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「なんで、婚約を破棄しろなんて言われなくちゃいけないの!?」


 しかも、ファウストと結婚しろと勝手に決められなくちゃならないのだろう。

 リジナはファウストを前に激怒した。

 淑女の自尊心で、カップを叩きつけそうになるのを必死でこらえる。

 目の前にいるファウストは、どこか楽しげにリジナの怒る姿を見つめていた。


「……リジナ、元気ですね。僕は少し眠いのですが」

「もう、お昼だよ?」

「リジナは夜更かしをしないから昼なのでしょうけれど。僕にとっては今は朝です」


 リジナは空を見上げた。

 太陽は空の中心を陣取っている。

 もう、昼だ。ファウストの不摂生ぶりに苦言を呈したい。


 ファウストは砂漠の王のような、はだけた格好をしていた。いくつも宝石の指輪、金の腕輪を嵌めている。

 セドがいつものように侍従のように後ろに控えていた。

 小娘、うるさいとばかりに眉根を寄せてリジナを睨みつけている。


 背もたれに背中を預け、ファウストはあくびをかみ殺した。

 ファウストは、ほとんどの主がそうであるように、部屋にひきこもり、魔術師と日々を過ごす非社交的な毎日を送らない。

 毎日のように、社交界に赴き、日がな舞踏会や夜会に参加している。普通の貴族のように。

 魔術師は、主を独占したがる。リジナの双子とて、外に出たがらない。

 だからこそ、リジナではなくマリオに屋敷に来てもらっている。外に出るよりも、屋敷に来る方が抵抗が少ないらしい。

 だが、セドはファウストがやることに絶対服従だ。ファウストはどこに出かけようとも、粛々と従い、束縛しない。

 きっと、昨日も貴族達の艶やかで淫らな夜会に参加していたのだろう。

 風に乗って酒気が漂ってきている。


 それに気がついた双子が、椅子ごとリジナの位置を変えた。責めるような眼差しをファウストに向けている。


「あー、煩わしい視線が突き刺さっているんですが?」

「うるさい、酒呑み男。帰れ」

「そうだ、酔っ払い。リジナに臭いがうつる」

「リジナ、この双子が不敬ですよ」


 ごろごろ唸る双子をなだめすかす。

 双子は手紙をみたせいで気が立っていた。

 気をぬくと屋敷の離れに監禁されそうになるのだから、困る。ファウストと会うのだってかなり難色をしめした。

 双子の髪を洗うという約束をとりつけてやっと、首を縦に振ったのだ。


「ごめんなさい。でも、眠気とか視線とか諸々、今は我慢して欲しい。国王様からの手紙はどういうこと?」

「そのままの意味でしょう。僕とリジナが結婚する」


 一瞬、頭に雷が落ちたような衝撃が走った。

 意識が途絶えそうになる。なんとか堪えて、ファウストの愉快そうな顔を見つめる。


「それは、なぜ?」

「なぜ? そうですね。おそらく、パリアのせいだと思いますよ」

「パリアーー国王陛下の妹君だよね」


 国王には、二人の妹がいるが、パリアは末妹だった。

 マリオの従姉妹にあたる人。金の巻き毛をしているぽやっとした儚げな雰囲気を持つ。

 リジナも、マリオと婚約しているということで何度か会ったことがあった。


「そうですよ。あの蛙顔ーー失礼。国王陛下の残念なお顔立ちを受け継ぐ、残念な方です」


 ファウストとマリオの家はともに王を輩出する名家だ。どうやら、両家は対立関係にあるらしい。

 国王がマリオのファン家から輩出されたというやことで、ファウストは国王を認めていないような態度を取ることも多い。


「なぜ、パリア様のせいなの?」

「パリアはマリオに恋情を抱いているの、知りませんでした?」

「え?」

「なんでも、幼少のみぎりより、慕っておられたのだとか」


 目を見開き、唖然としてしまう。

 マリオは美しい。女性がすべからく魅力されるのは必然のようなもの。だけど、パリアはマリオにそんなに熱心な想いを向けていただろうか。

