L・O・D~英雄皇伝・序~
これは以前に別サイトで『ある冒険者の追想』というタイトルで掲載した作品に加筆修正を加えたモノです。
作者の都合により、『改訂版』として再構成をしましたので、そちらを読まれることをお勧め&お願いいたします。
その冒険の切掛けを一言で言うならば、それは『愛と自由を求めて』というのが一番相応しいだろう。
そして、それはある存在との出会いから始まった。
俺が住む『神蒼界』では、《秩序の光》と《力威の闇》と呼ばれる二つの勢力が、世界の覇権を求めて相争っている。
絶える事無く続くその争乱は、世界に大きな混乱をもたらし、そこから生まれる恨みや憎しみが更なる争乱の火種となる負の連鎖。
それがこの世界に於ける偽り無き現実であった。
『冒険者』、それは嘗て世界を脅す絶対の脅威であった《邪悪なる魔を統べる神》を討ち滅ばした英雄達。
しかし、彼らこそが今の世界を混迷の渦に巻き込んだ元凶であった。
その争乱の始まりは、冒険者同士の些細な諍いであったらしい。
そこから生まれた刃の恨みに刃の恨みを以って報いた結果、退く事の出来ない争いへと至った。
互いに譲らぬ意志は、至高の力を誇った《王》と呼ばれる二人の存在によって、冒険者としての実績とそれによる地位を重んじる《秩序の光》と、冒険者としての実力を絶対とする《力威の闇》へと纏め分かたれる事となった。
そして、世界はその二人の《王》が戦場に君臨する争乱の舞台となった。
斯く言う俺自身もその冒険者の端くれである。
だが、俺は他の冒険者達とは、少し違った生き方を求めている。
それは、未だ世界に存在し続ける《魔物》と呼ばれる異形達と戦う日々に身を置く事であった。
俺が何故、そんな生き方を求めたのかと言えば、その最たる理由は、今、俺の傍らにあるナビ・パートナーと呼ばれる存在にあるだろう。
『ナビ・バートナー』、それはその名の通り、俺達、冒険者の旅に付き従う同行者。
その姿形は其々(それぞれ)に異なり、多少の差は在るがケモノに近い様相を持っている。
因みに俺の『ナビ』であるスィーナは、焦げ茶と赤茶の二色が重なり合った皮衣を持つ『ネコ』に似た姿をしている。
俺は、忠義と礼節に愛嬌を合わせ持つこの存在を大いに気に入っている。
否、こよなく愛していると言っても過言ではない。
そして、俺が魔物達を『仇敵』とする理由は、奴等がナビ達にとっての天敵だからである。
俺は、冒険者となって、最初に受けた依頼の中で、自らの非力さと魔物達の残忍さを思い知らされた経験を持つ。
あの時、俺は小さな冒険を果たした歓びに驕り、ナビであるスィーナを危険な目に遇わせてしまった。
だから俺は、この愛らしい存在を傷付ける魔物達を狩る事を、冒険者である自分の使命と定めた。
冒険者としての挫折を知ったあの時の経験から、俺は、臆病に近いぐらいの慎重さを持って生きて来た。
それは、もう二度とスィーナを危険な目に会わせない為の慎重さである。
そして、俺は、大切な存在を護る為に、魔物達と戦う危険を冒す少し変わった性質の冒険者となった。
自らの剣を以って魔物達を倒す事に魅入られた俺を、他者は、《魔物を討つ虜刃》の異名で呼ぶ。
そこに在るモノが嘲りであろうとも構わない。
俺には、護るべきモノに対する誇りが在るのだから。
俺はスィーナと共に各地を渡り歩き、その街々に在る冒険者ギルドで魔物退治の依頼を受けて、日々の暮らしの糧を得ている。
自らの異名となる程に、魔物を討つ事に特化していたその風評も手伝って、俺は、仕事に事欠く事も無く、着実に冒険者としての経験を積んでいた。
そんな俺の風評が何時しか、名声と呼ばれるモノに近くなるにつれ、ギルドから微妙な依頼が持ち掛けられ始める。
それは、傭兵として、《光》か《闇》の勢力に加わらないかという内容であった。
他者はさて置き、俺には、戦場の誉れというモノに対する興味が全く無かったので話の都度にそれを断わってきた。
しかし、それで諦めて話を終わらせてくれないのが、未だ俺に付き纏う目の前の現実だった。
それは、《光》と《闇》の勢力に冒険者を誘う、互いに『導司』と呼ばれる職位にある二人の少女である。
一人は、《秩序の光》に属する導き手で、名をファーシィ。
その『得意技』は、清楚な瞳で訴える泣き落とし。
もう一人は、《力威の闇》に属する導き手で、名をクィーサ。
その『必殺技』は、理知を完全に無視した恫喝。
両者は、正に、真逆の性質を持つ対照的な存在達だ。
この二人は、俺が冒険者ギルドからの依頼を蹴って直ぐに、俺の前へと現れた。
最初は、態々、俺なんかを勧誘に来る手間を難儀だと思ったが、その執拗なまでの執念を以って付き纏われ続けている今では、正直、迷惑以外の何者でもなく感じている。
『さあ、セティ様。私と共に、この世界に美しき秩序の光華を咲かせましょう!』
・・・否、俺はそういうのに全然興味が無いので他所でお願いします。
『セティ! この世は力こそ正義なのよ。私と共に力の正義を貫きなさい!』
・・・俺、そういうのは間に合っているので、他の人間を誘ってください。
と、『心の声』を口に出して言えたならば、全ては解決するのだろうか。
・・・意志薄弱な俺にはムリです(とほほっ…)。
「スィーナ、俺には、お前だけが心の支えだよ」
俺は、心のオアシスであるナビへと独りごつり、自分の心を慰める為にその頭を撫でる。
我が事ながら、優柔不断なこの性格が恨めしかった。
『セティ様、一緒に来てくださらないと、私……、私…』
『セティ! 拒んだりしたら、どうなるか分かっているわよね?』
前者は涙目、後者は威嚇。
これは、何時もの展開である。
そして、それに対する俺の応えも何時もと変わらなかった。
「済みません。俺は、まだまだ未熟な身なので、お二人の要望には応えられません」
この言葉は、謙遜である以前に紛れも無き事実である。
これまでの冒険の旅でそれなりの経験を積んだ身ながら、未だ俺は、《重装剣士》の職位に留まっていた。
それに対し、今、俺の目の前に居る二人は、共に熟練した《神聖魔導師》の身の上である。
その二人が、態々、俺なんかに構う事自体が、甚だ不思議であった。
「だから、俺なんかより、もっと良い相手を探してください」
過去の経験から、それが無意味な事だと知りながらも、俺は、遠回しにこれ以上付き纏わないで欲しいと告げる。
『未熟だなんて、そんな事はありません! 貴方には、他者に無い素晴しい資質が在ります。だから、それを私と共に《秩序の光》の中で開花させましょう!』
・・・それは、貴女の勘違いです。
『セティ! うだうだ言ってないで、私と共に《力威の闇》の下で戦いなさい。さもないと酷い目に遭うわよ!』
・・・それって、貴女に酷い目に遭わされるという事ですよね?
・・・もう、俺の事は放って置いて下さい。
さあ、俺、きっぱりとそう言うんだ俺!
