魔術師と主
新しい王が即位し王城はにわかに活気を取り戻しつつあった。王城の結界を補修・強化するために王城に入城していた双子は、セドとカシスが争っている姿を目撃した。
新王の誕生のせいで、魔術師の半分が招集されているのだ。いつもより、王城には、魔術師達が集まっていた。
いつもならば、気にせずさっさと愛しいリジナのもとに帰るために急ぐ。
だが、今日ばかりはそうはいかなかった。
カシスとセドが「一番、美しい主は誰か」という問答をしていたからだ。
ーーリジナ以上に、撫でる手が優しく、美しくて素敵な主はいない。
世間、知らずどもめと、双子は教えてやるつもりで、二人に近付いた。
「マリオ様が一番。あの方以外、ごみ。至上の方」
カシスはチョハを着ていた。黒字に金の刺繍が縫われている。ファン家の家紋である百合の花が、肩に縫われていた。小柄な学者といった風情である。
「ものを知らぬ鳥だ。いいか、ファウスト様の傲岸不遜、高潔なお姿は絵画におさめたいほどだ」
セドは、法衣に毛皮を合わせたちぐはぐな格好だ。敬虔さを喪った聖職者という感じだ。セドの美貌と長身がなければ決して似合わなかっただろう。
王城に参上する魔術師のほとんどが、正装を求められる。
美貌を持つ彼らが参上すると、王城にいる人々は色めき立つ。だが、魔術師達は、気にも留めない。
帰ったら、主にかっこいい、かわいい、綺麗、似合っている、と褒めてもらうためにめかしこむのだ。
双子もリジナに褒めてもらうために、海賊王が着るような、野蛮さと色気に満ちた上衣と脚衣を着ている。髪を撫で付けたその姿は、冷酷な表情を浮かべる双子にとてもよく似合っていた。
「だったら、何? ファウストなど、マリオ様より、小柄。お前と並ぶと豆粒に見える」
「お前よりは大きい。ちび鳥」
「なに?」
ぎろりと、小柄なカシスが、大柄のセドを睨みあげた。
「だいたい、マリオなど、どこがいい? ファウスト様のように、酷薄な笑顔が似合うのか?」
「似合う。マリオ様はどんな顔をしていても、素晴らしい」
「馬鹿な。ファウスト様の貴族然とした高貴な顔に敵うはずがない」
「無知な馬鹿犬が、吠える」
「なに?」
今度はセドが、カシスを憎らしげに見下ろした。
「馬鹿鳥め、争うか?」
「しても、いい。魔術で勝てると思うなら」
「もちろん、お前に負けるはずがない」
敵意剥き出しの二人の間に割り込む。
虚を衝かれた二人に、双子は顎を見せて、偉ぶった。
ーーこいつら、なにも分かっていない。
「一番、美しいのは、リジナに決まっているだろう」
「お前達の主が懸想する女だからな」
どうだと言わんばかりに、双子がふふんと鼻を鳴らす。
セドとカシスの体がぷるぷると震えた。
それに気がつかず、双子は陶然とした顔をする。
「リジナの美しさは、夜の星を霞ませる。月も、屈服するに違いない」
「そのうち、マリオもファウストもさくっと殺して、僕達が夫になる予定だから」
「ねー?」
「ねー!」
勝ち誇る双子に、二人の怒りが爆発した。
「ファウスト様は、別にあの女のことを好きではない!」
「マリオ様は、あの女に誑かされただけ! 気の迷い!」
「だいたい、ファウスト様のことは、命にかえてお守りする」
「そうだ、誰がマリオ様に、危害加えさせるか!」
食ってかかりそうな二人に、双子が言い返しているうちに、周りにいた魔術師達が集まってきた。
誰もが自分の主が一番だと騒ぎ始め、収拾がつかない事態となってしまった。
数刻後、新たな王に呼び出されたリジナは、驚愕した。
煌びやかな衣装を身に纏う魔術師達が、声を荒げながら喧嘩をしている。
しかも、「自分の主が一番だ! それ以外、認めない!」という声が聞こえてくるのだ。
同じく、王に呼び出されたファウストが、それを聞くなり踵を返した。
リジナの隣にいたマリオが、それに続くように来た道を戻り始めた。
リジナは慌てて二人を止めた。しかし、二人とも疲れた顔をして首を振る。
「リジナ、あれは混ざると危険です」
「危険って……」
「危うきに近寄らず、だ。新王には悪いけれど、あのままにしておいた方が被害が少なくて済む」
「その通り」
奇妙な連帯感を発揮している二人に手をひかれ、その場を後にしようとした時だ。
「リジナ!」
「迎えに来てくれた?」
「マ、マリオ様! ここ、いる!」
「もう、ファウスト様ったら、お一人では出歩かぬようにして欲しいのに」
陶酔した声が、背中にかけられる。
魔術師達が気が付いたのだ。
マリオとファウストの顔色がさーっと青褪めた。嬉々として、魔術師達が駆け寄ってきた。
魔術師と主の鬼ごっこが始まった。リジナは二人に促され、王城のなかを子供のように駆け出した。