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眠れる獅子は生きるために剣を握る  作者:
(1)眠れる獅子
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第三章 雨上がりの再会(1)





 第三章 雨上がりの再会






 シトシトシトシト。


 音という音は聞こえないのだが、とにかく鬱陶しい雨が降り続いている。


 ラスはうんざりしたようにそれを見ていた。


「ラスは最近不機嫌そうだな? どうかしたのか?」


 本部で書類を書いているときに、ふとラスはそんな声をかけられた。


 振り向けば同僚のドレークが立っている。


 姓か名前か知らないが、みんなその名で呼ぶ。


 自警団は確かに国の機関になったが、元々の組織が組織だったので、身元にはとやかく言われない。


 だから、本名だろうと通称だろうと誰も気にしないのだ。


「いや……なんか雨が好きじゃなくてさ」


 つい憂鬱になる。


 あの男と逢ったのが雨の夜だったし、その男を思い出させる身元不明の若様と逢ったせいで、余計に雨が鬱陶しい。


「まあなあ。オレも雨は好きじゃないな。雨が降ると見回りがキツイ」


「いや。そういう意味じゃないんだけどな」


「わかってるって。色街じゃ雨は喜ばれるんだろ?」


「なんで知ってんだ? ドレーク?」


 きょとんと言えばドレークは豪快に笑った。


「有名な噂じゃねえか。雨が降ると客が大人しくなるから、色街じゃ雨は喜ばれるって。それに雨が降ると揉め事が減るから、オッドアイのラスに逢える機会も減る。そういう噂も伝わってたぜ?」


「変に有名だな。俺も」


「そりゃオッドアイのラスって言えば色街の華だからな。お前を見たときは納得したぜ? まさに華だよな。お前って」


「男の俺に華だとかなんだとか。そういうお世辞を言って嬉しいか?」


「お世辞じゃねえよ。お前がなんで色街一の華なのか。最近はわかってきたしな」


「あのな? 花ってのは一応娼婦を指すんだよ。俺は男。おまけに男娼でもない。それ嫌味なだけだぜ?」


「ああ。そういやお前花街の花とも親しいんだって?」


「マリアの姐さん? 確かに親しいけど」


「どうだ? 可愛がって貰ったか?」


「誘われたけど一度も」


「なんでだよーっ!! 勿体ねえ!!」


「姐さんが俺みたいな子供を誘うなんて、どう考えても気紛れだろ。本気で相手したらこっちがバカをみるぜ?」


「ってお前……花に誘われたの幾つのときが初めてだ?」


「あー。……7歳?」


「それ花街の花? それとも他の花?」


「最初はマリアの姐さんだよ。それがあってから、なんか競争みたいになって」


「へえ。すげーな。お前。僅か7歳で花街一の花に誘われた男、か」


「っていうかドレーク? 人の話、聞いてるか? 7歳の子供相手に誘ってくる花がどこにいるよ? 気紛れだろ。どう考えたって」


 ラスはまるで相手にされていなかったと訴えたのだが、ドレークはなにやら頻りに感心していた。


 言っても無駄らしいので口を噤む。


 また外を見る。


 雨は止みそうだなとなんとなく思う。


「あれ? あの顔……」


 雨を避けるように近くの軒下で休んでいるひとりの男。


 忘れたくて忘れられない顔だった。


 ふっと振り向いた男と視線が合う。


(あれ、どう考えてもここを目指してるな。なんで俺がここにいるってわかったんだ? 取り敢えず出るか。ややこしい話になりそうだし)


「ドレーク。俺ちょっと見回りに行ってくる」


「え? こんな雨の中をか?」


「もう止みそうだって。とにかく出てくるから」


「ラス?」


 呼び声を無視して事務所を出た。


 案の定男も移動する。


 人気のない方へ歩いていき、完全に途絶えたところで立ち止まった。


 あの若様から聞いた話が、この男の前の奥さんなら、絶対に物騒な会話になるから。


 待っていると男が黙って近付いてきた。


 ぎこちなく笑う。


「久し振りだな、ラス」


「なんで俺がここにいるってわかった?」


「蛇の道は蛇だ」


「よく言うぜ。どうせ息子から聞いたんだろ?」


「おや。気付いていたのか」


「俺とそっくり同じ顔の女が、そう何人もいてたまるか」


 別に自分が特別な顔立ちだと自慢しているわけじゃない。


 ただ自分と同じ顔、それも女性がふたりも3人もいるなんて想像してみろ?