 パリアと会ったときまったく、そうは感じなかった。肉親に向ける親愛の情しか注いでいなかったように思えてならない。


「妹可愛さに国王が、僕とリジナの結婚を用意したのでしょうよ。馬鹿王をたてると、私情に走りますからね。当然の帰結とも言えるのかな」

「待って。じゃあ、マリオはパリア様と結婚をするってことに?」

「おそらく、マリオにもそういう手紙が来ていると思いますよ」


 頭をハンマーで何度も殴られている気分だ。

 魔術師の主になったときに、国に身を捧げたつもりだった。だが、心は、すべてマリオが持っている。マリオのものだ。


 純白のウエディングドレスを着て、マリオと誓いの口づけを交わしたい。夫婦になりたい。昔から夢見ていたことが、なぜ容易く奪われなくてはいけないのか。

 唇を噛み締め、唸りそうになる。

 とんとんと爪で唇を叩く。マリオと話をしたい。だが、双子がそれを許さない。

 ファウストとの面会は容認したが、マリオと会いたいという言葉を双子は黙殺した。

 今、強行にマリオに会いに行けば、双子がどんな行動をとるかわからない。

 こういう時に、魔術師の主であることが歯がゆくなる。


「馬鹿王の判断は気に入りませんか?」

「容認はできないよ」

「そう? だが、無視するわけにもいかないでしょう?」


  リジナはこくりと頷き、ファウストは真っ直ぐ見つめた。


「馬鹿とはいえ、国王ですよ。意に反すると、軟禁されかねない。下手すると、魔術師と揃って、塔に幽閉されて一生を過ごさねばならなくなるかもしれませんよ」


 後ろに控えていたセドが冷酷な無表情を和らげた。期待に満ちた顔で、ファウストの後ろ姿を熱っぽく見つめている。

 リジナは、ぞくりと背筋を凍らせた。

 セドはファウストの言葉に喜びを感じているのだ。

 魔術師にとって、主と誰もこないような場所に閉じこもるということが至福なのだろう。

 振り返ると、双子もうっそりと微笑んでいた。


「リジナ、意に反してみる?」

「私はそれでもよいけど。リジナが望むなら、なんでもしてあげる」

「……魔術師どもは、幽閉されることが望みなのでしょうね。誑かされぬように気をつけて下さい」


 ファウストは、いつか見たときのような無表情で、双子を睥睨していた。

 ファウストに絶対服従しているセドでさえ、うっとりとしているのだ。双子ならば、悪知恵を働かせて、国王の反感を買い、幽閉されるように画策しかねない。


 手慰みにテオドールの耳に手を伸ばす。耳の内側を指で擦る。気持ちいからか、反対側の耳がぺたっと下がった。

 リチャードがいらだたしげに、テオドールの耳を叩いていた。どうして、テオドールばかり構うのと言わんばかりに、リジナの腕に頭を擦り付けてくる。


「魔術師の主への愛には困ったものだ」


 セドも、双子に感化されたのか、落ち着かない様子だ。ファウストは、大きくため息を吐いた。


「でも、国王陛下の言う通りにはできないよ」

「可愛い妹の頼みをおいそれと撤回しないと思いますがね」

「そんなことを言ったら、可愛い妹の言うことを簡単にきいてしまう方がおかしいと思う」

「まあ、最悪、僕と結婚して、マリオとは愛人関係を結べばよいのでは?」

「愛人!?」


 どうしてそうなるのだろう。

 そもそも、ファウストはリジナとの結婚が嫌ではないのだろうか。


「ええ、貴族の結婚は愛がないものが多い。愛人を持つのは、ごくごく普通のことですよ」


 リジナの両親は恋愛結婚だった。父が母に一目惚れし、母もまた父の優しさに惹かれた。だから、両親に愛人などいなかった。

 ファウストが言うように、愛人を持つことが貴族にとって普通なのだろうか。そうだとしたら、虚しい。


「僕は別に、リジナと結婚してもいいですよ。愛人を囲っても文句は言いません」

「そんな……」


 ファウストが、夫になる?