・・・やっぱり、ムリです(うぅ…)。
『クィーサ、そんな乱暴な言葉で、彼に無理強いをするのは良くありません。彼も困っていますよ』
・・・否、困っているのは、貴女に対しても同じです。
『ふーん。ファーシィ、貴女は、そうやって又、良い子ぶっちゃってくれるわけだ。ほんと、貴女のそういう可愛い振りしてオトコを騙す手管が、鼻に付くのよ。涙はオンナの武器ですか。あぁー、やらしィー』
・・・やば、険悪な空気が流れ始めた。
『そんな事を貴女に言われたくありません。それに、貴女だって、その無駄に卑猥な身体でオンナの色香を振りまいて、強引に相手を誘惑しているではありませんか。イヤラシイのは、貴女の方です!』
・・・うわぁ、最悪の展開。
『あらぁー、言ってくれるわね。ふぅっふーン、それは、無い乳娘の負け惜しみかしらぁーン』
『うっ、ウルサイのです! そういう貴女は莫迦の一つ覚えで、昔から、所構わずその贅肉の詰まった塊を自慢げに張り出していましたわね』
・・・嗚呼、こうして生まれる確執が《光》と《闇》の間にある因縁の溝を更に深めるのですね(合掌)
白熱する乙女の戦いを前に、俺は、それを止めるも出来ず唯黙って見詰めていた。
「(しかし、これはある意味、チャンス)」
二人の気が逸れた今を好機と、俺は、スィーナを抱き上げると忍び足で後ずさる。
幸いな事に、どちらも俺の行動に気が付きはしなかった。
「……ここまでくれば、一安心だな」
俺は、見事に虎口を脱した感慨から、安堵の言葉を洩らす。
「しかし、それにしてもあの二人の因縁は、昨日今日に始まったという程度のモノではなかったんだな……」
その二人に自分が迫られている選択肢の結果を思えば、余り知りたくは無かった事実である。
「同じ女性でも、『彼女』とは全然違うな」
口にしたその言葉と共に、俺の腰にある『彼女』と過ごした日々の思い出の証である剣がずっしりとした重みを示した。
『アルディナ様の事ですか?』
俺の言葉に反応して、スィーナが問い掛けの言葉を口にした。
「ああ、どうせ追い掛け回されるなら、彼女にこそ、そうして貰いたいんだがな」
『マスター、ガンバです!』
応援の言葉と共に、俺の頭を撫でるスィーナに苦笑混じりの眼差しを返し、俺は、黙って頷く。
・・・嗚呼、本当に頑張らなくてはだな。
「もう一度、彼女に会いに行く為にも、早くこれを振るうのに相応しい力を身につけなくてはだな」
俺は、独り言の様にその言葉を口にして、背中に佩びたアルディナが俺の為に鍛えて上げてくれた双剣に触れる。
この双剣は、アルディナとの初めての出会いとなる邂逅の際、戦いの中で折れてしまった俺の愛用の剣を、彼女が新たなる姿を以って打ち直してくれたモノで、この世界には俺が持つ二振りとは別に、もう一振りだけしか存在しない、持つ者の意志に応えて成長する刃を持つ《ガーディアン・ブレード》と呼ばれる特異の力を宿した特別なモノである。
彼女は、そのもう一振りを生み出した鍛冶の師である、《神の武具を鍛えし者》と讃えられるイルグ・オードに認められる為に、俺を信じこの双剣を託した。
だが、俺は、彼女の想いに応える事を約束しながら、未だにその一歩すら歩み出せず、この双剣を振るって戦う事が出来ずにいた。
『マスター、焦る必要はありません。この世界から《神》が去ろうとも、彼の存在は今も尚、私達を見守っております。貴方が求めるモノを見失わない限り、何時かはそれに対する報いが与えられる筈ですから』
「そうだな、ありがとう。弱音を吐いているヒマなんて無いな」
『そうです! ファイトです! オォーです!』
腕を振り上げて気合いの声を上げるスィーナ。
俺は、その励ましに応えて、スィーナの頭を撫でた。
「では、まあ、目指す道程はまだまだ遠いけれど、歩き出さなければ何も始まらないからな。行こうか、スィーナ」
俺は、自分に言い聞かせる意味も込めて、その言葉を口にすると、スィーナを伴い歩き出した。
「で、ここは一体、何処だ?」
情けない話だが、俺とスィーナは、今、道に迷っていた。
『済みません、マスター。ワタシもここは初めての場所でお役に立てそうにありません』
「否、元はと言えば、俺が闇雲に走り回った所為でこうなったんだから、気にするな」
そう、運が悪い事に、俺達は、あの後で再び『彼女』達と遭遇してしまったのである。
そして、脱兎の如く逃げ出したのは良いが、結果、道に迷い、今に至る訳であった。
「しかし、正直、この状況は好ましくないな」
俺は、周囲の状況を視線で探りながら、自分が身を置く場所がどれ程の危険を孕んだ所であるかを痛感する。
暗い闇の力が満ちる中、鬱蒼と生い茂る木々の陰に潜む無数の魔物達の気配。
俺は、足を踏み込んでしまった危険の大きさに、自分の愚かさを呪った。
『はい、マスター。この地に満ちる力の邪悪さは危険です。ここは、速やかに退くのが得策です』
ナビであるスィーナの危険を察知する能力は、疑う是非も無いモノである。
スィーナが危険と言えば、それは、間違いが無く危険なのだ。
「分かった。連中が動く前に退くとしよう。しかし、問題は、どう退くかだな……」
戻る道を間違えれば、更なる危険へと足を踏み入れる事になる。
考えている暇は余り無いが、無闇に動く訳にもいかない。
「スィーナ。敵の気配から、数が少ない所が分からないか?」
『済みません、マスター。探ってはみましたが、周囲を満たす力の邪悪さに阻まれ、正確な状況を掴みきれません』
その場にある異様な雰囲気は、俺ですら、気が変になりそうな邪悪さに満ちていた。
敏感な感性を持つスィーナにとってみれば、その感覚を狂わされてもおかしくはないモノなのだろう。
「そうか……。ならば、多少の危険は覚悟の上で、一気に駆け抜けるか…」
それは、下手をすれば敵の追撃によって窮地へと追い詰められる可能性が高かった。
しかし、ここでじっとしていても、囲まれて窮地へと至るのは確実だった。
『マスター、魔物達の様子が少し変なのですが…』
脱出の方法を思案する俺に対し、スィーナは、何かを憚るようにそう口にした。
「変……?」
『はい。何というのでしょうか…。何かを警戒している、或いは、恐れている、そんな気配が感じられます』
スィーナは、自分が感じたモノの理由が分からないからか、曖昧な口調で俺へと答えた。
『それに、これだけの邪悪な力に支配された場所に在りながら、敵の数が極端に少ないのも妙です。普通なら、もっと多くいてもおかしくは無いモノかと…』
「それは、何処かに逃げ出したか、或いは、何者かによって数を減らされたという事か…?」
スィーナの指摘から考えられる事を口にした俺は、その自らが考えた『答え』に、安心する事は出来なかった。
それは、邪悪な力が支配する場所で、邪悪な存在である魔物を退ける存在がいるとしたら、それは更なる強大な力を持つ邪悪な存在の可能性があるからだった。
「分かった。これ以上、無駄に考えても仕方が無い。ここは一刻も早く退くとしよう」
それは、自分でも驚くほどの決断である。
俺は、スィーナを促し、その場を去るべく歩き出した。
決断を実行に移した俺達の行動に、陰に隠れていた魔物達の一部が動いた。
しかし、幸いにもそれは『一部』である。
その大半を振り切りながら、俺とスィーナはひたすら走った。
「良し! 森が切れた!」
俺は、窮地の脱出口を見付け歓声を洩らす。
しかし、そこに至る為には、尚もしつこく着いて来る敵を退ける必要があった。
「仕方が無い。遣るぞ、スィーナ!」
『はい、マスター!』
俺は、直ぐ後ろを付いてきたスィーナに告げて、疾駆する身体の勢いが止まると同時に振り返る。
そして、スィーナを背中に庇う形で、得物である剣を引き抜いた。
敵の数は三匹。
何れも同種族で、獣がごっちゃ混ぜになった醜怪な姿を持つ《妖獣》の類いであった。
『ギゥェー!』
『グィゲェー!』
その醜悪な姿に似つかわしい耳障りな妖獣達の奇声に、俺は、思わず顔をしかめる。
その隙を衝くように、敵の一匹が襲い掛かって来た。
『危ない、マスター!』
スィーナの警告の叫びに応えるように、俺は、手にした剣で相手の躯を薙ぎ払う。
確かな手応えを感じた俺の目の前で、返り討ちになった敵が地面を転がった。
「流石に一撃で終わりという訳にはいかないか……」
相手の生命力の高さに舌を巻きながらも、俺は、目の前の敵が恐れるに値しない事を感じていた。
「スィーナ、何時もの通り支援のみで大丈夫だ」
『はい、マスター。了解しました』
俺の言葉に含まれる余裕から、状況の危険性が低い事を察したスィーナは、返事をして指示の通りに支援の態勢で構える。
「取り敢えず、一匹ずつ確実に仕留めて行くしかないな」
俺は、そう判断すると、先ず手負いの一匹に止めを刺す可く狙いを定めた。
『ギィーグゲァーッ!』
手負いである一匹が上げた奇声に反応して、残る無傷の二匹が前に躍り出た。
「成る程、そう簡単には遣らせてはくれないか」
連携の構えを示した敵の姿に、俺は、気を引き締めるように武器である剣を構え直した。
俺は正三角形を描くような陣形を取る妖獣達と睨み合う様に対峙する。
『《戦女神の加護》!』
スィーナは、対象者の傷を癒すと共に戦闘能力を高める《魔導》を発動させ、それを俺に施した。
「ありがとう、スィーナ」
