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 王都にあるフォン家の屋敷にリジナ達はつめていた。

 いまだ、マリオは眠ったままぴくりともしない。カシスが懸命に魔術を唱え、眠りから覚まそうとしている。しかし上手くいかないため、今は隣の部屋に器材を持ち込んで研究しているらしい。

 リジナは、部屋の片付けを行なっていた。本がうず高く積まれ、きちんと整理されていなかったからだ。定期的に掃除されているのか埃はないが、煩雑な印象になっている。おそらく部屋の主は片付けるのが苦手なのだろう。

 なにかしていないと落ちつかない。

 普通、貴族の女がやる仕事ではないが、なにもしないよりはましだった。


 リジナの父である辺境伯は宮中伯や他の貴族達とともに、次の王を決める合議をしている。礼拝堂につめていた貴族達は、有力貴族以外、牢屋行きだ。


「今回のこと、法王は反乱ではなく、邪神に心を惑わされた不信心者達による集会と処理すると言っていてね」


 ムムは壁に背を押し付けながら、ゆったりと口を開いた。

 ファウストは客間に通されて、ここにはいない。ここはカシスの部屋のひとつらしく、一族以外、立ち入ることは許されないらしい。

 双子も、ここには入ってはいない。二人とも拗ねていた。

 リジナだけ、マリオの婚約者だからと連れてこられたのだ。

 リジナは作業の手を止めて、ムムへ体を向けた。


「さっさと王の首をすげ替えれば見逃してあげるってわけだよ。リジナ嬢」

「ムム様は、どうして父と?」

「ああ、リジナ嬢と別れ、父のところに行ったらね、王から兵がおくられていたようで、この屋敷に軟禁されていたんだよ。父としては、母といちゃいちゃできる絶好の機会だから、動く気になれなかったらしくてね」

「えっと?」


 マリオとムムの父親は、騎士のように厳格で融通がきかないと有名な男であった。

 耳に入ってきたいちゃいちゃという言葉が素直に受け止められない。


「わたしも説得したのだが、右から左に受け流されてしまった。あの人、母を溺愛するために生まれてきたと真面目に思っているから。どうしたものかと悩んでいたら、宮中伯と辺境伯が乗り込んできてね、王の兵を悉く討ち滅ぼしてしまうじゃないか」

「お父様……」

「血気盛んな伯爵達から結婚式の話をきいて飛んできたというわけだよ」

「そうだったのですか」

「うん、そうだったの。だけど、礼拝堂に入るなり、地獄のような光景が広がっているのだもの。驚いたよ」


 たしかに、礼拝堂の内装は劇的に変わってしまった。地面は削れ、壁にはひびが入り、ステンドグラスの破片が飛び散る無法地帯と化してしまった。しかも、何人も、嵐のせいで気を失っていた。あのあと、どう収集をつけたのか、途中でファン家につれてこられたリジナは知らなかった。


「う、すいません。魔術師達が」

「躾はきちんとしなくてはいけないよ。マリオもそうだが、リジナ嬢もファウストも、魔術師に甘い。あれではいけない」


 穏やかな声で叱りつけられる。リジナは従順にこくりと頷いた。


「うん。まあ、ともかく、リジナ嬢に怪我がないようで安心した。パリアだったら処刑だと喚きそうだと思っていたから。間に合ってよかった」

「パリア様は、いまどちらに?」

「国王陛下と一緒に、王城の一室に閉じ込めているよ。もう、リジナ嬢が会うことはないだろうね。のんびりとした田舎に送るつもりだから」


 ムムは、白い歯を見せて温和に笑んだ。

 まるで微笑ましいことを語るような優しい口調だなとリジナは思った。


「彼も、馬鹿だ。彼の妻がね、双子に心奪われて、一生操を立てると修道女になってしまってね」

「妻って、王妃様ですか!?」

「そう。身内の醜聞だから、少し気恥ずかしい話だけどね。まだ教会から取り戻せていないんだ。法皇陛下のお膝元の教会に逃げ込んだせいで、交渉が難航していて。そのせいで法皇猊下に敵意があるんだ」


 双子は、王城の結界を強固にするために、たびたび訪れる。おそらく、その時に、王妃に惚れられてしまったのだろう。

 国王が双子に対して慌てふためいていたのは、そのせいらしい。

 それにしても、とリジナは頭を抱えたくなった。王妃が修道女になるなんて前代未聞だ。


「わたしとしてはあんな馬鹿女、教会にくれてやればいいと思うんだけど、本人はそうはいかないらしい。子供を作るために体をつなげるのと、真の愛情を向ける相手は違うって言われてしまってね」

