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 鐘の音が聞こえていた。

 リジナは、その音を、世界中に轟く、獣の鳴き声のようだと思った。


 王城の離れにある礼拝堂は、荘厳な雰囲気を醸し出す石造りの建物である。礼拝堂は天を貫きそうなほど伸びている。

 高ければ高いほど、神の声が聞こえやすく、また、聞き届けられやすいと法皇が触れを出したためだった。

 その礼拝堂は周りには、白と黒の法皇の旗がない。かわりに、王家の獅子の旗が悠然と翻っている。


 リジナとファウストは扉を蹴破るように、礼拝堂へ這入った。

 鋭い音が堂内に響く。

 正装をした貴族達が一斉に振り返った。祭壇には、法皇の衣装を纏った国王がいた。そして、純白の花嫁衣装を着たパリアと侍従に支えられたマリオの姿があった。

 マリオは術が解けていないらしい。目をきつく閉じて眠っている。


 リジナの頭が弾けたような衝撃が走る。マリオが、罪人にあたえる磔の刑のように、腕をとられ屈辱的な格好をとらされている。じわじわと怒りが、閉じ込めた場所から溢れ出していく。



 パリアは、リジナを見るなり、怒りに満ちた形相で睨みつけ、国王を急かした。

 どうやら、誓いの言葉をかわそうとしているらしい。

 誓いを終えると、夫婦になる。

 パリアは、どうしてもマリオと結ばれたいのだ。意識のないうちに。結婚してしまえば、離婚は難しい。

 だから、侍従に無理矢理支えさせてでも、マリオを参加させたのだ。


「汝はこのものを夫して敬いーー」

「この婚儀、中断していただきたい!」


 ファウストの切り裂くような声が礼拝堂中に響いた。

 貴族達がざわざわついた。ファウストは貴族達を見渡し、告げた。


「ここにおられるのは、リックスヘレム辺境伯のご息女です。そこにいる、マリオ・ファンと婚約している。マリオは、婚約したまま、パリアさまと結婚しようとしているのです」


 どよめく貴族達に国王が慌てた。それをパリアに戒められ、屹然とした顔を取り繕った。


「下がれ、慮外者」

「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


 ファウストは、国王の命令を無視し、いやらしい顔つきで頭をゆっくりと下げた。歳に似合わず老獪な表情を見せるファウストに、国王のこめかみがひくつく。


「そうつれなくされては困ってしまいますね、陛下」

「神聖な婚儀の場であることを知っての狼藉か」

「おや、司祭様は見当たりませんが」


 わざとらしく見渡して、ファウストは首を傾げた。


「ねえ、リジナ?」


 悪どい顔でファウストは同意を求めた。リジナは礼を取り、目を伏せたまま口を開く。


「陛下、恐れながら申し上げます。いったいなぜ、司祭様がいらっしゃらないのですか」

「余が司祭である。なんの文句があろうか」


 国王は、リジナへ視線を移すと、まるで獲物を見つけた獣のようにニタニタと笑った。

 女ならば、言葉で屈服させることが出来ると思っているのだろう。わかりやすい悪意を向けられている。


「教会に認められないから、御身自ら司祭として取り仕切るしかないということですか?」

「無礼な! リックスヘレムの娘ごときが、余に意見するか」

「ムム様に、法皇様より、決して婚約を解いてはならぬと告げられたとお聞きしました。私とマリオは婚約を結んだままです」


 ふんと国王は鼻を鳴らし、リジナを見下した。


「法皇様のお言葉に反するということは、つまり、陛下はいと高き神を冒涜されるということでしょうか?」


 法皇は、神の代理人である。

 また、神が与えし、十の戒律の一つに、鳥のように番であることと記されている。つまり、伴侶は一人っきりということだ。

 リジナは、横目で貴族の顔ぶれを確認した。リックスヘレムの人間やファン家は来ていないようだ。ファウストの家のものもいない。宮中伯や聖職貴族の姿も見えない。

 他にも、遠方の貴族達が軒並み欠席しているようだ。いるのは王に剣を捧げた騎士達の縁者と王都周辺の貴族達。

 顔を怒りで赤く染めながら、貴族達に説明するように、国王は声を上げた。


「法皇は神ではない! かの者どもは、神の意思であると虚実を吐く。たとえば、先の侵略戦争で、神から啓示があったと法皇は述べた。しかし、それは教会の維持費を簒奪物によってまかなうためのものであった! 法皇は神ではなく、自らの保身の為に、神が望まぬ戦を仕掛けたのだ」