万全の態勢となった俺の反応に、妖獣達は警戒を強めると共に、何時でも襲いかかれるよう低い姿勢で身構える。
それに対し俺も警戒心を新たにした。
「(一対一なら、恐れるに足りない相手だが、同時に二匹、三匹となると油断はできないな)」
相手の動きに気を付けつつ、如何動くかを考える俺を嘲笑うように、前衛の二匹が先に動いた。
「来る!」
俺は、ほぼ同時に迫り来る敵の攻撃に対処する術を図るべく、その動きに注視した。
しかし、次の瞬間、それが失策である事を思い知らされる。
「くっ!」
妖獣達は、二匹が共に俺の横を擦り抜けるように走り、更には、残る一匹も新たな動きを見せた。
「始めから俺ではなく、スィーナを狙っていたのか!」
気付いた時には既に遅く、先に動いた二匹がスィーナへと、そして、残りの一匹が俺へと襲い掛かる。
「スィーナ、逃げろ!」
『《猛ける氷牙》!』
焦りながらも迫り来た敵の攻撃を剣で受け止めた俺の叫びに応えるように、スィーナは、冴えを以って響く《力導く言葉》を紡いでいた。
発動と同時に生まれた氷の杭が楔となって、二匹の躯へと刺さる。
そして、打ち込まれた氷の杭は、そこに宿す冷気の魔力で相手の動きを封じ込めた。
『マスター、今です! 止めを!』
スィーナの言葉に応えて、俺は、素早く身体を翻す。
「《烈風の乱斬舞》!」
俺は、《力持つ真名》を気合いに代えて、スィーナに退けられた二匹を切り伏せた。
『《煌めく雷撃》!』
スィーナによって再び紡がれた《力導く言葉》の攻撃魔法が、残る一匹を捉える。
躯の痺れに地面をのたうち転げる妖獣。
「はっ!」
短い気合いの息と共に振り下ろされた俺の剣が、最後の敵の生命を絶った。
「終わったな」
『やりましたね、マスター!』
塵となって消え去る妖獣達の屍を一瞥し、俺とスィーナは、勝利の余韻に浸る。
「しかし、スィーナ、何時の間にあれ程の攻撃魔法を会得したんだ?」
俺の知る限り、スィーナが使える攻撃魔法は初歩の初歩レベルだった筈である。
『はい、この前、親切な《魔司》さんと出遭って、軽く指導して貰いましたです』
嬉しそうに応えるスィーナ。
そして、その口からは、更に驚く言葉が続けられた。
『何時までもマスターに護って貰うばかりのワタシでは駄目なのです。これからは、もっともっと頑張って、マスターのお役に立てるワタシになるのです』
「スィーナ、お前は今までだって、充分に役に立ってきたよ」
健気な想いを示すスィーナの言葉に、俺は、偽らざる想いで応える。
『ワタシが強くなれば、マスターは、もっと強くなれます。だから、ワタシは頑張るのです』
「そうか、じゃ、俺ももっと頑張らなくちゃだな」
『はい、お互いにガンバレです!』
そんな遣り取りを交わし笑い合う俺とスィーナの背後で、その『異変』は現れた。
「!?」
『ッ!』
背筋が凍りつく程に威圧的な波動を感じ、俺達は、互いに顔を見合わせる。
「危ない、スィーナ!」
発したその言葉と同時に、俺は、スィーナの身体を抱きかかえて跳んでいた。
俺はスィーナの身体を両腕に包み込み、跳躍の勢いのままに大地を転げる。
次の瞬間、それまで俺達がいた地面に、深い溝が穿たれた。
大地に揉まれた身体の痛みを無視して、起き上がった俺の瞳に敵の姿が映る。
それは、巨大な体躯を持つ、正に異形と呼ぶのに相応しい獣だった。
虎を思わせる胴体と四肢、背中には玉虫色の彩を放つ羽根が生え、頭は異彩の斑を持つ人間に似た形をしていた。
そして、その容姿の中でも、最も異様であるのが血に餓えた者が持つ狂気の色を宿した双眸であった。
「(あれは、一体、何だ!?)」
俺は、目の前に現れたその存在に、魂の奥に在る恐怖心を震え上がらせていた。
『マスター!』
スィーナの声で、俺は、恐れに魅入られていた心に正気を取り戻した。
「スィーナ、アレは危険すぎる! 逃げるぞ!」
俺は本能が感じた危機感に従い、その場を退く事を素早く決断する。
『はい! 了解です、マスター!』
「先に行け、スィーナ!」
俺は、武器である剣を腰の鞘から引き抜きながら、スィーナへと先に逃げるように促す。
『しかし、マスター…』
「良い、俺には構うな! 少しだけ時間稼ぎをしたら、直ぐに退く。行け、スィーナ!」
躊躇うスィーナに少し強い口調で逃げるよう指示し、俺は、敵の動きを制するべく視線をやった。
『久しぶりの獲物。逃がすものか!』
「っ!?」
俺は、違和の無い人語を口にする敵の姿に、少なからず驚かされた。
「……信じられない。まともに人間の言葉を話すのか…」
『そのような事で驚くとは、何たる無知蒙昧! 正に愚かしき獲物よ!』
嘲りと侮蔑に満ちた眼差しを俺に向け、巨獣は笑い声である咆哮を上げた。
その言葉に、俺は、目の前の獣が持つ知性の存在を感じ取る。
「如何やら、何があっても見逃す意志は無さそうだな」
『ふっ、分かりきった事を問うとは、愚の骨頂! 救い難き愚か者よ!』
その一つ一つの言葉に、巨獣が持つ頑迷なまでの尊大さが滲み出ていた。
「ああ、確かにこんな所を彷徨っている俺は愚かだが、その俺以上にお前は愚かだよ。お陰で、労無く十分な時間稼ぎができた」
俺の言葉に違わず、期待通りにスィーナは既に逃げ切っていた。
後は、自分の身を何とかすれば良いだけだった。
「では、そういう事だ!」
俺は、言い放つと一気に駆け出した。
『逃がしはせん! 《脳髄震わす烈波》!』
巨獣が叫び放った咆哮は、衝撃波となって大地を薙ぎ震わせる。
「くっ!」
その凄まじい威力の前に、俺は、凍りついたように身体の自由を奪われた。
『さあ、愚か者よ。我が血肉の糧となるが良い!』
巨獣が再び咆え、身動きの出来ない俺を喰らうべく牙を剥く。
『《魂解き放つ爽歌の調べ》!』
「っ!」
俺は、金縛りが解けるのを感じると同時に、敵の攻撃を回避する為に背後へと跳んだ
正に間一髪で避けた身体に、巨獣が吐く息を感じる。
「スィーナ、何故、戻った」
金縛りから解き放ってくれた相手の正体を知り、俺は、そう口にする事しか出来なかった。
『やはり、マスターを残して自分独り逃げる事は出来ませんです!』
スィーナという存在が持つ忠義と礼節の篤さを思えば、それは当然の行動であった。
「……そうか、分かった。お前のお陰で、本当に助かったよ。こうなったら、なんとしても共に無事この窮地を脱するぞ、スィーナ!」
『はいです、マスター!』
スィーナの行動に勇気付けられたのは、事実であるが、目の前にある危険が減った訳ではなかった。
「敵はあの巨体だ、そうそう小回りも利かないだろう。一か八か二手に分かれて敵を攪乱しながら走るぞ!」
『了解です! 御武運を!』
逃げるのに武運を祈るのも変だと思いながらも、俺はスィーナに同じ言葉を掛けて、走り出した。
『愚かな、逃がすものか!』
俺達の行動を嘲って言い放ち、追撃の為に走り出す巨獣。
しかし、俺の思惑通りその追走は、勢いに任せた暴走に過ぎなかった。
「後もう少しだ、頑張れ、スィーナ!」
『はい、マスター!』
巨獣との間に十分な距離を稼ぎ、脱出口が見えた事に、俺もスィーナも安堵の笑みを浮かべる。
後もう少しという時に、その存在達は、最悪のタイミングで現れた。
「ファーシィ、クィーサ、二人共逃げろ!」
普段の経緯を考えれば、煩わしいとも感じさせられる相手達では在ったが、流石に危険を押し付ける訳にはいかず、俺は、簡潔な言葉で取るべき最良の行動を促す。
しかし、それはこれまでの経験通り無意味な行為に終わった。
「あーら、『逃げろ』ですって、誰にモノを言っているのかしら、敵を前にして戦わずに逃げるなんて私の性分では無いわね」
「何を言っている。アレは普通に遣り合って如何にかなる程度の相手じゃない!」
この遣り取りの間にも敵が間近へと迫っている事を考えると、自然に俺の口調は乱暴なモノになっていた。
『君子危うきに近寄らずです。ここは、勇気ある撤退をいたしましょうです』
「そうね、確かにそんな言葉が存在します。しかし、『虎穴にいらずんば虎児を得ず』とも言います。危険を冒さずして冒険者とは成り得ません。ここは勇気を持って戦いましょう、セティ様!」
・・・そして、貴女達はあの虎モドキの胃袋にでも飛び込む積りですか?
『勇気と無謀は違います。マスター、今日の危険を避けて、明日の困難に挑む事こそ真の勇気です』
・・・スィーナ、良い見解をありがとう。
「俺もスィーナの言葉に賛成だ。それにここでアレと遣り合うのはなんか凄く否な予感がする。だから、この場は大人しく退こう」
自慢じゃないがこういう時に抱く俺の勘には、妙な的中率がある。
予感が現実になる前に、撤退するのが賢明と思われた。
「臆病な事を言ってくれるわね。それでも《魔物を討つ虜刃》なんて異名を持つ冒険者なの! 私は誰が何と言おうとも退く気は無いわよ!」
「そうですね、貴方の事は、正直、見当はずれだったのかもしれません。私は戦うわよ、クィーサ」
二人は俺を臆病だと笑うような視線を向けて、心外だと口にする。
『マスターを莫迦にしないで下さい! マスターは、貴方達の身を心配して言っているのです!』
俺に代わって感情をぶつけるスィーナ。
そこには、俺が今までに見た事が無い激しさが存在していた。
「スィーナ、ありがとう。だが、もう手遅れみたいだ」
