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7.(いわゆる中古品っちゅうやっちゃ)

 朝の宿。食堂で二人は朝食を摂っていた。

 メニューは卵焼き(ゴローが希望した)に大豆入りコンソメスープ(ゴローが希望した)に細長い米を炊いたもの(ゴローが希望した)に牛肉の甘辛煮込み(ゴローが希望した)。

 要するにゴロー希望のメニューだった。

 モンスター狩りの報酬で金は使い切れないほど持っているので、こんなオーダーもできるのである。


「努力してもやっぱ日本食らしくはならないッスね……つき合わせて悪かったッスよ女神様」

(そんなことはないぞ。ゴッ、ゴロー。いい朝だな)

「まったくッスよ」

(お腹一杯食べろ。大きくなれんぞゴロー)

「わかったッスよ」


 女神はもう割り切って、リーマンルックはやめた。ゴローが褒めてくれたので若干ルックスに関する自信も回復している。

 本来の姿、長身褐色の銀髪女に戻ったのだ。

 宿の主人が驚き、ならず者が近寄ってきたが全て粉砕済みである。


 それはいいのだが、ぎこちない。自然体で振舞えない。

 いつもならもっと滑らかに念話を飛ばしているはずなのに。

 分かっていても女神には如何ともし難かった。


 まさか自分がゴローに純潔を捧げてしまうとは。

 昨日の衝撃が大きかったのである。


 無論、女神も神界での自分の待遇が低すぎるのは半永久的に改善できない――原因の大半が瞳と肌の色ではもうどうしようもない――ことを理解してはいる。

 だから純潔を失ったのは、別に問題ではない。

 神格が落ちようが上がろうが、今後に大差ないだろうと割り切ったのである。

 相手が人間なのも、大したことではない。

 どうせ神などみな、サブちゃんとおハル以外は自分を差別してくるだけなのだ。

 ……いや正確にはもう一柱、女神を優遇してくれる神もいるのだが。


(会いたくねえ……先輩(パイセン)には、ランラン先輩(パイセン)にだけは、会いたくねえ……)


 その女神は、いない方がマシなくらいな奴であった。

 ならば少しでも自分を分かってくれる者が相手でむしろ良かった。

 だから女神の問題は。


(お前も少しは照れろや……。少しは意識しろや……)


 ゴローはインチキ日本食を、一応残さず食べている。いつもどおり。

 そう、いつもどおりのゴローと、いつもどおりにできない自分。

 そして。


(ひょ、ひょっとして私から強引に襲ってしまったからか。轢殺に続いて性犯罪も罪歴にカウントされたのか。いやいや和姦和姦和姦わかんない)


 自分がゴローを傷つけてしまったのではないかという不安。

 それだけだった。


 女神も朝食を一応掻き込んだ。ゴローの前で残すのは躊躇われたのだ。

 味は正直、微妙だった。








 女神は両の手をわきわきさせる。この空気を変えたかったのだ。

 だから、話題を振ってみた。


 食べ終わりご馳走様をしたゴローに語りかける。両腕と足を組み、念話で。


(ゴローよ。そろそろおハルからの小包を開けてみようではないか)


 なんだか偉そうになってしまう。あと足を組むと股ぐらがとんでもなく痛かったが我慢した。


「分かったッスよ。実は俺もアレには興味があったんスよ」


 ゴローも眼を輝かせた。

 どうも小包を持たされていたのにいつまでたっても許しが出ないので不安だったらしい。


 二人で部屋に戻り、小包を引っ張り出す。白い布に包まれているだけの荷物。

 なのにかなり重い。中身は武器か防具か消耗アイテムか、カネか。


 女神も自然と興味が沸いてくる。あの大金持ちで見栄っ張りで頭が緩いおハルである。

 低廉な下級品のわけがない。きっと役に立つものだ。

 そう確信した。


(さてと)

「包みを解くッスよ」

(アオッ)


 一瞬同時に出した手が触れた。女神は硬直し、奇声を上げた。念話で。

 ゴローは気にせず、包みを解いていく。


 中から出てきたのは一振りの小剣であった。

 鞘と柄の拵えは荘重で秀麗。全体が蒼銀色に輝いている。

 まだ抜いてもいないが、武器に関しては門外漢の女神にも分かる。紛れも無い業物であった。


「紙と手紙が入ってるッスよ」


 ゴローが手紙を開封せずに女神に渡し、紙だけ読み上げる。


「えー、”苦難の旅に出られる先輩へ。ミスリルの小剣を送ります”、と。銘・『破邪のシアリィ』とのことッスよ」


 女神は驚いた。先ほどの衝撃から戻ってくるほどに。

 わざわざ餞別にするくらいだ。良い剣だろうとは思っていたが、まさか名前が『シアリィ』とは。

 後輩の流儀ならば。そこまでカッコいい言い方が駄目なら習性、とでも呼ぶべきものに従うのなら。

 その名前を付けたモノや人が、駄作や無能なわけがない。


(きっと、世界の命運を背負うような剣なのだろう。奮発してくれたのだな、おハルよ)

