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6/8

6.(コレが大人の世界や)

R15やしこのくらい許容範囲だと思った。

「神様! 危ないッスよ!」


 ゴローの叫びが、敵意のうなり上げる者どもで溢れかえる野原に響いた。


 右から左へ剣が奔った。

 緑色の肌を持つ、奇形の獣と人間を足して謎の皮膚病を付け加えたような顔の、異形へ向けて。

 その首に赤い筋が描かれたかと思うと、切り離されて重力に勝てず転げ落ちる。

 鮮やかさに丸坊主の少年が絶句した。


 蠢く者たちの名は、背の低い不細工な中年男性っぽい生き物がゴブリン。

 二足歩行する豚がオーク。犬っぽいのがコボルド。鬼そのものの角付きがオーガ。そう呼ばれる連中だった。

 亜人と呼べばよいのか亜人系モンスターと呼べばいいのか。

 とにかくファンタジー小説の世界ではおなじみのメンツであった。


 ネーミングなどどうでもいい。神は気にせず、目の前の強大な鬼たちを睨む。

 そして恐慌を来たすその鬼、オーガの首を数匹分まとめて剣で切り飛ばす。


(さすが私だ。能力値カンストオーバーは伊達ではない)


 怯えた敵の魔法使い、ゴブリンメイジが火の魔法を発動した。炎が球状を取り、天を焦がす。


(やばい。これは当たったらちょっと痛いかも。助けてゴロー)

「だから神様! 危ないって言ってるッスよ!」


 念話で助けを求めれば、即座に少年が動く。

 その程度には二人の連携は取れ始めていた。


 飛来する火球に割り込むように、ゴローが神の前に出て盾になり、ユニークスキル【鉄壁】を使用する。

【鉄壁】は一日三回まで使えるスキルで、一回につき一分間、全属性の全攻撃を無効化する。

 鬼のように反則臭い防御スキルだ。


 ゴローは結局、基本スキル以外の攻撃系スキルを取ることができなかった。

 致し方ないので防御系と移動系のスキルで固め、神の機動盾として防壁を務めている。


 炎はゴローに直撃する。殺ったか? 亜人たちがそう思っただろう一瞬に、火球は音もなく即、消えた。

 揺らめく背景に、やがて現れるゴローのお元気な姿。服一枚破れても焦げてもいない。

 亜人たちが驚きに叫んだ。


 狼狽が生んだ隙に神が投石を行う。

 瞬速の弾丸となった石が、ゴブリンメイジの胴体を貫通した。そのまま死骸は倒れ伏す。


 ゴローが防ぎ、神が攻撃。

 この地方の領土支配権を瞬く間に魔物側から人間側へ傾けた、必勝形の戦術である。


 モンスターたちが戦慄する。

 ゴローたちは与り知らぬことだが、死んだゴブリンメイジは氏族の代表であった。

 このあたりでは最強の一角だったのである。

 オーガにしても、その辺を歩いている人間ごときに瞬殺されるような弱者ではない。


(さて)

「覚悟するッスよ」


 怯えかえる敵を前に、二人は本気を出すことにした。 








「マジぱねぇッスよ! 神様マジぱねぇッスよ!」


 夕刻。依頼の成否について、素材を片手に議論を交わす受付と荒くれ者たち。

 あの魔法はどうだ、装備はこうだとがなり合う声。


 ここは化け物どもを狩って生活する底辺層、冒険者の組合。

 いわゆる冒険者ギルドに備え付けの酒場。喧噪の中、二人は祝杯を挙げていた。

 頑丈なだけが取り柄の古いテーブルの上には、この世界ではかなり高価な肉料理が湯気を立てている。

 他にもウサギの煮込みに温菜サラダ、小麦オンリーの白パンに魚介のバター焼き、そしてエールが並ぶ。

 この国では飲酒は十五からOKだったので注文した品だ。


 カウンターで事務作業をしている女、受付嬢からの羨望の視線をスルーしながら、ゴローは歓喜していた。

 ただの付き添いだと思っていた相手が最強の戦士だったのだ。喜びも当然だろう。


 神も満更ではなく、素直にゴローの賞賛を受けて天狗になっていた。


(そうだ私は神なのだ。やっぱり私はぱねぇのだ)