・・・そして、済まない。
俺は、怒りの収まらないスィーナの身体を宥めるようにして抱き締め、その手遅れとなった危険に巻き込んだ事を無言で詫びる。
「そうね、もうやるしかありません」
「だから、覚悟を決めなさい!」
ファーシィとクィーサに促されるまでも無く、俺の覚悟は既に決まっていた。
そう、スィーナを護る為にも、戦って敵を退ける以外の道は最早残されていなかった。
「《滅び導く熾光》!」
「《身魂惑わす光華》!」
邪悪なる者を灰塵に帰する力。
敵の心を幻惑に誘う力。
ファーシィとクィーサの《力導く言葉》によって、二つの《神聖魔法》が完成する。
愈々、二人がその力を巨獣へとぶつけようとした瞬間、その闖入者は現れた。
「待って、撃つな!」
それは、胸部鎧のみの軽装に反し、華美を過ぎる装身具の群を身に着けた一人の剣士。
「危険な事になるぞ!」
巨獣と俺達の間に割って入った彼は、再び警告の言葉を口にして、魔導師二人を制止した。
その彼を一瞥した二人は、一瞬だけ止まると、忠告を黙殺して、巨獣へと力を解き放つ。
「莫迦な真似を……!」
そう口にした彼の表情にあったのは、悔恨と烈しい憤りであった。
狙いに違わず巨獣の躯を捉えた魔力の光は、烈しく弾けて霧散する。
「効いて無い?」
「否、最悪の事態を招いてくれた。スィーナ、俺に《魂乱す酩酊》を頼む!」
『? はいっ!?』
突然、名前を呼ばれた事以上に、彼が口にした要求に、スィーナは面食らっていた。
「ちょっと、貴方! 突然現れて、何をふざけているのよ!」
「ふざけているのは、どっちだ。お陰でこっちは恥の上塗りも必死だ。これ以上の問答は要らない。《神の御子姫》、主を護りたければ、俺を信じろ!」
彼は、心に抱くその憤り以上の感情に耐えながら、真摯な眼差しでスィーナに命じていた。
『はい! 《魂乱す酩酊》!』
彼の示す意志に圧されるように、スィーナは、《力導く言葉》を紡いだ。
発動して生まれた魔力の光を受けて、剣士の身体に異変が現れる。
「助かった。約束通り、本気で遣ってやろう!」
不敵な笑みを浮かべて言い放つ剣士の身体からは、烈しい闘氣が陽炎となって昇っていた。
『何奴かは知らぬが、獲物が増えるのは好ましい限りだ! 死ね!』
「黙れ、難訓の鬼畜! 大言は、この俺に掠り傷の一つでも負わせてからほざけ!」
振り下ろされる巨獣の拳。
剣士は、言い放つと同時に鞘から抜いた長剣の一振りで、それを弾き返した。
「温いな、本気を出せ! その程度では《死を狩る凶獣》の名が廃れるぞ!」
『ふんっ、面白い。我が名を知って怖れを抱かぬ人間が在るとは、興味深い! 望み通り、思う存分に狩ってくれるわ!』
互いに奮い立つ両者の遣り取りに、俺を始めとするその場の全員が畏怖の感情を抱いていた。
「セティ、と言ったな。呆けてる暇は無い。そこの二人がかましてくれた失態のお陰で、直ぐにこの周りの妖獣共が全て見境無く襲い掛かってくるぞ。それに運が悪ければ、あの程度の『外道』とは違う化け物が現れるかもしれないからな」
「貴方は、先刻から何を言っているのですか? そもそも私たちの失態って如何いう意味ですか?」
ファーシィの疑問は尤もなモノだったが、それ自体が更なる失態であった。
「《死を狩る凶獣》、奴の存在に刺激され怯え狂った獣達の本能は、見境無く全てに襲い掛かる。知らなかったなんて言い訳は通用しない。俺はちゃんと警告したのに、お前達はそれを嘲笑って無視し、その挙句にこんな状況を招いた訳だ。流石は、《秩序の王》と《力威の王》の懐刀、奴等に似てその己惚れに培われた傲慢さは度し難いな」
その言葉と共に酷薄な笑みを浮かべてファーシィ達を一瞥した彼の瞳には、彼女達を見透かした先に在る者達への憎悪が宿っていた。
それは、見る者の心を凍えさせる程に、暗く冷たい眼差しだった。
「来るぞ、セティ! スィーナ! こんな所で転ぶなよ!」
俺達へと警戒を促す言葉を言い放つ彼の眼差しには、先刻に見せた冷酷さは無く、誇りに満ちた優しさすら感じさせる温もりが宿っていた。
・・・不思議な人間だ。
『マスター、敵に囲まれています! 気をつけてください!』
スィーナの警告の言葉が、剣士の言葉と重なって、俺を動かす。
「ファーシィ! クィーサ! あの巨獣は、彼に任せて、俺達は奴らの相手をするぞ!」
下手な手出しをすれば、反って彼の邪魔をする事になると判断し、俺は、周囲を取り囲むようにして現れた妖獣達と対峙する事を選んだ。
それを一言で言い表すなら、『鮮烈』という言葉こそが相応しかった。
荒れ狂う巨獣の猛攻を、彼は、自らの繰り出す剣撃の連打で軽くいなしていた。
その表情には、目の前に立ちはだかる難敵との戦いを楽しむ余裕すら存在していた。
「凄い…」
俺は、無意識の内に彼の戦いを目で追い、驚嘆の言葉を漏らしていた。
『マスター、来るです!』
スィーナが口にした警告の言葉が、俺の意識を一瞬の夢想から、今、対峙すべき現実に引き戻した。
「スィーナ、頼む!」
俺は、一心同体のパートナーに一言で指示を伝え、迫りくる敵の群れに突撃する。
そこに恐れは無く、在るのは、戦いに必要となる意思のみだった。
一撃、又、一撃と振るう刃で、敵である妖獣達を屠っていく。
自分でも驚くほどに体が軽く、そして、何よりも心が昂ぶっていた。
それは、スィーナが与えてくれる加護と、彼の戦いぶりに触発されたが故であった。
視界に捉えた敵の全てを退けた俺は、更なる敵を求めると同時に味方の状況を確かめるべく、視線を戦場に廻らす。
その視線の先に、一瞬の邂逅ではあるが彼と視線が交わる。
互いに背中を向け合い、後目に交わる形となった彼の眼差しは、先刻と同じ、不思議な優しさに彩られていた。
俺は、その色が信頼であるということに気付く。
彼が、自分に対し抱くその信頼の理由は分からなかったが、その意味は理解できた。
「スィーナ、ここは任せる」
俺は、自分が彼に示された信頼と同じモノをパートナーである存在に示し、更なる戦いに繰り出す。
そう、それは、自らの背中を任せることであり、同じ戦場を生きる為の契約であった。
俺の背中をスィーナが守り、彼の背中を俺が守り、俺達の背中を彼が護ってくれる。
その確かな信頼によって築かれた守護の陣形は、何者をも恐れぬ強固さを誇っていた。
況してや、今、俺とスィーナの傍らには、確かな実力と経験を持つ優れた冒険者が二人も揃っている。
その状況は、俺達の戦いに有利に働く筈だった。
だが、俺は、その考えが如何に甘かったかを思い知らされる。
頼みとなる筈のファーシィとクィーサの間には、まともな連携と呼べるモノは無く、互いが互いの力を殺す悪辣な戦いを繰り広げていた。
彼女達の戦いのスタイルを知らない俺ですら分かるほどに、二人の不具合は酷かった。
同じ魔導を統べる身に在る魔導師である彼女達ならば、互いの呼吸を読んで戦う事など容易な筈であった。
しかし、二人は、唯、自分の意思のみに捉われて、身勝手なままに戦い続けていた。
「二人共、何を遣っている!」
俺は、苛立ちを抑えられずに叫んでいた。
彼女達が好き勝手に戦えば戦うほど、その負荷がスィーナへの加重になる事は明らかだった。
自分に与えられる支援が無くなる事など、今の俺にとっては瑣末な事だった。
しかし、その負荷による限界がスィーナの身を危険に晒す事だけは見過せなかった。
『……』
俺の声に一瞬反応し視線を向けたファーシとクィーサは、そのまま、黙殺の姿勢を示した。
『自惚れ』と『傲慢』、彼が彼女達を評して語った言葉が、俺の脳裏に蘇る。
それは、彼の憤りと憎悪の意味を知る全てとなった。
「遣るしかない!」
俺は、今まで経験した中で、最低最悪となる戦いに挑む覚悟を決めると、唯一つの希望である二人の『仲間』を護るべく、自らを奮い立たせた。
乱戦の中、自らの身を切り裂く妖獣達の爪牙の痛みに耐え、俺は、獲物である剣を振るい続けた。
一秒でも早く、一匹でも多く、疾く鋭く振り放たれる刃の煌めきは、敵の生命を確実に奪い去っていく。
それが自分と仲間達の勝利に繋がると信じ確信した俺の期待を運命は裏切る。
「遅かったか……」
険しい表情で呟く彼の視線の先、巨獣の背後にそれは現れた。
それは、巨獣と呼ばれるモノより尚大きく、そして、更なる危険な異様を以ってそこに存在していた。
雲にも届くのではないかと思わせる巨躯、鋭く天を刺す二本の曲角を頂く獣相、そこに収められた目は人間に倍し、その口に在る牙の群れは岩をも噛み砕かんばかりに鋭く凶暴だった。
そして、何よりも威圧を感じさせるのは、彼のモノが六臂に備えた巨大な武具の異相だった。
その形は、冒険者である自分にとって見慣れた物である。
しかし、その大きさは、俺の常識を遥かに超えていた。
六本の腕の一つに収まる得物は『剣』、それは、今、自分の手に在るモノと同じである。
しかし、その大きさには、『一』と『十』の大きな隔たりがあった。
正に、それは、『兇器』であった。
それと同等の大きさを持つ他の武具の全てが、その存在の手に、まるで玩具のように軽々と収まっていた。
俺にとっては『巨大』な得物が、相手にとっては玩具の如き『小物』である事実、それは、俺の心を恐怖で凍えさせるのに十分だった。
その存在に、威圧されているのは、俺以外の存在も同じだった。
