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3.(それ最初から教ええや)

 神界神都。数多の神集う、まさに神々の都である。

 近代的なビルが立ち並び、道路はチリひとつない清潔ぶり。

 リニアが併設されているにもかかわらず、高速道路はトラックで渋滞気味の交通状況。

 街は異形の者たちで溢れ、昼下がりであるからかレストランやブティックは満員だった。

 ここを一言で言えば神の首都。宇宙の中心であった。


 その中枢部を遠く離れると、古くなったテナントビルが立ち並ぶ旧市街がある。

 再開発から取り残された地区であった。今のところ再整理も予定されていない。

 その旧市街の古いビルの一室で、神は震えながら自分が呼ばれるのを待っていた。


(やべえ)


 そう。今日ここで、二度に渡る脇見運転による下等知的生命轢殺事件の査問会が開かれる予定なのだ。

 神の世界ではさすがに人間ごとき、億単位で殺さないと裁判にはならない。

 したがって法の上では微罪である。

 しかし、仕事中のはずなのに釣りに出ようとしていたことも含め、周囲からの憤激を買い過ぎたらしい。


 これはゴローへの償いとは別口。神はゴローへ賠償すればそれで済むと最初勘違いしていた。

 だが、この神としての罰は被害復旧とは関係ない、人間の世界で言うなれば刑事事件のような扱いであった。

 まだ転生者の注入失敗がバレていないことだけが救いである。


 呼び出されたのはついさっきで、神はゴローを置き去りに慌てて出頭した。おかげで何の準備もできていなかった。

 参考人として知り合いたちが呼ばれているのも気が重い。

 兄貴分のサブちゃんと後輩のおハルである。数少ない神友であるあの二柱には来て欲しくなかった。

 しかし運送業を営むための神界トラックを横流ししてくれたのがサブちゃんであり、トラック免許を取るカネを借りた相手はおハルだ。呼ばれるのは当然だった。


(カネで何とかならないだろうか)


 しかしその解決法を選ぶにはコトが大きくなり過ぎていた。

 その上、カネなど持っていない。アテは資産家であるおハルに借りるくらいしかない。

 どの道詰んでいた。


(お腹痛くなってきた)


 神は怯えていた。査問官として上位神などに来られた日には泣くしかない。

 冷たそうな女が寄ってきて、話しかけてくる。このビルの受付の女神だ。


「まだ査問官の方々が来られるまでは時間がありますが、準備もあるので入室を」

(……はい)


 神は内気である他、いくつかの理由で喋れないので念話で返事をする。

 女神は不快そうに鼻を鳴らして立ち去った。


 行きたくないが部屋へ向かうしかない。神は涙目で歩いた。とぼとぼと。


 部屋に入ると、刈上げのたくましい青年と銀髪をおかっぱにした儚げな少女が、既に着席して待っていた。

 青年が神の姿を確認し、即座に逆上する。


「オメーさすがにこりゃねえだろ! いきなり巻き込むとかケンカ売ってんのかバカヤロー!」

(ごめん)

「謝りゃ済むってもんじゃねえだろバカヤロー!」


 この青年がサブちゃんだった。

 肉体労働者、いわゆるガテン系の日本人にしか見えないが、地球を初めとする約八百の世界を支配する破壊神である。

 巻き添えで査問に呼ばれて怒り心頭のようだ。


 少女の方は嬉しそうに笑うと手を振ってきた。銀髪をオカッパにした、人間でいう中学生頃の女の子である。

 目が紅い点を除き、外見だけは完全に白人系の美少女であるが、これでも五百ほどの世界を統べる女神だ。


「お久しぶりにございます。先輩。今日も相変わらずのお姿ですが、本来のお美しい姿になられないのですか?」

(あれはおハル以外には受けが悪い)

「それは単純に世の中の有象無象に見る目が無いのです」


 こちらがおハルであった。

 何を考えているのかいつも通り幸福そうな表情。


(しかしこいつらドレスコードも知らんのか)


 掴みかかってくるサブちゃんをなだめ、笑顔のおハルに手を振りかえすと神は心中でため息をついた。

 自分でさえ安いがスーツを着ているのに、サブちゃんはTシャツジーンズに紺の前掛け。

 おハルなど赤いドレスの上にブレストアーマーを着込み、蒼銀色のサーベルを帯刀している。


 とてもではないが、上位者の前に出る時の礼服ではない。

 礼法関係で巻き添えにされるのは、神の方になりそうであった。


「挨拶はいいがよ、お前これ以上の爆弾抱えてねえだろうな。トラックは横流し品だがありゃそもそも、廃棄品とはいえ一回検査通したもんだ。つまりお上にバレても、盗品じゃねえし無検査品でもないから”さすがに古すぎる。次回からダメ”って嫌味と更新指示もらう程度だろうよ。けど他の落ち度と合わせ技だとやべえぞ。お前さすがに運送業の届出は出してんだろうな」

(届出って何?)