「……そうなのですか」

「まあ、王妃を取り返して、一緒に田舎に送ってやれば彼は黙るから。もともと、国王という地位にはあまり魅力を感じていない男だったし」


 そう語るムムの顔は、無邪気だった。


「リジナ嬢、マリオと結婚するならば、彼は身内になる。馬鹿な奴だけど許してほしいな。ファン家は代々、身内に甘いからね」

「そうなのですか?」

「そうだよ。パリアのことは許さなくても構わないけど、身内だということは覚えておいてほしいな」

「そういえば、国王陛下は私が双子の主だと認識していなかったようなのです。なぜでしょうか?」


 双子の主だと知って入れば、こんな面倒なことにはなっていなかったのではないかと、つい考えてしまう。


「魔術師達が、主達をあまり外に出したがらないだろう? そのせいだと思うよ。魔術師達は主溺愛が過ぎて、半ば軟禁に近い。そのせいで、双子の魔術師だとは気づかなかったんじゃないかな」


 ムムの言葉に呆気に取られた。確かに、外に出ないし、出ても屋敷の庭やマリオに会いに行くぐらいだ。リジナが双子の主だと、わからない人間の方が多いのかも知れない。


「もう少し、外に出てみるといいと思うよ。国外へは、魔術師がいるから遊びにいかせてあげられないけれど。ファン領には王都より数倍素敵なオペラハウスもあるしーー」


 それから何十分か、ムムはファン領の自慢をした。自領の話をする父のように優しい顔をしていた。一度もファン領に行ったことがないと言えば渋い顔をして、新婚旅行計画は任せてと胸を叩いた。

 気が早いと窘めたが、内心嬉しかった。ムムはマリオが目を覚ますと思ってくれている。


 話に区切りがつくと、ムムはリジナの体を慮って、寝るように言いつけた。そして、自分はカシスの作業を覗きに行ってしまう。

 リジナは眠れるような心境ではなかったので、ムムには悪いと思いながら、マリオの世話をすることにした。



 それから数日、カシスの研究が続いたが、実を結ぶことはなかった。

 リジナはほとんど寝ずに、マリオの世話をした。マリオの体を清めたり、服を取り替えたり、積極的に行った。

 だが、日に日に起きないのではないかという思いが強くなる。

 カシスは、だんだんと寝ているマリオも素敵だと思うようになったのか、研究に熱心ではなくなっていった。ムムがそれを叱りつけるが、耳を塞いで聞こえないふりをする。


 ある日、痺れを切らしたムムが双子とセドを呼び出した。セドを引き連れてやってきたファウストは、いくぶん痩せてしまったように見えた。

 ムムは、ファウストに事情を説明し、セドに解く方法を調べさせて欲しいと懇願した。

 今は、双子とセド、そしてふくれっ面をしたカシスの四人で、あーでもない、こーでもないと論議している。


「ファウスト、大丈夫?」


 リジナは、マリオの側から離れ、ファウストの側に、とことこ近付いた。

 ファウストは、気まずそうに目を逸らし、こくりと頷く。


「ファウスト?」

「まずは、謝罪を。礼拝堂で、不躾にリジナの上にかぶさってしまった。あとあと、あれは女性に対して不誠実だったと思い直しました」

「え?」


 そういえば、嵐が起こった時に、マリオごと覆い被さられた。ファウストはあの時のことを気にしているらしい。

 生真面目な謝罪に、リジナは苦笑して首を振る。


「気にしないで。とても、嬉しかったから。今更だけど、あの時はありがとう。怪我していない?」

「僕は男です。あんな嵐で怪我なんてしません。……どういたしまして」


 ファウストは穏やかにはにかんだ。子供ぽい笑みだった。


「寝ていませんね、リジナ。ひどい隈だ」

「そう言うファウストこそ、どうしてそんなに窶れているの?」

「それは双子が……なんでもありません」

「双子? 双子が、なにかした?」


 慌てて尋ねると、ばつが悪そうに、ファウストは横を向いた。


「いえ。色々と嫌味を言われただけです」

「ごめんなさい! 双子ってば!」


 ファウストを窶れさせるほどの暴言を吐いたのか、あの双子は。

 忸怩たる思いに駆られる。ムムが言うように躾直した方がいい。


「……マリオ、起きませんね」

「うん」

「もう、起きないのでしょうか」


 声が裏返りそうになった。そんなことはありえないと、大声で否定する。


「マリオは目を覚ますよ。きっと」

「そうだと、いいけれど」


 急に、ファウストは低い声で呟いた。

 ずるずると壁に背を押しつけ座り込む。そして、小声でぼそっと呟いた。


「リジナを貰ってもいいのか、マリオ」


 ファウストの小さな声は、リジナの耳に入る前に泡のように消えた。



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