 どこが嬉しい?


 できればひとりだけだと思いたい。


 だから、あの若様とこの男を繋げたのだ。


 それに身の危険を訴えられる同じ顔の女性なんて、そう何人もいるとは思えない。


 そうなると必然的にあの若様は、この男の息子という意味になるのだ。


 どっちの名前も知らないが。


「ところでアンタ幾つ?」


「唐突だな。なんだ? いきなり?」


「いや。19の息子がいるはずとか聞いてたし、外見見ると30代後半でも通りそうだけど、息子が来年20なら、もしかして40かなあとも思ってたんだ。なのにあの若様は俺よりふたつ年下なだけだって言ってたし。自信がなくなってきて」


 来年20歳になる息子がいる。


 そう聞いていなければ30代後半で納得していただろう。


 だが、長男の歳が20と聞いて40を過ぎていると認識を改めていたのだ。


 なのに17の子供がいる。


 30代なのか40代なのか、どっちだ?


「ひとつ訊いていいか?」


「なんだよ?」


「30代だろうが40代だろうが、大して変わらない気がするんだが、なにを拘っているんだ?」


「アンタ。前の奥さんにベタ惚れだったんだろ?」


「まあな。過去形ではないが」


「惚気はいいから」


 一言注釈すれば男は黙り込んだ。


「産まれる前の子供がいる状態の奥さんを略奪されて、その2年後には息子が産まれるっていうのも納得できなくて。若いと特に気持ちの切り替えってすんなりいかないだろ?」


 若さ故の情熱というものはあるとラスは思っている。


 その場合、そんな悲劇的な過程で妻と子供を失い、しかもその妻に惚れきっている男が、僅か2年で子供を作れるか。


 そこが疑問だったのだ。


 これがある程度年齢を重ねているなら、自分の役目と割りきれないこともないのだろうが、若いとそうもいかない。


 それで気にしたのだった。


「つまりわたしの経歴と子供の年齢が納得できないという意味か。ふむ」


 言われて男は何度か頷いた。


「まあ半ば強制だったからな」


「強制?」


 首を傾げれば男はため息をついた。


「わたしの立場的に跡継ぎは必要。そう言っただろう?」


 その声にコクンと頷いた。


「彼女が略奪されて、そういうことから逃げていられたのは1年ほどの間だけだった。それを過ぎると言い含めるにも限度があって」


「へえ。なんか知らないけど大変そー」


「暢気だな、そなたは。とても色街で育ったとは思えない。経験済みか?」


「なんでそんなことアンタに答えなきゃいけないんだよ?」


「いや。気になったから訊いてみただけだ。オッドアイのラスなら相手に不自由しないだろう?」


「否定はしねえけど」


 ラスはそれだけしか答えなかった。


 それで男がホッとした息を吐き出したので、なにを安堵してるんだ? と、視線を向けてしまった。


「訊かれたことに答えるとわたしは40代始めだ」


「ふうん。20歳の子供がいるならそんなものか」


「そうでもないぞ?」


「なにが?」


「結婚したのは10代だ」


「呆れた」


「熱愛過ぎて子供がすぐにできなくてな。新婚時代は長かったな」


「御馳走様」


 こうまで堂々と惚気られるとそう言うしかなかった。


「それで? わざわざ逢いに来た動機はなんだよ?」


「いや。花街へ戻るつもりはないか?」


「アンタまでそれを言うのか?」


 うんざりしてそう返せば、男は真面目な顔で言い募った。


「大体の事情は息子から聞いたんだろう? 自分がどれほど危険な橋を渡っているか、少しくらい自覚してほしい」


「わかれって言われても……人違いだし」


 顔を背けてそう言えば男に肩を掴まれた。


「頼むから現実を自覚してほしい。知らぬ存ぜぬでは通らないのだ。そなたが人違いだと主張したところで、誰もそれを信じはしない」