 国王は大きく息を吸い、吐き出した。


「神を騙るものに、法皇である資格があるものか! よってその言葉に神秘はなく、拘束力もない!」

「陛下は、では御身自らが法皇に成り代わるとおっしゃられるのですか?」

「ああ、卑しき聖職者どもに、なぜ頭を垂れねばならぬ。この国は、余のもの。すべからく、余が支配するべきものである。神の名を騙る不埒ものどもの戯言をきいていられるものか」


 つまり国王は、今の法皇が気に入らないから、命令を無視すると言っているのだ。

 王は神の名のもとに即位することができる。神が直接任命するのではない。法皇が神に成り代わり、任命を執り行う。

 国王の任命権を法皇が所持しているのだ。法皇のさじ加減で、国王の任期も決まる。


 また、諸外国とは、宗教観の統一を理由に同盟を結んでいる。この同盟にも、法皇の威光が絡んでいる。聖職者達が信仰を盾に懐を潤せてきたのは由々しき事態だ。しかし、法皇に従わなければ、メハド国が諸外国に侵略される口実を作ってしまう。


 いくら、魔術師の恩恵があるからといっても、近隣諸国がまとめてメハド国と争うことになったら、被害は免れない。

 やっと、先の侵略戦争から立ち直ることが出来たのだ。再び、動乱の時に戻してはいけない。


「陛下は、法皇様とことを構えるおつもりですか」

「偽物が仕掛けるならば、神の名において余は戦うことを宣言しよう」


 呆れ果てたようにファウストが頭を抱えた。

 国王が下す判断としては、短絡的だった。

 双肩には国民の命が任されている。国王の判断で、人が大量に死に絶えるのだ。


「これだから、ファン家は嫌なんだ」


 ファン家とミオール家の対立を感じさる複雑な声で、ファウストは毒を吐く。


「お兄様、もう、よろしいではありませんか。はやく、マリオ様と結婚させて下さいまし」

「おお、すまないな、パリア。近衛。こやつらを牢に繋いでおけ」


 パリアに対して甘い砂糖菓子のような声を出した国王は、近衛に命令を下した。

 近衛兵に囲まれながら、リジナはパリアを睨みつけた。


「意識のないマリオと結婚して、それでいいんですか、パリア様」


 パリアは悠然と微笑して、マリオの頬を撫でた。

 見せつけるような行動に、リジナの心はかき回された。マリオに触れて欲しくなかった。薬で眠らせたまま結婚式をしようとする卑怯な女が、なぜマリオに触れられるのか。


「いいのよ。マリオが目を覚まさずとも。だって、彼の顔が好きなのだもの」


 かあっと音を立てて、血が頭に上がっていく。

 マリオの顔が好きと言うのならば、肖像画に思いを寄せていればいいのだ。リジナは話し、見つめ、時には誤解して怒るマリオが好きだ。パリアがいらないというマリオの全てが欲しい。

 髪の一本でも、パリアに渡したくない。


「お兄様、不敬にも意見したこいつらを処刑をしましょうよ」

「そうだな。可愛い、パリア。そうしよう」


 不穏な事を語る国王達に、頭の芯からカッと熱が迸り、全身を巡った。


 ファウストに睥睨されながらも距離をつめる近衛兵達を確認する。貴族達はどうなることやらと、そわそわこちらを眺めていた。

 リジナは、なにもかもが許せなくなった。自暴自棄にも似た荒んだ声を出した。


「処刑をしたいならば、してみて下さい。マリオと結ばれないのならば、私はそれで構いません。ただ、私は魔術師の主です。主という存在に骨抜きにされ、鎖で縛られ、従順を約束させられた魔術師の杭です」