 地面が揺れているような落ち着かない気分になる。ファウストが気に入らないわけではない。だた、マリオ以外との結婚など、考えられない。


 ふらふらと視線をあちこちに動かす。セドは不気味なほどじっとりとリジナを凝視していた。

 双子は、こそこそと二人で話し合っている。


 リジナは覚悟を決めて、ファウストと視線を絡ませた。


「私は、マリオ以外と結婚する気はないよ」

「ならば、王に刃向かう? 得策ではないと思いますが」

「ファウスト、力を貸して欲しい」

「僕は、リジナと結婚してもいいと言ったはずですが」

「私は、ファウストと結婚する気はない」


 強い言い方をしてしまったせいか、ファウストは鼻白んだように鼻を鳴らした。


「そう強情では、やはり最後は魔術師どもと幽閉されそうですね。マリオも、リジナのように思い詰めてなければいいのですが。ーーそうだ、僕がまた伝書鳩になってあげましょうか」


 悪戯っ子のよう片目を伏せて、ファウストが口元を緩ませる。

 意地悪なことを言って、マリオにますます追い打ちをかけたファウストだ。信用していいものかと疑ってしまう。


「ファウスト、変なこと言わない?」

「さあ。口が滑って、リジナが僕と結婚したいと迫ってきたと言ってしまう可能性がありますが」

「ファウストって、意地悪だ」

「そう。知らなかった? リジナに対してだけ、とても意地悪になるのです」


 そういう言い方はずるい。リジナだけ特別扱いしているようだ。強く責められない。むくれるリジナを、ファウストは笑い飛ばした。


「マリオにはそれとなく言い含めておきますよ。主が二人減るのは、僕としても嬉しくない。仕事が増えますしね」

「お願い、ファウスト」

「そう、ひたむきに見られると弱ってしまいます。僕も、リジナみたいな花嫁が欲しくなるな」


 ファウストは、あどけなく笑った。リジナが初めて見る、純朴な表情だった。


「じゃあ、また来ます」


 そういうと、ファウストはセドを連れて去っていった。リジナは、やっぱり、ファウストの背中が寂しそうに思えてならなかった。


 双子は、話し合いを終えたようで、縦長の瞳でリジナをみつめている。

 テオドールばかり撫でていたから、リチャードも撫でなくてならない。

 リジナは、リチャードの耳に手を伸ばした。手入れをされた指通りのいい毛並みだ。


 今日はマリオが来ていない。ここのところ毎日のように会っていたから、急に寂しくなる。

 ぱしりと腕を手で軽く叩かれた。リチャードの手だった。

 撫でる手をおろそかにしていたらしい。

 リジナは、リチャードの両耳を撫で回した。うっとりとリチャードは目を細めた。


 リチャードの撫でられる様子を荒んだ瞳でみながら、テオドールが哀願してきた。


「ね、リジナ? ぼくを愛人にして」


 変な声を出しそうになった。突然愛人を希望するなんてどうしたのだろう。まさか、さっきのファウストの言葉に影響されているのか。

 ファウストのせいだ! と大声で叫びたくなる。


「私も、リジナの愛人になる。そうしたら、もっと愛してくれる?」


 撫でられて幸せそうな顔をしながら、リチャードも、テオドールの声に続けた。


「リチャードまで」

「リジナの愛人になったら、あの不細工のように口付けてくれる?」

「リジナと幽閉されるのもよいけど、愛人もよいと思う。うん、なんだか、淫らな感じがとてもよい」


 二人で話し合っていたのは、もしかしてこのことなのか。

 頭を抱えたくなる。


 双子の脳内ではどんな妄想が広がっているのか。確認するのが恐ろしい。


「いっぱい、ご奉仕する」

「決して、後悔させないつもり」


 自分を売り込む双子に頭痛がしてきた。

 きらきらとまるで星のように顔を輝かせている。


「愛人はいらない」

「そう言わず、ね?」

「そうそう」


 その後、リジナは迫ってくる双子と鬼ごっこをした。なんとか、逃げおおせたが、捕まっていたら、是が非でも愛人になられていたかもしれないと思い、額から流れ落ちる汗が止まらなかった。


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