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「パリアを説得しに行ったのですか」


 応接間の椅子に深く腰掛けて、リジナは頷いた。

 対角線上の椅子に座るファウストは、めんどくさいことになったとばかりに目を瞑った。


 リジナの正面の椅子に座ったムムは、居心地悪そうに肩を竦めた。

 ムムはマリオの兄で、マリオより線が細く、儚げな優男だ。貴公子然とした振る舞いを見せているが、抜け目がなく狡猾な人物だった。

 ムムの視線を辿る。双子はリジナでも萎縮しそうなほど睨みつけていた。


「……リチャード、テオドール、私の膝に頭をのせる?」

「いいの?」

「うん!」


 双子はリジナの足元に跪き、膝に顔を押し付ける。

 リジナはムムに目配せした。ムムは助かったとばかりに肩から力を抜いた。


 えへへと膝に擦り寄る双子の耳をくにくにと動かす。ごろごろと喉が鳴った。


「普通に考えるならば、パリアのところで何かあったとしか思えませんね」

「何か、あった? カシスが一緒にいたのにかい?」


 ムムはおかしいなと首を捻る。

 カシスは、小さい体をしているが、夜盗に負けない。たとえ騎士と相対しても、魔術でどうにかしてしまう。


「カシスと言えど、万能ではありませんしね。特に、マリオのことになると」

「マリオに何かあったっていうこと?」

「そうかもしれない、ということですよ」


 不安に潰されそうになる。

 怪我をしているのか、帰ってこれないほど?

 急に力を入れて耳を握ったせいか、なにをするのとばかりに双子が手を甘噛みしてきた。


「はやく、行かなくちゃ」

「落ち着いて。可能性があると言ったまでです。ムム、パリアから連絡が来ていないのですか?」

「来ていたら、行方不明なんて言わないよ」

「……そうなると、パリアが、マリオを監禁している可能性もありますか」

「っ!」


 一瞬、目の前が赤く燃えた。

 リジナは、歯を食いしばって怒りが過ぎ去るのを待った。

 ーー落ち着いて。落ち着いて!


「まあ、とりあえず、パリアに書簡を送りましょう。僕達がいきなり尋ねても門前払いされるだけでしょうし」


 リジナは紙と羽ペンを用意させるため、立ち上がろうとした。だが、そのとき、部屋を外側からノックされた。入室を許可すると、侍女が手紙を置いて一礼し、去っていく。

 二人の視線が手紙に集まった。

 手紙は蝋封されていた。印璽はパリアを示すものだった。

 ペーパーナイフで切り裂き中身を出す。

 手紙を一見し、ムムとファウストに見せるために机に広げた。

 リチャードは興味なさげだが、テオドールは膝から顔を上げて手紙を覗き込んだ。


「『マリオは預かっている。返して欲しければ我が家までこられたし』……決闘でもするつもりでしょうか?」


 挑戦的な文面だった。

 リジナは目頭をおさえた。さっきから、目がちかちかしている。気を抜いたら、感情が一気に爆発してしまいそうだった。


「いや、リジナ嬢を捕らえようという気かもしれないよ」

「罠だとしても、よかったですね。一応、マリオがどこにいるかは分かったわけだ」

「どんな状態なのか、気になるが」

「……リチャード、今すぐ、馬車を用意して。パリア様の家に行かなくちゃ。ムム様、ファウスト、ごめんなさい。マリオのところに行かなくちゃ」


 リジナが立ち上がると、リチャードはむすっと膨れながらも、馬車の用意をするために部屋の外に出た。テオドールは、リジナに頭を近付け、撫でてと催促する。


「僕も行きましょう。リジナまで預かったと手紙を寄越されたら困る」

「分かった。わたしは、このことを父上に報告しよう。リジナ嬢」


 ムムは穏やかにリジナの名前を呼んだ。


「血縁者が血迷ったことをしているようだ。わたしから、お詫びする。誤解して欲しくないのだが、我が一族では、マリオと君の結婚に反対する者の方が少ない。君とマリオの婚約は教会が定めた神聖なものだ」