「女神様! なんか輝いてるッスよ!」


 ゴローの叫び。

 それに呼応するかのごとく、剣は輝きを強めた。爆発しそうな光量。

 女神は網膜を焼かれないよう、咄嗟にゴローを抱き寄せ彼の目を覆った。

 丸坊主に手の平が触れ、ジャリジャリ音が立った。


 光が落ち着いてくる。剣が安定したようだ、ゆっくり目を開く。

 ゴローも同じようにしたようだ。

 抱き寄せているので、胸に顔をうずめて見上げてくるゴローと目が合ってしまった。


「……女神様。そんなに見詰めないで欲しいッスよ。昨日の今日ッスよ。照れるッスよ」


 少年が目を伏せた。

 女神は安心した。嫌われたわけじゃなかった。

 そのまま腕の力を強め、逃げないようにする。あったかい。ゴローは抵抗してこない。


(なんだ、お前も緊張していただけなのか。ゴローよ)

「あの、もし、お二人とも……」

(きょ、今日もどうだ、お前さえ嫌でなかったらだが、その、ゴロー)

「あの。お二人はもしや」

(私は責任を取れなんて言わないぞゴロー。そう、ただ……)

「あの! 女神様! 勇者様!」


 女神とゴローはようやく呼びかけてきていた叫びの主に気が付いた。

 部屋からは剣がなくなっていた。


 そして、目の前にはなぜか、白い宗教関連のものに見える衣装を着た少女。

 いわゆる巫女が立っていた。顔が緊張でこわばっている。

 瞳も髪も黒。体は細く、一見してゴローと同人種にしか思えない姿。

 目は大きく、肌は白い。そして何よりゴローよりも小柄。

 和服に似た衣装もあって、大和撫子といった趣だ。


(ゴローの前でそれは何の真似だ! 可愛いではないか貴様!)


 女神は、ゴローとの共通項を持っている点と、女の子らしさでは自分が勝負にならない点に切れた。


(どこから現れた貴様!? 何奴だ! そうかゴローのカラダが目当てか!)

「さすがにそりゃないと思うッスよ女神様……」

「わっわたくし、さっきの剣です。あのミスリルの小剣です。シアリィです」


 はて剣とな? 女神は首をかしげる。

 ゴローを見やるとなるほど、といった面持ち。丸坊主の少年は相変わらず聡かった。

 この理知的な横顔が、女神の大好物だ。


 だから負けたくなかった。これでも神界神都大学主席卒業。

 デキる女であるところを見せたかったのである。

 必死で考える。この巫女の正体はなにか。

 部屋にあったものを数える。自分。ゴロー。ミスリルの小剣。ベッド。

 ……謎は解けた!


(間違いない。こいつの正体はベッドの妖怪だな)

「いやいやいや。ここは普通にミスリルの小剣じゃないッスか? シアリィ名乗ってるし」

「ああ、やはり貴方様こそ勇者様! わたくしのことを一瞬で分かってくださるなんて!」


 ゴロ-の前で明後日の方向へ外した。女神はとんでもなく恥ずかしくなる。

 そして理解力を地味にディスられ傷ついたが、話を聞けばこういうことだった。


 彼女、シアリィはミスリルの神剣である。

 かつて若くして死んだ巫女の霊肉を材料に、おハルが配下の下級神に命じて作らせた逸品とのこと。

 女神直々に名前までもらった高位高格の剣なのだが、気を抜くと原型である人間形態に戻ってしまうことなどの欠点が多く、修行を兼ねて女神の旅に同行するよう命じられたらしい。


(なるほど。出口はあっちだ。はよ帰れ)


 だが女神には関係なかった。ゴローとの旅に、自分以外の女はただただ目障りなだけだ。


「そんなひどい!」

「すごいじゃないッスか! 女神様の戦闘力に神剣が合わされば無敵ッスよ!」

(……そうか?)

