。「こりゃあもう再セットアップ

するしかないか」

 父は書類の収納棚からパソコンの説明書と、CDケ

ースから再セットアップ用のCD-ROMと黒いフロッピ

ーディスクを取り出した。一旦電源を切ってフロッピ

ーディスクを挿入し、再び電源を入れると、パソコン

からピッと音が鳴って、画面に白っぽいグレーの背景

が表れた。文字も白くて、こちらからはどこになにが

書いてあるか分からなかった。父は真剣な顔で説明書

を読みながら、マウスやキーボードをちゃかちゃか操

作していた。長い時間が経ち、母もいつの間にか家を

出ていた。わたしはいつもと違う微妙な色の画面にし

ばらく目がくぎ付けになっていた。再セットアップに

よってこのパソコンは新しく生まれ変わる。古いデー

タは消去され、パソコンは購入した当時の状態にリセ

ットされる。つけっぱなしのテレビから音量を抑えた

観客の笑い声が聞こえてきた。十時くらいになって父

にはやく寝なさいと言われ、わたしは自分の部屋に戻

った。



 映画館の劇場内は照明がついてまだ明るかった。わ

たしは中田くんと劇場の中ほどにある席に座った。客

席はそれなりに埋まっているようで、時間になると劇

場内がゆっくり暗くなって予告編がはじまった。わた

しは予告編のあのわくわくするような、そそるような

感じが好きなのだが、今日見たのはあまり興味を持た

せるものではなかった。映画泥棒のVTRも流れ、やが

て本編がはじまった。

 観たのは日本の映画で、自殺未遂で意識不明になっ

た彼女を救うために主人公がある近未来の機械で彼女

の意識に潜入するというものだった。初めから観たか

ったわけでなく、映画館に入ってなんとなくきめたも

のだった。

 中田くんは映画がはじまって一時間ほど、ちょうど

中盤にさしかかるところで二回トイレに行った。わた

しとの初めてのデートで少し緊張しているらしく、そ

う思うとなんだかかわいいと思ってしまう。今日の中

田くんはいつもより張り切ってわたしとのデートを盛

り上げようといつも以上にいろいろと気配りをしてく

れ、わたしも何か恩返ししなければなと、映画を観な

がら少し考えていた。映画が終わったら一緒に服でも

選んであげようか。ここのモールのおすすめのドーナ

ツ屋を紹介しようかな。

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