唯一人を除いて。
「でかいな、アレ」
新たなる存在に戦意を殺がれ不動の状態にある巨獣を無視して、彼は、嬉々として呟いた。
そこに、先刻見せた表情の険しさは皆無だった。
俺は、味方である筈の存在に、畏れを抱かずにはいられなかった。
「なあ、セティ、一つ面倒な頼みをしても良いか?」
「?」
颯爽と退き、何時の間にか俺の傍らに在った彼の問いかけに、俺は無言の視線でその言葉の意味を問う。
「俺がヤツを倒すまで、あの巨獣の相手をしてくれないか?」
『勿論、倒しても構わないがな』と付け加えられた彼の言葉に、俺は、二重に驚かされる。
「俺に、あの巨獣を倒せると?」
彼が口にした言葉の意味を理解した俺は、自分でも半信半疑な思いでそう問い返していた。
「今この状況で、お前以外の誰に、あの巨獣を倒せる可能性がある」
『可能性』、その言葉を口にした一瞬、彼の視線が俺の腰に在る剣に向けられる。
「否、正確に言うと、『お前達以外』、だな」
重ねられた言葉の視線の先には、俺のパートナーであるスィーナの姿が在った。
「分かりました、遣ります」
俺は、覚悟を決めると、対峙する相手を妖獣達から、《死を狩る凶獣》へと代えて獲物である剣を構え直した。
その俺の姿を一瞥して、彼は、一瞬の困惑を浮かべるが、直ぐに意識を切り替えて、自らの敵へと備える。
「では、任せたぞ、セティ!」
告げると同時に彼は、巨獣の脇を電光石火の突進で駆け抜けた。
「お前の相手は、俺だ!」
無防備となる彼の背中を狙う巨獣に先んじて、俺は、牽制の為に斬り掛かる、
『ふんっ、我を侮るとは小賢しい、望み通り貴様から殺してくれるわ!』
恫喝の言葉と共に、巨獣は、振り下ろす爪拳で俺の攻撃を迎え撃つ。
俺は、気合いの息を吐いて繰り出す斬撃に更なる力を込めて振り放った。
ぶつかり合う刃と爪の間に、閃光の火花が散り、甲高い音と共に両者は弾けて別れる。
「重い……っ!」
俺は、衝撃に痺れる腕の痛みに呻きを漏らす。
そして、この痛烈な攻撃を軽々といなしていた彼の力量に舌を巻いた。
『どうした小僧、もう我の力に怖じたか!』
苦悶に歪む俺の表情を見てとり、巨獣は、愉悦に近い笑みを浮かべた。
「否、唯少し驚かされただけだ」
・・・お前にではなく、お前と戦っていた彼の力にな。
『そうか、ならば、更なる驚苦に打ち震えるが良い!』
嘯く俺の言葉を嘲り、巨獣は、次なる攻撃を繰り出す。
俺は、無言でそれを見てとると、素早く後ろに退いた。
それは、敵の攻撃を回避すると同時に、相手を彼から引き離す為の後退だった。
思惑どおりに誘われる敵の動きに満足しながらも、俺は、相手の敏捷さに油断が禁物であることを思い知らされる。
明らかに間合いを詰める敵の動きの方が、それを引き離そうとする自分の動きより素早かった。
下手に退き続ければ、背後にいるスィーナ達を巨獣の攻撃範囲に巻き込む恐れがあると判断した俺は、今一度、得物である剣で敵が繰り出す攻撃を受け止めると、自分が立つ位置を絶対の防衛線に定める。
「ここが踏ん張り処か」
そう自らに言い聞かせ、俺は、文字通り敵の攻撃を受け止めている自らの足を強く踏ん張り、刃に乗る巨獣の爪拳を鋭い気合いと共に押し返した。
『ふんっ、ちょろちょろと逃げたと思えば、小癪な! これ以上、逃がしはしないぞ!』
巨獣は、俺の示す抵抗を煩わしげに一括し、その双眸に強い殺意を宿す。
それは、目の前に在る自分という獲物に、相手が本気になった証であった。
「そうこなくちゃ面白くない。来い、相手をしてやろう!」
もう既に覚悟が出来ている俺にとって、目の前の敵は怖れる必要のある脅威ではなかった。
唯、怖れる事があるとすれば、それは、背後にある存在の安全のみだった。
幸いにも、それに仇なそうとする妖獣達の戦意は弱まり、戦いの趨勢は決しようとしていた。
その俺の判断は正しかった筈であった。
それが、普通の状況で在ったならば。
『 !』
音に鳴らない咆哮、しかし、脳髄を麻痺させるその雄叫びは、最も近くにいた俺は勿論、十分に離れた位置に在った者達の魂を支配し、一瞬の隙を生み出させた。
それを敵の威嚇と判断し身構える俺を嘲笑うように、凶獣は再び咆えた。
《死を狩る凶獣》の咆哮、それに恐怖し、歓喜した狂乱の獣達が、完全に無防備となっていたスィーナ達に襲い掛かる。
「逃げろ、スィーナ!」
俺は、狂った獣達が真っ先にその爪牙の餌食にしようと狙うであろう存在に対し、警告の叫びを放つ。
自分がその傍らに在ったならば、身を挺して庇う事が出来ただろう。
しかし、それは叶わぬ願いであった。
一縷の望みが在るとしたら、それは、自分に代わって、その傍らに在る二人の存在がもたらす救いである。
しかし、それは望むことすら空しい想いだった。
当然の如く自らの身を護る事を優先し、スィーナという存在を切り捨てることを選ぶ二人の魔導師。
「俺は、又、大切なモノを護れないのか…」
俺の心に嘗て経験した恐怖と絶望が蘇る。
群がる獣達が壁となって、スィーナの姿を覆い隠す。
望まぬ現実を絶望が満たそうとしたその瞬間、それは天より舞い降りた。
『《 》』
ゆらゆらと揺れながら漂う様に花弁をたなびかせる一輪の華。
詠うは至高の詩、奏でるは天上の調、舞うは華美に華やぐ神楽舞。
それは、正に神の社を彩る為に存在する花房の化身であった。
否、その存在が身に纏った花弁を想わせる幻耀の光は魔力の陽炎であり、詩・調・舞からなる三位の全ては、それを統べる意思の顕れだった。
花房の化身たる『彼女』の意思に導かれた力は、光の刃となって、スィーナに襲いかかろうとした獣達を尽く灰塵に変える。
「お久しぶり、スィーナちゃん。元気にしていた?」
呑気な口調で挨拶する『彼女』の姿に、スィーナを始めとする誰もが唖然とする。
『……ありがとうです。助かったです』
救いの主である『彼女』の親しい挨拶に対し、自らも親しい感謝の言葉で応えるスィーナ。
その白銀に輝く毛皮の外套を頭から被った『彼女』の姿は、外套のフードに備えられた獣耳もあって、スィーナと良く似たシルエットをしていた。
「後顧の憂いも絶ったし、これで転んだら笑いモノよ!」
満面に嬉々として言い放つ『彼女』。
その視線の先には、彼の姿が在った。
「という事だ。笑われるのは癪だし、気合い入れてくぞ、セティ!」
苦笑に近い声でそう告げる彼の眼差しは、真剣なまでに鋭い意思の光を宿していた。
人間が天より与えられた才能を『天賦』、或いは『天稟』と呼ぶが、『彼』と『彼女』の示す『ソレ』は、そんな言葉で片付けられない眩しいぐらいの輝きに満ちていた。
新たなる敵として対峙する事となった『巨人』が、六本の腕を駆使して振るう熾烈な猛攻を、華麗ともいえる見事な技量で凌ぐ『彼』は、先刻の巨獣との戦いで見せた余裕が決して去勢ではない事を示していた。
そして、彼の戦いぶりと同じか、それ以上に俺を驚かせたのが、彼女の存在である。
『彼女』が使う魔導の力は、スィーナのそれに比べれば数段上ではあるが、ファーシとクィーサと比べて同等程度の階位でしかないのに、二人の『導司』の力を合わせても到底及ばない『鮮烈』な存在感を持っていた。
敵を攻撃魔法で撃てば正確無比、味方を回復と支援の魔法で助ければ完全なる的確さを持ち、延いては、巨獣が狂乱を導く咆哮を上げようとすれば、その絶対の瞬間を狙った一撃でそれを阻止し、反対に俺が奴に対して攻撃する為の隙を作ってくれる。
正に、『彼女』の魔導の力がこの戦場の流れを支配し、それまでに在った衆寡の不利を覆して、味方の状況を有利に変えていた。
その存在は、俺達にとっての『勝利の女神』となり、『彼』にとっての起爆剤となる。
俺とスィーナの事を信頼していたが、それでも気に掛けずにはいられなかったのであろう彼は、彼女の支援を受けて戦う俺達の姿を一瞥し、それに満足の笑みを浮かべると、次の瞬間には、完全な戦士の表情となり、自らの敵と真っ直ぐに対峙した。
『彼女』が戦場の流れを支配する存在であるなら、攻勢に転じた『彼』は、正に戦場の空気の全てを支配する存在であった。
彼が気合いと共にその手にした長剣を振るう度に、その身から発せられる強烈な闘氣によって、その場の空気が打ち震える。
彼と対峙する巨人は勿論、その空気に包まれた敵の全てが、そこに「恐れ」を感じていた。
・・・凄い、これが真の英雄である者が持つ力というモノなのか。
俺の心と魂は、彼が身に纏う『本物』の力に対し、『畏れ』と共に『歓喜』にも似たモノを感じて、打ち震えていた。
そして、俺は、自ずと『彼』と『彼女』が何者であるか、その正体に気が付いた。
彼こそが、師である存在を超える事を求めたアルディナより託された想いに応える為に、俺が超え無くてはならない『壁』である存在。
俺は、戦いが膠着状態となった巨獣と睨み合いながら、その視線の一端で彼の戦いに目を向ける。
巨大ともいえる体躯の巨人を相手にして、それを圧倒する強さを示す『彼』によって振るわれる『戦場の盟友』は、神々しき輝きを身に纏ってそこに存在していた。
「大丈夫?」
何時の間にか俺の傍らに在った彼女が気遣いかけてくれた言葉が、俺の意識を自らの戦いへと引き戻す。
「大丈夫です。唯、少しだけ眩し過ぎて……」
「眩しくても見たいと思えるのなら、それで充分よ」