 今日一日の討伐依頼の収益も半端ではなく、金貨十四枚と銀貨二十枚。

 庶民ならまじめに働くのが馬鹿らしくなってしまう金額であった。


「ケッ。日雇いふぜいが」


 速攻で中年の通行人、恐らく商会の下っ端であろう――に水を差されたが。


 この世界におけるギルドは、一手に仕事をまとめて組合員に斡旋するだけの、まんま組合そのものであった。

 冒険者なら当然、この冒険者ギルドに所属するが、その形態は現実感全開。


 冒険者などという職がそもそも、十年前にはこの世界になかったのだ。

 十五年ほど前から、カナーン王国では人間を脅かす魔物が増えはじめた。

 武力を独占していた貴族だけでは人類の戦力が足りなくなるほどに。

 そう、魔物との生存競争が激化したため、この国では一時的に平民の武装権と狩猟権の縛りを緩めた。

 要するに平民を、一部民兵化した。

それも指定の口入屋に管理を任せ、仕事を資源採集と化物殺しに偏らせて。

 つまり騎士団の手が回らないので、貴族が黙認し抜け道同然に成立した泡沫職だ。実態は日雇い同然。


 確かにギルド構成員の日常は冒険であった。

 はした金目当てで筋力強すぎる鬼と戦うとか、冒しちゃっていい危険なのかはともかく。

 だが仕事にあぶれた下層民や失職者にはこれしかない。リストラ即日冒険だ。

 そんなならず者どもを便宜的に、この国では冒険者と呼んでいるだけだった。


 冒険者ギルドとは、下層民を対魔物の国家予備兵力に仕立て上げ、まとめておく管理組織に過ぎない。

 冒険者ギルド、まさに殺戮特化の農協と言えるだろう。

 実は食管法逃れによって、ゴブリンの肉もこっそり貧民に売ってます。

 この冷たい目もむベなるかな。


(ぶっ殺す)

「落ち着いてくださいッスよ! 俺ら好き放題やれてるし、金回りも下っ端の貴族とかよりいいッス。十分に勝ち組ッスよ! 全部神様のおかげッスよ!」

(……まあ、そこまでゴローが言うなら)


 顔を青くしたゴローが、必死に肩を押さえてくる。見え見えのお世辞であったが、神は機嫌を直した。

 その隙に中年は脂汗を流し、逃げ去る。


 しかしゴローの言葉も嘘ではない。冒険者は才能さえあれば一日にオーガ十二匹、オーク四十五匹、コボルド四十七匹、ゴブリン七十八匹というムチャクチャなレコードを叩きだし、並の庶民の数年分の収入を数日で得るのが不可能でないのも事実であった。

 今の二人のように。


 そう、この世界基準では二人はとんでもないチートキャラ状態だったのだ。

 神とゴローだけではなく、この世界での生き物も『鑑定』でレベルや能力値を表示できる。

 それを比較した結果だ。


 レベルは存在の格、能力値は潜在能力を示すようだった。

 一例として人間族のレベルは十なら一人前、二十でエリート、三十以上は滅多にいない。

 そもそもレベルの上昇限界が三十台な時点で偉人だった。

 だが二人ともレベルは十五スタート。初日から精鋭だ。

 そして才能限界はゴローが九十九、神が二百五十五。もはや天才コンビだった。


 おまけに人間族の能力値、『力』だの『素早さ』だの『頑丈さ』だのは平均五、人間としての限界値は十五くらいのところ。

 神は全てのステータスが七十強。古代竜などの最強種を越えていた。

 ちなみに熊や虎なら平均十、上級魔族で平均二十くらいに過ぎない。


 なおゴローの能力値は大体六か七という普通ぶりであった。

 しかし『賢さ』は十二、『幸運』が十五。

 そして『頑丈さ』が九十四というわけの分からないステータス。チャリに轢き殺された分際で。

 だがこのステを見た瞬間、神は欣喜しブレイクダンスを始めた。強いから喜んだのではない。


(なんと。なんと。やはり私も女の子だったのだ)


 実は神が性別上は女であったからだ。

 ゴローに比べると自分がか弱い、頑丈さで劣るという事実に喜んでしまうのは仕方あるまい。

 そう、目安として、ドラゴンの硬い個体が持つ鱗でさえ、『頑丈さ』の数値は四十どまりということを忘れて……。










 飲み過ぎた。神は自覚していた。

 ゴローが素朴で親切だからだろうか。それとも久しぶりの成功に浮かれすぎたせいだろうか。

 随分と心が無防備だったように思う。気が付いたら宿屋の二人部屋で飲み直し、本来の自分の姿に戻っていた。


「神様ってホントは女の人じゃないッスか! それにめちゃくちゃ美人じゃないッスか! 何でいつもオッサンの姿してんスか?」

(……びっ美人はよせやい。照れるだろ)


 今のゴローの目には大女が映っているはずだった。

 長いストレートの銀髪に、黄金の瞳、褐色の肌をした胸と尻ばかり巨大な、身長が百八十センチはある女が。

 この姿は神改め女神のコンプレックスだった。


 異形の者さえ受け入れる神界にも、外見にまつわる選好や言い伝えくらいはある。

 褐色の肌も黄金の瞳も好かれない。

 それどころか神界は恐るべきアパルトヘイト社会で、肌や瞳の色で出世が無くなる、劣悪な待遇に置かれるなど日常茶飯事だ。

 この真の姿のせいで女神は散々、幼少期から辛酸を舐めたのであった。

 だから、ゴローに失望されなかった時点で安心していた。

 それどころか容姿を褒められたのは初めてだ。余裕を見せようとして声が震えた。


(って、おハルがさぁ)