 ファウストが、驚いて振り返った。琥珀色の瞳があらん限り開ききっている。


「リジナ」

「杭は外れ、私の双子が、暴れまわっても、止められるならば」


 国王の顔が途端に青ざめていく。

 今更ながら、リジナが魔術師の主であることに気がついたというように。


「どうしたの、お兄様」

「パリア、よくお聞き。マリオとの結婚を諦めなさい」

「ど、どうして!?」

「双子はいけない。あの双子はーー」


 国王は金の刺繍が入った衣が邪魔なのか、もたつきながらパリアの手を取る。

 パリアはむずがる子供のように首を振った。無理矢理、国王がずるずるとパリアを引きずり、マリオを置いて礼拝堂から出て行こうとした。


 だが、突然、国王の前で嵐が起きた。鋭い音をたてて、礼拝堂ごとガタガタと揺れる。渦を巻くように強風が起こり、人々をなぎ倒していく。貴族達は我先にと扉へと這っていった。近衛兵達もおしのけあって、逃げ惑っている。

 リジナは、マリオへと駆け寄った。支えていた従者達はマリオを投げ捨て、扉へと走り、風にあおられて床にしたたかに頭を打ち付けていた。


 やはり、眠ったままだ。リジナは、マリオを抱き締め丸まった。ファウストが、マリオごと包むようにリジナに被さる。


 雷が落ちたような悲鳴が響いた。

 徐々に風がおさまっていく。荒れ狂った礼拝堂には、冷たい空気が室内に流れていた。

 ファウストは顔をあげて、一番にリジナに怪我がないか、確認した。傷らしい傷は見当たらなかった。

 マリオにも視線を移したが、特に傷は見当たらなかった。

 リジナは、マリオに視線を落とし、ファウストを一瞥したあと、嵐のあった場所に目をやった。

 呻吟の声が、礼拝堂の底を這っていた。


「やっぱり、カシスは下手くそだ。なんで、こんなに場が荒れるわけ。これなら、セドにやらせればよかった!」

「うるさい」

「最悪。転移魔法もろくにできないならば、魔術師を名乗るの、やめたら?」

「きちんと、目的地にはたどり着けた」

「……時間を無駄にした。ファウスト様に侍る時間が減っただろう。へっぽこ鳥」


 場違いなほど、喧々囂々とした言い争いの声が聞こえてくる。ファウストのはあというため息が大きく聞こえた。

 さっきの風は、魔術師の術が原因らしい。

 双子とカシス、セドが、倒れ伏す貴族達の上で争っている。


「そんなことより、マリオ様は?」


 三人の声を無視して、カシスがきょろきょろと辺りを見渡す。マリオを抱きかかえるリジナを見つけると、きっと鋭く睨みつけた。双子も剣呑な表情だ。セドだけが、ファウストを見つけてうっとりとしている。

 魔術師達はずんずんと歩み進んできた。


 道の途中で、気絶したらしい国王を抱えて、パリアが道を阻む。しかし、パリアは、魔術師達の顔を見るなり、固まって、惚けてしまった。

 魔術師達に蹴飛ばされても、起き上がることもしない。


 カシスが、リジナの腕からマリオを奪い返したとき、礼拝堂の扉が壊された。

 ぼろぼろと弾け飛ぶ破片を払いのけ、ムムが飛び出した。ぞろぞろと、その後ろには鎧を身に纏った兵達がいた。そのなかで、リジナは見覚えのある姿を見つけ、声を上げた。


「お父様!」

「宮中伯もいらっしゃるようですね。聖職貴族どももいる」


 ファウストの呟きのあと、ムムがあくまでも柔和に後ろにいる人々に号令をかけた。


「ここにいるものどもは、怪しげな集会を開いていた疑いがあります。法皇猊下の名の下に、牢屋にぶち込んでしまいましょう」


 おうと、雄叫びが上がり、礼拝堂にいる人々はあっけなく捕縛された。

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