彼女が告げるその言葉からは、何故だかそれがとても深い意味を持っているモノである事が感じられた。
「でも、今は目の前の戦いだけを見ていなさい。そうでないと、大切な存在がその手から零れ落ちてしまうかもしれないから」
それは叱るのではなく、諭す言葉。
そして、何故か深い悲哀を滲ませた言葉であった。
「分かりました」
俺は、その言葉を示す様に握った剣に力を込め直すと、目の前の敵へと意識を集中させた。
彼と彼女の活躍により戦況が有利になったとはいえ、目の前にいる存在が俺にとって未だ強敵である事には変わりはなく、俺は、巨獣と一進一退の攻防を続ける。
しかし、その戦いにも終わりが見えようとしていた。
咆哮によるこちらへの撹乱が封じられ、周囲から湧き群がってくる妖獣達の群れがスィーナ達によって一掃された事により、完全な形で巨獣との戦いに臨めるようになった俺の攻撃が、徐々に相手を押し始める。
「今よ!」
『マスター、チャンスです!』
彼女とスィーナが略、同時に放った言葉に違わず、終に巨獣との決着を着ける絶好の機会が訪れる。
その機会を『彼女』が俺に譲った理由は分からないが、俺は、迷う事無く動いた。
「《万物を滅ぼす神光》!」
「《魂焼く熾烈の闇雷》!」
それが、《力導く言葉》である事は、これまでの経験により一瞬で理解できた。
しかし、『誰が紡いだ言葉』であるかを理解するのに俺の思考は時を求め、それは一瞬とはいえ確かな隙となり、最悪な状況へと至る原因となった。
「セティ、逃げろ!」
「危ない、逃げなさい!」
『マスター、逃げてください!』
『彼』と『彼女』、そして、俺の『導き手』が其々に叫ぶ悲鳴にも似た声が、俺の思考を加速させる。
それは、ファーシとクィーサによって放たれた攻撃魔法からではなく、目の前にいる深い痛手を負って弱っている敵から逃げろという意味であった。
俺は、三者の警告を考えるよりも先に実行し、背後から放たれた魔法を避ける為にも、一瞬で身体を翻す様にして真横へと跳んだ。
正に寸でというタイミングで背後からの攻撃をかわす事に成功した俺だが、体勢を保つ事が出来ずにそのまま地面を転がる。
二度三度と地面を転がり止まった俺が、体に感じる痛みに耐えて起き上がると、その視線の先に丁度、敵である巨獣の姿が在った。
『********!』
攻撃魔法を身に受けた巨獣が口から放った言葉にならない叫びは、悲鳴であり、咆哮であり、これから訪れる死の宣告である。
だが、それは、巨獣ではなく、俺達に対する『死の宣告』であった。
瀕死と迄はいかなくとも、確かに手負いの身であった筈の巨獣は、それを感じさせない強烈な唸り声を上げ、眼を血走らせ狂ったように猛り暴れまくる。
その姿から、警告の言葉に従わずにあのまま攻撃を仕掛けていたら、自分の身が如何なっていたのかを覚り、俺は、背中に冷たいモノを感じる。
「雪華、お前はそのネコと、序に莫迦者二人を護って遣れ。彼は、俺が助ける!」
事態の急変に唖然としかける俺の思考を、彼の叫び声が現実へと引き留めた。
『サセルトオモウナ、ニンゲン!』
宣言通りに俺の元へと駆け付けようとする彼の前に、反撃に転ずる機会と判断した巨人が立ちはだかる。
「ならば、力を以って押し通るのみ!」
気魄に満ちた闘志を示した彼は、宣言通りに本気の構えで巨人を睨んだ。
俺は、彼に加勢する可きかと一瞬考えるが、変貌した巨獣が真っ先に攻撃の相手として狙う存在が誰であるのかを考え、それを防ぐ為に動く。
「お前の相手は、俺だ!」
敵の意識がスィーナ達に向けられる前に、挑発の意味を込めた一括を巨獣へと放つ。
俺の叫びに反応を示した巨獣は、それまでとは明らかに違う狂気に満ちた眼差しでこちらを睨むと、躊躇う事無く突進してくる。
敵が挑発に乗ってこちらに意識を向けた事に安堵しながらも、俺の心は冷静に、その突撃を真正面から受ける事が危険だと判断していた。
猛烈な勢いで突っ込んでくる巨獣の突進を何んとかかわした俺は、身体を翻して敵の背後を討つ可く駆け出そうとした瞬間、それが無謀である事を知らしめられる。
俺に攻撃をかわされると同時に、巨大ともいえる躯を風のように翻した巨獣は、俺が攻撃に転じるよりも一瞬早く、逆に襲い掛かってくる。
強烈な勢いで振り下された猛攻を間一髪で防いだ俺を嘲笑うように、巨獣は、猛烈な勢いで続く攻撃を繰り出す。
嵐の如き連続攻撃を持てる力の全てを奮って打ち返す様にして、何んとか防ぎ切った俺は相手の攻撃が途切れた一瞬の隙を衝き、一気に背後へと跳び退って間合いを取った。
『目の前の戦いだけを見ていなさい。そうでないと、大切な存在がその手から零れ落ちてしまうかもしれないから』
先刻、彼女から告げられた言葉が俺の脳裏に甦る。
目の前に在る敵が『死を狩る凶獣』と呼ばれる理由を理解した俺は、相手の尋常ならざる俊敏さと戦場を取り巻く状況を考えれば、彼が動けない今、何としても唯一の戦士である自分がこの戦いに決着をつけなくてはならないと覚悟を決める。
相手は、危険すぎる程に強大な力を持つ存在であったが、不思議と俺の心には、それに対する恐れは無かった。
それは自らが傷付く事より、大切なモノを喪う事の方が怖かったから。
『死とはそれを恐れる者を何よりも好み、真に生きたいと望み、そして、自分以外の誰かを護りたいと望み戦う者を逆に畏れる存在である。だから、真の強さを持つ戦士は、如何なる戦場に於いても生きる勇気と戦う勇気をを失わない者である』
誰よりも誇り高く高潔であった真の戦士であり、俺にとって誇りであった祖父が遺した教えが心に甦る。
そう、俺は既に最初から、自分が為す可き事を知っていた。
俺に足りてなかったのは、唯、それを行う為の勇気だけである。
そして、その勇気を与えてくれる大切な存在がこの戦場にいる今、俺は、その全てに報いなくてはならない。
自らの誇りとそして、今日、この日までに出会った全ての大切な存在達の想いに応える為、俺は、自らを変える第一歩を踏み出した。
「*****!」
全ての迷いを断ち切り、そして、自らの戦士の魂を奮い立たせる為に俺は、敵に負けない咆哮を上げて駆けだした。
その俺の突撃を最後の足掻きと捉えたのか、凶獣の眼に残忍な狂喜の光が宿る。
止めとばかりに鋭い爪を生やした剛腕を、俺目掛けて振り下す巨獣に、俺は、自分でも驚く程に好戦的な笑みを向けた。
それを見て取り訝るように顔を歪める巨獣の表情が次の瞬間、驚愕に変わる。
俺は、絶対の自信を以って敵が放つ攻撃を、紙一重のタイミングで掻い潜ると、躊躇う事無くその頭上目掛けて跳んだ。
「はぁぁーっっ!」
裂帛の気合を込めって俺が降り下した一撃は、狙い違わず巨獣の頭を捉える。
渾身の力を込めた絶対の一撃。
その手応えから勝利を確信した俺を、現実が裏切る。
鈍い金属音を俺の耳が感じると同時に、俺の手に握られた剣の刃が二つに折れた。
クルクルと回転しながら頭上へと跳んでいく折れた刃の先を後目に捉えながら、俺の思考が一瞬停止する。
無意識に着地はしたが、未だ、現実を理解し切れずにいた俺の眼前で、敵である巨獣が嗤った。
自分が完全に隙だらけである事を知りながら、動けずにいる俺を嘲笑う様に巨獣は、反撃の刃を振り上げる。
「未だだ、セティ! お前の心の刃は未だ折れていない! 否、未だ抜かれてさえいないだろう!」
彼の言葉が指し示すモノの意味。
それを考えるまでも無かった。
俺は、反射的に身体を廻らせる。
それは、敵の攻撃をかわす為では無く、もう一度、『戦う』為の力を手にする為。
旋風の如き勢いで一回転した俺の手に握られた至高の力が、言葉通りの『奇跡』を起こす。
巨獣の鋭い爪の一撃を、アルディナから託された守護者の刃が受け止める。
勝利を覆され驚愕する巨獣。
しかし、次の瞬間、再びの狂喜を身に纏うと巨獣は、もう片方の腕を俺へと振り下した。
『戦士たる者、戦場に出たなら、仮令、無様と罵られ嘲笑われたとしても、生きる為、大切なモノを護る為に、最後の最後まで足掻き続けろ』
その教えと共に祖父が教えたくれたモノがもう一つある。
それは、右腕を折られたなら左腕で戦い、両腕を折られたのなら、刃を噛んで尚戦い続ける覚悟と技。
俺は、その祖父の教えを果たす可く、もう一つの力を引き抜いた。
俺の両手に握られた二本の守護者の刃が、巨獣の二度の攻撃を完全に防ぎ受け止める。
右腕はともかく左腕でも、自分の剛力が凌がれた事実に巨獣が驚愕する。
祖父は、生まれて来た俺が左利きであると知ると、俺の両親にそれを唯、右利きに矯正するのではなく、両腕を鍛える事を勧め、更に普段は右利きとして過ごす事を求めた。
何時いかなる状況に於いても生き抜くための覚悟とその術を授けてくれた祖父の想いが、今、俺に自らの生命と大切な存在を護る力となったのである。
そして、アルディナが俺を信じ託した想いも又、大きな力となって俺を護ってくれたのである。
「これは益々以って、負ける訳にはいかないな」
祖父の技を以って、彼女の想いが込められた刃を振るう戦い。
俺の心は、更なる覚悟を抱いて、熱く燃え上がっていた。
「スィーナ、支援の序に、何か気合いの入る声援を頼む」
『はいです、マスター! ここで頑張って名を上げれば、きっとアルディナ様もマスターにふぉーりんぐ・らぶで間違いなしです! おォー!』