「テメーやっぱ出してねーのかよバカヤロー!」


 今度こそサブちゃんが切れた。握りしめられた拳の血管が太くなる。


(神界トラックの配達って当局に届出が要ったんだ。生活に一杯一杯で知らんかった)


 神はどうもモグリの配達神と化してしまっていたようだった。

 はあはあと荒い息を吐き、興奮を抑え込んだサブちゃんが必死に善後策を講じる。


「ま、まあまだ一年目ってことで、『知りませんでした。食ってくのに必死で』って誠心誠意でゴメンすれば何とかなるかもな……情が通じるのに賭けようぜ。このご時勢、働かずに食えてる神なんて、上位にも一握りしかいねえんだし。おいおハル。てめえもきっちり口裏合わせろよ」


 おハルがツボに嵌ったかのように笑い出す。怪訝に思う神。サブちゃんはイラつき始める。

 本当におかしそうに笑いながら少女が発言する。とんでもない内容を。


「ははははは。働かねば食べられないなどとまたまたご冗談を。私など生まれて一度も働いたことはございませんが、毎日贅沢して遊び暮らしておりますぞ」

(世の中舐めてんのかコイツ)


 おハルは筋金入りの箱入りで世間知らず。そして並の最上級神を軽く越えるほどの大金持ちだった。

 神は無意識に、馬鹿な後輩を殴ろうとする己の手を押さえ込んでいた。


「世の中舐め腐ってんのかテメーは! バカヤロー!」


 だがもう一人は抑えきれなかったようだ。

 破壊神の中でも屈指の戦闘力を持つサブちゃんの回し蹴りが、おハルの側頭部を捉えていた。


 銀髪の少女は頭から吹っ飛び壁に激突。

 オカッパにしている髪が揺れた。

 失神後、痙攣を起こす女神の体。口から血泡を吹いている。重篤なダメージだ。


(いかん。このままでは死ぬ。頭の中が毎日お春の馬鹿者でも大事な後輩だ)


 神は助け舟を出すことにした。追撃に移りそうな神友の袖を引く。


(ところでサブちゃんの前掛けは今日も決まっている)


 見え見えのお世辞を言うことにしたのだ。念話で。


「なんだよなんだよバカヤロー! 照れんじゃねえかよコノヤロー!」


 あっさり青年は機嫌を直した。顔が赤い。ついでに照れ隠しなのかおハルの脇腹を蹴り上げている。


(やめてあげて。おハルが死んでしまいます)

「俺は生まれつき褒められると暴れたくなんだよコノヤロー!」


 ようやくリズミカルなキックが停止した。

 破壊神だからサブちゃんは粗暴なのだと神は思っていた。

 だがどうも単純で粗暴なのは生まれつきだったようだ。サブちゃんは幼いころ魚河岸の神だったのだ。闘争関係ない。


(またお腹痛くなってきた)


 神は、いまだ意識の戻らぬおハルを適当に椅子に座らせた。介抱した後、トイレを目指す。










 トイレから部屋に戻ると青年と少女、二人ともが畏まって椅子に座っていた。

 その他にはいつの間に到着したのか、スーツ姿の眼鏡を掛けた中年男性が鋭い目で立っている。

 隙一つも無い完璧な佇まい。銀縁眼鏡が冷酷そうに光る。


(かっ、かなり上位の神だ。ホワイトカラーの、エリート様の匂いがする。こいつが査問官か)

「査問が始まります。座りなさい」


 神は中年の指示で座ろうとしたとき、ボロボロの老人が部屋の隅にいるのに気付いた。

 黄ばんだ白い長衣に、伸ばし放題の白い髭。頭は禿げ上がっており、目を閉じている。

 非常に臭い。生ゴミの臭いだ。いや、腐った肉の臭いがする。


 内臓まで傷めそうな吐き気。嘔吐をこらえながら神は疑問に思う。


(なぜホームレスがここに)


 サブちゃんとおハルがなぜか顔色を変えた。二人とも必死で手旗信号を出してきた。

 スーツ眼鏡が眉をひそめる。渋々二人は動きを止めた。


(ジジイ。炊き出しやってる公園を紹介してやろうか。いや、まずは公園の水飲み場で体を洗え。お前死臭を放ってんぞ)


 青年と少女の二人は慌てるどころではない。

 死角から神に紙屑を投げつけるなどして制止し始めた。


 スーツ眼鏡が普段のサブちゃん並に切れかけていた。

 顔面と首筋と手。露出している皮膚で、血管が浮いていない部分はなかった。


(いっそのこと一思いに火葬場の方がいいか。クリスマス用の七面鳥と一緒に焼けば燃料代も浮くぞ)


 そこまで神が考えたところで、会議室の窓ガラスにヒビが入る。


「これにて査問を終了します!」


 スーツ眼鏡が叫んだのだ。憤怒と焦燥に震える声。


(なっ何を急にメガネ野郎。仕事しろよカス)


 銀縁眼鏡が輝いた。神へ届く眼鏡の反射はギロチンのきらめきだった。

 視線がガラスでできたレンズの輝きで見えないが、殺意に濁っているに違いない。


 神はようやく怯えた。助けを求めて周囲を確認する。


 ガテン青年は全身に炎をまとい、本気で切れかけていた。

 顔が引きつっており、怒りと驚愕半々の色。


 銀髪少女は諦め顔で呆けていた。

 それでもそっと小声で指摘してくれた。


「あの方は……その、今回の査問の補助を務める予定だった至高神様ですぞ。付き合いとかなされぬ方で、お顔を知っている者は少ないですが。そして先輩、査問中には査問側以外は隠し事はできぬのです。お考えはさっきから、念話として外に漏れ聞こえておりますぞ……」

(……なんと!)


 冷静になって自分を見ると、普段の化身の腕ではない。

 細い指。褐色の肌。真の姿に戻ってしまっている。

 隠し事は無理。おハルの言葉通りのようだ。

 そしてなぜ神々を統べる大首領がここにいるのか。


 神がやってしまったのは人間に例えるならば平信者が教祖を、奴隷が王を侮辱するがごとき暴挙。

 道祖神行きが軽く思える重罪であった。どうやら神のキャリアは終了してしまったようだ。


 悪臭漂う老人は瞼も開けないまま立ち上がる。

 そして老人、いや至高神とスーツ眼鏡は、顔を合わせうなずき合うと無言で部屋を出て行った。


「おめぇなに初対面の至高神様を速攻ディスってんだよバカヤロー!」


 炎を放つサブちゃんの叫びが、虚しく三人だけの会議室に響いた。

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