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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

クレギスの番人と悪魔

作者: JOKER

『おじさんお元気ですか?

 こんにちは(かな?)僕です。クレイです。

 きっとおじさんは驚いていることでしょう。「あの物ぐさなクレイが手紙を書くなんて!」と。

 僕自身、こんな手紙を書くことになるとは思っていませんでした。あんなことが起きるまで、僕たちは平和で、てんで気楽なあてのない旅を楽しんでいたのです。



 突然ですがおじさんは『クレギスの番人』というものをご存じでしょうか?



 文字通り、クレギスという小さな町の人間なわけですが、そこに大きな、町をすべて見渡せるぐらい高い時計塔があるのです。それを守るのが『クレギスの番人』です。

 僕たちは一週間前、そこを訪れ、番人の話を聞きました。そしてなぜ古びた時計塔に番人が必要なのか、僕たちは一つの逸話を聞かされることになりました。少し長くなりますが、最初はそれをお話ししたいと思います。

 ――今から百年以上前、まだ時計塔に番人がいなかった頃、一人の旅人が町を訪れました。

『ノーヴェスト』と名乗った彼は、ぼろぼろの布切れのようなコートを一枚身にまとい、茶色のテンガロンハットを片手に、町人にこう言ったそうです。

「この町を救いに来た」

 さらに「これから起きる不吉を払うから俺をどこかに泊めてくれ」と言い、町人は訝しげながらも、旅人である彼をもてなすことにしました。

 このクレギスでは旅人は歓迎されます。

 珍しいというのもあるかもしれませんが、わざわざ遠くから小さな町を訪ねてきた旅人に、感謝の気持ちを表すためにもてなしをする、という部分が強いみたいです。

 旅人ノーヴェストは、最初に出会った町人の家でもてなされました。とっぷりと太った七面鳥、野菜がふんだんに使われたアツアツのシチュー、そして町の名産品である『クレギスワイン』を好きなだけ飲むと、彼の真っ白でやつれていた顔は、生気の戻った赤ら顔に変わりました。そして彼はしばらくあごヒゲをなでながら、「くるか?」「まだか」「そろそろか」「いやまだか」などとぶつぶつつぶやいて、そのまま寝てしまったそうです。

 それが一週間。

 町人はいい加減に彼を疑い始めました。タダで食いつなぐためにあんなうわごとを言ったのではないか。すべては自分に都合のいいウソを言っただけなのではないのかと。

「なにも起こらないではないか」ついにある町人がノーヴェストに言いました。「あなたの言ったことは嘘ではないのか」

 するとノーヴェストはワインジョッキを片手に平然とした顔でこう告げました。

「今夜わかる」と。


 ここでおじさんに言っておきたいのは、クレギスはとても平和な町だということです。僕自身、この町ののんびりとした空気はとても心地いいですし、彼――ユーイも「居心地がいい街だね」と喜んでいます。

 食べ物は豊富、町人の気質もおおらかで、活気がある。

きっとあれさえなければこれほど住み心地のいい町はないのでしょう。

 悪魔さえいなければ。


 話を戻しましょう。

 ノーヴェストの話でしたね。そうです。

 結論から言ってしまえば、彼は悪魔祓いでした。

「今夜わかる」と言ったその日、あたりがすっかり静かになったころ、彼は突然町の中心にある時計塔に行くことを告げ、家を出ていきました。家人はその際に「絶対に来るな」と念を押されていましたが、彼が行ったしばらくあとに、思い立ってあとをつけることにしました。

 月が雲に隠れ、ところどころにある灯だけが頼りの暗い道を、ノーヴェストは迷うことなく時計塔に向かって進んでいきます。その足取りは、まるでその道を知り尽くしているようなものだったと、そのあとをつけた男は語っています。

 時計塔はレンガ作りのそれほど高くない建物でした。一番上に、町の司教が巡礼で集めたお金で作られた、銀箔の縁どりの四角時計があり、町人はそれをもとに自動で鳴らされる鐘の音とともに日々を過ごしていました。

 ノーヴェストはそこに着いたあと、立ち止まらずに中に入り、らせん階段を昇っていきます。家人もしばらく時間を置いてから、後を追いました。

 カンカンと甲高い足音が上から降ってきます。塔の中は明かりもなく暗い上、それほど広くなく、一番上まで永遠と階段が続いていました。

 家人が一番上に着いたとき、それはすでに現れていました。

 黒く霧のようにたちこめるよどんだ空気が塔のてっぺんを覆い、見えない何かがそこでうごめいているようでした。それと向かい合うように、ノーヴェストは手に小さな十字架を持ち、それをかかげていました。