スィーナはそうはしゃぐように叫ぶと、俺の求め通りに支援の魔法を掛けてくれる。
「待たせたな、じゃ、さっさと決着をつけようか」
俺は、不敵に笑って巨獣に告げると、事無げに引いた刃の一振りで鍔迫り合いをしていた、その爪を切り落とした。
爪と一緒に根元の一部を切り裂かれた巨獣は、苦痛の表情を浮かべて僅かに身動ぐ。
その隙を衝いて再び間合いを取った俺は、脱力したように両手の刃を地面へと向ける。
それを見た巨獣は、こちらを睨みつけた後、持てる力の全てを込める為の動作なのか、身を低くして身構えた。
最後の決着を着ける可く、相互いに睨み合う俺と巨獣。
その短くも長い睨み合いに痺れを切らし、先に動いたのは巨獣の方であった。
『*********!』
これまででも一番に凶悪で危険な響きの咆哮を上げて吠えた凶獣は、その名の通り俺の死を狩る為に突進してきた。
全身の体重を乗せた全力疾走の突進。
凶獣は、形振り構わない態を示しながら、その実、冷酷に俺とスィーナ達の位置を計った回避させない攻撃を仕掛けてくる。
俺は、自分でも不思議と可笑しく感じるぐらいに、冷静にそれを見極めると、相手の望み通りにその突進を自らの身を挺して防ぐ構えを取った。
『マスター!』
俺の身を危惧するスィーナの声を妙に心地よく感じながら俺は、自らの盟友である二振りの刃を自身の身体の前で交差させる。
そして、真正面からぶつかり合う俺と巨獣。
体躯の違いとその勢い圧され、自然と地面を退る俺は、相手の身体を押し返す為、短い気合いを吐いて踏ん張る。
俺は、更なる勢いを得んと四肢に力を込める巨獣の躯を巧みにいなし、その巨体を押し流す様に横へと転がす。
正に『柔よく剛を制す』という技を以って、無謀とも思えるその力比べを制した俺に、巨獣が驚愕の眼差しを向けた。
無防備に転がり、更には動揺して心を乱した敵の隙を黙って見ている程、俺もお人好しじゃない。
一気に彼我の間合いを詰めた俺は、手にした双剣を敵へと振り下す。
咄嗟の反応で、拳の反撃を繰り出す巨獣。
しかし、それこそが俺の狙いであった。
振り出された敵の攻撃を右手の刃で受け流すと、透かさず左手で繰り出した一撃で、伸ばされた相手の腕を斬って落とす。
腕を失い更なる動揺を抱く敵に情けを掛ける事無く、俺は、止めの斬撃をその生命が完全に断たれるまで叩き込んだ。
『戦士たる者、戦場で相見えた敵に無用の情けを掛けるのは恥と知れ』
これもまた祖父から教えられた戒めの一つであった。
「如何やら、手助けは無用だったみたいだな」
油断する事なく敵の最後を確かめる俺の背中に、彼がそんな言葉を投げ掛ける。
その言葉を受けて、彼の戦いも含めて全ての戦いが終わった事を知り、俺は、軽く安堵の息を漏らす。
「しかし、見事な戦いだった。流石としか言えないな」
・・・それを貴方が言いますか。
以前の俺で在れば、多少捻くれた見方で、それを嫌味と捉えたかもしれないが、彼の人物を知り、そして、自らも一つの成長を果たした今なら、素直な気持ちで受け入れる事が出来た。
「ありがとうございます。それも貴方達とスィーナの皆の力です」
「ああ、確かにその通りだな。まあ、『皆』というには、一部大きな例外がいるがな」
そう言って俺の言葉に頷いた『彼』は、俺に向けられるのとは真逆の極めて厳しい視線を彼女達に向けた。
「俺は兎も角、お前達が傲慢な考えで彼等に対した事は、決して許される事ではないぞ」
「そうね、『私達』は兎も角、貴女達の所為で、セティ君やスィーナちゃんがどれだけ危険な目に遇ったと思っているのかしら」
彼の辛辣さと違い、彼女のその口調には全くの棘は無いが、公正な判断として今回の問題を引き起こした全ての原因であるファーシ達に対する『真摯な反省』を求めていた。
「無駄だ、雪華。こいつ等にそんなまともな神経が在るのなら、あの救い難き馬鹿者の皇達を助長させる事をしたりはしないさ」
その『助長』とい言葉が正確に何を指しているかは分からないが、俺とスィーナが都度に被っている迷惑を考えれば、この二人が普段、碌な事をしていない事だけは理解できた。
「それで、お前たちは、今回のこの不始末にどう決着を着ける積りだ?」
そう問う彼の眼差しに殺気にも似た危険な色が宿る。
「これは元々、私達と彼との間の問題です。関係無い方が口出ししないでくださるかしら」
「そうね、ファーシ、貴女も偶には良い事言うじゃない」
・・・開き直った。
「分かった。お前達の言うとりだ。部外者は黙っている可きだな」
・・・えっ!
静かに告げる彼の意外な反応に驚いた俺は、無意識に彼へと視線を向けていた。
「要は、俺が『部外者』でなくなれば良いのだな。良いだろう、望み通り貴様たち『光』も『闇』も、この俺が纏めてこの世界から消し去って遣る! その事を貴様たちの皇に伝えておけ!」
「待って雷聖、『彼』との約束は如何するのよ。貴方がそれをしたら、彼は永遠に救われないわよ」
彼は彼女の言葉を受けて、何かを覚った様に目を閉じ考える。
そして、やはり彼の正体は、冒険者で在ればその形はともあれ誰でも知っていると言っても過言ではない『あの人』であった。
「セイウには、悪いと思うが、それでもこいつ等がこの先も撒き散らす害毒を想えば、今すぐにでも正さねばならない。そうじゃないか?」
「……でも……」
『セイウ』という名の人物との間に在る『約束』。
その存在が、彼等の選択肢を狭め、その葛藤が二人を苦しめている事、そして、何よりも今回の俺達が受けた被害が彼の怒りの原因である事は確かであった。
ならば、俺が選ぶ可き選択肢は一つしかない。
「雷聖さん、彼女達の言う通り、直接の関係の無い貴方は、この件に口出しをする可きではないと俺も思います」
「セティ! 本気でそう思っているのか!」
驚く彼と彼女、ほくそ笑む彼女達、その両者を見詰めながら、俺は、自らの想いを告げる為に口を開く。
「ええ、これは俺の問題であって、貴方の問題ではありません。だから、この問題の決着は、俺自身の手で着けます」
そして、俺は、更なる言葉を、自らの覚悟を示す言葉を続ける。
「だから、ファーシさん、クィーサさん、否、ファーシ、クィーサ、貴女達に言っておく。俺は、『秩序の光』と『力威の闇』のどちらにも与する積りは無い。だから、これから先、二度と俺とスィーナの前にその姿を見せるんじゃない。若し、それが護れないのなら、俺が彼に変わって貴女達共々、二つの勢力を討つ!」
・・・ああ、やっと本当の気持ちを、言うべき事を伝えることが出来た。
そう、今回の問題に於ける本当の原因は、俺の心の弱さにあった。
俺が、確かな意思を以って彼女達の勧誘を断り、必要とあれば真正面からそれと戦えば良かっただけである。
それを心の中では分かっていながら、色々な理由を付けて曖昧にしたまま逃げていた俺の行動こそが、問題だったのだ。
誰かが助けてくれるかもしれないと甘えていたが、いざ、本当に助けてくれる存在が現れたらそれに縋るのが格好悪くて、こんな格好の付け方をしてしまう。
そんな俺こそが本当に救い難い『馬鹿者』である。
唯、これが更なる諍いを招く、新たな問題の種になるかもしえない事を思えば、それに巻き込まれる可能性のあるスィーナには本当に悪い事をした。
『マスター、良くぞ言いました! カッコいいです! 最高に素敵です! 流石は、スィーナの御主人様ですぅー!』
・・・あれ、凄く喜ばれてる。
予想に反して、或いは、予想通りに大喜びして盛り上がるスィーナの姿に、先刻の心配が全くの取り越し苦労であった事を教えられる。
本当に最高の『導き手の相棒』だった。
「そうか、成る程、それなら俺が口出しする事は全くないな」
一気に沈静化して満足げに頷く彼の隣で、彼女も又、満面の笑みを浮かべた。
しかし、それで収まらないであろう存在が約二名。
「ちょと、セティ、それ本気で言ってる訳じゃないわよね?」
それまでの相好を完全に崩して、不快そうに問い掛けてくるファーシ。
・・・成る程、やっぱりそれが貴女の本性ですか。
「ふざけないでよ! ちょっと、強い敵を倒したからっていって調子に乗っているのなら、身の程を教えてあげるわよ」
・・・文字通り、殺る気、満々ですか。
でも、不思議とそれまでと違い、彼女の恫喝に全くの怖れを感じなかった。
『さて、先刻、格好付けたばかりだし如何するかな』と、内心で呑気な事を考えていたら、思わぬ所からの助け船が出される。
「良いわね、そういうの。是非、私にもその『身の程』ってヤツを教えてくださるかしら。勿論、より良く理解する為に、遠慮など無くお二人で一緒にお願い致します(ぺこり)」
そう丁寧にお辞儀して『お願い』する彼女の華奢ともいえる身体からは、想像も絶する何かが陽炎となって揺らめく。
それが、抑えきれない怒りによって生み出された『魔力』の暴走の前兆である事を、直ぐにその場にいた全員が覚る。
「「くっ! 覚えていなさいよ!」」
小物臭い捨て台詞を残して、ファーシ達は脱兎もびっくりの速さで逃げて行った。
「なぁ、一々、憶えているのも正直言って面倒臭いし、ここは速攻で追いかけて完全な決着をつけてくる可きなのか?」
・・・否、その気持ちは分からないではないですが、流石にそれは鬼畜過ぎるのでは……?