「勘違いで投獄される。それを認めて身を隠せ? そんな理不尽な話が受け入れられるかよっ!!」


「理不尽だろうがそれが現実なら、受け入れるしか道がない。それがわからないのかっ!!」


 怒鳴り付けられてちょっとビックリした。


 怒鳴られるなんて思ってなかったから。


 出逢ったときから下手に出てたし。


「もう……失いたくないのだ」


「アンタまた俺を混同してる」


「違うっ」


「……」


「妻と同じ顔をしている相手を失いたくない。また辛い思いをするから」


「そんなことを言われても……」


 この男にとって同じ顔をしているラスが、そういう目に遭うというだけで我慢できないのだ。


 二度も妻を失うようで。


 しかもラスが息子ではないという保証がない。


 二重に自分を責めているのだろう。


 わかっても認められなかった。


 そんな自由を奪われるようなこと。


「もう……戻らなきゃ……」


 肩から手を離させようとすると、突然抱き締められた。


 唖然とする。


 なに?


「監禁してしまいたい」


「は?」


「誰の目にも触れないように監禁してしまいたい。でなければ安心できない」


「そんな無茶苦茶な」


「そなたは自分が暗殺される対象であるという自覚がない。だったら監禁してでも護りたいと思ってなにが悪い?」


「暗殺? 俺が?」


 言われる言葉が理解できない。


 そんなの普通一般人では使わない。


「最終的には監禁してでもそなたは護る。それは覚悟しておくように」


「アンタ」


 抱き締める腕に力が入って痛いほどだった。


 本気で言ってるってすぐにわかった。


 どこまでも拒んでいたら、本気で監禁する気だ、こいつ。


「ルイ」


「だから、違うって」


「いや。そなたはルイだ」


「なんで言い切れるんだよ?」


「親としての直感、かな。ただ似ているだけなら、ここまで不安にはならない。そんな気がするから」


 そんな曖昧な感覚で断言されると、さすがに言い返す余地が見付からない。


 どうしろというのか。


 この厄介な男を。


「ドルレイン人には気を付けろ」


「は? この国の敵国の? そりゃ誰だって気を付けてるんじゃないのか?」


「そなたは普通よりもっと気を付けなければならない。ドルレイン人にその姿を見せてはならない」


「なんで?」


「実はそなたも自分と瓜二つということで、キャサリンがかなりの美女だったことはわかるだろうが、彼女はドルレインの国王に横恋慕されていたんだ」


「国王に横恋慕?」


 どこまで話が大きくなるんだと呆れていた。


 それは確かにこの国は大国で、帝国とまで言われているが、今度は両雄と言われているドルレインの国王まで出てきた。


 まあ皇帝暗殺の容疑をかけられるくらいだから、それなりの地位にはいたのだろうが、まさか他国の王に横恋慕されるほどだとは。


「彼女を略奪したのもドルレインだ」


 さすがに青ざめた。


 その彼女とラスが瓜二つだという。


 しかも相手は行方不明。


 それがなにを招くのか、さすがに怖い。


「ただ略奪はしたものの、ドルレイン側も彼女を見失っていて、結果的に痛み分けみたいになっている」


「はあ。つまり王様は今も彼女を諦めていないと」


「そうだ。そこへ瓜二つのそなたが登場したらどうなるか、色街育ちのそなたのことだ。もうわかっているだろう?」


「うっ。さすがに男相手はちょっと遠慮したい……」


 寒気がした。


 この身を狙われると思うと。


 しかも動機はかつて好きだった女性の身代わりだし。


 本気でやめてほしい。


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