「はい」

「法皇が我が一族に、決して神の意志に背いてはならないと釘を刺してきた。国王の邪悪な思惑により、純真なる思いが汚されてはならないとね」

「法皇様が」

「まあ、聖職者どもは、君とマリオに恩を売りたいのだろうよ。君達の魔術師はとても優秀だからね。だが、我が家には敬虔な信者が多い。じきに国王おろしがはじまるだろう」


 リジナは目蓋を閉じた。

 世界の陰部に触れている。

 宗教は救いではなく、利権と金と力を生む。

 リジナとマリオの結婚は、当人達にとっては神聖なものだ。だが、端から見ればどれだけの思惑が絡み、いびつに歪んでいるのか。


 それでも、法皇がマリオとリジナの結婚を認めている。それは国王に結婚を否定されたリジナにとって、救いだった。


「あんな馬鹿王が、八年も在位できたことの方が驚きですよ」

「おや、馬鹿王の方が扱いやすいのでは? 穴の空いた法案でも、すぐに通して下さる」

「惨い話ですね。国民は賢王を求めるが、王の周囲は愚王を乞い願う」

「国民は我ら、貴族だけだよ。ならば、我らを富ませてくれるものが王にならなくては」

「いずれ、痛い目にあわれるといいと思います。次期王は我が家から出しましょう。先王の弟君がおられる」

「そうだねえ。国王陛下は子宝に恵まれなかったから、跡取りがいないものねえ。あんなに女をあてがってやったというのに。産まれるのは女ばかり。女王にするにも若すぎるしなあ。せっかく、王として即位させてやったのに、骨折り損だよ」


 ムムは残念そうな口調で言った。

 リジナにはついていけない話だった。分かるのは、大貴族には、仄暗い業がまとわりついているということだけ。

 国の主でさえも、貴族達によってすげ替えられるのか。まるで、人形で遊んでいるように?


 リックスヘレムでは貴族も平民も助け合わなければ生きていけない。リジナは農奴達と一緒になって麦の収穫に勤しんだことだってある。身分というものに、こだわったことはあまりなかった。

 それが普通なのだと今の今まで思っていただけに、リジナは重い衝撃を受けた。


「ああ、ご婦人にきかせる話ではなかったな。ともかく、フォン家は、君とマリオの結婚に賛成している。可愛い弟をよろしくね」


 リジナはこくりと頷いた。

 ムムがマリオを心の底から心配しているのだと思いたかった。打算や利害関係なく。

 ムムは、貴公子のように優雅に一礼し、さっさと退室していった。


「なにが、敬虔な信者だ。リジナの家の土地が目的の癖に」

「ファウスト?」

「……次の国王を選べる権利があるのならば、僕は戦上手な王を立てたい」

「えっと、なぜ?」

「なぜでしょうね?」


 曖昧に微笑んだファウストは、リジナをエスコートして部屋を出た。

 外には、すでに馬車が用意されていた。


「リジナに変なことをしたら、殺す」


 後ろから付いてきていたテオドールが、ファウストにそう告げると馭者座のリチャードの隣へ腰掛けた。

 どうやら、長身のセドがいるため馬車のなかには入らないようだ。

 双子が珍しく気遣ったらしい。胸が少しだけほっこりした。


「せいぜい、道を迷わぬように運転しろ」

「うるさい」


 リジナとファウスト、セドを乗せて馬車が動き出す。リジナは、反対方向へと進んでいくムムの馬車に目礼した。



 日はすっかり暮れてしまった。重たそうな雲の間からこぼれる月光は、濁流のように土砂の色をしていた。

 濃霧がこの世を支配しているような不気味な夜だった。

 リジナの屋敷をたって数時間後。馬車は周りを森に囲まれた、大きな噴水のある屋敷の前でとまった。門番に用向きを伝え、玄関先に馬車をとめる。


 リジナは、極端に明かりの数が少ないなと馬車を下りながら思った。

 屋敷全体が不気味で、今にも叫び声や断末魔が聞こえてきそうだった。

 案内役としてやってきた執事もまた奇怪な格好をしていた。

 全身を包帯でぐるぐる巻いていたのだ。

 かろうじて瞳と唇、髪は見えるが、他の場所は隠されている。


「仮装パーティーでもあったんですかね?」


 ファウストは、執事を見て怪訝そうに独りごちた。

 こちらですと、執事はか細い声で促した。

 馬車から降りてきたセドと馭者座にいた双子が、それぞれ主の後ろに立つ。

 リジナとファウストは緊張感しながら、屋敷のなかに入りーー驚愕した。


 屋敷の至る所に一人の少年を描いた絵画が飾られていた。

 真珠のような肌、海のごとく青く澄んだ瞳。銀髪がさらさら揺れる様子はまるで穂波のよう。

 少年は、喉に手をやって懸命に声を張り上げようとしている。声なき慟哭が、聞こえてきそうだった。

 リジナは悲鳴を喉の奥に飲み込んだ。


「マリオですね」


 ファウストが引き攣った顔でそう呟いた。

 屋敷は、小さいマリオの肖像画で埋め尽くされていた。





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