「まぁ、これで一応は全てが終わったようだな」
「ええ、そうね。本当に皆、無事でよかったわ」
・・・ええ、本当に良かった。
彼と彼女の言葉を受けて、俺は、返事の代わりに、先ずは心から安堵の息を漏らした。
「それも全て、御二人のお陰です。本当にありがとうございました」
俺は、改めて大きく息を吸うと、心からの感謝を込めて、目の前にいる二人に例の言葉を告げて頭を下げた。
『はい、本当にアリガトウございましたです(ぺこり)』
「礼には及ばないさ。だが、雪華、今回はお前のお陰で本当に助かった。俺からも礼をいう、本当にありがとう」
俺と俺に習って礼を言ってお辞儀するスィーナから丁寧な感謝の言葉を告げられた彼は、少し照れたように笑うと、自らの『相棒』である彼女に対し、真摯な感謝の言葉を告げる。
「……、……(滝の様な涙)」
・・・えっ、いきなり泣き出して、一体、如何したんですか?
突然、その瞳から静かに涙を流し始めた彼女の姿を目の当たりにして、俺は面食らってしまう。
「うぅ……っ、雷聖、貴方からそんな事を言って貰えるとは思っていなかったから、嬉しくて、嬉しくて、つい泣いてしまったわ……」
・・・もっと、優しくしてあげましょうよ、旦那。
俺がそんな想いを込めて見詰めると、彼は少し困った顔で苦笑した。
「まぁ、それは置いとくとして……。スィーナちゃん御自慢のセティ君に会えて、私も嬉しいし、最後のこんな素晴らしい出来事を経験できたから、私の方こそ感謝したいぐらいよ」
・・・どんだけ、アレな接し方してるんですか、旦那?(あと何気に『置かれ』て無いですし……)
『袖すりあうも多生の縁』というか『情けは他者の為ならず』というか、大団円で終わって本当に良かったです。
と、状況にほっこりしていた俺は、一つ、大切な事を忘れていた事に気が付いた。
「済みません、正式に名乗るのを忘れてました。俺は、セティといいます(ぺこり)」
「こちらこそ、俺は雷聖、で、こっちのネコっぽい生き物が、『皆(の事が)が大好き』雪華先生だ。改めて、以後、お見知りおきをな」
・・・やっぱり、貴方達が『あの』雷聖さんと雪華さんなんですね。
嘗てこの世界が《邪神》の脅威に晒されていた頃、滅びゆく宿命にあった世界を救ったのが冒険者達であった。
その冒険者達の成れの果てが、《秩序の光》と《力威の闇》であるのだが、その冒険者達の『伝説』の中には、消されたある冒険者の物語であり、真の英雄譚が存在しているという噂が在った。
それは、生まれながらにして魔導の素質を与えられず『神から呪われし者』と蔑まれた少年とその少年を自らの全てを懸けて支え助けた少女の物語。
そして、彼は、終に自らの力を以って、《邪悪なる魔を統べる神》を討ち滅ぼす英雄となる。
だが、彼は、自らの真名と共に、唯一無二の《神殺し》の偉業とその英雄の御座を投げ捨て、同じように真名を捨てた少女と共に何処へと姿を消し、歴史の表舞台から去った。
その英雄譚の主人公こそが、今、俺の目の前にいる『彼等』である。
ファーシ達に絡まれ始めた頃には、彼等さえその生き方を選ばなければ、今の世界の昏迷の原因である光と闇の暴走も起きなかったかもしれないと思った事も正直あるが、今一番に知りたい事は、何故、彼等がその栄光の全てを捨てて生きる道を選んだのかである。
だが、それは決して俺如きが気安く踏み込んで良い事ではない事は十分に分かっていた。
「訊きたい事があるんだろう。これも何かの縁だ。遠慮せずに訊いてくれて構わないぞ」
・・・それは嘘ですね。
だから、俺は、別の疑問の方を尋ねてみる。「先刻、彼女達との遣り取りに出てきた『セイウ』というヒトについて、障りがなければ訊かせてくれませんか?」
俺の尋ねを受け一瞬だけ驚いた雷聖さんは、直ぐに穏やかな笑顔を浮かべると、雪華さんに視線を向けて何かを問う。
「ええ、勿論、彼になら構わないわよ」
雪華さんも穏やかな笑みを浮かべ返して、そう告げる。
「詳しく説明すると長くなるので、大ざっぱにいうと、彼、セイウこそが俺と雪華が《秩序の光》と《力威の闇》に君臨する二人の偽りの皇を討ち倒し、真なる王者となると信じる英傑だ。彼自身が誰よりもそれを強く望み、そして、必ずそれを果たすという強い決意と意思を抱いている」
「そうですか、貴方達がそこまで認める以上は、とても優れた人物なんでしょうね」
正直な事を言うなら、それは嫉妬ともいえる羨望なのだろう。
「ああ、だが、俺は彼だけが特別だとは思っていない。否、今日ここで君とこうして出会ってそれを思い知らされた」
「?」
「雷聖は、貴方も彼に負けない力を秘めた存在だと認めているのよ」
雷聖さんの言葉の意味を計りかねていた俺を見て、雪華さんが彼に代わって説明してくれた。
『セイウ様は、サフィアちゃんの御主人様です。サフィアちゃんは、とても良いコで、スィーナとも仲良しさんです』
「ああ、そうだな。あの《青玉姫》が傍らに在る限り、何時か必ず彼はその志を果たすだろう」
雷聖さんは、そうスィーナに応えて、その頭を優しく撫でる。
そして、次の瞬間、スィーナに向けた笑みの眼差しを真摯なモノへと変え、俺を見詰める。
「セティ、君は、今のこの世界を、そしてこの世界に於ける冒険者達の姿を如何思う?」
「……正直、好きにはなれません」
その理由は幾つか在るが、その中でも最たるモノは、冒険者と呼ばれる者達のスィーナ達『ナビ・パートナー』に対する扱いである。
冒険者の大半が『導き手』或いは『相棒』である筈のその存在を、自分達に都合の良い『従僕』か『奴隷』の如く扱い、魔物が冒険者よりも『ナビ・パートナー』達を好んで攻撃する性質を利用して、危険な囮役をさせていた。
「俺は、ナビ達を道具の様に使役し、平気で危険な目に遇わせている彼等とそれを許容している世界も受け入れられませんし、彼等がそうまでして強さを求める大きな理由である《秩序の光》と《力威の闇》の争いにも、正直、呆れています」
「そうか、ならばその言葉を信じて、君に一つだけ頼みたい事が在る」
「『頼み』ですか、俺に出来る事なら何でも」
「そうか、ならば何時かこの世界が大きく変わる戦いが起きた時、それに最も無謀ともいえる形で臨もうとする者が君の前に現れたなら、君自身の目でその器を見極め、それが助けるのに値する人物であると認められたなら、如何かその者の為に道を切り拓いて遣って欲しい」
彼程の存在が敢えて求める以上は、それが途轍もなく危険で困難な戦いになるのであろう。
だが、だからこそ俺は迷う事無くそれに対する答えを口にする。
「承知しました。俺の力で足りるか如何か分かりませんが、持てる限りの全てを懸け必ずその約束を果たして見せます」
「ありがとう、セティ」
「私からもお礼を言うわ。ありがとう、セティ君」
心から満足そうに頷き、礼を述べる雷聖さんと雪華さん。
「でも、なんで俺なんですか? 俺が遣らなくてもても貴方達ならば……」
「済まない。訳が在って全てを話す事は出来ないが、何故、君なのかの答えならば、セイウが真なる皇の器を持つ存在であるように、君が真なる英雄の器を持つ存在であるかかな」
「本当に俺が、それ程の器を持つと?」
正直、その言葉は何よりも嬉しかったが、自分という者を素直に見詰めたなら、それは期待が大き過ぎる様な気がした。
「なあ、スィーナ、お前は彼の事が好きか?」
『はい、強くて、優しくて、不器用で、何時も私を護る為に自らが傷付く事も恐れない。そんなマスターは、私の英雄です! 大好きです!』
「聴いたか、セティ。これが『答え』だ」
彼が俺のナビ・パートナーであるスィーナにそれを尋ねた理由は分からなかったが、その『答え』には不思議と納得が出来た。
「そろそろ、行くとするか、雪華。では、セティ、又会うその時まで御武運をな!」
「はい、貴方達にも御武運を!」
『御武運をォー!』
相互いにこの世界における礼節の挨拶を交わし、俺達と彼達は其々の進むべき先へと分かれる。
「さてと、スィーナ。俺達も前に進むとするか」
雷聖さん達の背中を見送った俺は、そう告げて傍らで同じ様にしていたスィーナを肩車で持ち上げた。
「スィーナ、俺はもっともっと強くなりたい、否、強く成らなくちゃいけない。だから、これから先もずっと俺と共に在り、今以上に格好良いとお前が思う俺へと導いてくれ」
『ハイです、マスター! 今まで以上に、ファイトー! オぉーです! そして、アルディナ様のはーとをゲットです!』
「よし、ファイト! おおー!」
何時もと変わらぬ、それでいて、やっぱり愛おしいと感じさせてくれるスィーナの声援を受け、俺は、未来へと走り出した。
これが後に《英雄皇》の英名を頂く事となる俺と、その俺に英雄への道標を示してくれた存在である雷聖との出会いの物語であり、俺がこの世界で一番最初に果たす大きな役目を得た宿命の物語である。
・・・俺の本当の戦いは今始まったばかりだ!
この物語が伝説から神話に変わった後世の時代が舞台となる物語、『半熟侍さんは異世界に夢を探しに行きました』の方もどうぞヨロシクお願いします(ぺこり)