「どうしてついてきた?」

ノーヴェストは家人を見ることもなく淡々とした声で告げました。


「死にたくなかったら今すぐ引き返せ」


「あれは何ですか?」家人はしびれる膝に手をついて言いました。「あの影はなんですか?」

「悪魔だ」

「悪魔?」

「そうだ。今日からここに巣食うらしい」

「なんということだ……」

 当時から、悪魔は邪悪で人々を恐怖させる存在として、信じられていました。現に、教会ではときおり悪魔祓いを招いて、町全体の邪気を払うようなこともしていたようです。

 しかしノーヴェストはそのたぐいの悪魔祓いではありませんでした。

「俺は教会の人間ではない。あちこちを回って悪魔を消すためだけに存在している人間だ」

 彼が言ったその時、塔に激震が走りました。

 雷にでも打たれたような轟音と、揺れ。近くの壁にすがりついた家人は、まるで自分の中に恐怖が入り込んでくるような、低く不気味な唸り声を聞きました。

「耳を貸してはいけない!」ノーヴェストが叫びました。

「悪魔に取りこまれる!」

 その言葉に家人は慌てて耳を塞ぎ、うずくまりました。そして平然と立ち尽くすノーヴェストが、革の袋から筒のようなものを取り出し、中身をゆらゆらと揺れる影に向かってまき散らしたのが見えました。聖水のようでした。

 彼は、次々に筒を取り出すと、影だけでなく、狭い部屋の隅々にまでかけ始めました。木箱や袋、金属片など無意味そうに思えるものにもかけ、「お前もだ」と最後に家人に向かってかけはじめました。

 そして、そのまま影の前に立つと、家人にはわからない呪詛のようなものを唱え始めました。するとしばらくして、影が炎のゆらめくように揺らいでくるのを家人は見ました。その様子はどんどんと大きくなり、やがて千切れた影が部屋全体を包むように散っていきました。

 影はまるで迷子になったように彷徨うと、ある一点で動きを止めました。それを狙っていたかのように、彼はこう問いかけました。

「さあ、これで穢れているのは俺だけだ。どうする?」

 張り詰めた沈黙――。

 その後に影は、彼の体を襲いました。散り散りになっていた影の一つ一つが、うなるような風音を立て、すべて彼の体の中に入っていきます。同時に悲痛な、まるでこの世の終わりのようなノーヴェストの野太い叫び声が塔に、町中に響き渡りました。

 その様子を家人は呆然と見つめていました。目の前で何が起きているのか。一体彼の身に何が起こったのか。家人にはよく理解することができませんでした。

 それからうずくまっていた彼が身を起こしたのは、だいぶ後になってからでした。広い額に浮かぶ玉のような汗が、彼にただ事ではない何かが起こっていることを示していました。

「あんた……大丈夫、なのか?」

 家人が心配そうに言うと彼は、汗が滲んだ顔にふと笑顔を浮かべ「大丈夫だ」と立ち上がりました。

「ケガはないか?」

 家人はいつの間にか自分が腰を抜かしていることに気づきました。目の前に差し出された手を握り、立ち上がると、彼は家人を見て苦笑いを浮かべながらこう言いました。

「さあ、戻って真っ赤な飲み物をいただこうか。悪魔のようにな」


 家に戻った後、ノーヴェストは自分がどのようにして悪魔祓いをしているのか語りました。

 いわく、自分の中に悪魔を取り込むことで、駆逐しているそうで、「悪魔祓いというよりは悪魔喰い」とノーヴェストは苦笑いを浮かべたそうです。

「人の幸福を絶望に変えることで生きる糧を得る悪魔にとって、この豊かな町は格好の餌食なのだろう」

 彼はまたそうも言い、去り際に「この町にはまた悪魔が戻ってくるかもしれない」と警告を残していきました。

 それからいつか悪魔が現れた時のために、ということで時計塔には見張り役――番人がつけられました。もしも悪魔が入り込んだら、それをすぐに知らせられるように。

 そしていつしか時計塔に番人がいるその光景が珍しいと『クレギスの番人』は町の名物となり、悪魔が出ることがなくなった今でも、伝統のように引き継がれているそうです。

 だいたいこれが番人の話というものでした。

 さて、おじさんはどう思いますか?

 実に滑稽な話だと、おじさんは笑うのかもしれませんね。なぜこんな話を、と。

 しかしまた、あの悪魔は現れたのです。


 僕たちは番人の話を聞いた後、時計塔に昇ることにしました。

 話に聞いていた通り、狭くて暗い塔の中を僕たちは淡々と登っていきました。

 カンカンと二人分の金属音が、騒々しく塔の中を駆け巡ります。

 上には当然のように誰もいませんでした。こぢんまりとした部屋のような空間では、大きな鐘が異物みたいに吊り下げられていて、その先の窓からは円形に広がる町を見渡すことができました。