「シアリィの剣形態って優美というか綺麗だし、別嬪の女神様に似合うと思うッスよ」

(そうかそうか。ゴローがそこまで言うなら……)

「まあ、勇者様はお優しいのですね。そしてお名前はゴロー様と仰るのですか……。優美だ、綺麗だなんて……どうせ使い手様になって頂くならわたくし、ゴロー様の方が……」

(オイ貴様。私の装備欄が貴様の名前で埋まる時間だ)

「ヒィ! ……でっでも、わたくしっ、実はっ、そのっ」

「女神様。シアリィいじめないであげて欲しいッスよ」


 ゴローに馴れ馴れしい点と自分を無視している点が気に入らず、女神はシアリィに命じる。

 慌てて指で印を切り、剣形態に戻る巫女。

 お試しの時間だ。万全の状態で、女神は剣を装備した。


(ウゲッ)


 一瞬で剣が衝撃を伴い跳ね上がった。女神の腕からすっぽ抜け、そして天井に深く刺さる。

 女神もなぜか横方向に吹っ飛んだ。壁に激突し、凄まじい轟音とともに、倒れ伏した。


「ごめんなさい! ごめんなさい! わざとじゃないんです!」


 剣の姿を維持できず、少女の姿に戻り天井から抜け落ちてきたシアリィ。

 慌てて受け止めるゴロー。意外にたくましい腕に抱きとめられ、巫女は必死に謝罪していた。


(どういうことだ貴様!)

「ごめんなさいぃぃぃ! わたくし、手にした使い手様にも自動継続ダメージを与えちゃうんですぅぅぅ!」

(そっちじゃない……弁解せねばならんのは、私のゴローに今、貴様が抱き締められてる事実の方だよ!)

「照れるッスよ女神様。あとシアリィ悪い娘には見えないッスよ。いじめないであげて欲しいッスよ」


 女神が手の平を確認すると、切り傷だらけで血まみれになっている。

 これではまるで呪いの剣だ。しかもこの神剣の欠点とやらは一つや二つではなさそうだった。

 おハルが贈り物としたのも、まるで修行というよりも、追放したかのようだ。


 怒りに震えながらも、女神は手紙を開く。事情確認のために読むしかなかったのだ。

 手紙はおハル直筆。綺麗な文字だ。美しい便箋だ。完璧な文章だ。素晴らしい修辞だ。

 だが内容は、単純だ。

 時候の挨拶を省略し、肝心なところだけ抜き出すと。


『メイスが主武器のダーリンに、ピッタリの装備と思ったから、誕生日プレゼントとして作りました。お抱えの鍛冶に特注したオーダーメイド品です』


 女神の顔が引きつった。

 のっけから、相手が必要とした覚えもないゴミを一方的に押し付けんとする気概を感じた。

 食わない野菜を手渡し恩を押し売りしてくる、茨城県あたりによく生息するババアの方が若干コミュ力では上回っている。


(だが、なぜその剣がここに)

『しかしまさか満座の場で要らんと言い放たれるとは……。英雄風情が女神相手に何たる侮辱! このままでは私は納まりがつきませぬ! そう、私、あやつの毅然とした姿に惚れ直してしまいました! 今は一日百本のミスリルの小剣を、許してと懇願する言葉など無視して贈りつけておりますぞ。無論、着払いで』


 なんだなんだ。おハルの脳内で何が起きたというのだ。女神は震えた。

 神界ギャルゲのヒロインに就職したのだと仮定しても、好感度の上がり下がりのルールがイカレていた。


(着払いて。下賜品じゃないのか。そしてやり口が偏執的すぎる。お前サイコパスか)

『しかし、それはともかくも、そ奴(シアリィ)が我が期待に背いたのも事実。廃棄は当然と言えましょう。ですが私は日焼けするの嫌なので、城から出る気などありません。これはもう先輩が責任を持って、その辺の野原に不法投棄すべきではないでしょうか』

(ふざけてんのかボケッ)


 女神は赫怒したが、その怒りは一瞬で驚きに塗り替えられた。

 よくよく見ると手紙には、枠線などの謎のフォーマットが付いているのに気付いたから……。

 それもそのはず。よく見ると手紙自体、神都市役所の生ゴミ処分申請書だった。

 書面も便箋と違い、宛名が清掃課になっている。思いっ切り、送り先、間違えていた。


 ……。

 なぜ私信とお役所の手続きを間違えるのか。

 そもそも公的機関に対して、不法投棄を依頼するとは何を考えているのか。

 女神はもう限界であった。


(おハルぅぅぅぅ!)


 カナーン王国はその叫びで揺れた。念話の叫びで。

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