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後日談

 


「私から、離れる?」


 リジナの屋敷でのことだ。

 マリオは、雑誌から目を離し、切なげにリジナを見遣った。

 紅茶の替えを持ってこようと席を立ったリジナは、動きを止めた。

 リジナは、マリオの美しい瞳に見つめられると、鼓動が野をかける兎のように陽気になる。

 恋は盲目という言葉だけではおさまらない。

 こんなに素敵な男性、他にいない。

 きゅんと胸が高鳴り、息がしにくい。

 ゆっくりと、息を吐き出して、呼吸を整える。


「あのね、マリオ」

「私が構わなかったから? 雑誌を見るのをやめるから、もっと近くにきていい」


 マリオは雑誌をぽいっと放り投げると、ぽんぽんと自らの膝を叩く。

 リジナはぎょっとした。膝に座れといっているのだ。


「リジナ、さあ、はやく」


 ゆるゆると手招きされた。男性独特の角張った手なのに、マリオの手だと思うと芸術品をみるように陶然としてしまう。誘い込まれる蝶のようにマリオに近付いた。


 婚約を破棄するという一連の騒動は収束した。実際に婚約を破棄をしたわけではない。いうなれば、痴話喧嘩だ。ファウストやナツミを巻き込んでしまい申し訳なかったが、リジナは後悔していなかった。

 マリオときちんと話し合うことが出来たからだ。


 だが、問題はある。

 そもそも、主同士の結婚は、一度の前例もない。結婚できるかどうかは、枢密院で議論されたのち、貴族院での承認が必要となる。


 婚約は幼少の頃からのものだと、なかば黙認されていたが、力を持つ魔術師を飼う主同士が結婚するとなれば、意を唱える人間も現れる。


 そうでなくとも、マリオは見惚れるほどの美貌を持つ。家とて大貴族だ。だが、リジナは辺境伯の田舎娘。結婚を阻止したいと思う派は少なくない。


 だが、問題はそれだけではなかった。日常的に困ったことがある。

 それは、マリオがあの日以来、甘過ぎること。

 日がなリジナの屋敷に入り浸り、大切な宝物のように接してくる。それはもう、愛されていると身にしみるほど。

 嬉しい反面、恥ずかしい。

 マリオは、あの日から、少し強引にもなったからだ。

 マリオは甘やかすような顔をして、リジナの腕をひいた。

 耳を真っ赤にしながら、膝に座る。

 太腿の裏側にマリオの体温がある。そう思うと、じわじわと言いようのないむずがゆさが走った。

 なんだか、いけないことをしている気分だった。


「うん、リジナは可愛い」

「マリオも、かっこいいよ」

「本当? 君に見惚れてもらうために、服を新調した。この服は似合う?」


 マリオは紺の貴族服を上下きっちり着込んでいる。

 リジナは肩に手を滑らせた。絹のなめらかな手触りとマリオの体格をまじまじと感じてしまう。服の上からでも男性らしい体つきをしているのが分かった。麝香とフルーツが混じったいい香りが顔を近づけたときに香ってくる。はっと気がつく。マリオと顔が近い。


 リジナはつい、マリオの刺激的な少し分厚い唇を凝視してしまう。この唇と触れ合うと、リジナは桃源郷へ飛び立ってしまう。マリオとじゅくじゅくと溶け合い、一つになってしまうような陶酔感に襲われる。

 マリオと口づけをしてから、リジナは淫らな女になった。気がつけば、マリオとまた唇を触れ合いたいと思うのだ。それに、理由なくマリオに触れたい。まだ、婚姻を済ませていない女が思うことではない。

 女性がこうやって、弄るように指を動かすのはいけないことだ。

 ぱっと指を離すと、マリオはなぜか残念そうな顔をした。


「とっても似合う」

「よかった。君に一番に見せたかった」


 マリオはにこりと笑った。嬉しそうに。

 一番にと、マリオは言った。一番に、特別な響き。リジナが素敵な服を着たときにマリオに一番に見て欲しいと思うのと同じだろうか。そうだったら、嬉しい。

 照れそうになったリジナの耳に、非難の声が滑り込んでくる。


「カシスが一番にみた。マリオ様の姿」

「ぼくの方がかっこいい、リジナはぼくを見るべき」

「リジナが可愛いのは元からだ、わざわざ確認する必要がない。節穴め」



 ーー主のこと大好きだなあ。魔術師達。

 相変わらずな魔術師達に、苦笑してしまう。

 マリオも気が抜けたのか、壁の隅で座り込む魔術師達に視線をやった。

 魔術師達は企み事を考えているように顔をつきあわせている。


「マリオ様、偉大だ。お前らのむすめ、ばか」

「はあ? カシスは相変わらず、間抜けだ。リジナの可憐さがなぜ分からない?」

「可憐さだけじゃない。風雅さ、優雅さ、分からない?」


 もぞもぞと耳と羽を小さく震わせて言い合いをしている。

 ふわふわとしている双子の耳を撫でくりまわしたくなる衝動に襲われた。自分の主こそ最高! と無邪気に自慢し合っているように見える。


「テオドールもリチャードも、ばか。あのむすめ、いい主じゃない」

「それを言うなら、あの不細工だって」

「そうだ、このあいだまで、無視されていただろうに」

「マリオ様には苦悩と思慮深さがある。無視していても、おれがあまりにうなだれていたら、頭をなでてくれた」


 カシスは、人形のようななめらかな白い頬を赤く染めてぽわあと恥ずかしがっている。

 双子は前後に耳を動かし、カシスの膝をバシバシ叩いた。


「リジナの方が撫でるのがうまい。心さえ溶かす、魔性の手だ」

「マリオ様の方が上手い。あの手なくして生きられないぐらいだ」

「それは、リジナの手を知らないから」


 喧々と、騒ぎ立てる魔術師達の言葉に、マリオもリジナもお互いに見合った。魔術師達は奔放過ぎる。主が大好きすぎて怪しい言葉を連発している。


「ええっと」

「リジナ、私も撫でてみる?」

「マリオ!?」

「私も君を撫でてあげる」


 恥ずかしげに目を伏せたリジナの頭を、マリオが優しく撫でた。髪を撫で、頬へと指が降りてくる。そして、唇へと。リジナはぎゅっと目を閉じた。期待を込めて。

 マリオは期待にこたえるために、甘い唇をふわりとふらせた。

 魔術師達がそれを見咎めて、ますます盛んに騒ぎ始めた。

 リジナは、大変怪しい魔術師達の言葉に、どこか幸せを感じていた。

 なんだかんだと文句をつけているが、魔術師達はリジナとマリオの結婚を認めつつある。

 こうやって、和気藹々と、マリオと暮らせていけたらいい。


 けれど、そう上手くことは運ばなかった。

 次の日、国王からリジナへ手紙が届けられた。

 マリオとの婚約を破棄し、ファウストと結婚するようにと、そこには書かれていた。







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