 特にすることもなかった僕らは、ただなんとなく、その昔、悪魔と旅人ノーヴェストが合間見えたという証拠を探してみることにしました。

 二人でぐるりと一周します。しかしもう何百年も前に起きた出来事を示すものは、なにもないようでした。

 ただ一つ、ここにいると、二人揃って嫌悪感に近い気持ち悪さを感じていたのは事実です。

「もう戻ろうか」

 僕がそう言ってユーイがうなずいたとき、突然鐘が鳴り響きました。

 リンゴーン、と尊厳に満ちたというよりは、綺麗で明るい町の雰囲気に合った音が、耳いっぱいに鳴り響きます。僕たちはしばらく佇んで、それを聴いていました。

 すぐ近くから足音が聞こえたのは、鐘が鳴り止む寸前のことでした。

「鐘の音を聴かれましたか?」

 番人でした。

 僕たちはその質問に頷く前に、番人の顔がひどく青ざめていることに気づきました。

「その鐘の音を聞くのももう何回目だろうか」

その白い顔に軽薄な笑みを浮かべた番人を見て、僕らはいよいよ疑問を感じました。

「あの、何かご用が?」

「久しぶりの食い物だからな」

 ユーイのか細い声をかき消す野太い声。その声色に、僕は悪意を感じずにはいられませんでした。気づけば暗い塔の中が、ますます暗く、冷たくなっていきます。昼の町の暖かい熱が吸い取られていくように、窓から漏れる光が小さくなっていきました。

 完全な暗闇。

 暗闇でも夜目が利く悪魔には関係ないないようです。静かに聴こえる笑い声がそれを示していました。

「俺はずっとここにいた」

 番人は、いや、もはや人でない何かは、低い声で脅すように話始めます。

「あのとき、悪魔祓いの男の体を喰った俺は、近くにいた男も喰った」

 部屋の中央に身を寄せ合う僕らの周囲を、黒い影が舐めるように通り過ぎては、近づいてきます。

「あの体はずいぶんと蝕まれていたようだ。俺の邪悪さに耐えられるだけのものは、奴の中にはなかった」

 階段は黒い影によって、やはり塞がれているようでした。僕らは周囲の様子を観察し続けましたが、ここから出ることはできそうにありませんでした。その間も悪魔は語り続けます。

「以来俺は喰いつづけている。この時計塔の番人として、寿命が終わりそうになれば、また喰いなおす。もちろん若いほうがいい」

 その声はとても愉快そうでした。それは恐ろしいくらいに。

 しばらくして、僕の隣で悲鳴があがりました。見るとユーイの小さな体が、影におおわれ、飲み込まれそうになっていました。僕はそれを見て問いました。

「僕らを喰う気ですか?」

「ああ」と、悪魔は呟きます。「そろそろ新しい体が欲しかった。ちょうどいい。幸いどちらも若そうだ。そうだな――お前が先だ!」

 ユーイを覆う闇が深くなっていきます。その小さな体が飲み込まれていくのに、そう時間はかかりませんでした。やがて、ユーイが暗闇と完全に同化した頃、僕は言いました。

「番人さん……いえ悪魔さん、悪魔にもいろいろあるって、知ってますか?」

 しばらくの静寂――どうやら彼は戸惑っているようでした。さらに僕は続けます。

「あなたのような一か所で人間を喰う悪魔もいれば、あてもなく彷徨いながら、好きなだけ人間を喰らう悪魔もいるんです。

そう、僕らのような」

 ぐちゃっというトマトを潰したような音が聞こえました。どうやらユーイが悪魔を食べ始めてしまったようです。完全に油断して食らおうとしていた悪魔は、不意打ちを食らっただけでなく、ユーイに掴まれてしまいました。手からこぼれおちる闇は虫のように必死に逃げますが、ユーイはそれを逃さず、すするように飲んでは、ごくりと音を立てました。気づけば彼を覆っていた闇は、どんどんと減っていました。

「おいユーイ、同類を喰うなんてダメじゃないか」

 悲痛さと怒りの混じった叫びがやまびこのように小さくなっていく中、ユーイはフードで隠していた血走った目をこちらに向けて、こっちにくるように訴えかけました。

「やれやれ……っと」

 僕も食べなきゃダメかな、と言うと、ユーイは黙って頷き、また影を吸うように喰い始めました。

「悪魔ってどんな味がするのかな」

 もう番人だった悪魔の声はしませんでした。


 おじさん、ここはいいところです。平和で、活気があるけれどのんびりしていて……。

 僕ら悪魔にはすべてがご馳走のように思えます。

 今までいろんなところを旅してきましたが、僕にとってこんなに居心地のよいところはありませんでした。ユーイもきっと同じだと思います。

 ということでおじさん、僕らはしばらくここに居座ることにします!

 それが言いたくて手紙を書きました。おじさんは不満かもしれないけれど、僕ら二人で決めたことなので、なんとか許してもらいたいです。おじさんの街は、支配するには僕らにはまだ荷が重いもの。ここで、いろいろ経験できたらいいのかな。

 幸い、おいしいものもたくさんあるしね!』

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