「四百匹のサハギンに、自分が選んだレベル一勇者を一人で突っ込ませるとかなんスかそれ! おハルマジ最悪ッスね!」


 今は女神の後輩、おハルの愚行をネタに盛り上がっていた。

 言葉にすると本当におハルのやり口は毎度毎度酷いので、間を持たせるには最高だった。

 馬鹿な話をしたせいだろうか。二人とも弛緩しているせいか。話はどんどん脱線していく。


「女神様って、普段は何の仕事してんスか?」

(今は世界管理と転生担当。あと恥ずかしいが副業で食いつないでいる)

「副業ッスか?」

(神界運送業だ。トラックでF級神器やちょっとした幸運を下界に運んだりしてる。ちなみに下界で転生者が増えたのは、交通事故が増えたせい。最近、神界の雇用事情が悪くなって、新参の神はみんな副業で運送業者やタクシー運転手やってるから。無許可の奴も多いぞ)

「立派な仕事じゃないッスか。女神様、全然恥ずかしくないッスよ」

(もちろん私も許可なんて持ってない。なぜなら許認可の存在を知らなかったから!)

「ドヤ顔で言われても、それモグリじゃないッスか……さすがにそれはド底辺ッスよ」

(なんだとぉー)


 最近は運送業でさえパイの奪い合いだから、申請しても許可が出なかった可能性もあった。

 女神は話題をそこに絡め、社会派の一面を持つ自分をアピールにかかった。

 無論、ゴローの尊敬と歓心を買うためだ。

 具体的には神界市役所の検査の目を欺く手法を、分かりやすく克明にレクチャーしてあげた。結果。


「……面白いけどコレ、犯罪自慢ッスよね。女神様、なんでロスのギャングみたいな生活してんスか。正直ドン引きッスよ」


 二人の仲が、とても深まった気がした。


 会話が途切れた。

 それがきっかけだった。


(聞いて欲しいんだ、ゴロー)


 なぜか女神はゴローに自分の過去を語っていた。念話で。


 突然変異の肌と瞳の色のせいで幼いころから親にも嫌われていたこと。

 サブちゃんとおハル以外友達なんていないこと。

 神界神都大学を首席で出たのに肌と瞳の色のせいか、就ける仕事は基本中の基本、世界管理のみだったこと。

 だから食えなくて運送業をやるしかなかったこと。結局自分は大した神ではないこと。

 神格を落とさないために、純潔もこの歳まで守ったが無駄だったこと。

 幼い頃、信じていた初恋の男神おとこのこにみんなの前で声を笑い者にされ、その日から喋れなくなってしまったこと。


 ゴローは全部黙って聞いてくれた。

 全てを話し終えたとき、ゴローは静かに言った。


「俺は神様のこと、嫌いじゃないッスよ。強いし、美人だし、頼りになるし、頭良いし、優しいし……」


 ゴローのことだから、放っておいたら一晩中褒め続けそうだった。

 女神は大泣きした。涙は見せたくなかったが、止めようもなかった。

 そしてゴローに抱きついた。









 新しい、朝が来た。


 窓から朝の白い光が差し込む。外では小鳥が鳴いている。

 狭すぎる二人部屋。ベッドも二つも入れているせいで本当に狭い。

 おまけにこの宿の毛布は薄くてしょうがない。泊まり始めて十日経つが慣れない。

 そのくらい寒いのだ。


(……眠い。朝なのにすごく体力を消耗している。なぜだ)


 女神は寝起きの悪すぎる自分を感じた。いつもは定刻に目が覚めるのに。


(そして薄い毛布なのにあったかい。まるでゴローのような肌触りだ。ゴローのように?)


 そう考えて、自分の皮膚の感覚から全裸であることに気付く。

 薄っぺらい毛布でも寒くないことにも。

 そして。そして。


(股ぐらが超痛い。それはもう果てしなくヤバいレベルで)


 震える女神が自分の体にかかる毛布を剥ぎ取ると、そこに答えがあった。

 ひごく生物としての自分を刺激する匂いと。

 幸せそうだが苦しそうでもあるゴロー。


 丸坊主の少年が全裸で、大柄な自分の肉体に押しつぶされていた。


(おおおおおおあああああああァァァごごごっごろごろごろウォゥウォゥ)


 そして白いシーツは、完膚なきまでに赤く染まっていた。

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