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 双子を篭絡し、口を割らせたリジナは、マリオの手紙を持って自室に閉じこもった。

 双子は、もっと構ってと言わんばかりに部屋の周りをうろうろしているようで、たまに、テオドールの調子外れな歌声やリチャードの甘えるような唸り声が扉の向こう側から聞こえてくる。

 リジナは一切合切、その声を無視した。


 やはり、ファウストの言う通り、パリアと結婚するようにと手紙が来たらしい。マリオは立腹し、国王へ直訴しにいくと書かれていた。

 羽ペンの毛を無意識にむしりながら、マリオへの言葉をまとめる。封をして、机の上に置いた。双子を経由せずに、手紙を送れないものだろうか。


 ことことと風が窓を叩いていた。リジナは窓の外へ目を移動させた。もうすっかり夜になってしまった。月明かりが、部屋に射し込んでいる。

 リジナは窓に近づき、窓を開けた。風が髪をさらって、ふわふわと浮かせる。


 見惚れるような月夜だった。

 この瞬間を絵として残したいと思うほど。そういえば、この頃、筆に触っていない。騒動が終息したら、またアトリエにこもって絵を描きたい。


 そのとき、マリオに見せることができるだろうか。

 心に陰鬱な影が忍び寄ってくる。

 国王が決めたことだ。逆らっても無駄ではないのか。

 ファウストと結婚するしかないのではないのか。

 頭をぶるぶる振る。そんなこと、認めてはだめだ。絶対に、諦めてはいけない。マリオだって諦めてはいないのだから。もしかしたら、マリオが国王を説得できたかもしれない。

 また、マリオに絵を見てもらうのだ。


 決意を新たにしたときだった。

 翼の羽ばたき音とともに、窓枠に足が乗せられた。一瞬のうちに、部屋のなかに人が入り込んでくる。

 風に揺られて、外套がたなびいている。月光の光を集めるように、銀髪が発光しているような艶のある光を放った。


「マリオ!?」


 マリオは、白い手袋をはめた指を口元にあてた。うっすらと笑みを浮かべている。

 まるで月の使者のような神秘的な姿に、ずきずきと痛みを覚える胸をおさえた。


「双子が外にいるのだろう? あまり声を出さずに」

「う、うん」


 急に、自分の姿が気になってきた。

 服の皺を伸ばして、髪を撫でる。鏡を見させてくれないかなとついつい思ってしまう。

 マリオに見せる自分が、今までで一番可愛い自分でありたい。

 マリオは、リジナを顔を見て、ふわりと微笑んだ。


「髪の毛が少し、飛んでいる」

「っ! いますぐ、梳いてくる!」


 櫛はどこになおしただろうか。

 探し始めようとしたリジナを止めて、マリオはリジナの髪を手櫛で梳いた。


「私が櫛のかわりになろう。……いつも、双子にこの姿を? 少し、妬ける」


 手袋が頬を掠めるたびに、頬が朱を注いだように赤く染まる。

 すぐそばにマリオがいるということが、泣き出しそうになるほど、嬉しい。


「会いたかった」

「私もだよ。マリオに、会いたかった」

「双子に手紙をとめられていたのだろう? まったく、忌々しい奴らだ」


 マリオは、むっと眉を顰めた。


「ここには、どうやって?」

「カシスが送ってくれた」

「カシスが?」


 よく渋らなかったものだ。

 リジナの疑問がわかったのか、マリオは困った顔をした。


「少し、脅した」

「えっ?!」

「リジナと会えないと、息が途絶えしまう、と」


 すごい殺し文句だ。リジナの息もとまりかけた。


「カシスもそんな顔をしていた。やはり過激?」

「あ、うん。私も、息がとまりそうになった」

「本音を話しただけなのだが」


 マリオの本音は、リジナの息をとめるものが多そうだ。

 羞恥のせいで熱くなる頬を冷ますために、手で扇ぐ。

 とりあえず、マリオに椅子を勧めた。マリオは、首をふり、リジナを意思がある瞳で見つめた。


「国王陛下に直訴した。撤回しなければ、人をかき集め、攻め入る覚悟があると告げた」

「え!?」


 争う覚悟があると、におわせたのか。

 そこまで、マリオが決意を固めているとは思わなかった。

 マリオは急に心配そうな顔をした。


「だめ、だっただろうか」

「嬉しい、けれど。心配でもあるよ。そんなことを陛下に言ってしまってよかったの?」

「陛下は、直接的な言葉しか理解してくださらない。……結局、そうしたいならば、そうせよと言われてしまったが」

「陛下は、本当に、私とマリオを結婚させないつもりなの?」

「そうらしい。パリアと結婚せねば、国外追放するとも言われた」


 無茶苦茶だと、リジナは思った。

 魔術師の主であるマリオを追放するということは、カシスの怒りを買うということに他ならない。魔術師は、国外に行くことはできないのだ。

 リジナは主と引き離された魔術師が、単騎で国王の命を奪った事件を思い出した。次の王が、主を呼び戻し、事なきを得たが、それ以来、魔術師と主を離してはならないという暗黙の了解がある。


「国王陛下は、なにがなんでも、マリオとパリア様を結婚させたいんだね」

「私はリジナとしか、結婚する気がない」

「うん、私もだよ」

「……ファウストは、そうではないと言っていたが?」

「ファウストのことは無視して!」


 また、ファウストが嘘を吹き込んだらしい。ファウストはやっぱり、頼るべきじゃない!

 リジナは、次になにがあっても、ファウスト伝書鳩だけは使わないことを決めた。


「マリオと結婚できないならば、教会に入るよ。修道女になる」

「絶対に、君と結婚する。神にも、渡すつもりがない」


 マリオは、リジナの額に口付けた。

 愛が、唇から流れ込んでくるようだった。

 国王の命令は試練なのだ。二人でならば、きっと乗り越えられる。強く、そう思った。


「今から、パリアに会いに行く。彼女から、国王に結婚はできないと言ってもらうつもりだ」

「でも、パリア様は、マリオとの結婚を望まれていると思う」

「……そうであっても、知るものか。脅してでも、言っていただく」


 リジナはお返しをするように、マリオの頬に口付けた。

 リジナが感じたように、愛が伝わればいい。


「私もついていった方がいいのかな」

「いいや。双子がうるさいだろう。君はここに。私がきちんと伝える。終わったら、褒美をくれ」


 甘くて、しっとりとしたものが唇を塞いだ。

 リジナは、マリオの後ろに手を回し、しっかりとつかんだ。

 顔が離れるのが、名残惜しい。もっと、こうしていたい。

 淫らな自分の声を、リジナは封じた。


「マリオ、愛している」

「ああ、私も、君を愛している。行ってくる」


 マリオは、空を飛んでいるらしいカシスを呼び寄せ、入ってきたときのように、窓から去っていった。

 マリオならば、大丈夫だ。

 リジナは、マリオの背を見つめ、成功しますようにと祈りを捧げた。


 しかし、その祈りは届かなかった。

 二日後、マリオの兄であるムムがファウストとともにやってきた。


 彼らの顔は青ざめていた。不測の事態が起こったのだと、リジナは気がついた。

 ファウストが、目を伏せ、てリジナに信じられない言葉を告げた。


「マリオとカシスが行方不明になった」


 リジナは、卒倒してしまいそうになった。




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