4.(ホンマに行きたない)
(なんてこった。神生終了か)
至高神への罵詈雑言。それは本来、即日処刑モノの重罪であった。
微罪の査問などやってる場合ではない。
だが至高神は寛大だったらしく、神は処刑されずに済んでいた。
あれから震えながら自宅で処刑日を待っていたが、やってきたのは命令書。
そこには処刑代わりに轢いた少年に同行し、協力するよう書かれていた。
少年の使命が終わる日まで、神は同行者枠に入れられるらしい。
要するに社会奉仕。贖罪を命じられたのだ。
現在の神は受肉して、人間と同じような存在にされている。
神としての力は制限された。
姿を変えることと気配を消すこと、あとはゴローの同行者やナビとしての能力しか残されていない。
携帯もチャリも取り上げられた。
当然、この状態で殺されたら死ぬ。
許可なしの帰還もできない。他の神の力も借りられない。
それからは有無を言わさず『転生門』コーナーに送り込まれた。
要らない手出しを指せない為だろう。サブちゃんとは連絡が取れなくなった。
おハルも冒険用に小包を一つ送ってくれたが、それがやっとだったようだ。
(遠回しな処刑か)
神は疑ったが、客観的にはそうでもなかった。
人間としてだがカウンターストップ級に能力が極まった肉体。
神としての知識。そして神界の道具を持っての下界行きなのだ。
見込みはそれなりにある。
「元気出してくださいッスよ神様。俺頑張って、神様が大手を振って帰れるようにしてみせるッスから」
体感時間で数日、ずっと待ちぼうけさせられていたゴローからの慰めだった。
事情を教えてはいない。だが何か良くないことがあったことは把握したのだろう。
自分も質問したいだろうはずなのに。先に神を気遣う、ゴローの不器用な親切が堪えた。
(黙れ、下等生物が)
しかし、半端な優しさではどうにもならないほど、神には鬱が入っていた。
このやり取りでゴローが気分を害した気配もないのも、心を苛つかせるだけだ。
神は小包をゴローに押し付けたあと、彼を無視して転生門の前に立つ。もうすぐ出発のときだ。
慌てて少年が追いかけてきて二人並び立つ形になった。
(ケッ)
内心の毒づきとちょうど同時に、二人を光が包んだ。
気が付くと、豪壮な広間にいた。西洋風の城の内部を思わせる、歴史ある建物の、内部に思える。
異世界アンドリシアンに着いたのは間違いないようだが、どうみても予定していた場所ではない。
「勇者様! 我がカナーン王国の王城へようこそいらっしゃいました!」
(なんだなんだ)
目の前には着飾った人々が整列しており、一斉に頭を下げてきた。床には巨大な魔方陣。
神は驚いた。本当は草原に出るはずだったのに、まさかこうなるとは。ゴローもかなり驚いていた。
呆ける二人を尻目に、影が動いた。
人々が居並ぶ中、真っ白いドレスを着た長い金髪ロールの少女が進み出てくる。かなり際立つ美人だ。
「私、勇者様を呼び出す儀式を執り行った者で、カナーンの王族。第四王女ヒルクリミナと申します。魔王を討伐してくださる伝説のお方にお目にかかれる日が来るなんて、なんて光栄なのでしょう」
どうもゴローの異世界転移は、別口の勇者召喚のようなものに引っかかったようだった。
無理やり出現場所を変えられたのだ。
(ああ……似たの何度か見たなコレ。毎度思うが、ぽっと出の奴に魔王退治を依頼するとかアホなのか)
さすがに神である。その生の中、目の前で起きる一連の流れはとうに経験済み。
それどころか複数回あった流れ作業だ。既に食傷気味、いまさら自分を主役にされても鼻白むのみだ。
ゴローがキラキラした目をしているのになおさらうんざりする。
依頼したい仕事は暗殺だ。救世など、余計なことに寄り道されても困る。
「さあさあ、そんなところに立っておられず、なにとぞみなの紹介と経緯の説明を」
大臣と思われる老人が、進み出てゴローを引っ張る。余りにも急だったが、有無を言わせない動きだった。
姫に先導されながら、少年は引きずられていく。
姫じきじきに色々と優しく質問をしている。態度は丁重だが、深く考える余裕を与えないつもりのようだ。
それでもゴローは二度三度振り返り、神に呼びかけようとした。
即座に長身の兵たちが進み出て、二人の間の壁となる。指示、統率された配置。
「閣下、この中年男は?」
ゴローが見えなくなった頃、兵士がお偉い方の一人に、やる気なさげに聞いた。
放置されていた神はようやく我に返った。
「ああ、よくあることだ。巻き添えだろう」
(『よくある』て。なぜ熟練のベテランみたいな顔をし始めるんだ……。勇者召還なんて、よく巻き添え出すほど頻繁にやってたらまずいものの筆頭では)
「適当に牢に入れておけ。あとで処分は考える」
続けて聞き捨てならない言葉。高位にあるだろう老人が、冷酷な目で吐き捨てたものだ。
その態度は勇者や勇者の仲間に対するものではない。
(なんだと)
神は激怒した。
「うわっ。コイツ直接脳内に声を!」
「念話? かなり強力な術士だ! 出会え出会え囲め囲め!」
しかし不穏な空気を察していたのか、念話に驚いたのか。
神より兵士が先に動き、槍衾が完成していた。凄まじい練度だった。
そのまま一番立派な鎧の兵が牢へ連行する旨、命令する。恐らく隊長だ。
「勇者様にまとわり付く不逞の徒め! さっさと歩け!」
(どうしてこうなった)
ネズミが出て雨漏りがする地下牢。地べたは土。
格子には特殊な金属が使われているのか、魔法を防ぐ仕様。
捕らわれの身となった神は孤独だった。アレからおおよそ三時間。いい加減渇いている、飢えている。
なのにパンどころか水も出ない。忘れられている可能性すらあった。
ゴローは今頃華やかなパーティに出ているのだろう。
美味しいものを食べ、美人に囲まれて有頂天になっている頃のはずだった。
情けなさが募った。
(子供の頃からこうだった。私は要らん子なのか。このまま忘れ去られ死ぬのか)
過去のトラウマに悩む神は自暴自棄になっていた。下手をすればこのまま死を迎えねばならない。
鉄格子はさすが国家に所属する地下牢だけあって、堅牢な作りだ。
この劣悪なコンディションかつ、受肉した身では破るのに苦労しそうだった。
しかも牢を出ても行く当てが無い。
(丸坊主の下等生物よ。お前も私のことなんか要らないのか)
そこまで考えて、さすがに心が折れそうになる。
しかしそのとき、声が響いた。追って、どたどたという足音が聞こえてくる。
行儀のなってない若者が走っている音だ。
地下牢と階段とを繋ぐ扉が吹き飛ぶ。
「助けに来たッスよ神様!」
息を切らせた、心配そうなゴローだった。片手には鍵。
もう片手にはパーティー会場から盗ってきたのか、大皿を抱えている。
皿に乗っているのは飲み物を入れる壺と、丸焼きの子豚とパンだ。
(なんなのだそれは)
「宅配ッス。神様お腹空いてないッスか? まだあったかいッスよ」
やっと念話にできた言葉に、その回答の温度。
神はちょっと泣いた。